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ミネルバ-望郷の町-  作者: 近藤 回
第六章

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傍観者の詫び言 4

 鎮魂祭を明日に控えた日の夜。いつものように晩ご飯をリアの家でご馳走になり、あの家に帰った時のことだった。

 応接間の入口からソファーのほうを改めて見て驚いた。誰かがこちらに背を向けて座っていたのだ。応接間の窓を外から見た時、そのカーテンの隙間からかすかに漏れた光に家主が帰って来たのではと期待が膨らんでいた。しかし座っている人物の髪の色は金で、我知らず落胆の溜め息が出た。

 玄関の扉が開いた音が聞こえたはずだが、ソファーの影は動く気配がない。いつもは真っ暗なままの応接間は、誕生の明かりとローテーブルに置かれたランプのおかげで明るかった。

 ソファーまで近づき、持っていたランタンをかざしてよくよく顔を見てみる。暖炉を左手側にしたソファーに座る青年の横顔は俯き、金の瞳は閉じられていた。背をソファーに預け、胸のあたりがゆっくりと動いている。喫茶店で会った時と同じような私服で、空いているソファーにコートが置かれていた。膝には本が開いたままで、眼鏡を外していない。反応しない理由がわかりほっとする。

 それにしてもギダは何故この家にいるのだろうか。約一週間前に会った時、彼の口からノアがいつ帰れるかわからないと聞いたので、ノアに用があったとしてもこの家にいないのは知っていたはずだ。

『寂しい?』

『行ってあげようか?』

 ふとその時に彼が言っていたことを思い出し、まさかと疑った。信じられないことだが、実際に彼はここにいて、いまこの家にはあたししかいない。道理が通っているとはいえ、ここに来た目的がそれだと思えず、ただの推測なので深く考えないようにした。気にはなるが、明日のこともある。さっさと寝る準備をしようと応接間を出て自室に向かい、部屋にあるランプに火を点け、ランタンのほうを消した。

 ワンピースのような白い寝間着に着替える。前にリアから譲ってもらったもので、広い襟ぐりは紐で前を結び、五分の袖は二の腕ですぼまっている。ひだのついた裾は足首までと長い。さすがにこれ一枚では寒いのでパーカーを羽織っているが、可愛らしいデザインに当初は抵抗感があった。しかしほかに寝間着はなく誰かに見せるわけでもないので、仕方なく着ているうちに慣れてしまった。

 書き物机に着いて、今日のことを簡単に手帳に書きつける。特に気になることはなかったが、踊りはどうにか、たぶんどうにかなりそうだった。自信はないが。溜め息をつき、顔を上げる。二階に上がってから一時間くらいは時間が経ったはずだが、彼は起きただろうか。そう思うとなんだか気になり、悩んだがランプを持って階下に下りた。

 暗い廊下から応接間を覗くと、先程見た時と変わらずギダの後ろ姿が見えた。点いたままのランプの火がゆらゆらと揺れ、それに伴って彼の影も揺れた。じっと見ていたがやはり動く気配はない。すぐに起きて帰るものとばかり思っていたが、ぐっすり眠っているところを見るに朝まで起きないかもしれない。さすがにそれはよくない。が、起こして家に帰れと言うのも酷な気がして躊躇う。それとも空いている部屋のベッドで休むよう言うべきだろうか。

 迷いに迷った末に、あたしは毛布を持ってくることにした。前にノアから、この家は地方司令官、つまりギダから借りているものだと聞いていたので、もし泊まる気があるのなら勝手にどこかの部屋のベッドを使いそうだと思った。そこまで冷え込んではいないので暖炉は点けなくてもだいじょうぶだろう。

 彼の膝に置いてあった本をローテーブルに置いてから毛布をかける。本当は首元までかけたいところだが座っていては難しい。眼鏡も外しておいたほうがいいだろうと、両手で慎重に外した。何度か引っかかり、その度に目蓋が開いてしまうのではないかとどきどきした。間近で顔を見たからとか、そういう理由では決してない。

 眠気が徐々に頭をもたげ、あくびが出た。体をソファーの背もたれに預けて目蓋を閉じる。時折家の壁や柱から軋む音がしたが、いまは気にならない。そろそろ部屋に戻って寝よう。きっと今日は穏やかに眠れる。

 隣に座って静かにしていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。この歳で地方司令官という大役を担っているのだから、疲れるのは当然だろう。どんな仕事であろうと、リーダーというのは大変な立場だ。それなのにわざわざこの家にまで足を伸ばしたのには、いったいどんな理由があるのだろうか。もしもその理由が万が一あたしだったとしたら、あの時のあたしは、端から見れば心配してしまうほど寂しそうだったのだろうか。彼が来た理由がなんにせよ、確かにいま、あたしの中から寂しさはいなくなっていた。

 ハッとして目を開ける。いつの間にか眠ってしまったようだ。柱時計を見て確認すると、三十分ほど時間が経っていた。彼の肩に頭を預けていたようだが、彼はまだ眠っていた。起きてないことにほっと息をつく。

「……ありがと。来てくれて」

 ふと感謝の言葉が口から漏れ、表情が緩んだ。

 この広く静かな家に、あたし以外の誰かがいる。

 ただそれだけなのに、胸のあたりがほんのりと温かかった。

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