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ミネルバ-望郷の町-  作者: 近藤 回
第六章

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大義に踊る騎士 1

 聞いてない!

 あたしは思わず息を止めた。例の富豪の邸の近くにある隠れ家で、目の前に現れた人物に衝撃を受けた。

「こんばんは」

 視線の先の紅い髪の男が、スリプのあとに続いて部屋に入るなり挨拶した。ガーランドが恨めしい。彼はあえて言わなかったのだ。

「ちょっと、アホみたいに口が開いてるわよ」

 スリプの指摘を受けて口を閉じると、ノアが苦笑いを浮かべた。彼はミネルバの警備隊の制服のまま現れ、マフラーを巻いていたのか手に持っていた。腰には黒い鞘に収まった剣を吊り、様になっていた。

「うちのアホなお友だちは頭が真っ白になってるみたいだから、勝手に座っときましょ」

 スリプがノアと共に三人掛けソファーに座る。よくできた部下でとても嬉しいのだが、あたしよりも親しそうに彼に接していることに羨ましさが湧く。咳払いをしてから彼らの向かいのソファーに座り、フックが部屋の扉の近くに立って腕を組んだ。あたしが口を開きかけた時、絶妙なタイミングでスリプが言った。

「このひと、今回のこともあたしたちのことも口外しないって。さっきそれを確認したわ」

「まあ、口約束ですから信用はできないでしょうけど、ギダからも色々と聞きました。今回のことはあなたたちがいなければ上手くいくとは思えません。ですから、よろしくお願いします」

 ノアは苦も無くそう言った。本当なら敵対するべきところ、彼は自分の目的のために心を決めていた。彼がこの部屋に来た時点でやる気が上がっていたあたしは、気づかれないように長く息を吐いた。仕事、これは仕事だ。

「あ、この間、あなたの養母と名乗る方に会いましたよ。アレリアで私が倒れた時のことも聞きました。この間は助けてくださり、ありがとうございました」

 ノアはかしこまって頭を下げる。

「シャノンに会ったと?」

 あたしは呆然としながら訊いた。

「ええ、はい。喫茶店ですこし話を」

 喫茶店で、彼と養母が、話をした。あたしですら明るい日差しの下で彼と話をしたことがないというのに、養母はいつの間にか彼と懇談をしていたのだ。しかもお茶を飲みながら。よりにもよって養母に先を越されるとは、これが衝撃でなくてなんだ。

「なんか知らないけど、ショックだったみたいね」

 スリプの溜め息に我に返って姿勢を正す。

「いや、えっと、うん。ぼうっとして申し訳ない。あたしがしたことはひととして当たり前のことで、お礼を言われるほどのことじゃないよ。本題に入ろう。そちらの地方司令官から詳しく話を聞いている。あの邸でどう動くのかも考えてある」

 早く立ち直ろうと、あたしは目の前のローテーブルの上に丸まっていた大きな紙を広げ、四隅に重しを置いた。それは様々な情報をまとめて作った、例の富豪の邸の間取りだった。本来なら他人に、ましてや警備隊に見せるなど論外だった。

 ガーランドから誘拐事件のことを聞いていたが、人間以外の種族、あるいは混血の少女が何人か誘拐されており、四日前にはノアが預かっている少女も誘拐されたようだ。スリプが何かしているのは知っていたが、まさか誘拐事件と間接的につながっているとは思わなかった。スリプが前々から睨んでいた金持ちは競売を主催しており、人身売買の場でもあった。

 あたしは今夜の動きを説明した。まずあたしが夜会の招待客として正面から入り、ほかの客から情報収集をする。あとから来たノアと合流し、競売がはじまったら少女たちが出されていないか確認。ここからの動きはいくつかの事態が考えられるが、このうち少女たちが競売に出されていたパターンであれば、ガーランドが潜入させた警備隊員がその場にいる者たちを一斉検挙する手はずになっている。邸の周りには警備隊が潜伏しており、邸から逃げた者を一人残らず捕まえる算段だ。この間スリプたちは邸内を捜索し、ほかに少女が捕らわれていないか見て回ることになっている。

 警備隊の面々が覆面で潜入するにあたって何故あたしたちが協力するのかというと、招待状を入手できたのも、邸の間取りをちゃんと把握しているのもあたしやスリプだからだった。正直に言えば招待状も間取り図も渡して警備隊にすべて任せればいいのではと思っていたのだが、ガーランドの頼みは最終的に何故かこちらが折れてしまうのだった。

 夜会には当然招待客として動くので着飾るわけだが、先程と違って俄然気合が出てきた。ここで女を見せずしていつ見せるのか。

「それで、あいつはどうするの?」

 一通りの説明が終わるとスリプがうんざりしたように訊いてきた。

「あいつ、夜会に出るんだって張り切ってるわよ? 隣の部屋で服をとっかえひっかえしてたわ」

 ああ、とあたしは呆れた声を出してしまう。

「仕方ないよ、スリプ。あたしは説得するのに自信がない。彼はあなたと一緒に動くんだから、あなたが説得しないと」

「嫌よ! あんな奴と動くんなら死んだほうがマシだわ!!」

 彼女の悲痛な叫びが部屋にこだまし、理由を知らないノアがぽかんとしていた。スリプは、フック以上にあいつが嫌いだった。あたしはスリプとフックを仲の悪い猫と犬と思っているが、彼のことは嫌い以前に生理的に受け付けないのだと思う。フックはどうでもいいのかあくびをしていた。フックは誰と行動しようと態度は変わらない。彼と動いたとしても何も言わないだろう。

「だったらこのひとと交換してよ!」

 スリプは怒りながらノアを指差し、ノアは何も言わずに事の成り行きを見ていた。あたしは必死に首を横に振った。

「それは、聞けない」

 とてもではないが譲れる案件ではない。絶対に譲りたくない。

「そんなこと言ってあんたが独断で決めたんでしょ! このひとがいいって、自分で組みたいひとを選んだんでしょ! なんて身勝手なの!? それでもお頭なわけ!?」

「こっ、これでも考えて組み合わせたよ。それにさっきまで誰が来るかなんて知らなかったんだ。文句ばかり言ってないで、たまには素直に言うことを聞いてくれないか」

 スリプはなおもわめき散らして治らず、あたしはノアに一言謝ってから逃げるように部屋を離れ、夜会用の服に着替えようと別の部屋に入った。本当はすこしでも長く同じ部屋にいたかったが、いたらいたで心臓の鼓動がさらにおかしくなりそうだった。

 衣装はなるべく目立ってはいけないので、オフショルダーの、七分袖の黒のロングドレスを用意していた。腰の部分は同じ色の細いベルトが巻かれ、肩は厚手のストールを羽織れば外はだいじょうぶだろう。顔に粉をはたき、唇に紅を引き、髪に髪飾りを添え、ネックレスと指輪をつける。久々に着飾ったので胸が弾んだ。

 そろそろ時間だ。部屋を出て階段を下りようとすると、近くの扉から言い争う声が聞こえた。スリプと彼がはじめたようだ。その部屋にノアもいるのかと思うと、なんだか気の毒だ。本当はこの姿を見てもらいたかったが、ここであの扉を開けたら巻き込まれるのは目に見えている。あたしでは彼を説得することはできない。残念すぎて悲しさが込み上げてきた。

 階段を下りて玄関に行くとフックが立っていた。

「いつもそうすればいいのに」

 フックが無表情で言った。わかりにくいがどうやら褒めてくれたようだ。あたしは自然と穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとう」

「いってらっしゃい」

 玄関の扉を開ける前に、一度深呼吸をした。

 待ち合わせ場所にはあたしをどこかの協力的な淑女と教え込まれた警備隊員がいて、あたしを待っているはずだった。手に持っていた目元を隠すマスクをつけて、ひとつ息を吐く。ここを開けた瞬間から、あたしは貴婦人だ。

 さあ、仕事をはじめよう。

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