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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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28/33

正体

「ここが最上階だ。行くぞ」


 低い声で言うと、谷部は扉を開ける。同時に、異様な光景が飛び込んできた。


 風景そのものは、他の階と同じである。裸の女が廊下を歩いている点を除けば、だ。

 女は、アイドルグループにいそうなタイプだ。可愛らしい顔立ちで、背は低く小動物のような雰囲気の持ち主である。

 もっとも、感染者となった今では、見た目のことなどどうでもいいのだろう。虚ろな目でこちらを見つつ、酔っ払いのごとき覚束ない足取りて近づいて来る。


「何だよアレ?」


 目を丸くして言った矢吹に、谷部が答える。


「三年の岡井(オカイ)だ。学園長が来た時は、彼女がもてなすことになっていた。よく、この近辺に呼ばれていたらしいよ」


「邪魔ですね。殺しましょう」


 言うと同時に、灰野が動く。一気に間合いを詰め、針を抜いた。

 岡井は獣のように口を開け、噛みつきにかかる。だが、その動きは遅い。灰野は、簡単に躱した。

 カチン、という音がする。歯の当たる音だ。噛みつき攻撃は空を切り、岡井は前のめりの体勢になった。

 灰野は手を伸ばし、彼女の髪を掴んだ。頭をさらに押し下げると、岡井の延髄に針を突き刺す。

 髪を掴んでいた手を、パッと離す。と、岡井はそのまま前のめりに倒れた。


「行きますか。外との通信手段は、この階にあるのですよね。まずは、そこに行かないと」


 灰野が事もなげに言った時、矢吹がそっと口を開く。その視線は、倒れている岡井へと向けられていた。


「なあ谷部さん、この女は何をしてここに来たんだ?」


「詳しくは知らんが、ヤンチャが過ぎて両親からさじを投げられ、ここに来たらしい」


 谷部が答えると、東原が口元を歪めつつ頷く。


「なるほど。あたしとおんなじか」


 東原には、それ以上の感想はないようだ。しかし、矢吹は違っていた。


「その元警視総監の学園長ってのは、何様のつもりなんだよ。女子高生を裸に剥いて御奉仕させるなんて、恥ずかしくねえのか。許せねえな。ぶっ殺してやりてえよ」


 憤懣やる方なし、といった様子だ。しかし、灰野が声を発する。


「お喋りはそこまで。もう一匹きました」


 確かに、もう一匹が近づいて来ている。

 背が高く、体つきはがっちりしている。特に肩や胸の筋肉が発達しており、警備隊の制服がはち切れそうだ。そもそも、服のサイズが体と合っていない気がする。

 髪は金色で肌は白く、瞳は青い。外国人のようだが、なぜか警備隊の制服を着ているのだ。動き方はフラフラしているが、明らかに他の者たちとは違うタイプだ。


「あいつは何者ですか?」


 灰野が尋ねると、谷部はかぶりを振った。


「知らん。見たこともないな。だいたい、警備隊に外国人はいないはずだ」


「まあ、何者だろうと構いません。邪魔なら殺すだけです」


 言うと同時に、灰野は一気に間合いを詰める。外国人めがけ、パッと何かを投げた。

 外国人は、ぶんと片手を振る。さらに、残った手で灰野を掴もうとした。

 だが、灰野は横に動く。壁めがけ飛んだかと思いきや、さらに壁を蹴って高く跳躍した。

 次の瞬間、外国人の肩に乗ったのだ。外国人はバランスを崩し倒れる。

 だが、灰野は余裕の表情だ。延髄に針を突き刺し、パッと離れる。外国人は、倒れたまま動かなくなった。

 灰野は、倒れた外国人を指差し語り出す。


「こいつは、攻撃の時に手を使いました。しかも、ここに侵入した時に警備隊の制服を奪ったようです。さらに、真っ直ぐこの階を目指していた。どうやら、外国から派遣されたエージェントのようですね。特殊な訓練により、体に覚えた記憶のなせる業でしょうな。まあ、死人になった以上どうでもいいことではありますが。谷部さん、この男に本当に見覚えはないのですか?」


「ああ、ないな。それより先を急ごう」


 素っ気ない口調で言うと、谷部はさっさと進んでいく。一行は、後を追った。




「ここだ。ここに、外部との連絡手段があるはずなんだよ」


 そう言うと、谷部はひとつの部屋の前で立ち止まり、慎重に扉を開けた。

 中の様子は、他の部屋と明らかに違っていた。部屋の奥には高級そうな机と椅子、壁には絵画が飾られている。机の上には、ご丁寧にも高そうな花瓶まで置かれていた。机の後ろには、大きな窓がある。

 さらに、隣の部屋にも直接行ける構造になっていた。そちらには、ベッドが設置されている。なぜベッドが必要なのだろう。仮眠のため、とも思えない。

 一見すると、どこかの学校の校長室だが、なんとなく嫌なものを想像させる部屋だった。


「なんか、嫌な感じッスね」


 鹿島がボソッと呟いた時だった。不意に、谷部が真面目な表情で口を開く。


「申し訳ないが、君らは外で待っていてくれ。今から、上と連絡を取るんだ」


 そう言うと、彼は奥にある机の方に歩き出した。だが、そこで声を発した者がいる。


「なぜ、僕たちがいてはいけないのですか?」


 言ったのは灰野だ。険しい表情で、谷部に近づいていく。だが、谷部は涼しい表情で答える。


「一般人には聞かせられん話もするんだよ。とにかく、君らは廊下に出ていてくれ」


「嫌ですね。僕らがいる前で連絡を取り、話をしてください。それが出来ないようなら、連絡はさせません」


 言い放った灰野の雰囲気は、完全に変わっている。少女たちの表情も変化した。何事が起きているのか、という顔つきで両者のやり取りを見ている。


「君は何を考えてるんだ? なぜ連絡を邪魔する?」


 尋ねた谷部に、灰野は口元を歪めつつ答える。


「僕たちの前では、上に連絡できないというわけですね。これで、はっきりしました。谷部さん、あんた警察の人間じゃないですよね」


「おいおい、何を言っているんだ? 俺は刑事だよ」


「では、階級を教えてください」


「巡査長だ」


「なるほど。しかしね、ここの学園長は元警視庁総監なんですよ。一介の巡査長が潜入捜査なんか出来ますかね? 無理じゃないんですか?」


 灰野の問いに、谷部は答えない。少女たちも、この話の行き着く先が何なのか、固唾を呑んで見守っていた。

 一方、灰野はさらに語っていく。


「もうひとつ。あなたは入学式の時、僕に言いましたね。人殺しの匂いがする、と。実をいうと、僕もあなたに同じものを感じました。こいつは、何人もの命を奪っている……とね。まあ、元傭兵ならば、それも頷けます。ところが、今になってあなたは刑事だと言い出した。元傭兵という経歴はデタラメだとも言いました。となると、妙ですねえ。刑事ってのは、そう何人も人を殺す仕事じゃないでしょう。なのに、あなたからは血の匂いがプンプンするのですよ」


 そこで、灰野はニヤリと笑った。不気味な笑顔のまま、さらに語り続ける。


「あなたは、刑事ではなさそうだ。にもかかわらず、偽の経歴を用いて学園に教師として採用され、レイビーガスの回収を試みています。そんなことが出来るのは、アメリカのCIAか、ロシアのKGBか、イギリスのSISか、あるいは中国のMSSか……いずれにしても、外国のスパイ組織以外には考えられません。谷部さん、あなた外国のスパイですよね? さっき廊下にいた外国人も、あなたの仲間だったんですよね?」


「だったら、どうだというんだ?」


 聞き返した谷部の表情も変わっていた。鋭い目で、灰野を睨みつけている。

 一方、少女たちは唖然とした顔つきで谷部を凝視していた。今の谷部の答えは、嘘をついていたと認めるのも同じだ。

 この男を信用していたのに──


「僕たちは、レイビーガスの存在を知ってしまいました。しかも、消えたところで社会的に何の問題もない。そんな僕たちを、あなたが生かしておくとは思えませんね」


 語る灰野は、相変わらず冷静だった。しかし、谷部は苦笑する。


「バカげてる。アクション映画の観すぎだ。仕事のたびにいちいち目撃者を全員殺していたんじゃ、かえって騒ぎが大きくなるだろう」


「そうは思えないですね。少なくとも、ここのケースには当てはまりません。この島では、既に大勢の人間が死んでいるのですよ。この上、犯罪者や問題児たちが五人消えたとしても、何の問題もないですよね。しかも、ウイルスの秘密は守れます。あなたにとって、理想的な展開ですよね」


「バカバカしい。ひどい妄想だ。君は一度、病院で頭を診てもらった方がいい。妄想癖が強すぎる」


 苦笑しつつ言うと、谷部は少女たちに視線を移す。


「君らは、こんな異常者の意見に従うのかい? 灰野は、何人もの人間を殺している。叔父や叔母、さらには実の父親まで殺すような男だ。それに、君らも見たろ。感染者を、頼まれもしないのに喜々として自ら殺しにいっていた。あんなこと、普通は出来ないよ」


 そう言うと、谷部は皆の顔を見回した。だが少女たちは、下を向いている。谷部とは、目を合わせようとしない。

 谷部は、さらに語り続ける。


「灰野茂は、本物のシリアルキラーなんだよ。人を殺すのが、好きで好きでたまらないんだ。君らだって、いつ殺されるかわからないんだぞ」


「ちょっと待ちなよ。あたしにも言わせてくれ」


 顔を上げ、最初に言葉を返したのは矢吹だ。


「確かに、灰野は人殺しだよ。善人でないのもわかっている。でも、あたしは灰野を信じるよ」


 矢吹は、静かな口調で語った。もっとも、谷部を見る目には敵意がある。

 

「はあ? 何を言っているんだ君は?」


 谷部の言葉にも、彼女は動揺せず答える。


「なんやかんや言って、あたしは灰野に助けられた。それも、一度や二度じゃない。バカのふりして、何度も助けてくれたんだよ。それに、ここまであたしらに付いて来てくれた。何の得にもならないのにね。だから、あたしは灰野を信じる」


 続いて口を開いたのは高杉だ。


「私には、どちらの言っていることが正しいかわかりません。けど、矢吹さんは灰野さんを信じています。私は、矢吹さんが信じている灰野さんを信じます」


「僕も、灰野氏を信じるッス。学園にいた時、灰野氏はひとりで逃げることも出来たのに、僕たち全員が逃げるまで待っててくれたッスからね」


 鹿島が珍しく真面目に答え、次いで東原が語り出す。


「あたしも灰野を信じる。だいたい、あんたの言ってることは変だよ。感染者が百人いるとか言ってたけど、廊下にいたのは数人だった。あんたひとりでも、簡単にここまで来れたはずだよ」


「それは、中に入ってみて初めてわかったことだ」


 答えた谷部だったが、東原は冷静な口調で追撃する。


「まあ、それはあんたの言う通りだね。でも、一番おかしいのはそこじゃないんだよ。あたしが、使えない連中は残った方がいいんじゃないって聞いた時、あんたは全員が一緒に行動すべきだって答えたよね。あれ、妙に引っかかってたんだけど、灰野の話を聞いてピンときたよ。全員を一度に始末しやすいよう、同じ場所にいさせたかったんじゃないの? つまり、あんたは敵としか思えない」


「そうか。だったら仕方ないな」


 谷部は、大きな溜息を吐いた。直後、行動を開始する──






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