来訪者の異変
「なんで、それ持ってんの?それ、キミらが持ってるはずねーもんなんだけどぉ。」
先程までヘラヘラと薄笑いを浮かべて浮ついた口調をしていたカナタが冷たい口調で令嬢に問い詰める。
突然のカナタの豹変ぶりに、一同は動揺する。
しかしカナタはそんな周囲の反応など放置して、令嬢に更に問い詰めた。
「今、『アイネス』って人から貰ったって言ったっしょ?その『アイネス』って人が誰か、教えてくんね?」
「あ、アイネス様は、マリアさん達の主で、物語のダンジョンを管理しておられる方ですが…」
「そーじゃねぇよ。もっと他に特徴とかあんだろ?顔とか性別とか、そいつがピーチクしてたとかよぉ!」
「ヒッ!」
令嬢の真横を強く蹴り睨み据えるカナタの威圧に令嬢は短く悲鳴を上げた。
カナタの顔には薄笑いなど浮かんでおらず、感情など何も感じさせない真顔になっている。
マリアとライアンはその令嬢を救おうとカナタに迫ろうとしたが、ソーマとアヤカによって止められてしまう。
「ちょっと!魔物にしか手を出さないんじゃなかったの!?」
「彼女は全くの無関係だろう!彼を止めるんだ!」
「うっさい。黙れよ。」
マリア達がカナタを止めるように説得しようとするが、アヤカの一蹴によって跳ね除けられた。
アヤカとソーマはカナタと同じような表情を浮かべて、マリア達に言った。
「確かに、何か僕達と君達で何かしらの勘違いがあると思って一度戦闘を止めて話し合いをしようと思っていたさ。ついさっきまでは…ね。」
「でもさぁ…アンタらがそれ持ってるとなったら話は別なんだわ。」
「確か、君達はその…『アイネス』だっけ?その人の配下の魔物だって言われてたね。」
「じゃ、ウチらの聞きたい情報とかぜってー持ってるっしょ。」
「君達の主に会わせてもらおうか。僕達は、その人に色々話を聞かなければいけないようだからね。」
剣と鞭を構え、戦う姿勢を見せる二人。
マリア達の言葉を聞くつもりはないようだ。
マリア達もエルミーヌ達の手前本気で戦闘する気はなかったが、此処にアイネスが絡んだとなれば話が変わってくる。
「……アイネスちゃんに、何するつもり?」
「ちょっと質問をいくつかするだけさ。」
「ま、抵抗するようならちょっと痛い目みることになるけどね。」
「それを聞いて、ボク達が簡単にアイネスちゃんを引き渡すと思っているのかい?」
「あんまり、調子乗らないでね?これでもあたし達、折角の楽しかった時間を邪魔されて結構キレてるんだから。」
一触即発の空間。
もう、この場でエルミーヌ達が貴族の前だと主張しても誰も聞き入れはしないだろう。
ならばせめて、カナタに追い詰められている令嬢を助けなければと思ったエルミーヌはカナタに向かって風魔法を発動した。
「<ウィンドチェーン>!」
詠唱も完璧、ソーマ達からの介入もなし。
エルミーヌの放った風魔法は真っ直ぐとカナタの方へと向かっていった。
しかし、カナタに当たる直前にエルミーヌの風魔法はガラスが割れるように音を立てて霧散した。
風魔法を使われた事に気がついたカナタが、つまらなさそうな目でエルミーヌの方を見る。
「なっ…!」
「だ~か~ら~、オレ言ったじゃぁん?オレに魔法も、状態異常も全く効かねえんだって。分かんねえかなぁ、プリンセスちゃん?」
「そ、そんな呼び方で呼ばないでくださいまし!」
「なんなら、オレに殴りかかってみる?でも、あーんまオススメしねーよ。オレ、こー見えて結構体育会系だし?ヤれるもんならヤッてみろよ」
エルミーヌを煽るカナタはイグニレウスほどでないにしても、エルミーヌより身長も体格も大きかった。
エルミーヌでは、手が出ないだろう。
フェデリカが剣を構えて出ようとしたが、エルミーヌがそれを止めた。
任意で魔法を無効化出来るなら剣に込められている強化魔法も無効化される。
それに前に出ればマリア達の戦闘の影響を受ける可能性だってある。
フェデリカにカナタの相手をさせるのはあまりに危険だった。
「口で教えてくんねぇならぁ、身体に聞いちゃおっか?」
「た、助けて…!」
緊迫した広間の中で、カナタに追い詰められている令嬢の涙目の小声が響いた。
誰も助けられずに困っていたその時。
「ンナァーゴ」
一匹の、猫の鳴き声が聞こえた。
そして次の瞬間、広間の出入り口から二つの影が飛び出した。
一つの影はその自慢の鋭い爪でアヤカの鞭を切り裂き、
もう一つの影はソーマの剣を弾いて懐に入り、首元にナイフを突きつけた。
「ちょいと目ぇはにゃしてる内に、舞踏会にゃらぬ武道会がはじみゃってたのにゃ?みゃーらも混ぜるにゃ。」
「動くなよ。下手に動けば容赦なく喉笛を掻っ切る。」
一方の影の正体はサバトラ。
もう一方の影の正体はジャスパーだった。
さらなる魔物の登場に目を見開き驚愕するアヤカ達。
サバトラ達の登場に、マリアは思わず二人に声を掛けた。
「サバトラさん、ジャスパーくん!?来てくれたの?!」
「あっちの二人に感謝するにゃあ。服や化粧が汗で酷くなるのを気にせず、わざわざ走ってみゃーらを見つけて、今の状況を教えに来てくれたのにゃあ。それで案内してくれんかったら、みゃーらはまだ王宮で迷子ににゃってたのにゃ。」
サバトラが顎で指した方向を見てみると、先程ライアンに庇われながらも広間から出た令嬢と子息達の姿があった。
どうやらあの二人がサバトラ達を呼びに行ってくれたようだ。
これで数では優勢になった。
ふと、ライアンがジャスパーの方を見てみると、ジャスパーがソーマと目を合わせていることに気がついた。
慌ててライアンがジャスパーに叫ぶ。
「ジャスパーくん気を付けて!その男、魔眼持ち!目を合わせると攻撃意欲をなくさせられる!」
「チッ、魔眼持ちか…。」
「はは、出来る事なら、そのまま離れてくれると助かるんだけどなぁ…。」
ソーマはジャスパーと目を合わせ続けながら、ジャスパーに頼み込む。
普通の人間であれば、これで引き下がるはずだった。
しかし、
「黙れ、人間。」
ジャスパーは冷たくあしらい、ナイフをズイッと近づける。
ジャスパーの目には親愛など浮かんでおらず、人間に対する憎悪と怒りしか存在しなかった。
「魔眼によって発生した一時の感情程度で俺は揺らがない。むしろ、怒りと憎悪が湧いてくる。」
「うーん、そうかぁ…。今日は、ちょっと調子が悪いみたいだね…」
「目線を下に逸らし、そのまま口を閉ざしていろ。二度は言わない。」
「はいはい…」
ナイフを突きつけられ脅されたソーマは、大人しく誰にも目線が合わないように下に逸らした。
アヤカもサバトラに爪を突き立てられているため、身動きが取れない。
形勢が、逆転した。
その時、ふとマリアはアイネスが一緒にいない事に気がついた。
「あれ、そういえばアイネスちゃんは?」
「まさか、置いてきたのかい?」
「うんにゃ、一緒に付いてきたにゃ。」
「アイツなら恐らく、既にこの広間の中を歩いてその軽薄な人間の元にいるだろうな。」
「え?」
サバトラとジャスパーの言葉にキョトンとした声を上げる面々。
そしてその数秒後に、ジャスパー達の言っていた言葉の意味を理解することになる。
「ぁあぅ!!!」
「キャッ!」
突然、誰かに股間を蹴られたようにビクビクッと身体を痙攣させて股間に手をやり膝から崩れ落ちるカナタ。
カナタが膝から崩れ落ちたことで、令嬢は悲鳴を上げながらもさっとカナタから逃亡し、エルミーヌ達の元へ避難してきた。
そしてカナタはというと、突然自身の下半身を背中側に逸らし、そしてエビのような状態になって痛がり始めたのだ。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!折れるっ!これ以上は折れるって!」
「どうしたのよ、カナタ!急にそんなアホなポーズ取って痛がり始めて!」
「オレじゃねーって!誰かがオレの上にいて、オレの足を持ち上げてプロレス技キメてるんだって!」
「はぁ!?アンタ、<例外者>があるでしょ!?」
「それが、何も起きねえんだって!確かに発動しっぱなのに…イデデデデデデデデデデデデッ!」
「ああもう!誰かいるのなら、さっさと姿を現しなさいよ!」
アヤカがそう言い放つと、カナタの背の上に人の姿が現れ始める。
まるでテレビのチャンネルを切り替えるように、はたまた霧の中から姿を現すように、始めからそこにいたような様子で彼女は姿を現した。
彼女は……アイネスはベールをめくりあげ、カナタを冷ややかに睨みながらそこにいたのだ。
「「「アイネスちゃん(様)!?」」」
突然姿を現したアイネスに、一同は大きな声を上げた。
完全に姿を現すと、アイネスはカナタの足を持ち上げて逆エビ固めをしたまま、無表情に話し始める。
『ホント、ついてないですよねー。王国に来てからトラブルが忙しなくやって来て。私だけなら全然良かったんですよ。私って結構怒りの沸点が高い方ですし、基本同じこと4回ぐらいされなければ容認するように心掛けてるんで。だって、人間誰しも生きてれば間違いなんてあるじゃないですか。一度や二度間違ってもその後誠心誠意反省してくれれば別にその人が何しようがどうだって良いんですよ。イジメだろうがなんだろうが、無視してれば気にもなりませんから…ね!』
「ギブギブギブギブギブ!!!」
『けど、流石にこれは駄目でしょう?なんでエルミーヌさんの開催しているお茶会の真っ最中にやらかしちゃってるんです?なんでライアンさんが軽傷を負ってるんです?しかもただ巻き込まれただけでしかない招待客の一人に壁ドンって、極刑ものですよ?王女様開催のお茶会を台無しにして、その招待客である人たちにも危害を加えて…その後の身が心配でないようですね。誰かの顔に傷でもついたら責任取れるんですか?ええおい。取れないんでしたら選んでください。今すぐその舐め腐った顔に一生モノの傷を付けるAコースと、今回巻き込まれた方々の親御さんに訴えられて処罰を受けるBコース。今ならもれなくCコースの砂糖を塗りたくって森の中に一日放置する刑も付いてきます。さぁ、どれにしますか?』
無表情でプロレス技をキメながら淡々と言葉を連ねるアイネス。
アイネスが本気でキレる姿をその目で見たことがあるマリアだけには分かった。
アイネスが、かなり怒っていることを。
完全にブチ切れてはいないものの、ご立腹であることを。
<オペレーター>でアイネスの言葉を皆が理解できるようにしている様子を見る限り、「何を言っているか分かりませんでした。」の一言で許す気は彼女にはない。
マリア以外の者達はアイネスの多弁っぷりとその圧に驚いて動揺しているが、マリアは口に出せなかった。
マリア自身もアイネスが怒る瞬間には慣れていないのである。
「ベールがめくれて顔が見えているよ」なんて、「アイネスちゃんその格好は可愛くないよ」とか言えるはずがない。
マリアはそっと、口を閉ざした。
そんな中、アイネスの姿を見たソーマとアヤカがその手の武器を落とした。
そして、アイネスを見て驚愕の表情を浮かべて口を大きく開いた。
「「あ」」
「あ?」
「「あーーーーっ!」」
アイネスに向かって指を指し、まるで幽霊でも見たような表情で大声を上げる二人。
突然の奇行に、マリア達は訳が分からず首を傾げた。
アイネスもその叫び声でソーマ達の方を向く。
『ちょっと、人に指差すなって教わりませんでした?』
「あ、あ、あ、アンタ、生きてたの…?」
『生きてますが、何か?』
「こ、小森さん、なんで君が此処に…?」
『普通に王族の方に招待されたからですが、何か?』
「え、え?でも君の名前なんて何処も聞いてないんだけれど…」
『まあ、当たり前ですよ。私ここではアイネスの名前で通ってますので。』
「「えーーっ!?」」
アイネスの言葉に驚愕の声を上げるソーマとアヤカ。
依然と手を叩いて苦しむカナタ。
アヤカとソーマの二人の反応に対し首を傾げたのは、彼らのやり取りを見ていたエルミーヌ達だった。
「あの二人、どうしてあんなにもアイネス様を見て驚いているのでしょう?」
「それに、今アイネスをなんか別の名前で呼んだにゃ?確か、コウモリ?だっけにゃ?」
「……そういえばベリアルさんから聞いた事があるかも。アイネスちゃんってこっちの言葉だと自分の本名が発音しにくいからって今の呼び名になってるけど、確かファミリーネームがそんな感じの名前だったような…。」
「え、そうなのかい?」
「仮にそうだったとして、何故あの人間達がアイネスの本名を知っている?」
「さぁ…あたしもそこまでは…。」
戸惑いを隠せないままにマリア達は小声で話し合いをする。
アイネスに直接尋ねたい所なのだが、キレる直前にあるであろうアイネスに今話しかけるのは躊躇があった。
その時、どうやらソーマ達に話しかけられて腕の力が緩んだのだろう。
痛みが和らいだことでカナタが後ろに視線をやり、アイネスの顔を目視した。
するとカナタは先程までの豹変ぶりやプロレス技をキメられている時の痛がっていた様子が嘘のように、軽薄な笑顔をパァッと浮かべてアイネスに向かって話しかけたのだ。
「あ、こもりんじゃん!おひさ~」
『は?』
「オレオレ!カナタちん!東雲奏多!」
『しののめ…かなた…』
「ウチは桃住彩夏!アンタ、まさか忘れたとか言うんじゃないわよね⁉」
「早乙女爽真だけど…覚えてるかな?」
『ももすみ…さおとめ…。』
カナタが自身のフルネームを発すると他の二人も共に自身のフルネームを名乗った。
アイネスは彼らの名前を復唱し、カナタの足に絡めていた足を離して顎に手を添え、静かに考え始めた。
広間にいる者全員が、アイネスに注目する。
『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ、もしかして、チャラ男くんとイケ男くんとギャル子さん?』
「いや思い出すの遅っ!?つかギャル子じゃねーし!」
「というか、誰か気づかないまま質問に答えてたのアイネスちゃん⁉」
10秒ほど時間を掛け漸く彼らが誰なのかを思い出したアイネスに、アヤカとマリアがツッコミを入れた。
「えっと…久しぶりだね?小森さん?」
『はぁ、どうも、お久しぶりです。』
未だに今の状況に戸惑いながらも挨拶するソーマ…、早乙女爽真に挨拶を返すアイネス。
そして暫く静寂が続いた後、アイネスは小さくため息をつき、そっと顎に添えていた手を降ろした。
そして…
『えいっ』
「イダダダダダダダッ!ギブギブギブギブギブ!!!」
(((((ぞ、続行したーーーーー!)))))
再びカナタを罰するため、逆エビ固めを続行させた。
それとこれとは話が別だったらしい。
アイネスはそのまま力を入れ直し、カナタに対する逆エビ固めを再開した。
カナタは手を叩いてギブアップを告げるが、今のアイネスに止める気はなさそうだ。
そこに、エルミーヌが勇気を振り絞ってアイネスに尋ねた。
「あ、アイネス様?」
『あ、はい、なんでしょう。』
「どうして言葉が通じているのか、というのは敢えて聞きませんが、一つだけ質問させてくださりません?この御三方とアイネス様は見知った仲なのでしょうか?」
『ああ、もしかしてギャル子さん達との関係性を聞いてますか?』
「ギャル子、というのは分かりませんが、今アイネス様が対応している殿方とその仲間の御二方を指しているのであればそうですわ。」
エルミーヌが話しかければ、アイネスもエルミーヌの質問を察したようで、そう尋ね返した。
そしてエルミーヌが肯定を見せるようにうなずくと、アイネスはなんでもない様子でエルミーヌ達に向かって言った。
『同じ故郷に住んでいた、知人です。此処に来る時に一緒にいた人の中の三人。』
「正確には、同じ学校に通っていた同級生だよ。」
「「「「「「ど、同級生?!」」」」」」
今までマリア達も知らなかったソーマ達とアイネスとの関係性に、全員が今日一の大声を上げた。
アイネスは、色々説明しなければ行けないのか…と大きくため息をついたのだった。




