ツンドラを通り越して氷河期
『ど、どうしたんだい、アイネス嬢?』
突然声を上げた私に対し、テオドールさんが戸惑い気味の表情で話しかけてきた。
ベリアル達も驚いた様子で私を伺う。
そんな彼らの視線が集まる中、私は真剣に訴え掛ける。
「無理です。」
『え?』
「ゴブ郎くんが連れてけないんでしたらパーティーに参加出来ません。」
『参加出来ない…ですか?』
『しない、じゃなくて?』
「貴族のマナーが分からないとか会話出来ないからとか、色々理由はあるんですよ。そもそも私自身はまだそんな自衛出来るほどではないですし。」
『貴族のマナーや言語に関してですか…。アイネス様は貴族としてのマナーはほぼ十分だとは思うのですがね。』
『言葉の方もあたしが側にいて通訳すれば大丈夫じゃない?そうしたらベリアルさん達程でないにしても、護衛役だって出来るし。』
「それらはそれで解決出来るでしょう。ただ、メインの理由に関してはゴブ郎くん達がいない限り解決が難しいです。」
『ゴブローくん達じゃないと解決出来ないこと?』
『まだ他に理由が…?』
不穏な空気を醸し出しながら私に視線を向けるベリアル達。
全員が喉を鳴らす中、私は彼らに言った。
「私…実はコミュ障というか…人とのコミュニケーション能力が壊滅的なんです…。」
『『は?』』
私の言葉を聞いて私の言葉が理解できるマリアとベリアルが拍子抜けしたような素っ頓狂な声を上げた。
いや、確かに下らない理由かもしれないけどさ、結構大事なことだよ。
だからそんな「こいつ何言ってるの?」みたいな顔するの止めて。
『アイネスはなんて?』
『それが…自分は人とのコミュニケーション能力が壊滅的なのだと…。』
『『は?』』
私の言葉が分からないテオドールさん達にベリアルが私の言葉を通訳して伝えると、テオドールさん達もベリアル達と同じ視線を向ける。
四人とも同じ顔するのってシュール過ぎないかな?
「私の社交性の低さはそんなパーティーに行ったら完全に失礼に値するレベルです。最早死刑レベルかと。」
『そこまで自分の社交性を自虐するレベル?!』
『しかし、特訓中ではゴブローさん達がいなくてもさほどコミュニケーション能力に問題はなかったと思えますが…』
「それは単純に長いこと一緒に過ごして慣れてきたからですよ…。見知らぬ人やそこまで面識がない人相手だと本当駄目です。今まではゴブ郎くんやスライム、ウルフ達といった緩衝材、たまにベリアルさんやイグニさんといった仲介役がいたから初対面相手でも大丈夫でしたけど、それらがないんでしたら私のコミュ障がフルパワーで発動します。」
『そんなゴーレムの起動みたいに言うんだ…。』
今までの生活でなんとなく察されているのではないかと思ったけれど、どうやらベリアル達も気づいてなかったらしい。
確かに思い返してみると、私は今まで殆どといっていいぐらいゴブ郎が一緒にいた。
ダンジョン戦争中もゴブ郎の代わりにスラっちがいたし、図書室の整理整頓でやって来たのも見た目ワンコと狼の子供コボルト三人組とファインだったからコミュ障がフル稼働することがなかった。
特訓を始める頃には既にベリアル達にも慣れてきた所だったし、ベリアル達が気づかなくても可笑しくはないかもしれない。
元々、言葉自体が通じない状態だったしね。
『ふむ…だけどそんなに言うほどなら、一度どのくらいのものかを確認しておきたいな。』
「えぇ…。」
私のコミュ障っぷりを見たいとは一体どんな公開処刑だろうか。
テオドールさん、もしかしてドS?
いやまあ、理由は分かる。
私がどれだけコミュ障なのかを確認して、本当に酷いならそれを理由に断られたと片付けるつもりなんだろう。
そういった理由なら貴族達も引かざる終えないから、穏便に済ませられる。
でも、今ここでそれを見せなさいって鬼畜の所業ではないだろうか。
『しかし、このダンジョン内の魔物達での検証は難しいのでは?』
『エルミーヌちゃんのお兄さんもアイネスちゃんのダンジョンで一週間過ごしてたわけだし、初対面ってほどじゃないんじゃないかな?』
ベリアル達がテオドールさんの言葉に、反論を申してくれた。
良いぞ、もっと言ってくれ。
実際このダンジョンにいる皆とはそろそろ慣れてきたのでコミュ障がフル稼働することはないしね。
『そうだろうね。となると、この中でアイネス嬢と殆ど面識がなくてあまり親しくもない人間といったら…。』
テオドールさんがそう言った瞬間、今度は全員の視線がリドルフォさんに集まった。
突然視線を浴びせられたリドルフォさんがギョッとした様子で慌て始める。
『わ、わたくしにアイネス殿と二人っきりで会話をしろと?!』
『だって、君ぐらいしかアイネスとそこまで親しくない人間がいないだろう?』
『た、確かにわたくしも一応貴族ですので社交界に出るぐらいの社交性はありますが…しかし…。』
ニコニコとテオドールさんが微笑んで遠回しに「私と二人っきりで会話しろ」と命令をする中、必死にリドルフォさんが抗議する。
正直テオドールさんでも十分コミュ障フル稼働出来るけれど、敢えて口を閉ざしておこう。
王太子と王宮魔術師だったら断然王宮魔術師の方がその後面倒じゃない。
『では、私達は会議室の横の空き部屋でお茶菓子でも食べましょうか。』
『10分くらいで戻ってくるから、それまで頑張ってねー!じゃ、ゴブローくん行こー!』
「ぎぎー!」
『それじゃあ、仲良く頑張ってくれ。』
『殿下ーー!?』
「私に拒否権ないんですね…。」
ニコニコと笑顔を浮かべて会議室を出ていくベリアル達。
君たち、こういう時に限って息ピッタリだよね。
最後にベリアルが会議室を出て、扉をゆっくりと閉めた。
そして、地獄の10分間が此処で始まった…。
***** *****
そして、地獄の10分間の結果。
『それで、二人っきりで話してみた感想はどうだったかい?大体見て分かるけれど。』
『地獄でしたよ……!!!此処まで苦痛とは思いませんでした…!』
『あちゃー…そんなになんだぁ…。』
「なんかすみませんね。コミュ障で」
リドルフォさん に 胃痛 が 付与された!
床に手をついて息が絶え絶えになっているリドルフォさんを横目に、私はゴブ郎くんを側に置いて、ベリアル達はリドルフォさんを囲いキョトンとした表情でリドルフォさんを見下ろす。
一応胃薬は渡して飲んでもらったけど、理由が理由なせいで胃痛が収まるのは暫く後だろう。
『具体的にどんな感じだったの?あたし達って普通にアイネスちゃんとやり取りしてるからイマイチ想像が出来ないや。』
『まず、言葉が分からない云々の前に会話が始まりません。アイネス殿は何も言わずまるで凍りついたかのように黙っていますし、わたくしの方から会話を切り出そうとしても一度か二度首を縦に振るか横に振るかで会話が終了してしまいます。その間アイネス殿は、威圧とはまた違った迫力のあるオーラで包まれていて決して目を合わせません。万が一合わせても一切の光を映さない瞳をしています。気まずいとかそういう域を越えてましたよ…』
『それほど、でしたか…。私がアイネス様の特訓に付き合っている時はそういうのは一切感じられなかったのですが…。』
「元いた場所でも同じ感じでしたよ。入学式後の新学期とかクラス替えの時とか余程の物好きじゃないと私に話しかけられませんでしたし、最悪の場合は私の空気に皆も巻き込まれて新学期当日の朝からお通夜状態でしたよ。先生相手にも「対面してて気まずいってどころの騒ぎじゃない」って言われました。」
『アイネス殿は今までどうやってこの状態で生きていけてたんですか?!』
「親以外とは基本用事がある時以外は一人で過ごして息をして食事を食べて生きてましたね。」
『すっごい寂しい学園生活を送ってたんだね…。』
マリアが心底可哀想な物を見るような目でそういった。
確かに他人から見れば寂しい学園生活だろうけど、別に気にしてなかったから直す努力もしてなかったしね。
そのせいで今リドルフォさんがこんな目に遭ったわけだけれど。
更に私は他人が気づかないような事や隠している事を気づき、変な考察を立ててしまうという面倒な性格の持ち主。
初対面相手に会話が出来ない状態で、口を開ければ聞きたくもないだろう面倒で厄介な事ばかりを言う。
友人関係など出来るはずもない。
そういえば、とあるリア充からは「ツンデレとツンドラを通り越して氷河期」とか「魔王」って言われたことがあったなぁ。
ダンジョンマスターをしている今、言い得て妙かもしれない。
『しかし、確かにこれは社交パーティーに出るのには少々問題だね…。』
『アイネス殿には悪いとは思いますが、あの状態のアイネス殿がパーティーに行けばパーティー会場内の空気がかなり悪くなりますよ!?』
「本当、自分でもそう思います。」
その身で私のコミュ障っぷりを実感したリドルフォさんがテオドールさんに私の参加拒否に賛同してくれる。
私がパーティーに参加すれば快気祝いの喜ばしい雰囲気が一気にお通夜モードになる。
私自身も人に囲まれることで精神がガリガリ削られてダメージを受ける。
正直このままパーティー参加を拒否したい。
だから頑張ってくださいリドルフォさん。貴方が頼りだ。
それに対し、マリアが何かを思いついた様子で声を上げた。
『でも、逆にそこまでコミュ障ならパーティーに参加したほうが良いんじゃない?』
『それはどういう事ですか?』
マリアの言葉にベリアルが問い返した。
マリアは何でもない様子でベリアル達に説明する。
『だって、そんなにコミュニケーションが取れないってその目でハッキリと見たらパーティーに参加してもアイネスちゃんに近づこうとする人間たちは近づこうとしないでしょ?そしたら今後アイネスちゃんに変な誘いが来ることがなくなるんじゃないかな?』
『なるほど…一理ありますね。』
『そうだね。悪くないんじゃないかな?』
『「えっ?!」』
マリアの提案に賛同するベリアルとテオドールさんに私とリドルフォさんは同時に声を上げた。
なんだか流れてほしくない方向に流れていっているような…。
『あとはパーティーの途中で僕かエルミーヌが声を掛けて、仲良く談笑している姿を貴族達に見せつければ…』
『貴族達が後でアイネス様には人間と仲良くする気がないと言われる事も封じる事が出来る…、ということですね。』
トントン拍子で決まっていく様子に私は困惑が深まっていく。
この二人…完全にパーティーに参加させるつもりでいる!
私にパーティーに参加させて、面倒な貴族達の鼻を明かそうと目論んでいる!
私よりも仲良くなってませんかね、テオドールさん?
『そうだ、同行者にイグニレウス殿を呼べるかな?人型は保っているけれど種族はエンシェントドラゴン。貴族たちの余計な口出しを封じるには十分だろう。』
『勿論可能ですよ。アイネス様もよろしいですよね?』
「え、あ、それは別に大丈夫ですけど…。そもそもイグニさんとは前回のパーティーで次にこういった事があったら連れてくって約束もありますし…。」
『大丈夫なようですよ。』
『そうか、だったら決まりだね。』
「はっ!」
ベリアルに尋ねられて思わず答えてしまい、その時己の失敗に気がついた。
しまった、私もパーティーに行くと了承したようになってしまった。
リドルフォさんが私を裏切り者でも見るかのような目で此方を見る。
すみません、リドルフォさん。参加するつもりも故意的に気まずい空気を生み出すつもりもないんです。
「い、いやいや、まだ私は行くと決めた訳ではないんですけど…。」
『アイネスはなんて?』
『まだ行くと決めた訳じゃない、と言っていますよ。』
『そうだね。元々参加する必要がないパーティーに参加してもらうのだから、何かそちらにメリットがないと駄目だろうね。』
「いや、メリットとかそういうことでは…」
私がどうにかパーティーへの参加を拒否出来ないかと模索していると、テオドールさんが何かを考える素振りをし、思いついたように口を開いた。
『そうだなぁ…実はパーティーでは王宮の料理人が新作料理を出す予定なんだ。』
「新作料理……?」
『ほら、君から貰ったお土産にいくつか食糧が混ざっていただろう?それとエルミーヌから聞いた料理のレシピを聞いて、料理長が自分なりにアレンジをして似たような料理を作るようになってね。それが君のダンジョンの料理程ではないにしてもかなり美味しいんだ。』
『ほう…アイネス様の持つレシピを元にしたのであれば、さぞ美味しいのでしょうね。』
『他にも、他国の招待客が料理人を連れて来て王宮の調理場を借りて料理することになってるから他国の料理も楽しめるはずだよ。』
テオドールさんの言葉に思わず耳を傾けてしまうけれど、慌てて我に帰った。
この世界の食事はタケル青年のせいで味が濃い物になっているはず。
私には辛すぎて食べ切れない物のはずだ。
他国の料理というのもとっても気になるけれど、私はそこまで食いしん坊キャラではない。
パーティー参加を決めるほどのメリットじゃない。
『それと、パーティーがあるのは今日から二週間後だから、それより前に来てお忍びで城下町を探索するのも良いかもしれないね。今の時期だと吟遊詩人や劇団が滞在しているはずだから、言葉が通じなくても楽しめる物があるはずだよ。』
「城下町…劇団…」
なるほど、城下町探索。
実に異世界ファンタジーらしいイベントだ。
現段階では言葉が一方通行にしか通じない私でも楽しめそうなものを挙げるとは、中々の売り込みだ。
だけど私はそういった物にはあまり興味がない。
劇や歌が聞きたいならタブレットの某動画サイトでいくらでも見ることが出来る。
まだパーティー参加を決める程のメリットじゃない……うん。
『ああ、そうだ。そういえば僕の王宮ではある生き物を飼っているんだよ。パーティーに来てくれるなら彼らを紹介しよう。』
「生き物…?」
『ドゥードゥという伝書用の大きな鳥と、ケーピヴァという愛玩動物だよ。ケーピヴァは愛らしい見た目とふんわりとした毛並みが特徴で、エルミーヌも気に入っている子なんだよ。ケーピヴァの触り心地と言ったらそれはもうフワフワしていて…』
「パーティーに参加します。」
私が陥落した瞬間だった。
食事や劇、城下町は別にパーティーに行くメリットにはならないけれど、王宮で飼っている動物はパーティーに招待されていなければ絶対に堪能出来ない。
しかも異世界の動物って、そんなの絶対見たいに決まっている。
動物好きの前で異世界の動物の話をするなんて、なんて卑怯なんだ。
テオドールさんは悪魔だったのか?
『じゃあ、決まりだね。二日前に迎えを出すよ。そうすれば一日王宮にいることが出来て、もう一日を城下町に出かける時間として使うことが出来るはずだ。城下町に出ることとドゥードゥとケーピヴァについても、僕の父に許可を貰っておくから安心して欲しい。』
『ええ、ではまた二週間後に。』
とっても爽やかな笑顔を浮かべてそんな事を言うテオドールさん。
やっぱり貴族って怖い。でも動物は本当に気になる。
二週間後のパーティーが恐ろしくて、楽しみで仕方ない。




