前の世界の能力がその世界の普通ではない
努力は一日にしてならず。
今日も今日とて私はイグニの監修の元特訓に励んでいる。
イグニの特訓メニューは平和的な地の生まれにしてインドア派の人間である私にはかなり厳しいものだったけど、段々息切れしなくなってきた。
やはり慣れと日々の鍛錬は偉大だ。
毎日結構な量の有酸素運動をしているからか、太腿とかお腹とか無駄な脂肪が消えた気がする。
痩せた事に関しては非常に嬉しいのだけど、メニュー量的このまま特訓を続けたらモデル体型のナイスバディどころかナイスバルクになってしまいそうで少し恐ろしい。
まあ、元の世界に戻ったら身体を鍛える必要もなくなるから徐々に筋肉を落としていけばいい話か…。
「カンガエゴト、カ?」
「あ、すみません。特訓中に。」
「テハ、トメテナイカラ、イイ。ナニヲ、カンガエテタ?」
私が考え事をしているのを気づいたのか、イグニが私に話しかけてきた。
「いえ、ちょっとこのまま特訓を続けたらムキムキになってしまうんじゃないかなーって思いまして。」
「ムキムキ…。イケナイコト、ナノカ?」
「別にいけないことではないですけど、女性としては筋肉でゴツゴツした身体というのは…と首を傾げる所はありますね。イグニさんもマリアさんの本来の姿の体型と筋肉ムキムキの体型を比べたら、前者の方が異性としては魅力的ではありません?」
「ムゥ…タシカニ。」
「それにライアンさんぐらい身長があって顔が良い人だったら女性で筋肉質でも魅力的でしょうけど、私はどっちかというと背が低い方ですからね。私の顔で服の下がムッキムキのマッチョだったらネタになりますよ。」
「アイネス…****…**!」
どうやら私がムキムキになった姿を想像してツボに入ってしまったようだ。
軽く引いてしまうぐらいお腹を抱えて大爆笑をするイグニ。
いや、どんだけ面白かったの?ちょっと傷つくぞ。
「**…イイタイコトハ、ワカッタ。タシカニ、アイネスノ、マッチョハ、ヤバイ。マイニチ、オオワライスル。」
「毎日大笑いって笑い過ぎでは?」
「シカシ、イマノ、メニュー、リョウヲ、カエルノハ、ムズカシイ。」
「メニュー量は変えなくていいので内容を変えませんか?腹筋とか腕立てとか筋トレだけじゃなくて柔軟も鍛えるとか…」
「ジュウナン?」
「知らないんですか?」
どうやらこの世界のトレーニングと言ったら筋トレと素振りだけのようだ。
道理でただただランニングやら腹筋やらやらされるなぁって思ったよ。
柔軟運動は腹筋と違って説明がちょっと難しい。
そこで私は、実際にどういったものかを見せる事にした。
私はその場に足を伸ばした状態で座り、イグニさんに話しかける。
「イグニさん、ちょっと見ててくださいね。」
「?ウ、ウム。」
「えい。」
「!?!?!?!」
私はイグニの見ている前で長座体前屈を行ってみせる。
バトミントン部に入っていた時に柔軟はやらされていたから女子高生の平均よりかは身体が柔らかい方だ。
Y字バランスや立ちブリッジ、開脚程度なら出来る。
イグニが言葉にならないような声を上げているのを聞きながら私はすっと上体を上げた。
するとすぐ目の前には信じられない物でも見たような表情で今にも飛びかかりそうなイグニがいた。
「こんな風に、身体の筋肉を柔らかくして体を動かせる範囲を広げるトレーニングを柔軟って言うんですよ。知らないですか?」
「シラナイ…。アイネス、イキテル?オレテナイ?」
「生きてますし、折れてませんね。あくまで上半身を前に曲げているだけなんで。」
「アイネスハ……ゴムニンゲン、ダッタ…?」
「食べたらカナヅチになるような実は食べてませんよ。能力者じゃないです。」
「ジャア、スライム…?」
「生粋の人間です。」
ちょっと長座体前屈してみただけでこの驚きっぷりである。
イケメンがアワアワしてる様子とかすっごい面白い。
ブリッジとか前後開脚とかしたらもっと驚きそうだ。
ちょっと見てみたい気もするけれど、本当にやったら他の魔物たちを呼んでの大事になりそうなので止めておこう。
「イグニさんも毎日柔軟すればこれぐらい出来るようになると思いますよ。一緒にやります?」
「イヤ、ムリムリムリムリ…。」
「うわぁ、すっごい拒絶っぷりですね。」
「ダッテソレ、モトノスガタ、デハ、ゼッタイ、ムリ。」
「あー…、ドラゴンの姿じゃ流石に難しいですよ…。」
イグニのドラゴンの姿は一度見せてもらった事があるけど、イグニのドラゴンの姿はラノベであるような、全身が赤い鱗で覆われた巨大なドラゴンの姿そのもの。
柔軟力云々以前に全身の鱗が邪魔である。
長座体前屈なんて到底出来ないだろう。
「ま、無理強いはしませんよ。柔軟ぐらいだったら一人でも出来ますし。」
「ソウシテ、クレ。アレハ、シンゾウニ、ワルイ。」
「あれ、私のいた場所だと私以上に出来る人結構いますからね。本当に体が柔らかい人だと背中を内側にして四角形のポーズみたいなの出来る人いますよ。」
「アイネスノ、コキョウハ、チョウジンノ、アツマリカ?」
「魔法とかスキルとかなかった世界生まれの私から見たらイグニさんや他の皆さんが超人ですけどね。」
<カメラアイ>とか<俊足>とかそれらしいのは地球でもあるけれど<鑑定>や<召喚>なんていうスキルはないし、魔法なんていうのも存在していなかった。
地球の人間がイグニ達にとって超人であるように、イグニ達も地球の人間にとっては超人なのだ。
超人であり、そして異常なのだ。
イグニ達は魔物だけど。
『告。正確に言えば地球にもこの世界に存在するような<スキル>は存在します。』
「え、そうなんですか?」
『肯定。』
イグニと能力やスキルについて話していると、<オペレーター>が参加してきた。
<オペレーター>は此方の言葉を待つことなく、説明をした。
『地球では自身や他者のステータスを閲覧する方法を住民に明かされておらず、閲覧出来ない設定下で管理されているため<鑑定>やステータスといったものは使用できません。しかし、スキル自体はどの世界でも共通して存在します。ただ、使用方法を把握されていないだけです。』
「**…、*****。」
「じゃあ、テナーさんの<カメラアイ>のような才能が地球でもあるのは、それらがパッシブスキルで使用方法を知らなくても常時使用可能だから、ですか?」
『肯定。更に、本来創造神やシステムのみに閲覧を許された情報下ではステータスや鑑定系スキルでは判定できない能力値及びスキルやステータスで公開する必要のないスキルも全て記録されています。それらを含めた全ての能力、及びスキルは全ての世界で共通のものです。』
「へぇ…。」
自分たちが当たり前のように使っている才能や能力もスキルの一つ。
ただ、私達が使っているという自覚がないだけということか。
そしてこの世界で使えるようになったスキルも、元の世界では使い方を知らなかっただけで、習得方法と使用方法さえ分かっていれば元の世界でも使う事が出来たという訳だ。
ということは、元の世界に戻っても<ホーム帰還>は使えるのか。
家出したくなくなった時とかに使うと便利そうだ。
「使用方法が分かっていればどの世界でもスキルを使うことが出来るって、それはそれでちょっと怖いですね。」
「ソウカ?」
「だって、この世界のように明確な脅威や敵がいる世界だったらスキルや魔法も使い道が明確だから良いですけど、私の世界のように、明確な脅威や敵がいない世界で、ステータスや<鑑定>が使えない世界でスキルや魔法を使える人がいたらとんでもない騒ぎになりますよ。だって、スキルを使用したという明確な証明も出来ませんし、実際にそのスキルに掛かったかだって判別出来ませんから。タケルさんの<誘惑>とかが良い例です。」
無自覚にスキルを使用する分にはまだ問題じゃない。
『周囲5mの人間を無条件で殺害する』とか強力なパッシブスキルとかだったら問題になるかもしれないけれど、殆どの場合は大丈夫だ。
だって、無自覚ということは使い方が分からないから制御も出来ない。
制御が出来ないということは、利益に基づいて、悪意を持って利用できないということ。
制御の出来ない、使い分けの仕方も分からないようなスキルはあってもなくても同じことなのだ。
だけど、もしも自覚を持ってスキルを使うことが出来る人間がいた場合。
そんな人間が地球にいた場合、どうなるか。
答えは一つ。大惨事の幕開けだ。
そのスキルが何であろうと、地球に小さくない騒動を巻き起こすことになる。
もしもタケル青年が地球で<誘惑>を自在に使う事が出来たら、一夫一妻制の日本にハーレムが出現してしまう。
大抵の物が無料で大量に手に入ってしまう<ネットショッピング>なんて言わずもがな。あれを地球で悪用したら経済問題に発展しかねない。
明確な脅威や敵があればスキルの使用用途はそれに向かうけれど、それがない時人は自分の欲求の為に使おうとする。
人間というのはそういう欲深い生き物なのだ。
自分のためだったら、自分以外の事を考えずに行動してしまう。
「ホント、あの女神は異世界転移者を元の世界に戻す時とか考えてるんですかね…。いや、戻す気がないのか。死ぬまで使い潰す魂胆なんだろうなぁ…。どうにか殴れないもんですかね…。」
「………」
「ん?どうしました?」
私をこの世界に誘拐してきた女神への苛立ちの言葉を呟いていると、イグニが先程から黙っている事に気がついた。
私が話しかけると、イグニは心底呆れた様子で大きなため息をついて、言った。
「アイネスハ、メンドウナ、カンガエカタヲ、スル。」
「喧嘩売ってますか?」
突然喧嘩を売られ、私は驚きとか怒りよりも先にそんな言葉を返してしまう。
何故いきなりそんな「はーやれやれ…」といった様子でそんな事を言われなければならないのだ。
自分の考え方が面倒で厄介な考え方なのは分かっているけど、それを口に出して言われる筋合いはない。
イグニは私に怒ることなく、私の前に座り込むと頭をもみくしゃにし始めた。
「アイネスハ、マダコドモ、ダロウ。ソンナ、カンガエカタ、シナクテモ、イイ。」
「子供って…私、年齢的に言えばほぼ成人間近なんですが。」
「イグニ、タチカラ、ミタラ、マダ、コドモ。」
「まあそりゃあそうでしょうけれど…。」
「コドモハ、ホンライ、タベテアソンデ、マナブモノ。アイネスハ、モット、キラクニ、イキロ。メンドウナ、コトハ、アノコウモリ、ニデモ、マカセロ。」
「……それが出来たら、苦労はないでしょうね。」
普段の強欲っぷりからは想像できない優しい声を掛けながら頭を撫でるイグニ。
恋愛ゲームならスチルになっているだろう。
恋に恋する女の子なら惚れること間違いなしだ。
でも、残念なことに私は恋愛アレルギー気味な非リア充女子。
そんな事をされても惚れることはないし、むしろ困る。
「イグニさん、そろそろ頭撫でるのは良いでしょう。もう下ろしてください。」
「オトナシク、アマヤカサレロ。ソンナ、タイドダト、モテナイゾ。」
「モテなくて結構です。恋愛事なんて御免ですから。イグニさんはベリアルさんと一緒に喧嘩でもして一部女子への供給源兼エサにでもされてください。」
「エサ?!ナンノ!?」
イケメンフェイスに目を潰されないように必死に目を逸らし、未だに頭を撫でようとするイグニの手を下ろそうとその腕を掴み抵抗する。
しかしドラゴンであるイグニの前では為すすべがなく、殆どビクともしない。
いくら鍛えてもイグニの足元にも及ばないのか…。
こうなったら必殺・弁慶の泣き所蹴りでもするべきか?
物騒なことを考えながらイグニに対抗していたその時、救いの手が差し伸べられる。
「アイネス**、イグニレウス**、チョット、イイ?」
戸惑いの表情を浮かべたロゼッタが運動場にやって来たのだ。
ロゼッタの手には通信機が。
ダンジョン経営に関するトラブルだろうか。
ロゼッタの存在に気がついたイグニが、すぐに立ち上がって対応してくれる。
「****、ロゼッタ*。*****?」
「**ベリアル***アイネス**************…。」
「*******?」
「アイネス**********(人間)******。**…テオドール*************。」
「テオドールさん?もしかしてテオドールさん達がやって来たんですか?」
「ソウダ。」
ロゼッタとイグニの会話からテオドールさんの名前が出たのを聞き、私は声を上げた。
どうやらエルミーヌさんとマルクくんの薬を貰いに来たようだ。
私はすぐに立ち上がり、顔についた汗をタオルで拭いながらロゼッタとイグニに言う。
「ロゼッタさん、もうテオドールさん達は居住スペースに入ってますか?」
「イエ。マダ、ソト、イル。」
「じゃあ、他の魔物達にこれから人間が来ることを伝えて来てくれませんか?人間が苦手な方もいるでしょうし。」
「ワ、ワカッタ。」
「イグニさん、新入りの皆さんにテオドールさん達のことを説明してくれませんか?準備が出来たらベリアルさんが通すはずなので。」
「ウム、ワカッタ。」
「私は軽くシャワー浴びて汗を流してきます。今のままだと汗臭いんで。」
私はロゼッタとイグニに指示を出した後、<ホーム帰還>を使ってマイホームに戻り、身繕いを始める。
前回来た時、テオドールさんはエルミーヌさんとマルクくんの呪いの件を相談しにやって来た。
それは特に大きな問題になることなく収束したけど、今回はどうなるか。
願わくは、平和に薬の譲渡を終わらせられれば良いのだけど…。
***** *****
フラグというのは、何処で建てられて何処で回収されるか分からないものだ。
案の定、薬の譲渡だけでは終わらなかった。
しかし、テオドールさんが持ってきたのは客観的に見れば悪い事ではなかった。
決して人が嫌がるような面倒事を持ってきた訳でも、トラブルを持ってきた訳でもない。
そりゃあ、一介の王子がダンジョンマスターに何度も頼る真似はしないだろう。
もしもまた持ってきたら関係をシャットアウトするだけだし。
だがしかし、人というのには対処できることへの相性というものがある。
私と社会科の相性が最悪なように、客観的に見ていとも簡単そうな事や普通なら嬉しい事でも、人によってはとんでもない無理ゲーなのだ。
そう、だからテオドールさん。
『僕たちの王城で行われるエルミーヌとマルクの快気祝いのパーティーに参加しないか?』
「お断りします。」
格式高いリア充が集まりそうなパーティーに私を呼ぶのは止めてください。




