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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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少女たちの進路

 少女たちは、本土に到着した。




 今は朝の五時である。明るくなってきた空の下で、灰野と少女らは向かい合っていた。少し離れた場所に、吉本が立っている。周囲には、他に人はいない。

 少女たちの顔には、複雑な表情が浮かんでいた。これで、もう灰野とはお別れなのだろうか。この少年がいなかったら、自分たちは島を出られなかっただろう。

 灰野は殺し屋であり、冷めた性格で皮肉屋だ。にもかかわらず、少女たちは彼との間に絆らしきものすら感じていた。

 だが、灰野と自分たちとは住む世界が違う……そんな葛藤が、全員の裡にあるようだった。


 何とも言えない空気の中、まず動いたのは灰野だった。彼だけは普段と同じ表情で、何も感じていないようであった。


「では皆さん、ここでお別れです。島であったことは忘れて、普通に生活していってください。警察に睨まれるようなことは、もうしないでくださいよ」


 言った後、ペコリと頭を下げる。

 顔をあげると、ニッコリと笑い決定的なセリフを口にする。


「では、もう会うこともないでしょうが、お元気で」


 そう言って、背中を向けた時だった。


「待ってくれ。灰野、あんたに頼みがある」


 その声は、矢吹のものだった。灰野は、怪訝そうな表情で振り返る。


「何です? 殺して欲しい人間でもいるのですか?」


 冗談めいた口調で聞き返した。だが、続いて放たれたセリフには、さすがの灰野も唖然となる──


「あたしを、あんたの仲間にして欲しいんだ!」


 叫んだ矢吹の表情は、真剣そのものだった。

 周りの少女たちは、この展開に呆然となっていた。ただ、両者を見ていることしか出来なかった。


「あの、冗談ですよね?」


 少しの間を置き、灰野が聞き返した。しかし、矢吹は恐ろしい形相でかぶりを振る。


「冗談なんかじゃない! あたしは本気だ! 仲間が駄目なら、子分でも構わない! あんたのためなら、何でもやる! だから、あたしをあんたの子分にしてくれ!」


 真剣な表情で訴えた矢吹だったが、今度は東原が怒鳴る。


「ヤブっちゃん! 何バカなこと言ってんだよ! 灰野は殺し屋だ! 本物なんだよ! あたしらとは、最初(はな)から住む世界が違うんだよ!」


「東原さんの言う通りです。僕は殺し屋なんですよ」


 そう言った灰野を、矢吹はじっと見つめた。

 ややあって、静かな口調で語り出す。


「あんた、前に言ってたよね。この世の中は、何もかも上級国民が勝手に決めてる。正解も間違いも、正義も悪も、偉い人の裁量で決まるって。その通りだね」


 そこで、矢吹はクスリと笑った。無論、おかしくて笑ったのではないのだろう。


「学園に来る前、あたしは三人のクソ野郎をぶっ飛ばした。あたしは、今も自分が悪いことをしたとは思ってない。なのに、あんなところに入れられた。挙げ句、理不尽な目に遭わされた。灰野がいなかったら、あたしらみんな奴らの奴隷にされてたんだよ。まずは、その借りを返させて欲しい」


「いや、それはいいです。僕が勝手にしたことですから」


 灰野がそっと言ったが、矢吹は構わず話を続ける。 


「それに、あんた言ったよね。あの友愛学園にいるような悪い連中を、人知れず始末するのが僕の仕事だって。あと、本当の正義を執行したいと本気で願うなら、悪人を殺す極悪人になれ。それが無理なら、自分に出来ることをするしかない……みたいなことも言った」


 そこで、矢吹の表情が歪んだ。拳を握りしめ、裡に秘めたものを吐き出す──


「あたしはね、学園にいたような悪党が、のうのうと生きて悪さし続けてんのが許せねえんだ! あんなクズのせいで、泣かされる人や殺される人がいるのも我慢ならねえんだ! あたしは、浜口や松山みたいなクズをこの手で殺す! たとえ極悪人と言われても、奴らに報いを受けさせる! それが、今のあたしのやりたいことだよ!」


 直後、矢吹は土下座した。額を地面に擦り付け、今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ──


「頼む! あたしを、あんたの子分にしてくれ! やれって言うなら、何でもやる! 絶対、足手まといにはならないから!」


 その時、東原が矢吹のそばにしゃがみ込んだ。複雑な表情を浮かべつつも、どうにか説得を試みる。


「ヤブっちゃん、何でもやるっていうのはマズいよ。灰野は変態っぽいから、とんでもないマニアックなプレイをさせられるかも──」


「構わないよ! やれってんなら何でもやる! あたしの体で良けりゃあ、好きにしていいよ!」


 土下座の体勢のまま、矢吹は答えた。灰野は、苦り切った表情で東原の方を向く。 


「あ、あのですね……僕の性癖を、勝手に決めつけないでください」


 言った時だった。またしても、予想外のことが起きる。

 黙ってふたりのやり取りを見ていた高杉の口から、とんでもない言葉が飛び出す──


「だったら、私も灰野さんの子分になります! ひとりより、ふたりの方が役立ちますよね! 私も、何でもやります!」


「えっ? ええとですね、あなたは何を言ってるんですか……」


 それきり、灰野は言葉に詰まっていた。こんな展開になるなど、完全に予想外である。何を言えばいいのかわからないのだ。

 そんな状況を、さらにかき乱す爆弾が投下された。


「はい! はいはい! 僕も入るッス! 灰野氏の戦闘員になりたいッス!」


 鹿島である。授業中の小学生のように、右手を上げながら言ったのだ。

 灰野は呆然となりながら、どうにか言葉を絞り出す。


「何ですって? せ、戦闘員?」


「だって、灰野氏の仕事って面白そうじゃないッスか! 僕、島で灰野氏と一緒に谷部と戦った時、本当にアタマからケツまでバッキバキに痺れたんスよ! それに、燃えるような充実感も味わったッス! 生命(いのち)の炎が燃え上がるって、こういうことだったんスね! 僕、また戦いたいッス! だから戦闘員やりたいッス!」


 言いながら、ぐいぐい近づいてくる鹿島。大きな瞳は輝いており、頬は興奮のあまり赤くなっている。その表情は、新しい玩具を見つけた子供のようだ。

 軽いめまいすら感じながらも、灰野はどうにか考えを巡らせた。まず両手のひらを前に突き出し、鹿島の接近を押し止める。


「ちょっと待ってください。まず落ち着きましょう。よく考えてください。僕の仲間になったら、死ぬまで日陰者の人生を歩むことになるんですよ」


 その時、黙って成り行きを見ていた吉本が口を開く。


「おいシゲ、俺みたいな部外者が口出して申し訳ないがな、ちょっと聞いてくれや。この()たちは、表の世界にゃ戻れねえかも知れねえんだぞ。そこんとこ、わかってんのか?」


「はい?」


 反射的に聞き返した灰野。だが、直後に吉本の言わんとするところを察した。

 一方、吉本は真面目な顔で語り出す。


「考えてみろ。この娘たちは、恐ろしい大事件の目撃者だ。友愛学園の内情はもちろんのこと、レイビーガスの効果も見ちまってる。極楽島には、今ごろ学園長の息のかかった連中が上陸しているだろう。奴らは、友愛学園やレイビーガスの真相を、全て闇に葬ることを選ぶ。それがどういうことか、お前ならわかるよな?」


「あたしたち、口を塞ぐため殺されるってことですか?」


 横から尋ねたのは東原である。吉本は、ニヤリと笑い彼女を指さした。


「君、察しがいいねえ。いいのは顔だけじゃないってわけか。その通り、君らは学園の関係者によって消される可能性がある。学園長の岡田には、それくらいの力はあるぜ。まあ百パーセント消されるとは言わないが、奴らがどう判断するかなんて、俺にはわからないからな。口を塞ごうとしても不思議じゃねえ。もっとも、それは今まで通り表の世界で生きていこうとした場合の話だ」


 そう言うと、吉本は灰野に近づいていく。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている灰野の肩を、ポンと叩き笑みを浮かべる。


「おいシゲ、こうなった以上は面倒みたれよ。何なら、俺が代わって引き取りたいくらいだぜ。こんな美少女軍団、俺が手取り足取り訓練して指揮したいよ。ハーレムでウハウハじやねえか」


 言ったかと思うと、吉本はしゃがみこんだ。未だ土下座の体勢を崩していない矢吹に、顔を近づける。


「いやあ、君の若さゆえの純粋さは素晴らしいね。聞いてて感動した。眩しすぎるよ。ひねくれガキのシゲとは大違いだ。どう、俺の秘書兼ボディーガードやんない? 俺、たまにセクハラするかもしれないけどさ」


「ふ、ふざけんな! ぶっ飛ばすぞ!」


 言うと同時に、矢吹は立ち上がった。すぐに飛び退き、吉本を睨みつける。

 吉本は苦笑し、灰野の方を向いた。


「嫌われちまったな。まあ、そんなわけだから、お前が面倒みたれや。地獄の友愛学園を、生きて脱走した初めての娘たちだぜ。磨けば、必ずモノになるはずだ。それによ、お前だって本当はこの娘たちのこと気に入ってんだろ」


「わかりましたよ。皆さん一緒に行きましょう」


 少し不貞腐れたような様子で、灰野は答えた。すると、矢吹の表情が明るくなる。


「じゃ、じゃあ、あんたの子分にしてくれんのか?」


「こうなった以上、仕方ないですからね。これから、あなたたちには僕の仕事を手伝ってもらいます」


「お、おう! あたしは、何でもやるぞ! 必ず役に立って見せる!」


 胸を張って答えた矢吹に続き、東原が珍しく殊勝な面持ちで進み出た。ペコリと頭を下げる。


「よくよく考えたら、あたし行くとこないんだよね。それに、公安に消されるのも嫌だし。てなわけでさ、あたしのことも、よろしくお頼みします」


 さらに、高杉が近づいて来て頭を下げた。


「灰野さん、これからよろしくお願いします」


 しんがりを務めるのは、野生児・鹿島であった。灰野の手を握り、大げさな仕草でブンブン振る。


「感激ッス! 灰野氏には感謝感謝ッス! 僕、戦闘員としてめちゃくちゃ頑張っちゃうッスからね!」


「そ、そうですか。あなたは頑張り過ぎない方がいいと思いますが……」


 そんなことを言いながらも、灰野は心の中で呟く。


 この四人となら、もっと大きな奇跡が起こせるかも知れない──






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