此方に注目するのは勘弁してください。
ダンジョン戦争でもお世話になったインナータイプの防刃チョッキを下着の上に付け、その上にイグニとのトレーニングでも使っている運動着を着る。
長い髪をポニーテールに結び直してパンプスから強度の高いプロテクトシューズを履き、最後に顔を隠すためのスポーツマスクを付けて防刃手甲を付ければ特訓の準備は完了だ。
スポーツバッグを持って鍛錬場に戻ってみると、ドレス姿から一変したその姿に騎士団の人たちには驚かれた。
そりゃあ、見た目どっかの箱入り娘風の少女が変わった服を着た珍妙な少女に変わっていれば驚きもするだろう。
普段着の私の姿(<ネットショッピング>で注文した地球産衣類)を見た事のあるテオドールさんやアルベルトさん達は動じなかったが、他の騎士達は私の名前を呼んで別人レベルで姿が一変した私に近づくイグニ達と私を交互に見て驚いていた。
鍛錬場の一部を借りて、私とアルベルトさんは対面に向かい合う。
表面的な通訳としてマリアも観戦してくれている。
イグニはアルベルトさんに頼まれた通り、他の騎士たちの相手をしている。
たまに剣が折れるような音が聞こえてくるのが実に不穏だ。
軽いストレッチをして運動準備を終えると、アルベルトさんが話しかけてきた。
『さて、まずは基本の受け身から教えよう。』
「よろしくおねがいします。」
『受け身は武器を持っているか持っていないかなどで方法が変わるが、まずは無手の状態での受け身を覚えよう。今日中に覚えられずともイグニレウス殿に手順は教えておくので焦らずやってみるんだ。』
「分かりました。」
アルベルトさんに受け身の方法を教わりながら実際にその場で練習する。
アルベルトさんは異世界言語が分からないであろう私にも分かりやすいに自分でやって見せてくれるから分かりやすい。
コツとかもジェスチャーで教えてくれるから殆ど通訳なしでも分かる。
きっと自分の部下を育てるために鍛錬中に教えるので慣れているんだろう。
『驚いたな。まだまだ甘い所はあるけれど上達が早い。』
「学校の体育で少し習いましたからね。」
『アイネスちゃんの通ってた学校の教育の賜物ってやつ?』
『ほお、学び舎の教育…。アイネス殿の通っていた学び舎ではどんな武術を教えていたのだ?』
「学校によって多分違いますけど…中学に通っている頃は相撲、高校に通っている頃は柔道を習ってましたね。」
『『スモー』と、『ジュードー』?』
『聞いたことない武術だな。』
「後で教えますよ。」
理科以外にも地球の学校の教育が活用できる場があるとは思わなかった。
アルベルトさんの教え方が上手いのもあって、受け身は思っていたよりあっさりと習得していく。
頭や運動着についてしまった土を払っていると、アルベルトさんがキョトンとした顔で呟いた。
『ふむ、アイネス殿はやはり少々変わっているな。普通貴殿ほどの年齢の女性になると髪や服に泥がつくのを嫌がるものなのだが…。』
『貴族の女性とかになるとそういう子が多いの?』
『そうだな。貴族の女性というと皆社交界に出るためにダンスや流行の方に興味が向いているからな。泥臭い騎士の訓練は興味がないだろうな。』
『あれ、でもシャロディちゃんは?あの子も貴族じゃなかったっけ?』
『シャロディは元々騎士を輩出する貴族の出なのだ。社交界にも出ているが、ソレより前から騎士としての訓練を受けていたから抵抗が少ないんだろう。』
そう言いながらシャロディさんの方を見てみると、シャロディさんは他の男性騎士達に負けぬ勢いでイグニに突っ込み、攻撃を仕掛けている。
イグニに弾かれてもすぐに受け身を取って立ち上がっているのが見えた。
第二騎士団の副団長ということもあって、剣の腕が良いな。
『よし、受け身はだいたい覚えたな。次はアイネス殿がどの戦い方にあっているかの相性を見たいが…その前にアイネス殿、少し確認してもいいか?』
「はい、なんでしょうか?」
『先程『ジューナン』というのを見せてもらっただろう。実際のところ、アイネス殿はどれくらい体が柔らかいのだろうか?』
『それって何か関係があるの?』
『もししなやかな筋肉を持つのであれば、騎士たちの使う剣術よりも密偵が用いる短剣術の方がより相性が良いからな。力が強ければ体格が小さくても問題ないだろうが…』
「あ、無理です。そんな重い物は持てないです。」
『あまり重い物は持てないって。』
『だろうな。そうなると弓術や短剣術が丁度良いだろう。弓術はどの種族もあまり型は変わらないだろうから、今ここで教えるなら短剣術の方が良いだろう。』
『「へー…。」』
アルベルトさんの言葉に、私とマリアは思わず感銘のため息をついてしまう。
意外と色々考えてくれていたんだな。
こうやって一人ひとりの能力を考えてその人によって教える内容や方法を変えてくれるから団長としてもやっていけているんだろう。
実際アルベルトさんを見る他の騎士達の目は悪い物じゃない。
きっと、部下の人たちからも慕われているんだろう。
『短剣術に必要なのは器用さといかに素早く懐に入れるかだ。体がしなやかであれば動きの幅も範囲も上がる。だからアイネス殿がどれほど柔らかいのか、確認したいのだ。』
「はぁ…まあそれでしたら全然構わないですよ。見せるのは柔軟だけですか?」
『見せるのは体の柔らかさだけ?って聞いてるよー。』
『他に出来る事があるのであればそれも確認したいな。』
「分かりました。でも、多分此方の人より身体能力のベクトルが若干違うんで驚きますよ?」
『身体能力のベクトルが違う?』
「まあ、一つずつ行きますよ。」
私は軽く背伸びをして腕のストレッチをした後、アルベルトさん達の目の前で足を前後に開脚してみせる。
地面ぴったりとは言わずとも、ほぼ直線のように前後に開かれた。
「はい、スプリット。」
『『!?!』』
悲鳴こそ上がらなかったものの驚愕の表情を浮かべる周囲の面々。
私は前方に向けていた足をそのまま後ろにスライドし、上体を逸らして足のつま先を頭に付ける。
「アザラシのポーズ。」
『『!?!?』』
よほど驚いているのか、周囲から悲鳴どころか言葉も聞こえない。
イグニ達も私の方を見ているのか、先程まで聞こえていた激しい剣戟の音は聞こえてこない。
気持ちはわかるが注目しないで欲しい。恥ずかしいから。
「伸膝後転。立ちブリッジ。倒立。倒立ブリッジ…」
私は黙々と技の名称を上げながらアルベルトさん達の見ている前で学校の体育で習得した体操技を披露する。
体操部とかに入っていた訳じゃないので形は不格好だけれど、するだけならまあまあ出来る方…だと思う。
なにせ同級生の中には私より運動神経の良い人はいくらでもいたし、この世界には比較対象となる人がいないからどうしようもない。
そういえば、私と一緒に異世界転移してきたギャル子さんはチアリーディング部出身だった気がする。
柔軟や身体能力で言えば彼女の方が何倍も良いだろう。
彼女を含めた他の同級生達もこの世界に来ているだろうし、彼女と出会う機会があれば彼らに披露してもらうのも良いだろう。
「最後に側転からのロンダート……っと。」
『……。』
「これで全部ですよ。これらは全部戦闘向けじゃなくて劇とか芸のように披露するものなので自己防衛に使えるかはわからないですけど、十分でしたかね。」
『………。』
「…あの、聞いてますか?」
いくら尋ねても誰も言葉を返してくれないので段々と心配になっていく。
流石にやり過ぎたか?
柔軟運動自体認知されていないこの世界の人達に体操技は異常に見えてしまっただろうか?
しかし運動会ではコボルト達はこのぐらい簡単に出来ていたし、むしろこれより凄い事をしていた。
だから多少変に見えても、化け物扱いされるほどではないはずだ…多分。
そんな事を頭の中でぐるぐると考えながら周囲の様子を伺っていると、突然マリア達を含めた周囲の人たちが一斉に歓声を上げ拍手を始めたのだ。
『『おおおおおおおおおおっ!!』』
「うわうるさっ」
突然の雄叫びのような歓声に私は耳を塞いだ。
状況の理解がまだ出来ずに私はより戸惑いを強めた。
そんな中、周囲の騎士達は興奮した様子で声を上げた。
「えっ、えっ、なんですか?」
『ヒュー!凄かったぞ、お嬢ちゃん!』
『まるで舞いを踊っているようだったなぁ…!』
『こんなの、初めて見たよ!』
『幼い体躯の小鳥が一羽月夜の下で翼を伸ばし優雅に舞いに戯れるような、そんな幼くも神秘的な技の数々だった!』
「は、はぁ、どうも…?」
騎士たちの賞賛の言葉に思わず私は礼を言ってしまう。
というか最後に声あげた騎士の人、語彙力高いな。
ポエマーか評論家かなんかですか?職場間違えてません?
その時、マリアが私に興奮した様子で私に抱きついてきた。
マリアはキラキラと目を輝かせ、私に話しかけてくる。
『アイネスちゃん、凄かったよー!もう、すっごい身軽だった!』
「はあ、ありがとうございます」
『でも、こんな凄い事出来るってどうして教えてくれなかったのさー!』
「別に聞かれなかったですから。」
『それでも教えてよ!知ってたらあたし達だけで楽しめたのにー!』
「いや、結局隠す気なんじゃないですか。特に違いがないのでは?」
『アイネスちゃんだけしか知らないのと、あたし達だけが知らないのじゃあ全然違うの!』
プンプンという擬音が出そうなほど頬を膨らませ、可愛く怒るマリア。
死ぬほどじゃないけどそこそこ強い力で抱きしめられてるから地味に痛い。
怒った顔はとても可愛いけど私を抱きしめるその腕の力が全然可愛くない。
容赦してください。
『これも全部アイネスちゃんの学校で学んだ事なの?』
「そうですよ。基本の型を覚えて、十分柔軟運動して何度か練習すれば誰でも出来ますよ。」
『『ジューナン』が出来れば誰でも出来るんだ…!あたしも一緒にやってみようかなぁ…。羽なしでもあんなに綺麗に飛べるならちょっとやってみたいかも。』
「それは個人の自由なので別にいいですけど、毎日やらないと意味がないですからね?最初は勿論痛いですし。」
『それでもやるもん!あたしもアイネスちゃんみたいに綺麗な動きしたーい!』
「はぁ…良いですよ。柔軟が出来たら、バレエとか私の世界の踊りとかも教えてあげますよ。私は踊りには詳しくないんでそこからは独学になりますけど。」
『アイネスちゃんの所の踊りって良く『どらま』や『あにめ』で見るような可愛いのや格好いいのだよね?やるやるー!』
マリアの好きそうな地球のダンスを挙げればマリアの機嫌は直り、怒った顔から一変して笑顔に変わった。
マリアのダンスか……。周囲の男性陣をメロメロ状態にしそうだな。
あの色気がとんでもないマリアの本来の姿だったらポールダンスとかも…いや、止めておこう。
『ふむ…。技自体も素晴らしいが、動かせる範囲が広いからか一つ一つの動きがとても滑らかだな。それにそれぞれの動作で殆ど物音が聞こえない。』
『アイネスちゃんが言うには、『ジューナン』が出来たら踊りとかにも使えるんだってさ!』
『コレほどしなやかな動きができるなら、確かに踊りも綺麗になるだろうな。体の動かせる範囲が広がれば攻撃や防御の幅も広がるし、偵察の際に物音を極力消す事が出来る。偵察や隠密に使えそうだし、本当に訓練に追加してみるか…。』
アルベルトさんは顎に手を添え、本格的に柔軟運動を騎士達の訓練に組み込むことを考えている。
周囲の騎士たちは自分たちも柔軟さえ出来れば似たような事が出来るのかと考えているようで、小声で『あんな動きが出来るようになったら実戦とかでも使えそうだな…。』『俺もやってみようかな…』と話しているのが聞こえた。
騎士だから、こういった運動関連の知識は全て戦うことに活用しようと考えるのだろう。
『やはりアイネス殿は短剣術のような軽い武器がやりやすいだろう。ナイフや短刀は持ってないのか?』
「あー…ナイフはないですね…。ナイフって下手に使ったら自分が怪我しそうですし…。」
『持ってないし、使ったことはないって。』
『では、戦闘時は何を使っているのだ?』
「戦闘時って言っても、実際に戦ったのはダンジョン戦争の時の一度きりですからね…。」
あの時は<ネットショッピング>で手に入れたシュールストレミング、それに痴漢撃退スプレーやスタンガンを使用した。
シュールストレミングやスプレーは武器というよりは使い切りのサポートアイテムのようなものだし、スタンガンは戦闘術とは全く違う。
ナイフや短刀は怖いし…と思った後、ふと一つ思いついた。
アルベルトさんに一度謝り、持っていたスポーツバッグから中の物を取り出すように見せかけ、<アイテムボックス>から念の為入れておいた特殊警棒を取り出した。
私は特殊警棒の先を伸ばしてからアルベルトさんに見せた。
「これは駄目ですかね?」
『これは…短杖か?短杖を使うなら短刀術ではなく短杖術を覚えるべきだな。一つの武術を学ぶ時間は短くなるが両方教える事はできるが…どうする?』
「どうせなら短刀術も短杖術もどっちも教わりたいです。どっちも習得して損はないですし。」
『出来ればどっちも教えてもらいたい、だってさ。』
『なるほど、了解した。ならば最初は短刀術を、次に短杖術の基本の型を教えよう。短刀は此方にあるものを貸す。』
「ありがとうございます。」
アルベルトさんは優しく頷いて両方の武術を教えてくれる事を了承してくれた。
少し片方どっちかで良いのでは、とも思ったけれど、この世界ではどんな人が敵になるか分からない。
人や魔物の種類によっては打撲が効かなかったり、刺突が通じなかったりする時だってある。
それぞれ違う系統の武術を学んでおいたほうが良いだろう。
『いやあ、かの有名なダンジョンの主様は物を覚えることにとても意欲的なのですね。素晴らしい心構えです。』
その時、知らない誰かから声を掛けられた。
声の方向を見てみると、鍛錬場の外から知らない貴族の男性が歩いて此方に近づいてくるのが見えた。
その貴族の男性はアシンメトリーショートの薄い金色の髪の持ち主で、物腰はとても柔らかそうだ。
マリアは私の前に立ち、その男性を少し警戒しながら尋ねる。
『アイネスちゃんはあたし達の知らない事も知ってるからね~。ところで、人に声を掛ける時は、最低限の挨拶もしなくちゃ駄目なんじゃなぁい?』
『おっと…、これは申し訳ありません、レディ。先程そこの廊下でダンジョンの主様がとても美しい舞いを魅せているのが見えましてつい。』
『レディ、じゃなくてマリアだよ。アイネスちゃんの同行者兼通訳。』
『マリア…実に素敵なお名前だ。』
『それはどうも、ありがとう♡』
キザったらしくマリアにお世辞の言葉を向ける男性にマリアは可愛らしい笑顔を向ける。
顔面偏差値は…テオドールさんよりは劣るけど結構高い。
古い小説に出てくる怪盗みたいなキザなイケメンだ。
マリアはまだこの男性を警戒しているようで、男性から私を隠すように目の前からどくことはなく男性に尋ねた。
『それであなたは誰?』
『わたしはクラス・ベンクトソンと申します。このケネーシア王国の公爵に当たる者です。どうぞお見知りおきを。』
綺麗に一礼をする貴族の男性…クラスさんに、私も一礼を返す。
こんな時でもマリアの警戒心は晴れない。
よく見れば遠くにいるイグニ達も此方を見て警戒しているようだ。
そんな中、クラスさんはニコニコと笑みを浮かべたまま私に話しかけてきた。
『それでダンジョンの主様、どうやらこれから武術の訓練をそこの騎士団長より受けるご様子…。どうか、このわたしにも見学をさせてはいただけないでしょうか?』
鍛錬場の圧力がワンランク上がったのを感じた。




