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6話:その♀、弱点を露呈する。


 転入したその日、見事三條さんのすぐ隣の席をあてがわれたアリス。アプローチを仕掛けるにはこれ以上ないポジションだ。


 登園後、席につくアリス。お隣の三條さんはすでに着席中。相変わらず視線は窓の外だ。


「お」


 さっそく行動開始か。

 アリス三條さんの方に首を向けると、片手をひらひらと振り、


「……あばばばばばば」


 顎をカクカクと震わせながら、あばあば言いだした。


「あばばばば……」


 そしてなんと……笑顔だ。


 あのアリスが。

 うちでもほとんど笑わないアリスが。


 今は口が裂けんばかりの笑顔をその白肌に宿している。


 ……。


 アリスには申し訳ないが、ここは正直な気持ちを言おう。



 気持ちわるっ!!



 これはマジで夢に出てくるレベルだわぁ……。


「およー、雨宮さんいきなりどしたんだろねー、ごぎゅごぎゅ」


 ぼくの隣の榎田さんも、エノキを丸呑みしながらアリスの挙動に首を傾げていた。

 そりゃそうだ。周りから見ると丸っきり変な子である。


 さすがの三條さんも驚いたのか、その様子をチラチラと見ていた。



 ♀ ♀ ♀



「ええかー。ここがええのんかー」


 授業中。

 最近ボケ気味の老教師の戯れ言を聞き流しながら、ふと窓側の席を見る。

 ちょうどアリスが何か始めるところだった。


 ごぞごぞと制服のポケットを探ったかと思うと、取り出したのは……


(……たまご?)


 手に収まるは、鶏のものらしき"たまご"だった。

 なぜそんなものがポケットに? ぼくの疑問は置いてけぼりに、アリスは次の行動に移る。


 手のひらにのせた卵を目の前に掲げ、空いたもう片方の手で上からポンと押さえ込んだ。

 当然、両手に挟まれたたまごは潰れそうなものだが、殻が割れる音とか、中身が飛び出すとか、それらしき雰囲気はなかった。


(何をやってるんだ……?)


 と、アリスはその閉じた手をおもむろに開いた。そして、


 ――バササッ。


 なんとそこから、無数の鳩が飛び立った。

 幸運の白い鳩が、ひー、ふー、みー……とにかく沢山だ。


 その鳩たちは教室中を引っ掻き回した。

 榎田さんのエノキをつついたり、床に擬態していた影井くんに糞を浴びせかけたりと大騒ぎ。


 なぜか土居さんのケチャップも飛び交い、しばらくの時間はちょっとした阿鼻叫喚だった。



 ♂ ♂ ♂



 昼休み。例によって、ぼくとアリスは膝を突き合わせる。


「まぁ、なんだ……。授業中に鳩を飛ばすのはどうかと思うぞ?」


「申し訳ありませんでした。三條ほのかさまの気をひこうと策を講じましたが、失敗に終わりました」


 無表情ながらも、珍しく沈んだ様子のアリス。

 でもぼくとしては、「やっぱり」という気持ちもあった。


 茅野家の使用人としてその能力を発揮してきたアリス。間違いなく彼女はうち随一の有能使用人だ。


 だが、そんなアリスにも一つだけ弱点がある。


 それは――同年代の人間とのコミュニケーション。


 後輩使用人に対しての業務連絡などは問題なくこなすのだが、ことプライベートが絡んでくると今朝のようにとことんダメになる。

 ぶっちゃけ、仕事に関しては一流のアリスは、プライベートに関しては一級のコミュ障なのだ。


「まぁ、知っていてアリスにばかり頼ってしまったぼくにも責任はあるしな」


 それに、そんなコンプレックスを持ちながらも茅野家のためと挑んでくれたアリスの心意気……それは嬉しい限りだ。


「でも、ぼくには対しては普通に話せるのに、不思議だな」


「それは、祐人さまはわたくしにとって大切だからです」


「え……?」


 迷いなく放たれたアリスの言葉に、思わずドキリとしてしまう。


「幼き頃より、わたくしたちはまるで姉弟のように過ごしてきたのですよ。そんな祐人さまはわたくしにとって……大切な金づるでございます」


「うん、そんなこったろうと思った」


 そろそろ毒ジョークを飛ばしてくるだろうと予想できるほど、ぼくはアリスを信頼している。

 なので、今胸に押し寄せる恥ずかしさや虚しさは気のせいなのだ。

 気のせいったら気のせいなのだ。


「ともあれ、次こそは必ずや、三條さまを振り向かせてご覧に入れましょう」


「その言い方だと、若干趣旨が変わってるような……」


 まぁ、探りを入れてる時点で似たようなものなのかな。


「なら、今度はどうしようか。一人ずつでダメなら二人揃って話しかけてみるとか……」


「あ、あの……」


「え?」


 おずおずとした、それでいて秋の風のようによく通る声だった。


 アリスのそれにも似ていたが、彼女はぼくの目の前にいる。それに今の声はもっと離れた場所から聞こえてきた。


 ふと声のした方を認めると、そこには一人の女子生徒が立っていた。


 息を呑む。

 すぐ横のアリスからも緊張の空気が感じられた。



 ぼくたちに話しかけてきた女子生徒。


 それは、今までアリスと話していた内容の当事者――三條ほのかさんだった。





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