死闘
少女たちには、何が起きたのかわからなかった。
まず銃声が轟き、灰野が崩れ落ちる。硝煙の匂いが、室内に広がっていった。
そして谷部の手には、いつの間にか拳銃が握られている。銃口は、灰野に向けられていた。
谷部の身体検査は、灰野が念入りに行なっていた。皆も見ている。あんな拳銃を、隠し持てるはずがない。
となると、学園内に隠していたのか──
「てめえ! 何しやがる!」
怒鳴ったのは矢吹だ。対する谷部は、余裕の表情で顔だけを矢吹の方に向ける。
「動くなよ。動いたら、まず彼を殺す。続いて、君たち全員を撃ち殺す。この距離なら、俺は外さない」
言いながら、残る手で灰野を指差す。
灰野は、片膝を着いた体勢で谷部を睨んでいた。その左足から血が流れ、床を赤く染めていた。
そんな彼に、谷部が銃口を向けている。
「とりあえず、命に別状はない。血の出ている量から見て、大動脈は外れたようだしな。ただ、治療が遅れれば左足を切断する羽目になるかもしれんがね」
「あたしたちを、どうする気だ?」
鋭い表情で尋ねる矢吹に、谷部は静かな表情で答える。
「言う通りにしていれば、命までは取らない。ただ、これからはアメリカで暮らしてもらう」
「じゃあ、あんたやっぱりCIAなのか」
「いや違う。似たような者ではあるが、俺の正体を君たちが知る必要はない」
そう言った時だった。突然、谷部の表情が曇る。
「ん? ひとり足りないな……」
言ったかと思うと、一瞬にして凄まじい形相で怒鳴る。
「おい! 鹿島はどこに行った!?」
言われた少女たちは、慌てて周りを見回した。
確かに、鹿島の姿が消えていた。ほんの数秒前まで、この部屋にいたはずだ。
「知らないよ。あいつのことだから、もっと面白いものでも見つけたんじゃないかな」
答えた東原の声は震えている。顔色も悪いが、それでも谷部をしっかり見つめていた。
「クソ、あのバカどこに消えた……」
面倒くさそうな様子で呟いた谷部。顔をしかめ、どうしたものかと周りを見回した時だった。彼にとって、さらに想定外の事態が起こる。
「銃を捨てて!」
叫んだのは高杉だ。その手には、黒光りする拳銃が握られている。
その銃口は、谷部へと向けられていた──
「なんだと……」
さすがの谷部も、開いた口が塞がらないようだった。
高杉はというと、必死の形相で叫ぶ。
「早く、銃を捨ててください! でないと撃ちます!」
「なるほど、ジャックの拳銃を拾っていたのか。でも無理だ。君には撃てない」
谷部の自信たっぷりなセリフが飛び出した時だった。
突然、銃声が響き渡る。その場にいる全員が、ビクリと反応し思わず顔をしかめてしまったほどの強烈な音だ。
ただし、弾丸は谷部には当たらなかった。当たったのは、壁に飾られていた絵画だ。絵には穴が空き、またしても硝煙の匂いが室内に広がる。
「撃てますよ。私は、父に無理やり拳銃を撃たされたことがありますからね。なんなら、もう一発撃ちましょうか?」
高杉は言い放った。
その顔色は死人のようだった。体もガタガタ震えているし、立ち方も不安定である。ちょっと押されただけで倒れてしまいそうだ。
それでも、指を動かす力があれば拳銃は撃てる。彼女は、必死の形相で構えていた。
対する谷部は、にこやかな表情を浮かべる。
「まあ、落ち着けよ。俺は何も、君らを殺そうとしているわけじゃない。ただ、余計なことをあちこちで喋って欲しくないだけだ。だから、ちょっとの間アメリカの施設で生活して欲しい。友愛学園よりは、遥かにマシな場所だよ」
優しい声だった。しかし、灰野が怒鳴る。
「高杉さん! 撃ってください! こいつに、あなたたちを助ける気なんかないですよ!」
「君は黙れ」
言いながら、灰野を睨みつけた時だった。
またしても銃声が轟く。谷部の拳銃から発せられたものではない。今度も、高杉がトリガーを引いたのだ。
しかし、銃弾は外れていた。谷部の横にあった花瓶が、派手な音を立て割れただけだ。威嚇のつもりで撃ったのか、あるいは狙いが外れたのか。
もっとも、谷部としてもこれ以上撃たせる気はなかった。凄まじい形相で、銃口の向きを変える。狙いは高杉だ。この状況では、拳銃を持っている者から先に殺す。その選択は、正しかったのだろう。
しかし、ここで満を持して登場した者がいた──
「ヒャッハー! 鹿島愛瑠! いっきまあぁス!」
奇声とともに、窓から飛び込んできた者がいる。
言うまでもなく鹿島だ。彼女は飛び込むと同時に、谷部の背中へと飛びついた。さらに、猫のごとく顔面を掻きむしり出したのだ。
想定外の奇襲に、さしもの谷部も慌てたらしい。振り払おうと、両腕を振った。
その拍子に、谷部の手から拳銃が飛んだ。窓から、外へと落ちていく──
実のところ鹿島は、騒ぎが起こると同時に隣の部屋へと音もなく移動していた。窓を開け壁にへばりついて移動し、こちらの窓の下に潜み、中のやり取りに耳を傾けていたのだ。
最初は、静かに谷部の背後へ回り込むつもりだった。しかし二度の銃声を聞き、血が騒ぎ飛び込んでしまったのである。
もちろん運の助けはあった。しかし、それも鹿島の異常なまでの身体能力と、恐れ知らずの度胸あってこそ出来た芸当だ。
この時とばかりに、灰野も動く。痛みをこらえ、谷部へと飛びかかっていった──
状況は、またしても変化していた。谷部は拳銃を失った上、灰野と鹿島のふたりを相手にしているのだ。常人なら、ここで終わりだっただろう。
しかし、谷部も只者ではない。一瞬は怯んだものの、すぐさま反撃に転ずる。鹿島の手を掴み、背負い投げをくらわせたのだ。
鹿島は床に叩きつけられ、ゴフッという異様な声をあげる。さしもの野生児も、このダメージは大きかったらしい。立ち上がれず、苦悶の表情を浮かべている。
谷部の攻撃は続く。襲いかかってきた灰野のパンチを払いのけると、太ももを思いきり掴んだのだ。それも銃創の部分である。
灰野は、脳天を貫くような激痛に顔をしかめた。その場に崩れ落ちてしまう。
直後、谷部の手にギラリと光る物。もうひとつの武器であるスイッチブレードを抜いたのだ。ナイフを振りかざし、灰野に切りかかった──
その時、谷部の手首に衝撃が走る。矢吹の爪先が当たったのだ。
そう、矢吹もまた動き出していた。鹿島の乱入を見て、すぐさま間合いを詰めていった。
谷部のナイフを握った右手めがけ、鋭く速い左内回し蹴りを放つ。通常の回し蹴りとは、違う軌道を描く技である。
彼女の爪先が、谷部の右手首に寸分の狂いなく命中する。鞭のようにしなる速い蹴りだ。谷部は、痛みのあまりナイフを取り落とした。
続いて、矢吹は正拳を放つ。左右の拳が、谷部の顔面へと続けざまに叩き込まれる──
谷部の顔面が歪んだ。口から、血と砕けた歯の欠片を吐き出す。さすがの谷部も、この攻撃は効いたらしい。痛みのあまり、思わずのけぞる。
だが、矢吹もこの程度で終わらせるつもりはない。トドメの右上段回し蹴りが、谷部の顔面を襲う。この回し蹴りがまともに当たっていれば、その時点で終わっていただろう。
しかし、谷部は咄嗟に腕を上げガードした。格闘術を長いこと学んでいた人間は、考えるより先に体が動く。谷部もまた、そのタイプだ。
さらに、受けた直後に前進し、ドーンとぶつかっていく。何の変哲もない肩によるぶちかましだが、この状況では効果的だった。
上段回し蹴りを放った直後の不安定な体勢で体当たりをくらい、矢吹は派手に倒れた。床で呻いていた鹿島に折り重なる。
谷部は、その間にも動き続けている。すかさずスイッチブレードを拾おうとした。
だが、そのタイミングで東原が襲いかかる──
一緒に行っても何も出来ない……と事前に言っていたはずの彼女だったが、出来ることはあったのだ。
冷静に戦況を見ていた東原だったが、ここで自分が動かなくては全滅させられると判断し、灰野から渡されていたサバイバルナイフを抜いた。悲壮な表情で、何やら喚きながら切りかかる。
しかし、谷部の反応も早い。ナイフを拾うのを諦め前進し、左手を放つ。狙いは攻撃ではなく、東原の右手だ。ナイフを振り上げた彼女の手首を、いとも簡単に掴む。後は、右手で攻撃すればひとり片付く……はずだった。
が、そこで折れた歯の欠片が口内に刺さる。谷部は思わず顔をしかめ、歯の欠片を吐き出した。
その時、谷部の首筋に何かが突き刺さる。同時に彼の耳に入ってきたのは、灰野のこのセリフだった。
「地獄へ落ちろ」
零コンマ何秒かの後、針は延髄を貫く。谷部の意識は、そこで途切れた。一瞬にして闇へと沈む。
谷部は、本当の強者だった。潜ってきた修羅場の数やトータルの戦闘技術も、確実に灰野より上である。
一対一ならば、灰野でも勝ち目は薄かった。しかも、谷部は拳銃まで隠し持っていたのだ。普通なら、五人とも殺されていたはずだった。
しかし、腕利きのエージェントであり殺しのプロであった谷部にも、想定外のことがある。
それは、学園でのつらく苦しい生活の中で、少女たちの間に生まれていた絆と団結力だった。
さらに、彼女らは戦いの素人であった。だが、常人ではない。一般社会から逸脱し、特異な能力を持つ者たちである。
そんな少女たちの、プロにも予測できなかった行動……それが計算を狂わせていき、勝利に繋がったのだ。




