記憶の外の声 2
あたしとサイラスとリアは、近くの警備隊の本部に連れていかれた。
サイラスはその本部のリビングで医者に診察された。怪我の程度がたいしたものではなかったようで、傷を消毒されたあと包帯を巻かれた。あたしも頭を殴られてこぶができていたので、一応診てもらった。触られると痛いが大きくはなく、もし今後痛みが酷くなるようならすぐに医者にかかるようにと言われただけだった。
しかしリアは魔物に肩を噛まれたため、個室に運ばれ、別の医者が診察に当たっていた。扉の閉まった部屋の様子を窺うことはできない。あの時の光景が、いまでも信じられなかった。がやがやと騒がしい本部の中、ソファーに座って思い詰めているとサイラスが隣に座った。
「巻き込んで悪かったな」
「サイラスのせいじゃないわ」
彼の表情は浮かない。と、サイラスが強めに肩を叩かれた。
「おう、おまえは割と平気そうだな。そっちはまったく問題なさそうだし」
第六地区の警備隊隊長である、あの猫の獣人、ニジェットが向かいのソファーにどっかと座った。
「いや、あんまり平気じゃないんですけど……」
サイラスが引き気味に言う。状況が状況で、自分の体がだいじょうぶだからといって、一件落着とはいかない。
「あの娘、おまえの知り合いだっけ?」
ニジェットの問いに、彼は頷く。
「俺を庇って、魔物に襲われたんです……」
「それで? 責任感じてるわけか?」
「……」
真っ直ぐ過ぎる問いに彼は言葉が出ないようだ。
「若者は考え事に忙しいねぇ。みんな無事だったんだからいいじゃないか」
「無事かどうかわかりません。リアは……もしかしたら後遺症が残るかもしれない」
「そんときゃそんときだ。魔物の前に飛び出したお嬢ちゃんの自己責任さ。それとも何か? 余命の短い自分が襲われたほうがよかったとか思ってんのか?」
彼女はサイラスの事情を知っているらしい。ずけずけとした物言いをするひとと話を続けるのは、いまはすごく体力が要りそうだ。現にサイラスは黙ってしまっている。
「おまえんとこの隊は隊訓に自己犠牲でも掲げてんのか? 責任感が強いことと自己犠牲は別物だろうが」
ニジェットが大袈裟な溜め息をした時、リアがいるはずの部屋の扉が開いた。女の医者が出てくると、全体に伝わるように言った。
「この中に、サイラスさんはいますか?」
「あ、俺です」
彼は弾かれたように立ち上がり医者に近づいた。医者が何事かを伝え、彼は急いで部屋に入っていった。何かあったのだろうか。彼の言ったように、リアに後遺症が残らないといいが。
「なんだ、あんたも心配なのか?」
「え? あ、はい」
「心配したって、相手のためになるわけじゃない。するだけ気力を持ってかれるだけだ。自分のためにもほどほどにするんだな。あいつらのことはあいつらで蹴りをつけるさ」
さばさばとしたこたえに、さすがと思える。警備隊の隊長ともなると、大きく構えていなければやっていけないのかもしれない。
「で、あんた、例の〈メイト〉なんだろ?」
サイラスがいなくなったので、ニジェットの興味がこちらに向いてしまった。じろじろと見られ、委縮してしまう。
「ずっと思ってたんだが、〈メイト〉ってなんなんだ? あんたはどう思う? 当事者として」
「え、いや、そう言われても……」
「あたしは不思議で仕方ないね。まったく別のところからひとが来るっていうんだから。どこかで何かが起きてるはずなのに、ここの住人は気にしないどころか排除しようとしやがる。ま、それは〈メイト〉に限らないがな。他種排斥論って聞いたことないか?」
「え、いえ、ちょっとわからないです。なんですか? それ」
「人間以外の種族を追い出そうっていう論調さ。あんたや、もちろんあたしもそれに当てはまる。ここの領主が先導してる論調で、ここにはそれに同調した奴らが多く住んでるのさ。町中で嫌な思いしなかったか?」
確かに白い目で見られもしたし、嫌味も言われた。つい先程もそれのせいなのか、頭を殴られ誘拐されたばかりだ。
「ほんとに妙な論調だよ。いったいいつからそんなもんがあるのか……。考えても頭が痛くなるだけだけどな。あんたも気をつけたほうがいい」
「あ、はい」
ちゃんと知識があるのとないのでは、自分の対応が変わってくる。心配はするだけ無駄だと言っていた以上、ある程度は自分で自分を守れと、彼女はそう言いたいのだろう。
「その格好を見るに、踊るはず、だったのか?」
ニジェットはあたしの服装が気になっていたようだ。あたしは踊り子の衣装のまま二度目の誘拐をされたので、ここにもそのまま来てしまった。着替えるタイミングがなかった。
「服、貸してやろうか。それで町中を歩くのはさすがに嫌だろ」
そう言って彼女はあたしの体形に合う服を貸してくれた。スカートでないのが有り難い。別の部屋で着替えさせてもらい、ほっとしながら出てくるとサイラスがほぼ同時に別の部屋から出てきた。あたしは慌てて駆け寄った。
「どうしたの? リアの怪我、酷かったの?」
「あ、いや、えっと……。ちょっと、外で話していいか」
「え?」
思い詰めた表情のサイラスは先に外へ出て行き、あたしは心配しながらついていった。やや冷たい風に目を細めながら扉を閉め、改めて彼に訊いた。
「ねぇ、どうしたの? リアは?」
「……リアは、肩の傷が酷くて、二、三日熱が出るみたいなんだけど、それが過ぎればなんとかだいじょうぶらしい。ただ後遺症は残るって言ってた。リアはああいう奴だから笑ってたけど……なんて声をかけたらいいのかわからなくて」
サイラスに心配をかけまいと笑うリアが目に浮かぶ。気丈な彼女なら確かにそうしそうだった。
「サイラス、あのね」
あたしは、リアが朝食を持ってあの家に来てくれた時のことを思い出しながら、何かが伝わればと彼に話しかけた。
「今回のこと、彼女はちゃんとわかってると思うよ。サイラスを助けたかったからしたことだと思うし、あなたに謝られても困るだけだと思う。だから、なんていうか、そばにいるだけでいいんじゃないかな。あんまり難しく考えなくても、たぶん、だいじょうぶだよ」
あたしの立場から言えることはきっとありきたりで、なんの教訓にもならないだろう。しかしあの家でひとりではなかった一昨日の夜のことを思い出すと、自然と言葉が出た。サイラスは悩みながらも頷いた。
「ああ、そうだ。おまえ、帰ったほうがいいんじゃないか?」
「え?」
「本部だよ。ノアさんがいたんだ。きっと本部に帰ってる。俺は、今日は行けないから、よろしく言っといてくれないか」
「もしかしてさっきのひとって、やっぱり?」
「ああ、ノアさんだ。帰って来てたんだな。でも、本部には帰ってなかったんだよな?」
「うん」
「じゃあ、なんで……いや、ここで考えてもわからないか。ノアさんのことだから、何か事情があったんだろう」
ノアに信頼を置いているサイラスはそう考えたようだ。あたしは彼が無事であったことにほっとしていた。彼が倒れてからすでに十日以上が経っていたのだ。いつ帰るかわからなかったとはいえ、これほどあとになるとは思いもしなかった。
あたしはランタンを借り、サイラスに別れの挨拶をして、第七地区の本部へと、あの家へと急いだ。




