鉄剣と一緒にしないで欲しい
アルベルトさんが仕掛けた攻撃は、いとも容易くイグニが防いだ。
いや、『防いだ』というよりは『摘んだ』と言う方が正しい表現だろうか。
イグニは自身の胸元に向かって飛んでくるアルベルトさんの斬撃を親指と人差し指だけで摘み、そのままピタリと止めてしまったのだ。
完全に斬撃が止まるとイグニは剣先を放し、アルベルトさんが再度攻撃を仕掛ける。
イグニは更にそれを指一つで跳ね返してしまった。
その後もアルベルトは負けじと剣を手に多方面からイグニに攻撃を仕掛け、イグニは二つの指と尻尾のみで弾き返す。
『はにゃにゃ、こりゃ凄いにゃあ。』
『イグニさん、始まってからずっと一歩も動いてないね~。』
『あの騎士も凄いよ。次の攻撃までの動きが凄く早い。イグニさんだから反応できてるけど、魔法に長けた魔物相手ならかなり通用するんじゃないかな?』
『言っている場合か?あれは止めたほうが良いだろ。』
『ていってもどうやって止めるにゃ?あれ、下手に入ると巻き添えを食らうにゃよ。』
『アイネスちゃん、今こそあの「ワタシノ、タメニ、ケンカハ、ヤメテ!」を言うチャンスだよ!』
「言った瞬間に白けて恥ずかしいことになりそうなんで却下です。」
イグニとアルベルトさんの模擬戦を見ながらマリア達と共に観戦する。
二人の模擬戦は確かに私達が止めに入れば確実に巻き添えを食らいそうな激しい戦いだった。
しかし、彼らの戦いはそう長くは続かなかった。
アルベルトさんが上段から剣を振り下ろしたその瞬間、イグニが剣先を二つの指で弾いた。
よほど強い力で弾かれたのか、剣はアルベルトさんの手から離れ、宙を待って鍛錬場の地面に突き刺さった。
アルベルトさんは地面に刺さった自分の剣の元ヘ向かい、地面から剣を抜いた。
そして自分の剣を良く見た後、イグニの方を振り返って言った。
『…模擬戦においてはイグニレウス殿の勝利だが…これでは駄目だろうな。』
『むぅ…そうか。中々難しいものだな。』
『なあに、イグニレウス殿ならすぐに身につくはずだ。良い手合わせをさせてもらった。流石はかの古代竜の内の1種族だ。』
『貴様も人間にしては中々であったぞ!ハーッハッハッハッ!』
イグニとアルベルトさんは笑いながら握手を交わす。
彼らの手合わせを観戦していた騎士たちが一斉に感嘆の声を上げ拍手をした。
イグニ達の試合が終わったのを見て私達はイグニ達に声を掛けた。
「イグニさん、何してるんですか?」
『おお、アイネスではないか!愛玩動物達と戯れていたのではないか?』
『それはさっき終わったよ~。今はライアンちゃんの要望で鍛錬場の見学に来てた所。』
『それで、イグニレウスは何故に模擬戦しているんだにゃ?下手に暴れたら目ぇ付けられるにゃよ。』
『それなら問題ない。何故なら…』
『自分がイグニレウス殿に頼み込んだのだ。是非一度手合わせの相手をしてほしい、とな。』
イグニがサバトラの問いに答える前に、後から近づいてきたアルベルトさんが答えた。
鉄剣を持ったまま、アルベルトさんは話を続ける。
『つい先程、人間達がどういった訓練を受けているのか見学したいとイグニレウス殿が来てね。見学を許可する代わりに手合わせを願ったのだ。ドラゴンとの手合わせなど、早々出来ることではないからな。』
『なるほど、確かにその通りだね。この王国内にドラゴンが来る事なんてないのだから。』
『俺様もこの国の騎士がどれだけの実力の持ち主かを見てみたかったからな!周囲に被害が及ばず、相手を重傷に追い込まぬ程度に相手をしたというわけだ!』
「重傷に追い込まない程度…指二つと尻尾しか使わなかったのはそれが理由ですか…。」
二人が模擬戦をしていた理由に納得がついた。
しかし、先程アルベルトさんが言っていた「これでは駄目だろうな。」という言葉の理由が分からない。
そう思っていると、代わりにライアンが尋ねてくれた。
『じゃあ、「これでは駄目だろうな。」というのは一体?』
『それは、これのことだ。』
アルベルトさんは私達にその手に持っていた鉄剣を見せてきた。
先程まで手入れが完璧に施されていたはずの鉄剣がボロボロになっており、あちこちが欠けてしまっている。
まるで戦に使われたようだ。
今はまだ折れていないけれど、あと1,2回ぐらい使えばすぐに折れてしまいそうだ。
『うわぁ、何これ!超ボロボロじゃん!』
『こんな古い武器で戦っていたのかにゃ?』
『いや、これは他の剣と比べれば新しく仕入れたばかりの物だった。先程の模擬戦でこの状態になったのだ』
『そろそろアイネスに拳や蹴りの一つでも教えてやりたいのだが、俺様はまだ人間相手の手加減というのが身についていない。なので、鉄剣を人間の拳や足だと見立てて手加減の練習をしていたのだ。まあ、結果はコレだがな!』
「重傷じゃないですか。」
鉄剣を人間の手足に見立てるというのもおかしい話だけれど、たった一回の手合わせでこんなにボロボロになるのもおかしい話である。
イグニの豪腕は知っているし、鉄剣が折れない程度にまで手加減出来るようになったことは実に素晴らしいのだけど、鉄で出来た剣を人間の手足に見立てないで欲しい。
私の手足の骨は鉄より脆い。せいぜい木刀が良い所だ。
アルベルトさんもそれに気が付かなかったのだろうか。
『治癒魔法で怪我は回復できるだろうが、鍛錬が中止になるほどの大怪我をさせるのは気が引けるからな。』
「治癒魔法あってもトラウマになりますよそんなの。」
『確かにイグニさんがアイネスちゃんと手合わせしたら、最悪アイネスちゃんを殺しちゃいそ~。』
『手合わせとかだけ他の魔物に頼むとか出来ないのかい?』
『難しいな。殆どの者が人間と体躯も能力も違いすぎる。それに、俺様を含め全員人間との実戦の経験はあるが人間相手…それも元々は戦いに縁がなかった人間の娘相手に自衛の為の戦闘を教えた経験はない。怪我をさせぬ程度に手加減することは出来ても、自身の戦闘技術を教えることは難しいだろう。』
『確かにねー。あたしも自分の持っているスキルの習得の仕方や異性を籠絡させるコツぐらいなら教えられるけど、実戦の仕方を教えるのは難しいかも。』
「皆さんは基本人間を撃退する側ですからね。」
アラクネ三姉妹やスライムやウルフは人間と体の造りが違いすぎて、人間に戦闘技術を教えられない。
ベリアルやイグニは能力が高すぎて途中で私が大怪我を負いかねない。
ワイトやスケルトン達は言語能力がないから口頭で注意することが出来ないし、オークであるトン吉は私と体のサイズが違うから私に合った戦闘技術を教えるのは難しい。
コボルト達は前のダンジョンでのトラウマがあるだろうし、フォレスやウィッチ達は魔法で戦うスタイルだから物理攻撃を教えるのには向いていない。
他も戦い方が特殊だったりそもそも戦闘向きの魔物じゃなかったりと、戦闘技術の教官になるには少々難易度が高い。
実戦練習の相手ぐらいにならなってくれそうだけどね。
『ケネーシア王国から誰か教師を向かわせようか?』
『いや、遠慮しよう。これは俺様達で解決すべき事だからな。』
『確認したいのだが、普段の特訓の内容はどれほどしているのだ?』
『体力作りだな!』
『体力作り?受け身の練習はしないのかい?』
『テオドールくん、教官はイグニさんだよ。受け身を取る機会なんてあると思う?』
『……ないだろうな。』
マリアからの言葉で受け身を教えない理由を察したテオドールさんとアルベルトさんが苦笑を浮かべる。
イグニに互角で渡り合えるのってベリアルぐらいだからね。
受け身の仕方なんて知らないよね。
『体力作りは、具体的にどういったものをしているのだ?』
『そうだな…。運動場のランニング10周と素振り200回、腹筋200回、腕立て200回と…』
『待ってくれ、量が多くないか?』
『騎士団の毎日の訓練と同じかそれ以上の訓練量だな…。』
『なにせ教官がドラゴンだからにゃあ…。』
『最初はこれの5倍の量を提案していたんだよ。アイネスちゃんが却下して今のトレーニング量まで減ったんだ。』
『5倍…。それは確かに人間の少女には多すぎるな。』
『アイネス嬢のダンジョンにある運動場は僕も見たことがあるけど、あそこ、結構広かったはずだしね…。』
イグニが提案した最初のトレーニングメニューを聞いてテオドールさん達引き気味に言った。
よく見れば此方の会話を聞き耳しているらしい周囲の騎士達も苦そうな表情になっている。
種族ギャップを理解してくれる人が現れてくれて本当に良かった。
周りが体力お化けの魔物達しかいなかったからあまり理解してくれなかったんだよ…。
今までこの体力の差を理解してくれたのはマサムネさんだけだったんだよ…。
テオドールさんとアルベルトさんに対する私の好感度が少し上がった。
『あと、最近は俺様のトレーニングとは別に『ジューナン』をしているのだろう?』
「あ、はい。といっても入浴後と朝起きた時にやる程度ですけどね。」
『『ジューナン』?』
どうやらテオドールさん達も柔軟運動は知らないようで、首を傾げた。
周囲の騎士たちも聞いたことのないトレーニングが気になっているらしく、訓練の手を止めてそわそわと此方を見ながら聞き耳を立てている。
『なんでも体の筋肉を柔らかくして動かせる範囲を広げるためのトレーニングなのだそうだが…。あれはヤバいぞ。初見で見るとパニックになる。』
『パニックになる?』
『実際に見れば分かる。アイネス、今出来るか?』
「良いですよ。誰か、比べるために私と並んでくれません?」
『誰か一緒に並んでやってくれる人はいないか?だって!』
『私が共にやります。同じ女の方が比較しやすいでしょうから。』
マリアが私の言葉を通訳して募集者を募ると、シャロディさんが挙手をして此方に近づいてきた。
どうやら彼女も此方の会話を聞いていたようだ。
シャロディさんは私の横に並び、問いかけた。
『それで、何をどうすれば良いのだろうか?』
「ナニスレバ、イイ?」
「今私スカートなので開脚やY字バランスとかは出来ないので前屈にしましょうか。立った状態で膝を曲げず、手を地面につけてみてください。」
『えっと…そのまま膝を曲げずに手を地面に付けるんだって。』
『なるほど、こうか?』
シャロディさんは私が言った通りに上半身を前に倒し、足を曲げずに地面に手を出した。
しかしシャロディさんの上体はそこまで倒れず、指先から地面まで数センチ離れていた。
『くっ、これ以上は難しいな…。』
「あー、体硬いですね。やっぱり柔軟してないとこれぐらいですか。」
『次はアイネスちゃんがやってみてよ!』
『勿論ですよ。』
マリアに強請られたので、私はスカートがめくれないかチェックを行う。
その間、イグニがテオドール達に何かを告げた。
『貴様ら、見ても悲鳴は上げるなよ。』
『?それはどういう…』
「よいしょ…っと」
アルベルトさんが答える前に、私はシャロディさんの隣で前屈を行う。
日頃の柔軟運動のお陰で上体はほぼ180度に曲がり、私の手のひらは地面にしっかりとついた。
うん、いつもどおりだな。
『『『『『うわああああああ!?!』』』』』
「うわうるさっ」
そしてその光景を見た瞬間、イグニ以外のほぼ全員が大きな悲鳴を上げた。
その悲鳴に驚いて慌てて上体を上げると、テオドールさんが慌てた様子で此方に尋ねてきた。
『アイネス、大丈夫なのかい?今、体が二つに折れて…』
「折れてないです。ちょっと腰を曲げただけですから。」
『本当に大丈夫なのか?あれは、人間が為せることなのか?』
「そんな大した事じゃないですよ。柔軟運動をして慣れればこのくらいは出来ますから」
『アイネスちゃんは、史上最強のお爺ちゃんの孫娘だったの…?』
「武術なんて学校の体育以外習ったことないですし、風を切る翼のような動きは出来ません。」
デジャヴを感じるな、このやり取り。
どうやら他の人から見ても私ぐらい身体が柔らかいと凄いを通り越して軽く恐怖の対象らしい。
野次馬している騎士達の顔が青ざめている。
『因みに、アイネス以上に『ジューナン』が出来るものだともっと凄いらしいぞ。背中から関節を曲げて箱のような形になれるらしい』
『そ、それは凄いね…』
「マリアさん達も毎日やれば似たようなことできるようになりますよ。試しに一緒にトレーニングしてみます?」
『『いやいやいや…』』
私の誘いに必死に首を横に振るマリアとライアン。
イグニ同様柔軟運動は怖いらしい。
二人は元々人型の魔物だから大丈夫かな、と思ったが違うようだ。
アルベルトさんは最初こそ驚いたものの柔軟の良さが分かったらしく、「訓練のメニューに取り入れてみるか…?」と呟いていた。
その呟きを聞いた野次馬達はより一層顔を青ざめていた。
怖くないよ、ちょっと柔らかくなるまで関節が痛いだけだよ。
そんな事を思っていると、サバトラが愉しげに話しかけてきた。
『アイネス、アイネス。『ジューニャン』ってのは、こんな感じかにゃ?』
『ひぇっ!』
「あ、そうそう。そんな感じです。」
サバトラが私と同じように前屈をした。
地面に手のひらをつけ足と上体をぺったりつける姿に、マリア達が短い悲鳴を上げた。
流石は猫型の魔物。獣人の姿になっても身体が柔らかい。
『うわぁ…頭と足がぺったりくっついてる…』
『アイネス以外にも出来るやつがいたとは…』
「身体柔らかいですね、サバトラさん。」
『にゃはは、身体の柔らかさにゃあ自信があるにゃ。これのお陰で小さい通気口も余裕で入れるんだにゃ』
『あのダンジョンでどんなに鍵を掛けても侵入して盗み食いが出来たのはこれか…』
サバトラの柔軟力を示す出来事に思い当たる節があるのか、ジャスパーが唸るように呟いた。
サバトラ、どんだけあのダンジョンで悪戯してたんだろう。
『丁度いい!今からから騎士達に『ジューナン』を教えてやる代わりにアイネスも騎士達から指導を受ければ良いんじゃないか?』
「え、騎士達の訓練にですか?流石に迷惑になるでしょう、それ。」
『俺たちは構わない。俺が受け身やその練習方法を教えよう。代わりにイグニ殿は他の騎士達とも手合わせをしてやってくれないだろうか?普段は俺や今ここにいない第一騎士団の団長副団長達がしごいているが、偶には別の者を相手にさせた方が刺激になるだろう。』
私がイグニの提案を却下する前にアルベルトさんが此方の気持ちを汲み取って返答してくれた。
ドラゴンと模擬戦ができると聞いて、野次馬している騎士達から興奮の声が上がる。
これは実に断りにくい。
テオドールさんも特に反対しないからダメな事ではないのだろうけど、実に面倒な展開である。
しかし、戦闘のプロから受け身とかを教われるのはいい機会だ。
魔物達しかいないダンジョンでは、得られない経験だろう。
嫌なことははっきりと断るべきなんて教えがあるけれど、あれはほとんど使い物にならない。
人間、生きていれば断りたくても様々な要因で断れない事だってあるのだ。
行うべき仕事をアニメに出てくるヒーローのように堂々と、高らかに拒否すればクビになってしまうのと同じだ。
まさに秩序の暴力。暗黙のルールに基づいて人を押し込めるのが人間なのである。
私の場合、そのタイミングが今この時であったのだった。
私はため息をついてからイグニに言った。
「…分かりました。」
『うむ!やるのだな!』
『服はどうするかい?此方で用意すべきだろうかな?』
「フク、ドウスル?」
「運動着なら念のため持ってきていますので大丈夫ですよ。これから着替えてきます。」
『自前の物があるそうだぞ。今から着替えに戻るそうだ。俺様もついでについて行く。』
『了解した。』
アルベルトさんが胸に手を当て、頷いた。
その姿は本当に勇ましいけれど、出来れば別のタイミングで見たかった。
ひとまず、防刃チョッキは運動着の中に着て行った方が良いなぁ。
そんな事を考えながら、私は自分に割り振られた客室へと戻ったのだった。




