97話
その日の夜、秀政は長谷川秀一と酒を飲んでいた。
「勝入殿も勝蔵も手柄を焦っているように見えるが……」
「うむ。筑前殿は勝入殿には尾張と三河を、武蔵には遠江と駿河を与えると約束されたからな」
「ほほっ。俺には信濃一国だ」
笑う秀一を無表情で眺める秀政だが彼自身も近江にさらに加増することを約束されていた。
「だが現実的に考えてそこまでの恩賞が与えられるとは思えぬ。上様がご存命の頃に中川清秀に中国2カ国を与えると申されておられたがあれも本気では無かったではないか」
「ああ。だから2人とも焦っているのであろう。あのような策が成功するとは思えぬ」
「うむ、元々智謀に長けた人間では無いからな」
「そういえばあの後、孫七郎殿と2人が話しておったわ。あれを抱き込んでもう一度頼むつもりだろうか」
その秀一の言葉を聞いて秀政が閃いたように言う。
「ああ、それは面白いことになりそうだ。いっそ信吉も勝入も勝蔵も討死してしまえ」
「なっ、急に何を申す!」
「考えてみろ。勝入も勝蔵も死ねば織田家の宿老は誰が務める?犬殿は遠方におり五郎左殿は死にかけ、内蔵助殿は論外だ。そうなれば自然と俺たちに転がり込んでくるぞ」
「だが孫七郎殿の方は何故だ?あの御方は無関係だろう」
「ふん。信吉が死ねば秀吉の後継者は秀勝様を置いて他におらぬ。その秀勝様も死ねば天下は三法師様の物よ」
秀吉の養子で信長の息子であった羽柴秀勝は病弱であり今回の戦いにも不参加だった。
信吉も秀勝も死ねば羽柴家は崩壊し織田三法師が天下人となるのは当然の事だった。
「お主という男は……。全く恐ろしき男よ」
幼馴染のとんでもない発言に秀一は苦笑いしつつも内心では自身もその可能性を期待していた。
「ならばやることは一つのようだな」
翌日、2人の予想通り勝入達は信吉を味方に引き込んだようで再度中入を提案した。
「うーむ、孫七郎と頼みと言ってもなぁ……」
「良いではありませんか。ここで孫七郎殿も手柄を上げれば筑前殿も鼻が高いのでは?」
「左様、勝入殿と武蔵の戦ぶりを真横で見て学べばきっと成長されましょう」
秀政と秀一が言うと信吉らの顔が一気に明るくなる。
「むむむ……。お主らまで申すなら仕方あるまい。孫七郎、勝入、武蔵、久太郎、藤五郎に中入を任せる」
「ははっ!お任せくだされ!」
前のめりになる信吉、ほくそ笑む勝入と長可。
そしてまさか自分たちが任じられると思っていなかったので度肝を抜かれて硬直する秀政と秀一。
こうしてグダグダの三河中入作戦が始まったのだった。
この時点での作中の織田家中序列
羽柴秀吉(宿老)
丹羽長秀 (宿老)
池田恒興(宿老)
堀秀政(三法師傅役)
蜂屋頼隆 森長可
蒲生氏郷(信長娘婿)




