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10話:その武器、メイデンちゃんとファラリスくん。


「なんなのお前~、マジなんなの~」


「ほんとほんと~。邪魔するとアンタも一緒にブッコロなんだけどぉ~」


 ぼく、そして今回のアリスと、ことごとく邪魔をされ、不良どもも頭にきているようだ。

 だが、そんな二人組みの悪態にもアリスは顔色ひとつ変えない。


「アリス……来てくれたんだな」


「申し訳ありません、祐人さま。……おいたわしや。祐人さま自慢のイケメンに一層磨きがかかってしまって……」


「……それ絶対褒めてないよな?」


 むしろ傷口に塩を塗られたような気分だよ、まったく。


「曲がりなりにも茅野家のご子息である祐人さまに怪我を負わすなど、捨て置けませんね。あのお二人には相応の罰を与えませんと」


「え? 曲がってないよね? ちゃんと血縁あるよね?」


 ところで、彼女の両脇には何やら大きな物体が二つ置かれている。……さっきの音はアレを置いた時のものだったんだろうか。


 アリスの持ってきたであろう道具。その一つは、聖母のような、はたまた貴婦人のような女性をかたどった木製のブツだ。

 高さはニメートルほどあり、貴婦人の前面にはドアノブのような取っ手がついている。


 そしてもう一つは、牛……頭部にある角からするに雄牛をかたどったブツだ。

 おそらく金属製だろうか、こちらも人が一人入れそうな大きさで、脇に扉のようなものがある。


 ……って、あれはどう見ても危ない物のような気が。


「アリス……、それは一体何なんだ?」


「わたくしの相棒です。名前はメイデンちゃんとファラリスくんです。以後お見知りおきを」


「そのまんまだ! やっぱり拷問道具やんけ!?」


 どこぞの資料で見たことあるが、貴婦人型の方は『アイアンメイデン』、牛型の方は『ファラリスの雄牛』だ。

 両方とも、その躯体の中に人を入れて痛い目に遭わせる道具だったような気がする。なんであんなもん持ってんだアリスは……!


「さて、あなたたち。何か言い残すことはありますか?」


 アリスが不良どもの方を向く。同時に、周りの空気が静かに張り詰める。


「は~? 何言ってくれちゃってるワケぇ~」


「変なオモチャ持っててマジキモいんですけどぉ~。なんかムカつくからお前からヤッてやんよ~」


 不良どもは、見た目の印象通りに学がないのだろう。あの道具の意味をわかっていないようだ。


「わかりました。では……」


 呟くとアリスは静かに目を閉じる。

 ゆったりとした一呼吸のあと、その目を開くと同時にすぐ脇の貴婦人……メイデンちゃんを――


「なっ!?」


 ――投げた!?



 二メートルの巨体が空気抵抗なんぞ知らんと言わんばかりに放たれ、勢いづいた貴婦人は不良の一方に向かって襲いかかる。

 その木製の足にはキャスターのような物がついているようで、まるで貴婦人がダッシュしているように見える。……実に怖い。


「ふ、ふんぎゃぁぁ――――……!」


 そしてあっという間に、そこにいた金髪一人が貴婦人の腹部に飲み込まれた。


 ……ほんの一瞬の出来事だった。


「……」


 静けさを取り戻す屋上。

 "貴婦人"に呑み込まれた仲間を、もう一人の金髪はただ呆然と見ている。


 そのしばらくのち、貴婦人の腹から奇妙な音が流れ出てきた。


「……あひひひひひひひ――!!」


 これは、中の不良の声か?

 叫び声……いや、どこか笑い声のようにもとれる。


「お、おいおいアリス……、あれって、ヤバいんじゃないのか? あの道具って……」


 慌ててアリスに尋ねる。たしか、アイアンメイデンの内部って無数の針がついていて、閉じ込められた者はその針で全身を……。


「心配ご無用です、祐人さま。あの"メイデンちゃん"の内部には針はついておりません。その代わりに、中には無数の"ハケ水車"が備え付けてあり、蓋を閉じると自動的に作動する仕組みとなっております」


「ハケ水車て」


 なんてマニアックな……。


「中の者はハケ水車にて全身をくすぐられ、意識を失うまで笑いの地獄を味わうことになります」


「え……えげつない……」


 針でないだけマシ……なのか?

 どっちにしろあの内部には入りたくないものだ。


「さて……次はあなたですね」


「ひ、ひぃぃ……!」


 相棒の無残な笑い声を聞いて怖気づいたのか、残された不良は尻もちをつきながら必死に後退る。


「た、助けて、っていうかぁ~……、なんでもしますから、っていうかぁ~……!」


「では、祐人さまに謝罪して頂けますか?」


「は、はい! すんませんしたぁ――!」


 コクコクと頷きながら不良はこちらを向き、思いっきり叫びながら土下座してきた。

 ギャルの癖にエラく男前な謝り方だな……。


「よくできました」


 アリスの言葉に、あからさまにホッとする不良。

 そりゃそうか。ヘタしたら拷問にかけられるもんな……。



 だが、次の一言で不良の安堵は絶望に早変わりする。


「では、覚悟はいいですね?」


「え……えぇぇ!? アタシ、謝ったじゃん! もう許してくれるじゃないの~!?」


「誰も許すなどとは言ってません」


「そそそそ、そんなの卑怯――」



 ――ガポン。



 そして残った金髪ギャルは、容赦なく雄牛の餌食となった。


 話してる途中だったのに。

 我が家の使用人ながら血も涙もないな、アリスよ。



 ♂ ♂ ♂



 もー。


 もー……。



 牛さんがのんびりゆったりと鳴いている。

 中ではきっと、金髪ギャルが泣いているのだろう。


 世界的にも(残酷なことで)有名な拷問器具『ファラリスの雄牛』。

 たしか本物だと、牛の下で火が焚かれ、牛ごと中の人間も熱せられ、そのまま炙り殺される……そんな感じだったと思う。

 その際、中の人間の叫ぶ声が牛の鳴き声に聞こえるとかなんとか……。


 でも、目の前の"ファラリスくん"は火で炙られたりはしていない。ただその場で「もーもー」と可愛く鳴いているだけである。


「ふぅ、これにて仕置き完了です」


「ちなみに、アリス? あの牛はどうなってるんだ?」


「ええ。あちらは内部に無数の"ハケ水車"が備え付けてあり、中に入ると自動的に作動する仕組みに……」


「ハケ水車好きだなオイっ!?」


「そして、笑い声が牛の鳴き声に聞こえるという非常にメルヘンなファラリスくんなのでございます」


「全然メルヘンじゃない……!」


「この声を聴きながら飲む紅茶は格別でございます」


「趣味わるすぎるわっ!?」


 残虐すぎるわ!

 もうやだ、我が家の使用人ながら恐ろしすぎるよこの人……。



 兎にも角にも。

 めでたく意識不明となった不良二人組みは、アリスの手によって理事長室に連行されていった。





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