もはやヤバいとしか言えない
ヤバい。
ヤバいヤバいヤバい!!
明らかに遭遇したらヤバい人と遭遇してしまった。
何処からどう見ても死亡フラグが立っている。
こんな人を相手しては此方が殺られる。
そんな考えを巡らせながら、私は人より2倍の体長を持つ大斧を持つフードの男と目を合わせる。
そして、彼の動きを良く観察する。
フードで顔と頭が分からなかったけど、この人は人間じゃない。
亜人。それも、犬の獣人だ。
耳だけでは犬種は判断出来ないけれど、白い垂れ耳の犬種だというのは分かる。
顔は……とってもよろしい。
肌は白く、髪も月の光に照らされて輝く程真っ白な髪。目は白金色で、優しげな垂れ目にふんわりとした笑みはまさに自分の弟妹を甘やかすお兄さんのよう。
ジャンルで分けるなら、『ベタ甘お兄さん系イケメン』という感じだ。
歌のお兄さんとかやっていそう。
でも顔やフードに飛び散った血痕が全く優しそうじゃない。
血がこびりついた大斧は全く甘やかしてくれそうな感じがしない。
どうやら彼はこの前より前にも人を殺してきたようで、目を凝らしてよく見ればフードに古い血の跡が沢山残っている。
こんなの歌のお兄さんじゃない
サイコパスのお兄さんだ。
普段は弟妹達の面倒を良く見ているけど、夜になったら道行く人を惨殺してまた日常に戻ってく人だ。
サイコホラーアニメの登場人物はお呼びじゃないです。
そんな事を考えている内にフードの男はゆっくりと此方へ近づいてきた。
どうにか<隠蔽>を使って逃げようにも、上手く自分に掛けられない。
フードの男の真下にある肉塊に集中力を削がれてしまう。
ドレスのスカートが邪魔で後ずさりも難しい。
ついに、フードの男がすぐ目の前までやって来た。
私は心の中で<オペレーター>に話しかける
(<オペレーター>さん、攻撃の予測とかしてどう回避すれば良いのかって指示できます?)
『回答。可能です』
(じゃあ、今からそれやってください。命に関わる物だけでも良いので)
『了。かしこまりました』
<オペレーター>は本当に何でも出来て助かる。
私の感覚と気配察知能力は人間レベルでしかないので普通に回避行動をしても避けきれない可能性はあるが、どんな問いにもバッチリ(私の社会科の不得意理由を除く)答えるだけの分析能力を持つ<オペレーター>の指示に従えば死ぬリスクはかなり低くする事が出来る。
そうして警戒心を最大レベルに上げて身構えると、フードの男はフワッと笑みを深めた。
ニンマリ、とかニチャァ……、とか不穏な擬音ではなく、本当にフワッとだ。
彼は私に手を差し伸べて、笑顔のまま口を開いた。
「***(大丈夫)*、****(お嬢さん)? **、***」
「え、あ、え?」
「***(ドレス)、********」
「え、え?」
「****(ハンカチ)***?」
「は、はあ、どうも……」
フードの男は私の手を優しく取ると、そっと私を立ち上がらせてくれた。
ドレスをじっと見ながら何か言い、そしてそっとハンカチらしき布を差し出す。
どうやら、ドレスについた汚れをこれで拭ったらどうか? ということらしい。
……なんなんだ、このイケメンっぷり。
あまりに自然に優しくされて、ついハンカチを受け取ってしまったではないか。
スカートについた汚れを拭いながら、私はフードの男の方を見る。
彼は大斧を片手で持っているものの、それを私に振り下ろす様子はない。
ただニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべている。
彼は笑みを浮かべたまま此方に話しかけてきた。
「****、******。*******************。」
「あ、*****(すみません)。**(私は)、***(此方の)、***(言葉は)、*****(分からない)」
「*****?」
「***(言葉は)、******(ちょっとしか)、****(話せない)、*****(分からない)」
「****。**********」
私が此方の言葉が通じないことを話すと、彼は理解した様子でうんうんと相槌を打った。
どうやら、分かってくれたらしい。
最初のインパクトで最悪な印象だったが、もしかすると良い人なのだろうか?
色々返り血が凄いけど実は義賊で、悪い人だけを惨殺するダークヒーローだったりするのか?
もしかすると、このまま王宮まで帰してくれるかもしれない。
そんな事を思って少し気を抜いた矢先、突如<オペレーター>の声が聞こえてきた。
『警告。右方へ飛んで回避してください』
「っ!!!」
<オペレーター>の言葉を聞いて、私はその言葉の意味を考えずに右方向に飛んで受け身を取る。
私が右に避けたその直後、フードの男がノーモーションで大斧が振り下ろした。
突然の攻撃行動に信じられずにいたが、私が先程いた場所に刺さった大斧の存在が今起きた事は事実であると証明している。
もしもあの場に留まっていれば、そのまま頭をかち割られていただろう。
「***(驚いた)**。**(案外)******」
フードの男は私が回避した事に目を丸くして驚きを見せたが、すぐに元の笑顔に戻る。
そして地面に刺さった斧を引き抜くと、先程までと変わらぬ笑顔で言った。
プラチナ色の瞳が、ギラギラと輝いている。
その瞳は、まるで獲物を見る野獣のような目だ。
「***(大丈夫)、*****(痛みなく)********(終わらせて)*******」
「安心できないですねぇ!!!」
フードの男は大斧を構え、此方に突進を掛けてきた。
そして、私に向かって大斧を振り回すという猛攻を始めたのだ。
私は<オペレーター>からの指示に従い、イグニとの特訓で鍛え上げた身体能力を駆使してギリギリで回避する。
フードの男はフード越しから覗く尻尾をフサフサと振りながら、笑顔を浮かべている。
「****(凄いなぁ)、******(攻撃)******(避けられる)******(初めて)**。**(何か)****(武術でも)*******?」
「言葉と行動のギャップと矛盾が激しすぎませんかねぇ!? あと話すか攻撃掛けるかどっちにしてくれません?!」
『警告。左斜め後ろ方向へ後退してください』
「ンアーッ!!」
「**********!」
のんびりとした口調で、まるで温かな日差しを浴びながらお茶を飲んで談笑するように雑談を交えながら、容赦なく私を殺そうと大斧を振り回す。
私は<アイテムボックス>から警棒を取り出し、彼の攻撃を必死に避け続ける。
フードの男は、攻撃をしている間も笑顔を絶やさない。
私のダンジョンにいる魔物たちの中で狂った考えを持つ魔物というのは少なくない。
ベリアルは私の前では私に合わせてくれるが偶に他者の尊厳を無視するようなとんでもない発言をするし、イグニはその圧倒的物理破壊主義者の思考で威圧とか良く使って人を従わせようとする。
フォレスさんは一見最強メンバーの中で温厚で平和的に見えて、拘りが強くてベリアル以上に独占欲が強い姿を見せたりもするし、マリアは性方面に関する倫理観がなく、稀に爛れた主張をする時もある。
他の魔物も同じように、普段はそういう面は見せないだけで人間とかけ離れた思考というのは持っている。
倫理観がないといえば、異世界転移者の中にも狂った人はいる。
一番分かりやすいのは自他共に認める遊び人のカナタ。
彼は物の分別はするが、躊躇や自重はしない。
関係を持つ相手はちゃんと考えるが、誰か一人としか関係を持たないという選択は取らない。
良い家柄の彼は相応に厳しい教育も受けているし、そこそこ常識は持っているにもかかわらず、面白い方、楽しい方を選択する。
他人がカナタを見れば、彼は頭のネジが一つ取れてしまった人間に見えてもおかしくはない。
タケル青年は典型的に頭のおかしい人だった。
あの人は自分を異世界転移物語の主人公だと考え、それらしくあろうと傍から見たら狂ったレベリング方法を編み出し、英雄の皮を被って人間の脅威である魔物を連れ回して好き勝手にしていた。
まさに常識のない人間。
周囲の人間が避けたがるようなタイプの人だった。
ただの美男美女でしかないソーマやアヤカも、同じように狂った考え方を持っているかもしれない。
激しい猛攻を回避しながら内心呑気な事を考えている私も、頭のおかしい人間というカテゴリーに入るのかもしれない。
そもそも異世界転移や異世界転生なんてする人間は、元々一般人から離れた思考を持つ“頭のおかしい”人間しか選ばれないのかもしれない。
まあそれが事実であるかなんて確かめる方法がないから本当の所は分からないけれど。
だが、これだけははっきりしている。
「****(体力)***(保つ)****。********(冒険者)*?」
現在進行形で私を肉塊にしようとしているこの犬の獣人は、狂っている。
見ていてすぐ分かるくらいに頭がイカれている。
ベリアル達のように人間のそれとかけ離れた倫理観、常識を持っている訳でもない。
カナタのように自重や躊躇をする気がないのでもない。
タケル青年のように常識がない訳でもない。
ただただ、狂ってしまっている。
100人中100人が肯定するほど完璧な“狂人”。
ケネーシア王国の門番が彼の入国を許してしまったのは仕方ないだろう。
私も先程、一瞬彼が血まみれという事以外はただの獣人の男にしか見えなかった。
ついその前に彼の凶行を聞いていたというのに、気を抜いてしまった。
殺人を行った彼が、良い人に見えてしまったのだ。
それは、一種のステルス能力とも言っていい。
血も何もついていない普通の服を来ていれば、すぐに入国者の中に紛れ込めてしまう。
日常に溶け込むサイコパス。
まさしくそれだった。
(<オペレーター>さん、今から<隠蔽>使って逃げ出せませんか?)
『回答。その前に大斧で身体を真っ二つにされる可能性の方が高いです』
(魔法で目眩ましをして、<隠蔽>を使うのは?)
『回答。成功する可能性は高いものの、その後対象が人気のある道へと行く可能性が大』
(ですが、それが生存確率が高いんですよね?)
『回答。その通りです』
街の人には悪いが、今私が最優先するべきことはこの場から生きて逃げ出すこと。
王宮についたら、テオドールさんに犬の獣人の殺人鬼について報告しよう。
そうすれば被害を最小限に抑え込めるかもしれない。
それに、いくら狂人とはいえ人が大勢いる場所で人殺しなんてしないはずだ。
その可能性に賭けるしかない。
策略を黙々と巡らせながら回避を続けていると、背中が何かに当たった。
後ろを振り返ってみれば、そこにあったのは寂れた門。
その向こうに見えたのは、廃れた貴族のお屋敷。
ホームレスのお爺さんから聞いた、曰くつきの場所だ。
死体とフードの男に目を向けていたから気が付かなかったが、どうやら此処は私が二日目の昼に不審者達から身を隠す際に辿り着いた場所だったようだ。
なるほど、確かに曰く付きのお屋敷の前なら人に見られる心配は少ない。
結果としてそれは誘拐犯達にとって最悪のルートになってしまったようだけれど。
「******(追いかけっこ)*******(おしまい)*?」
「追いかけっこって……、そりゃあ確かに物は言い様ですけれど」
フードの男が大斧を構えながら、首を傾げながら優しい口調で尋ねる。
彼にとってこれは一方的な戦闘行為でも殺戮行為でもなく、ただ子供の遊びに構ってあげているような行為という認識でしかないのだろう。
全くもって狂っている。
もし彼に弟妹というのがいるのなら、相当苦労しているだろう。
私はポケットに手を入れ、フードの男の様子を伺う。
フードの男は、優しく笑みを浮かべて斧を振り上げた。
「***、*********(楽しかった)*」
『警告。左方へ回避してください』
彼が大斧を振り下ろす直前、<オペレーター>の声が聞こえた。
そして私は予め手に持っていたスマホを前に出し、大きな声で唱えた。
「<アクアジェット>!」
「!!」
スマホの形に合わせて上方へ向かう水流が発生し、大斧の刃に当たる。
フードの男は突然の水流に驚きはしたものの、大斧を振り下ろした。
水流の勢いに負けることなく、斧は私に向かっていく。
分かっている。私の魔力程度で大斧を吹き飛ばすほどの威力の水流を出す魔法は発動出来ないなんてことは。
だから私は、この場を乗り切る為に工夫するしかない。
私は裏手でスマホの画面を操作して、スマホのフラッシュライトをオンにした。
スマホから出るLEDの光が水流の中で乱反射し、周辺を照らすほどの激しい光になる。
あまりに明るい光にフードの男が目を眩ませ目を閉じた。
大斧の動きが一瞬ピタリと止まる。
私は自分に<隠蔽>を掛け、左へ回避する。
そして私が左に回避して0.1秒後に、大斧が振り下ろされた。
大斧は私に当たることなく、門に激突した。
衝撃を受けたことで、古い門はあっけなく壊れてしまった。
私はその場に留まり、フードの男の様子を伺う。
彼はそっと目を開けると、キョロキョロと首を動かして私を探し始める。
「**、***」
「……」
「***。*********?」
門に刺さった大斧を持ち上げ、フードの男は門の側を離れていった。
なんとか身を隠す事が出来たようだ。
安全が確保された今でも、心臓がバクバクと言っている。
外に出るということで魔物や山賊に襲われる可能性は想定したけれど、狂った殺人鬼に命がけの追いかけっこをさせられるなんて完全に想定外である。
ひとまず、すぐにこの場から逃げ出そう。
今すぐ王宮に戻って、皆の元に行かなければいかない。
フードの人についても教えなければいけないし、早く行ってしまおう。
そっと立ち上がり、スマホのライトをオフにして私はキョロキョロと周囲を伺うフードの男に背を向けてその場を後にした。
しかし、悪いことというのは続くようだ。
この後、さらなる不幸がやって来た。
「*******!!」
後ろから老人の悲鳴が聞こえ、私は思わず振り返ってしまった。
そこにいたのはフードの男と、腰を抜かした老人の姿。
その老人には見覚えがあった。
二日目の昼、私に曰く付きの屋敷について色々教えてくれたホームレスのお爺さんだった。
どうやら、先程の戦闘音と光で此方に来てしまったようだ。
「*****(こんばんは)。*****(驚かして)***(ごめん)*」
「*…!」
「***(悪いが)、********?」
フードの男は大斧を肩に乗せて、親しく老人に話しかける。
しかし老人はフードの男の後ろにある惨状を目にしてしまったようで、顔を青ざめて言葉を失っている。
このまま行けば、フードの男は親しみやすい笑顔を浮かべたまま老人を惨殺するだろう。
『推奨。無傷の生存を望むなら早急に王宮へ移動するべきです』
(分かっていますよ、<オペレーター>さん。あのお爺さんを見捨てるのが一番良い方法なのは)
殺人鬼を前にしてしまった老人の姿を哀れに思いながら、私は王宮の方を向く。
あの老人には悪いが、私だけでフードの男を相手にするのは無理だ。
渡りの魔鏡を使って魔物を召喚すれば良い話だろうけど、人気が少ないとはいえケネーシア王国内で魔物を召喚する訳にはいかない。
あの老人を見捨ててこの場から逃亡することがこの場に置ける最善の生存戦略。
屋敷のことを教えてもらったにも関わらず殺されるのを見て見ぬ振りするなんて酷い人だと罵られるかもしれないが、私にはこれぐらいしか出来ないのだ。
「……ごめんなさい」
ポツリと呟いて、私はそっと歩き始めた。
私は、善人でなければ、英雄でもない。
自分の命と安寧を守ることに精一杯の、自分のことしか考えていない、ただの女子高生。
誰かの為に命を投げ出す勇気もないし、無償で人助けをする優しさもない。
利己的で、口だけの、無力な女。
「*、****(助けて)***……!」
それ以下はあっても、それ以上はないのだ。
――――――――――「ねぇ、#########?」
ガンガンガンガンッ!!!!
「ワンコパスさん!! 此方ですよー!」
私は警棒で壊れた古い門を殴り、大きな音を鳴らす。
普段使わないぐらいの大きな声を上げ、存在を気づかせる。
<隠蔽>を解除した状態で大声を上げ、音を鳴らして騒いだことで、老人とフードの男が此方を見た。
そう、廃れた屋敷の中側から騒音を起こす私に。
『警告。<隠蔽>を使用して身を隠し、屋敷の領域外へ行ってください』
「すみません、無理です!!」
<オペレーター>の警告の言葉を断り、私は騒音を流し続ける。
今、生き延びるにはこのまま老人を見捨てるべきなことは分かっている。
あのホームレスの老人に、自分の命を危険に晒してまで助ける程の価値はないということも分かっている。
私が今、どれだけの愚行をしているのかも、偽善者ぶっているかも理解している。
だけど、
だけど、考えてしまうのだ。
「結局は私も、先輩の愚行を見逃していた者達と同じなんだな」と。
「目の前で知人が殺されるのを見てみぬ振りして、イグニ達に顔向け出来るのか?」と。
そんな、余計な事を考えてしまうのだ。
そう考えた時、思わず身体が動いてしまった。
壊れた門の上を通り、<隠蔽>を解いて、騒音を流していた。
まさに愚行。向こう見ずな愚か者の行い。
頭のおかしい女の、偽善活動。
イグニ達がこの事を知れば、呆れて馬鹿な女だと悪印象を得るかもしれない。
だが、私は止めるつもりはない
後味が悪いまま王宮に帰るより、命からがら逃げ延びてでも未練なく王宮に帰る方が良い。
そう、結論付けたからだ。
フードの男は私と目を合わせると、私に微笑み掛けて優しく話しかけた。
「*、***********」
「追いかけっこはまだ続いてますよ! よそ見は許さないですからね!」
「****、********(追いかけっこ)*******。****(分かった)、*****。」
「じゃあ、着いてきてくださいよ! 城下町の街道破壊とか説教案件ですので!」
フードの男は相槌を打ち、私に向けて大斧を構えた。
それを確認すると、私はドレスを捲くり上げて屋敷の方へと走り始めた。
曰くつきのお屋敷に入っていく私とフードの男を、老人が目を丸くしながら呆然としている。
室内であれば大斧の攻撃範囲も制限出来る。
人と遭遇する可能性のある広々とした街道を逃げ回るよりも、人のいない屋敷内を逃げ回る方が生存確率も上がるはずだ。
曰く付きの屋敷の扉を開け、中に入る。
するとフードの男も屋敷の中へ入ってきた。
よし、これで良い。
ホラー映画のテンプレだったら、登場人物が一度中に入ってしまえば外に出ることが出来なくなる。
それだけでも、時間稼ぎには十分だ。
私は全力を駆使して、フードの男から逃げ出す。
さぁ、地獄の鬼ごっこの始まりだ。
……地獄なのは、私にとってだけれどね




