鷹は静観しない 4
本部へと帰ったあと、これまでのことを整理しようと思い、久しく使われていないダイニングのテーブルに筆記用具を広げた。書斎は一階の家の奥にあるので、訪問客があった場合、敲き金の音が聞こえない。その点ここは応接間とは廊下を挟んで反対側にあり、玄関に程近いので聞き逃すことはないだろう。
袖をまくり、ペンをインク壺に浸す。紙の上にそれを走らせ、誘拐事件に関係のある物事を時系列にまとめてみる。
十一日前 ルイン家の娘が誘拐される。
九日前 メレップ家の娘ルキナと誰かが口論。バートランドが目撃。
同日 夜中に橋が使われているのを第二地区の隊員が目撃。
同日 ルキナが誘拐される。
七日前 私とリートの家に脅迫状が届く。
二日前 エリジュが誘拐される。
特筆すべきことは、九日前のことか。この日はふたつも目撃情報がある。ルキナと誰かの口論が重要かはわからないが、橋が使われていたことは明らかに重要だろう。しかしほかの情報は、これといって手がかりになりそうにない。誘拐事件に関係のある事柄だけを書き出すのは視野の狭い発想だろうか。もっと細かく、関係ないと思われるとこも書き出してみようと情報を付け足した。
十二日前 魔物が町へ侵入。襲われていたトマスを助ける。
十一日前 ルイン家の娘が誘拐される。
十日前 トマスがお礼に訪ねてくる。
九日前 メレップ家の娘ルキナと誰かが口論。バートランドが目撃。
同日 夜中に橋が使われていたのを第二地区の隊員が目撃。
同日 ルキナが誘拐される。
七日前 私とリートの家に脅迫状が届く。トマスの訪問。
五日前 リートの欠勤。トマスの訪問。
同日 少女が魔物を呼び、少年たちが襲われる。
同日 夜、隊長会合後、ニジェットから誘拐事件のことを聞く。
四日前 ギダが訪ねてくる。橋の通行記録を調べるよう頼んでくる。
同日 リートから脅迫状が届いたことを聞く。
同日 ニジェットと共に、誘拐された娘の家を訪ねる。
同日 ゼギオンに石を投げられる。何者かに襲撃される。
二日前 シャノンと〈角を持つ者〉について話す。
同日 バートランドから目撃情報を聞く。
同日 夜、回廊の床板を折る。エリジュが誘拐される。
一日前 リートから、エリジュが誘拐されたと聞く。
同日 誘拐事件のことをまとめた手紙をミネルバの各隊長に送る。
同日 同じ内容の手紙をギダにも送る。
今日 ギダと話し合う。橋の通行記録簿を調べる。
同日 隊員から橋の無断使用の目撃情報を聞く。マシュウの情報隠蔽を知る。
私的な事柄を書き足してみたが、こんなものだろうか。マシュウが情報を隠していたことには、驚くというよりも失望が強い。仕事への姿勢がなっていない上に、どの口が他種排斥論をほざいているのかと怒りが湧いてくる。
ふと欠伸が出て、すこしばかり目蓋が重たかった。もとから睡眠時間は短いが、昨日から碌に寝られていないせいだった。眠気を飛ばし、平静さを取り戻すためにも一息ついたほうがいいだろう。椅子から立ち上がって背伸びをしていると、ダイニングの窓からコーラルの姿が見えた。こんな時でも庭掃除をしてくれているようだ。様子を見ていると箒を置いて門扉のほうへ駆けていった。何か見つけたのだろうか。
気になったので玄関へ向かい扉を開けると、門扉のそばにコーラルともうひとり誰かがいた。遠くて確かではないが、コーラルが男の子の格好をしていた時の友人だと思われた。ゼギオンではなさそうなので特に心配する必要もないだろう。そう思って扉を閉めようとした時、コーラルの友人が小走りでこちらに近づいて来ているのが目に入った。待っていると、友人の少年は私に礼儀正しく挨拶をした。
彼はヘイエルダールと名乗り、前髪で左目を隠してはいるが表情は豊かで、相手に与える印象がよかった。歳はコーラルと同じくらいだろうか。彼は家の中を見せてほしいと言い、その理由が純粋な好奇心であることが態度から見て取れた。私はそれを承諾し、家の中を不承不承案内することになったコーラルを見送ったあと、キッチンで自分と彼らの紅茶を用意する。何も言わずとも、彼女は二階の私室は見せないだろう。もし私の部屋を見せたとしても、特に見られて困るものはない、はず。
二階から戻ってきた彼らを応接間に招き、紅茶を振る舞う。ヘイエルダールは年上と話すことに慣れているようで、話し方も話している内容も無理をしている感じがしなかった。性格といい、所作といい、ゼギオンとはあらゆる意味で真逆だ。
私たちが話をしはじめた時からわかってはいたが、彼の隣に座るコーラルが居心地悪そうにしていた。私とはあまり話をしないせいか、話の輪に入れないのだろう。それすらも気づいていたヘイエルダールが絶妙なタイミングで言った。
「あ、そうだ。コーラル、これから図書館に行こうよ。調べたいことがあるんだ」
コーラルはその言葉を待っていたとばかりに行くと返事をして、すぐさま用意をしに応接間を出て行った。行動の早さにやや複雑な気分になる。
「あの、コーラル、ここに来てどんな感じですか?」
つとヘイエルダールが訊ねる。雰囲気が先程と異なり、至極真面目だ。
「なんていうか、不安そうかな。当たり前だと思うけどね。赤の他人の家だし」
アサギの言葉を思い出しながら苦笑いすると、ヘイエルダールは首を横に振った。
「ぼくは、ほかじゃだめな気がするんです。ここだから、それだけで済んでるっていうか……。もしもの話だからなんとも言えないですけど」
彼は先程と違い、よく考えながら言葉を口にしていた。
「あなたと話してみてわかったんです。コーラルはここでよかったんだって。当の本人は全然わかってないでしょうけど」
コーラルに会いに来たのは建前で、私のひととなりを見に来たということか。
「お眼鏡に適ったようでよかったけど、買い被りすぎじゃないかな」
私は未だに彼女と雑談をしたことがない。気を許されていないのだ。せめてもうすこし明るい雰囲気にしたいのだが、このままずっとそうなのかと思うと自嘲気味な溜め息がでた。
「その時はその時です」
ヘイエルダールは平然と言い放った。いまどきの少年は底が知れない。かと思うと彼は立ち上がり、私を真っ直ぐに見つめた。
「彼女のこと、よろしくお願いします」
おおよそ少年らしからぬ誠実な態度に、私は感嘆した。




