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3話:その♀、クラスの窓♀。


 影井くんの尊い犠牲によって、無事自分の席にたどりついた。


「茅野くんー、おはよー」


「おはよう、榎田(えのきだ)さん」


 隣の席の小動物系クラスメイト(♀)、榎田さんと挨拶を交わしながらほっと一息。

 うむ、朝からなかなかハードだった。


 ぼくの通う学園――私立天照(あまてる)学園。

 ここには、一風も二風も変わった学園生が多く在籍している。


 一般入試で入ってきた生徒もいるにはいるのだが、影井くんや土居さんのように、ある方向に特化した人間には特別に入学資格が与えられる……という変な制度があるのだ。


 それはこの学園の理事長の趣向……変わった人材を集め、彼らの生活ひいては生態を眺めたいという野望(?)が元にある。

 ようはこの学園、理事長の公私混同どころか私情全開で生まれた組織なのだ。


 そんな変人揃いの学園だ。

 各々が各々の信念に向かってブッ飛んでいるので、ぼくの今まで抱えていた悩みなどとても些末に思えてくる。現に、金持ちの子どもだからと変に身構えて接してくる生徒など一人もいない。


「朝から大変だったねー茅野くんー」


「今日はちょっと油断してしまったよ。朝ごはん抜いてきたから注意力が落ちたのかもなぁ」


「朝ごはんは大事だよー、エノキ食べるー?」


 言いながら、机の中からエノキの束を出してくる榎田さん。


「うーん、ご厚意はありがたいが、生でエノキはちょっとなぁ……」


「そかそかー、いきなり生は厳しかったねー、じゃあこれは三時のおやつにするねーもぎゅもぎゅ」


 言うやいなや束に齧りつく榎田さん。……あれ、おやつにするんじゃ?


 隣の席の榎田さんも、いわば特殊入試で入ってきた一人。学園内でも突出してエノキ栽培に長けているのだ。


 自分の机やロッカーをはじめ、鞄の中や制服の折り目にまで菌を繁殖させているほどのエノキ愛。

 朝昼晩はもちろんのこと、三時のおやつ、試験勉強のお夜食もエノキという……彼女の歩くところにエノキあり、エノキの香り漂う少女なのだ。


「うまうまー。……おっといけねー、頬張りすぎて鼻からエノキが飛び出しちまったー」


「……」


 うん、今のは聞かなかったことにしよう。

 ちなみに彼女の髪型はエノキカットである。


 ともあれ、学園のこんなの特性のおかげもあって、ぼくも程よくクラスに馴染めている。



 ♀ ♀ ♀



 順風満帆な学園生活……そんななかでも、一つだけ気になっていることがある。


 エノキを頬張る榎田さんの向こう側を見やる。

 ……相変わらず、窓ばっかり見てるな。


 教室の、一番後ろの窓際の席。そこには、いつものように一人の少女が座っている。


 ……"三條(さんじょう)ほのか"さんだ。


 すらりとした背筋、肩下まで流れる綺麗な髪。

 揃えられた前髪の下には、幼さを残しながらも整った輪郭。その奥に潜むであろう瞳は厚めの眼鏡によって伺えない。


「茅野くん、マドちゃんが気になるのー?」


「うーん、やっぱり目立ってるからなぁ」


 その端麗な容姿と大人しそうな雰囲気から、クラスのマドンナ的存在として見られている……いや、見られていた三條さん。加えて成績も学年トップ。そんなこともあって知名度も非常に高い。


 ただ、その反面、彼女は学園の誰とも話しをしないことでも有名なのだ。

 ぼくが言った"目立つ"というのも、主にこっち方面でのことだ。


 クラスでの連絡事項のやりとりも、必要最低限で強制終了。単にプライベートに話しかけようものなら、まさに逃げ出すかのように去っていく。

 おかげで今となっては、すすんで彼女と話そうとする人はいなくなってしまった。


 誰とも接することなく、一日中窓の外ばかり眺めている三條さん。

 そんな彼女にはいつしか、クラスのマドンナ……もといクラスの"窓(おんな)"というアダ名までついてしまっていた。


「近寄るなオーラ全開だもんねー。見えない壁シールドを張っておられるー」


「ああ、まるで昔の自分を見てるようだ」


「茅野くんって昔女の子だったのー」


「いや、そういう意味じゃなくてだな」


「なんだよーもっと素直に、もといエノキになれよー」


「もはやエノキって言いたいだけだよね!?」


 そしてまだ鼻からエノキ出てるぞ榎田さん!?


 ちなみに、ぼくと三條にこれといって接点はない。

 だけど、彼女の様子が以前の……クラスで壁を作っていた頃の自分を見ているようで、なんともいたたまれない。


 変人揃いのクラスだけあって、三條さんのように空気感全開な子が逆に目立ってしまうというジレンマ。

 それは彼女自身、けして望まないところだろう。


「おーし、席につけ~。今日もありがたいHRを始めてやるぞー」


 おっと、もうHRか。

 視線を前に戻すと、すでに担任の三好(みよし)ひな子先生が立っていた。

 今日も広いオデコ、ちょんまげのように束ねられた前髪がチャーミングだ。


 教壇とほぼ同じ背丈のちびっ子先生。見た目だけでいえばまるで小○生だが、腐っても先生……れっきとした年上の女性だ。


 ひな子先生はその見た目に反して、低く気だるげな声で話しだす。


「おーし、揃ったな。では、今からおまいらには……殺し合いをしてもらう」


 意図せぬ先生の言葉に、一瞬クラスがしんと静まる。


 ……が、本当に一瞬だった。


「ひな子先生ったら、それ最近ずっと言ってますよー!」


「ん? そうだったか?」


「そうですよー! 最近そっち系の漫画にハマってるからって影響受けすぎですよー!」


「う……、ま、まぁいい。じゃあまずは出欠から……」


「ひな子ちゃんは今日もかわいーなぁ~」


「おいこら、なに立ってるんだ、座れ」


「よしよし~、後で飴ちゃんあげるからね~」


「こ、こら、まだHR中だぞ……。席につけと……おおお、オデコ触るんじゃない……!」


 朝のHRは先生と生徒のじゃれ合いで過ぎていく。うーん、ひな子先生は相変わらずマスコットだなぁ。


 聞き慣れた喧騒のなか、チラリと窓側に目をやる。


 だけど相変わらず、三條さんはぼうっと窓の外を眺めていた。





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