逃げ出すまで3カウント!!
異世界転移者3人の介入もありつつも、お茶会は楽しい雰囲気で終了を迎えた。
一時はどうなるかと思ったが、エルミーヌさんのお茶会はひとまず成功という形に収まった。
今回お茶会に来てくれた令嬢子息達の数人はダンジョンにも挑戦に来てくれるらしい。
過去に一度ダンジョンに挑戦したことのあるフェデリカさんは家族と一緒に挑戦するそうだ。
「もう剣が落ちたからって自分も飛び降りて登ってくるような真似はしないでくださいね」
と伝えたら大きな声で「あい分かった!」と笑い声を上げていた。
さて、それはそれとして。
先程ソーマさん達からマリアさん討伐を依頼した人の情報を聞いた。
そしてカナタさんからもある情報も得た。
これで漸く真実の5割方が見えてきた。
真実は、少々私の推測を外れて――――
否、「推測以上だった」と言うべきだろうか?
やっぱり、物的証拠を基に推測を立てるのと立てないとでは確信の持ち方が違う。
お茶会前にテオドールさん達に伝えないで良かった。
もしも言っていたら後々面倒事に発展していた。
ひとまず、パーティーが終わったらこれをテオドールさんに伝えよう。
ソーマ達に荷物を全て渡した後、パーティーへ向かうための衣装替えをするため、客室に戻ってきた。
マリア達が自分たちの衣装の準備をしている隙に、私はそっと客室の扉に手を掛ける。
お付きとして一緒の部屋にいたサバトラが首を傾げて私に話しかけてきた。
「アイネス、ドコ、イク、ニャ?」
「ちょっとパーティー行く前に花を詰みにでも行こうかと」
「ジャ、ツイテク、ニャ」
「大丈夫ですよ。すぐ済ませますし、<隠蔽>使って行くので」
「?」
首を傾げるサバトラを置いて、私は扉を出る直前に<隠蔽>を使って姿を隠す。
これで私の姿は誰にも認知されなくなった。
私が何処を歩こうと、誰も気が付かない。
王宮の中を歩く侍女や執事の人の横を通り過ぎながら、私は呟いた。
「さーて、ちょっと確認に行きますか」
まあ、そんな大それた事はしませんが。
***** *****
『アイネスちゃん、さっきまで何処に行ってたの?』
「いえ、お花を摘みに行っただけですよ」
『もー、何処か行くなら誰かと一緒じゃなきゃ駄目でしょー?』
「すみません。次から気を付けます」
頬を膨らませて怒るマリアに軽く謝りながら、私は皆と共にパーティー会場へと向かう。
ふと、ジャスパーが鼻をふんふんと鳴らし、訝しげな顔で私を見た。
『おい、アンタ何か軽食でも摘んできたのか?』
「え? 摘んでないですけど……何故に?」
『手先が臭う。前にアンタがダンジョンでマサムネに出した鳥肉料理と漬物みたいな匂いがするぞ』
「げ」
ジャスパーにそう言われ、私はしまったと思った。
一応手は洗ったのだけど、匂いは残ってしまったか。
そしてジャスパーの言葉に続くようにサバトラとマサムネがそれぞれ言い始める。
『肉料理と漬物……ああ、鶏の『てりやき』とにゃんかの野菜の『しょーゆ』漬けだったかにゃ?ありゃあ美味かったにゃ』
『嬢ちゃんが出した漬物っつーと、なんか表面が濃い緑色の野菜を醤油で漬けた奴だっけか? あれ飯の上に乗せて食うと美味かったよな』
『えー!マサムネさん達、そんなの食べたことあったの? ずるーい!』
『というかアイネス、そんな美味そうな物を彼奴らにだけご馳走していたのか! 俺様も食べたいぞ!』
「食べてませんよ。それに今あれと同じ物を用意するのは駄目です。パーティー直前っていうのもありますけど、なにせあれは――――って、もう着きますね」
話の途中で、パーティー会場前へと到着してしまった。
私は大きく深呼吸をして、イグニの手を取り、彼らに伝える。
「では皆さん、出かける前の約束を守ってパーティーを楽しみましょうか」
『はーい!』
『分かっているよ』
『さーて、此方の酒がどんな物か楽しみだな』
『アンタ、飲みすぎるなよ……』
『マサムネは一度にょみ始めると、にゃかにゃか止みゃらにゃいからにゃあ~』
『わーってるって! 程々にするつもりだ!』
『アイネスも、準備は良いか?』
「はい。緊張はしますけれどね」
皆はパーティーを前に、楽しげに会話をしている。
緊張なんてものは全然していないようだ。
私なんて、タンザさんにダンスや社交界のマナーに関してオッケーと言われてもまだ不安が残っているというのに……。
その明るさが羨ましく思えてしまう。
『では、行くぞ』
「はい」
私はイグニに手を引かれ、パーティー会場へと入る。
既にたくさんの貴族や他国の招待客が見え、皆楽しく話しているのが見える。
テオドールさんとエルミーヌさん、それに国王様達は他の招待客の相手をしているようだ。
私達が入ってきたことに誰かが気がついたその瞬間、パーティー会場が徐々に静寂へと包まれる。
たくさんの貴族達が私達を見る。
やめてくれー、余計に緊張してしまうー。
『アイネス嬢、パーティーへよく来てくれたね。君が来てくれて本当に嬉しいよ』
テオドールさんも私達に気がついたようで、先程まで会話をしていた人に軽く詫びを言って此方に来てくれた。
イグニ達もテオドールさんに気が付き、私の代わりに対応してくれる。
『うむ。王太子殿下殿は招待客の挨拶で忙しいようであるな?』
『ハハ、いつものように呼んで欲しい。堅苦しいパーティーで更に堅苦しくなるのは、嫌だろう?』
『フハッ、良く分かっておるな。パーティー会場は好きにしていても構わぬのか?』
『ああ、勿論だよ。料理も好きに食べてくれ』
『んじゃ、お言葉にあみゃえてみゃー達は食事を食べに行くにゃ』
『じゃあ、早速楽しませてもらうな』
「いや切り替え早すぎでは?」
テオドールさんの言葉を聞いたイグニとマリア以外の面々はテオドールさんへの挨拶も程々に、パーティー会場に散らばっていく。
君達、テオドールさんが許したからって行動の切り替えが早すぎでは?
軽く失礼だよ、君達。
『確かアイネス嬢はパーティーに参加するのは初めて、だったかい?』
『そうだって聞いているよ~。アイネスちゃん、人間達のこういったパーティーは初めてなんだって!』
『それにしては佇まいがとても上品だね。それに……とっても綺麗だ。まるで何処かの国のお姫様のようだ』
『アイネスはこの日のパーティーに備えてマナーや社交ダンスを練習していたからな! 少なくともマナーは俺様よりも良いと思うぞ!』
「それ、自分で言います?」
『そういえば、エルミーヌからお茶会での件を聞いたよ。色々あったようだけど、昔の知人と再会したとか……』
『そうそう、アイネスちゃんとその人達が知り合いだって知って凄いびっくりしたよ~! アイネスちゃんとその人達、全然雰囲気も性格も違うんだもん! アイネスちゃんが来るまで、気づかなかったよ~』
テオドールさんからお茶会の話題を振られて、マリアがため息を付きながら話す。
確かに私とソーマ達とでは雰囲気も性格も顔もノリも全く違うし、マリア達が驚いても致し方ない。
確か、彼らの愚行は国王様やテオドールさんに伝えるだけして、そのまま国家問題にせず黙認する流れにするとエルミーヌさんが言っていたな。
ソーマ達がアスペル王国からの招待客なのでアスペル王国との関係性にヒビを作らせないため、というのもあるだろうが、この国の権力者が嘘を流して依頼をしたのがそもそもの愚行の原因だったのも黙認する要因の一つだろう。
それでもエルミーヌさん達が危ない目に遭ってテオドールさん達は怒り狂っているんじゃないかと思ったがテオドールさんを見ている感じ、ソーマ達に対して別に怒っているという様子ではないようだ。
そこはエルミーヌさんが色々話してくれたのだろう。
助かります、エルミーヌさん。
『じゃあ、僕は他の招待客との挨拶があるからこれで。パーティーを楽しんできて欲しい』
『うむ、そうさせてもらうぞ!』
そう言って、テオドールさんはまたパーティー招待客への対応へと戻ってしまう。
テオドールさんがいなくなり、私は息をついた。
知り合い相手でもこんなにも緊張するというのに、こんな状態でパーティーを乗り切れるのだろうか?
そう思いながら、私は思わず顔を上げて周囲を見てしまった。
見て、しまったのだ。
そこで私は気づいてしまう。
招待客が皆私達の方に注目を向けているということに。
そこで私の緊張感は最高潮を突破し、一気にコミュ障MAXモードになった。
いやもう、皆さんなんで黙ってるんです?
そんなにイグニ達魔物がいることが珍しいのか。
思考を巡らせながらチラリとベール越しに貴族たちの方を見ると、彼らの視線は私達……、ていうか私に視線が向いている事に気がついた。
あ、皆さんこれ完全に私の方を見てますね。
何がいけなかった? まさか知らず知らずに何かをやらかしたのだろうか?
衣装や化粧は問題ない。衣装はアラクネ三姉妹が作ってくれたものだし、化粧はマリアとライアンがしてくれたものだ。
そうなると、私の動きが変なのか。
何がおかしい?
歩き方か? 佇まいか? 緊張でぎこちなくなってしまっているのか?
それとももっと根本的な理由か?
エルミーヌさんの快気祝いのパーティーなのに笑みを浮かべられてないのが駄目なのか?
もしくはコミュ障オーラを出しすぎているのか?
でもこれはほぼパッシブスキルみたいなものだし、どうしようもない。
まさか、顔面偏差値高めであるイグニ達に比べて私が地味顔過ぎるのだろうか?
いや、顔面偏差値のことはほっといてほしい。私だって自分の顔に華やかさがないことは分かっている。
それで見ているのだとしたら失礼すぎるぞ。
思考をどんどん巡らせている内に私は更に緊張してしまい、イグニの手を握ってしまう。
ヒールの靴のせいで歩きにくいし、もう頭が真っ白になってしまいそうだ。
やっぱりこんなパーティーなんて参加するべきではなかったのではないか?
それが本当なら、今すぐマイホームに逃げて籠もってしまおうか。
よし、この場を逃げてしまおう。
そしてマイホームに引きこもるんだ
私はもう十分頑張った。とっても頑張った。
3カウントで逃げよう。はい、さーん、にー、いー――――
『これはこれは、二日前に見た姿とはまた変わって美しくおられますね、ダンジョンの主様』
慣れないパーティーの空気と周囲からの視線によってパニック状態になっていた頭が、上から降り掛かった言葉によって一瞬で冷やされた。
顔を上げてよく見れば、そこにいたのはクラスさんだった。
私はすぐにお辞儀をする。
『おお、貴様は確か……、ベンクトソン公爵だったか? 王族達へ挨拶に向かわなくて良いのか?』
『わたしは既に国王陛下達への挨拶は終えておりますので、ご心配なく』
遠回しに「なんで此方来てるんだよ」と言っているイグニの言葉をクラスさんは いとも容易く受け流す。
そしてクラスさんは私の方を見た後、にっこりと微笑んで言った。
『それにしても、二日前の姿も十分素敵でしたが今宵のアイネス様は一段と美しく、そして愛らしいですね。まるで精霊のようだ』
「え……?」
クラスさんの突然の褒め言葉に、私は目をキョトンとしてしまう。
精霊のよう? 一体どういうことだろうか?
『前回見た姿は昼に羽ばたく小鳥のような、変わった衣装を着られておいででしたが、今回もまた見たことのないドレスを着ておいでだ。満点の星空を着ているように見えるドレスなんて初めて拝見しました。これは周囲の皆さんがつい見惚れてしまうのも無理はないでしょう』
クラスさんの言葉で私はハッとなる。
そして、内心ホッと安堵の息をついた。
なるほど、皆私ではなく、私のドレスの方を見ていたのか。
今私が着ているドレスはアラクネ三姉妹の渾身の出来とも言われるもの。
グラデーションになっている深い藍色のパーティードレスのスカートの前部分を切り、パンツスタイルにしている。
正面以外から見れば普通にドレスを着ているようにしか見えないが、正面から見るとパンツになっていることに気がつける遊び心がある。
更にドレス上部中心に掛けてラインストーンが散りばめられていて、まるで夜の星空を思わせるようなドレスになっているのだ。
華やかすぎず、地味すぎないデザインで私も気に入ったのだが、まさか全員が黙ってしまうほど注目を浴びてしまうとは思わなかった。
私自身が原因ではなかったのだ。
ただ着ていたドレスに注目しただけ。
それだけでも緊張感は幾分か楽になる。
『皆さん、パーティーは初めてで?』
『うむ、人間の開催するパーティーは初めてだな』
『イグニさんはパーティー自体初めてだけどねー♡』
『むっ!』
『ハハハ、それにしては皆さん手慣れた様子でいらっしゃる。わたしが幼い頃、初めてパーティーに参加した時なんかは本当に緊張が止まりませんでしたね。』
マリアとイグニのやり取りをクスクスと笑いながら、クラスさんは会話を続ける。
『いくら家庭教師に社交界のマナーに関して学んでいても、実際にパーティーに参加するとなった時は頭が真っ白になっていました』
『へぇ、そうなんだ。なんか意外~』
『幼い頃はかなりのあがり症でして。社交界にデビューしてパーティーに参加するようになったのにつれて克服しましたが、初めてのパーティーで不安になる気持ちは分かりますよ』
今も他の貴族たちと同じように立ち振る舞うクラスさんの姿からはあがり症だった頃の面影なんて全くない。
本当なのか、それとも嘘なのか、さっぱりだ。
イグニはクラスさんの言葉を面白がり、試すようにクラスさんに尋ねた。
『ほう、では貴様は緊張を解す方法を知っていると? この俺様にもそのアドバイスが欲しいものだ』
『勿論ですよ。こういったパーティーで緊張してしまう時は、その場に立ち尽くしてしまうと余計に緊張してしまうでしょう。食事に楽しむなり、他の者との会話を楽しむなり、ダンスをするなりと何かしらを楽しみつつ、徐々にこの場の空気に慣れるんです。』
『へ~……』
『ですのでアイネス様、』
そう言った後、クラスさんは私にスッと手を差し伸べて言った。
私は差し伸べられた手に驚きつつも、私はクラスさんの方を見る。
『ここは一度、わたしと一曲踊ってはみませんか?』
『って、結局アイネスちゃんと交流したいだけじゃん! まだあの件諦めてないの?!』
『何を仰りますか。わたしは単純にアイネス様の緊張を解そうとダンスのお誘いをしているだけですよ? 別に、他に下心なんてありません』
『下心はないが、単純に貴様がアイネスと踊りたいと思っているのだろう?』
『まあ、そうとも言いますね。なにせ今のアイネス様は本当に美しい。誰かに先を越される前に、彼女のファーストダンスの相手の称号を取ってしまおうかと』
『だったら俺様がファーストダンスの相手の称号をやろうではないか。喜べ、今ならこの世で初めてドラゴンとのダンスの相手が出来る人間の称号も手に入れられるぞ』
『ははは、御冗談がお上手で……』
笑顔を浮かべたまま小競り合いを行うイグニとクラスさん。
一見爽やかな笑顔を被ってるけどなんとなく黒いオーラを感じる。
そんなやり取りが、ダンジョンでベリアルとイグニがやっている喧嘩によく似ていて、思わず緊張感なんて忘れてしまいそうになる。
私は握りしめていた手の力をそっと解く。
その時、ふとクラスさんと目が合い、そっと微笑まれた。
それは一瞬の出来事で、クラスさんはすぐにイグニとマリアの方を向いてしまう。
あ、この人、私を助けようとしてくれたのか。
そんな推測があっさりと見えてしまい、今度こそ緊張感が薄れてしまった。
周囲の貴族達も、まだ此方に注目してはいるが、イグニ達のやり取りの方に目を向けているからか、あまり視線が気にならなくなった。
なんというか、この人は本当に信用していいのか信用しない方が良いのか分からないな。
まあ、緊張を解くのには十分助かったけれども。
私はそっと、クラスさんが差し伸べた手の上に手を乗せた。
お手、だ。
イグニとマリアは驚いた表情を見せつつも、あからさまに文句は言わなかった。
クラスさんはにっこりと笑みを浮かべ、言った。
『これは、一曲踊ってくださると取ってもよろしいのでしょうか?』
『そうだね。仕方ないけど、アイネスちゃんがオッケーみたいだから許してあげる。でも、それ以上は駄目だからね!』
『勿論ですよ。さあ、アイネス様。此方へ……』
クラスさんにエスコートされ、会場の真ん中の方へと歩く。
会場の真ん中に着くと、私は静かに深呼吸をして、クラスさんに向き合う。
王宮の演奏家達が演奏を始めると共に、私はクラスさんに一礼し、そっとその手と手を合わせた。
此処で緊張していては駄目だ。
ひとまず、この場を乗り切ることに集中しよう。
この緊張を悟られることなく、不安を感じ取られることなく、無愛想に、無表情に。
私は、私になろう。




