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最終話:その♂、さらに悩む。


 ――それから数日後。


 ぼくたちは平穏な日々を過ごしていた。


 クラスでは相変わらずケチャップが頭上を飛び交い、エノキが香水の代わりを務めている。


 あ、それと影井くんの留年がいよいよ現実味を帯びてきた。

 さすがの彼も焦ったのか、授業にはちゃんと出るようになった。終業ラスト5分だけ擬態するというところが、彼なりの落とし所だったらしい。

 君の志はそんなものだったのか、影井くんよ。


 うちの使用人アリスも、学園生活を続けている。

 任務を終えたとはいえ、いきなり消えるのも不自然だとのこと。

 それに、口外はしないものの、彼女なりに思うところがあるようで。どうもこの機会に、自分の弱点を克服しようとしているらしい。


 現に今も、積極的に土居さんとの会話に参加している。

 アリスと土居さん……どうやら"メイド"という共通点もあって話の馬が合うようだ。今もメイド話に華を咲かせている。


「お腹と首?」


「ええ。人の意識を奪うには腹部と(けい)部……首ですね。その二箇所の一方を確実に……」


「なるほど~♪ そこに"びぃむ"を撃ちこめば相手はしゃーわせになれるんだねっ!」


「ええ、それはもう頭お花畑、SUNズの川でございます」


「……」


 あれ?

 メイドの話し……だよね?

 なんか物騒な言葉が聞こえたのはきっと気のせいだな、うん。



 そして……三條さん。


 彼女は、あの日以来伊達眼鏡を外した。


 はじめはぎこちないながらも、クラスメイトたちに話しかけるようになっていた。

 相手も最初こそ驚きはしたが、それも一瞬、彼女はすんなり受け入れられた。


 もともと端麗な容姿の持ち主だ。

 皆と打ち解けた三條さんが人気者になるのにそう時間はかからなかった。



 三條さんのコンプレックス……それは、彼女の眼鏡を外した素顔にあった。

 もっといえば、彼女は自分の目の形……。



 彼女は、眼鏡を外すと目が『3 3』になってしまうというコンプレックスを持っていたのだ。



 他人からすれば些細なことでも、本人からすれば大問題。実際にそれが孤立やイジメの問題にもなりうるので笑えない。


 でも、このクラスなら大丈夫。

 ある種変人揃いのクラスメイトたちは、それぞれがそれぞれの個性を尊重しあっている。

 おかげで、ぼくも些細な悩みを消し去ることができた。

 時間はかかったけれど、三條さんも今それを実感しているはずだ。


 よって、これにて一件落着。



 ♂ ♂ ♂



 ……と言いたいところだったが、そうはいかないようだった。



「祐人さま、視線がまた三條さまに固定されておりますよ」


「う……またか」


 アリスに指摘されて、視線を元に戻す。


 予想外のことが起こったのは、あの日。

 学園の保健室で三條さんと友情を誓った時。


 そう……。

 ぼくはあの瞬間、屈託のない三條さんの笑顔に心惹かれてしまったのだ。


 彼女自身がコンプレックスに思っていた『3 3』の目。


 それは、ぼくにとってはチャームポイント以外の何ものでもない。

 もっと早くに気づいてあげていればと後悔するほどの衝撃だった。


 つまり……三條さんはとてもチャーミング……なのだ。


「ええ。今度こそまさに、舐め回すよう見ておられましたよ」


「マジか……。自覚はないんだが」


「もしよろしければ、二度と彼女を見ないために眼球を除去いたしましょうか?」


「やめてっ!?」


「そうですが、確実な方法かと思ったのですが……」


「確実かつ直接的すぎるわっ!?」


 そして残虐っ!


 ……ともかく、あまり変な目で見ないように気をつけねば。



 と言いつつも、さっそくチラリと彼女の方を盗み見てしまった。


「はぁ、いかんな……」



 一難去ってまた一難。


 どうやらぼくは、三條さんのことがもうしばらく気になりそうだ。








 おわり。





短い間でしたが、お読みいただきありがとうございました!

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