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ミネルバ-望郷の町-  作者: 近藤 回
第五章

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報復者の眼差し 4

 突然目の前で血を吐いた。

 領主邸の玄関ホールで倒れた影はひとつ。

 先程まで一緒に歩いていた、茶髪の、背の高い、見慣れた青年だった。

 あたしは頭の中が真っ白になり、息を呑んだ。

 苦痛に歪んだ表情。汗ばんだ額。うつろな目。

 彼の瞳が、見る見るうちに赤い色に塗り潰されていった。

 夕焼けのような(あか)だった。

 ひとびとが何事かと駆け寄り、彼を運んでいった。

 残されたのは、絨毯に染みた血だけ。

 まるで作り物のようで、前に見た光景と重なっても見えた。

 喉が、むせ返った。



「サイラスは、呪いにかかってるんだ」

 領主邸の一階の玄関ホールで、置いてある長椅子に腰かけ、あたしは呆然としていた。領主の邸に着き、領主の娘誘拐事件がようやく片づいたと思ったのに。

「随分昔からのもので、彼は長いこと苦しんできた」

 隣に座るギダが淡々と語り、彼は腕を組みながら前を見据えていた。

「彼がかかった呪いは、ちょっと特殊な呪いで、呪いをかけてきた相手が動物とか植物なんだ。ひとじゃない」

 ギダはあたしにもわかるように言葉を選んでいた。

「むやみやたらに生き物を殺すと、稀に呪いを生むほどの怨念を持つんだ。彼は運悪くそれを受けてしまった。この呪いの厄介なところは、呪いをかけた側がもう死んでしまっているということ。つまり、呪いを解く術がない。術者がいれば解くことも可能なんだけど」

 魔術というものがあるのなら、呪いなどここではあって当然のものだろう。

「この呪いの特徴は発作があること。数年、一年、半年、数ヶ月と、発作の感覚が短くなる。症状は吐血に嘔吐、腹痛、発熱、などなど。とにかく体がやられる。あとこれは副作用だけど、呪ってきた生き物に変化できる。彼は黒い狼に呪われたみたいだ」

「……ねぇ」

 あたしは堪らず訊いた。

「その呪いって、最後はどうなるの?」

 ギダは間を置いてからこたえた。

「結果からいえば、死ぬ。あと十年……いや、五年も生きられないだろう」

 その言葉は、腹の底に重たく響いた。

 動揺なら、あのソファーで目を覚ました時からたくさんした。いまさら、しかも他人のことで取り乱しても仕方がなかった。薄情なのではなく、事実を受け止めきれていないだけなのだ。改めて考えると、いままで、どれとして受け止め切れていないような気がした。

 ミネルバに来てしまったことも。

 色々なひとがいることも。

 悪意を向けられたことも。

 帰り方がわからないことも。

 呪いのことも。

 姉のことも。

「それから、もうひとつ悪い知らせがある」

 あたしは改めて横のギダを見た。彼は腕組みをやめた。

「ノアが刺された。かなりの重症で、意識がまだ戻らない」

 息を呑んだ。震える手をギダが両手で包んだ。

「キミがここに来ている時にこんなことが起きるなんて、本当に不甲斐ない。俺の責任だ」

 彼はつらそうに目を細めた。何か言いたかったが、何を言ったらいいのかわからない。

「司令官」

 リートが慌ただしくこちらに駆けてきた。

「どうした」

 あたしから手を離し、ギダは彼を見た。

「馬車、来ましたよ」

「わかった」

 ひとつ頷いて、それからまたあたしを見る。

「馬車を用意した。今日は夜も遅い。キミが泊まる宿舎を用意したから、そこまで馬車で行ってくれ。明日にはミネルバに帰れるから。宿舎まではリートについていかせる」

「でもっ」

「本当にすまない。ノアとサイラスのことは俺に任せてくれ」

 ギダはあたしを立たせると玄関の外まで連れていき、そこで待っていた馬車に乗るよう促した。あたしはリートと共に乗り込み、邸をあとにした。

 あたしがミネルバに来てから知り合ったひとが、今日ふたりも倒れた。

 これから、どうしたらいいのだろうか。

 漠然とした不安が胸に迫り、あたしはただ黙って、不安に押し潰されないように腕を胸に抱いた。

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