90話
「殿!撤退準備、完了致しました!」
「よし!前野勢を下げて左近は代わりに殿を頼む!いくぞ!」
撤退を開始する石田勢だったが正則はそれを許さない。
「相手が狼狽え始めた!このまま全軍一気に突撃じゃ!」
正則の命令と共に山内・堀尾・中村・田中勢が鶴翼の陣にて三成の軍勢を包囲する。
「まずい……このままでは我らが持たぬ!」
じわじわと増えてくる敵勢に前野忠康が後ろを振り向いた瞬間だった。
ドォン!
銃声と共に忠康の首元に鉛玉がねり込む。
「前野様!」
「御家老!」
足軽達が駆け寄るが時すでに遅し。
忠康は魂が抜けるように馬から崩れ落ちた。
さて、山道を抜けた頃で迎撃準備を整えていた信親と秀政は石田勢がなかなか突破してこない事にイライラしていた。
「遅い、治部はいつになったら来るのだ」
「よもや福島の攻撃を耐えられなかったのか……?左様な事が有り得まい」
「しかし忍城を落とせなかった治部なら有り得るぞ。千熊に偵察させに行くか……」
「やめておけ。もし事実なら伊予殿の手勢だけでは呑まれるぞ。情報をもう少し待ってから考えるべきだ」
「うーむそうじゃな。小西の方は上手く連れておるようだ。立花から伝令が先程来た」
小西行長は決して戦下手では無い。
戦下手どころか加藤清正と同等くらいには評価されるべき人物だと信親は思っていた。
そしてその期待に見事に応えていた。
「とにかく我らは佐吉が来るのを待つか……」
「うむ……そうするしかあるまいて」
さて、山道に入った三成率いる石田本隊だったがそれを猛烈な勢いで追いかける一隊がいた。
「誰だあれは!」
「九曜の旗先物……!細川越中でございます!」
そう言う渡辺勘兵衛の視線の先には完全にキマって居る細川忠興がこちらを真っ直ぐに睨みつけて馬に股がっていた。
「治部少輔!お主だけは消して許さぬ!!玉の仇じゃァァっっ!」
既に後続隊は突破されたようでその後ろからワラワラと細川勢が湧いてくる。
「殿、ここは私が食い止めます!殿はお逃げくだされ!」
「くそ!長宗我部様の軍勢は何処じゃ!」
馬を180度回転させて細川勢の先鋒に勘兵衛は斬り掛かる。
「そこをどけぇぇぇ!」
しかし忠興の放った矢が勘兵衛のこめかみを撃ち抜いた。
「そやつの首は誰ぞにくれてやる!待たぬか治部少輔!!」
「ええい!お主の妻を殺したのは俺ではない!迷惑なのだよ!」
「黙れ!お前は私がこの手で斬り殺す!」
忠興の挑発に乗ってしまった三成が振り返ると忠興が刀を抜く。
「もうお前は手遅れなのだよ!分からぬか!?」
「黙れ黙れ黙れ!私はお前を斬首するっっ!それだけで十分だ!!」
ガサガサと草木を掻き分ける音が2人の耳に入る。
そしてそれを察した忠興は目にも止まらぬ早さで三成の首元を捉えた。
「ぐぅっっ!」
「死ねぇぇ!治部少輔!!!」
ズシャァァァッ!
肉が抉られる音が響くと共に三成が吹き飛ばされる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッッ!玉を返せぇぇぇ!治部少輔!!!」
虫の息の三成に飛びかかろうとする忠興。
しかしそれを無数の銃口が狙っていたのだった。




