43 誘導尋問
「後宮には借金している者が多いらしいね。リーナちゃんも借金がある?」
「あります」
「できるだけ、倹約している?」
「はい」
「借金が増えても、絶対に返済を諦めちゃ駄目だよ?」
「当たり前です!」
リーナは頷いた。
「ここだけの話だけど、借金している者が解雇になった場合、全員が投獄されるわけじゃない。処罰が違うよ」
「そうなのですか?」
借金がある者は問答無用で全員投獄されるとリーナは思っていた。
「後宮での借金は普通の借金とは違う部分がある。借金の金額が大きいほど罪も重くなる。これはわかる?」
「わかります」
リーナは頷いた。
「たぶんだけど、少額なら問題ない。処罰は注意だけだろうね」
「注意だけ?」
リーナは仰天した。
処罰が注意だけで済むとは全く思わなかった。
「給与とか何を購入したかでも違うはず。贅沢三昧で多額の借金をしていたら駄目だろうね。重い処罰になる。当然だよね?」
「はい」
「解雇された後に最終的な処罰が決まるから、詳しくは公表されない。不安が強まって噂になるんだろうねえ」
ヘンデルは安心させるように微笑んだ。
「誘惑に負ける子も多い。でも、リーナちゃんは頑張っている。偉いよ。だから、これからも誘惑に負けないで欲しい。きっといいことがあるよ。別に自分で買わなくても、無料でお菓子を食べることができる時だってある。今だってそうだよね?」
「はい」
「まあでも、口紅位はしないとね。身だしなみを整えるためだから無駄遣いにはならないよ。女性の特権だね。男性が化粧品を買っていたら無駄遣いになると思う。女性への贈り物と思われるだろうしね」
女性と男性でも違うのかとリーナは思った。
「意外に思うかもしれないけど、お菓子もまあまあ平気だよ」
「お菓子も?」
リーナは意外だと思った。
「召使いの食事、質素らしいね」
「普通だと思いますけど」
「パンとスープだけじゃないの?」
「階級によって違います」
「どう違うの? 教えてよ」
リーナは説明した。
召使いの食事は基本的に同じだが、階級が上がるほど内容が良くなる。
下働きは一日二食だが、召使いになれば三食になる。
上級になれば肉や果物といった単品が追加される。
下働きと召使いの場合、肉・野菜・果物はスープやサラダから取る。
食べられないのではなく、単品ではないというだけ。
メニュー次第。自分の受け取ったセットにどの程度入っているかも運次第。
「大体はこんな感じです」
「へえ。そうなっているのか」
「警備は違うのですか?」
ヘンデルはハッとした。
私服であっても完全に警備の者だと思われていることを再認識する。
「警備は全員同じ食事。ただ、量が違うかな。上の方が多い」
警備と言っても、騎士団の食事だけど。
ヘンデルは心の中で呟いた。
「そうなのですね。男性は沢山食べるので多い方が良さそうです」
「そうだね」
ヘンデルは自分もチョコレートを食べた。
「これも美味しいよ。食べて? 太っても大丈夫だよ。リーナちゃんは細いし」
「あの」
「なに?」
「困ります。太るのは」
「えー? ガリガリになっちゃうよ?」
「制服のサイズが変わると、また制服代がかかります。借金が増えてしまいます」
「私服じゃないから平気だよ」
「私服も買い換えないといけません」
ヘンデルはリーナをじっと見つめた。
「私服、持っているの? デートも制服なのに?」
実を言えば、ヘンデルはリーナの給与明細を見ている。
私服を持っていないことを知っていた。
「……下着は私服の一種なので」
「ああ、なるほど」
ヘンデルは思わず笑った。
言いにくいであろうことを正直に話したリーナを可愛いと感じた。
「それは大丈夫。必要範囲内。服は入らなければ、買うしかないよね。段々と大きいサイズの服を購入していれば、太ったせいだとわかるよ」
そうかも……。
リーナは恥ずかしくなった。
購買部の者に太ったことを知られてしまっていると感じた。
下着を買っていることも、何もかも。
「お菓子も平気っていったのはね、食事が足りない者もいるからだよ。空腹を我慢できなくて買ってしまったということなら、仕方がないと思える。お金がなくても食べ物が買えるわけだからね」
「……そうですね」
ひもじい思いをしたくはない。できることなら二度と。
「ああ、そういえば、ちょっと聞きたいことがある」
ヘンデルはわざと思い出したようにそう言った。
会話の流れや雰囲気的によってじわじわとリーナの警戒心が薄れている。
そろそろ本当に聞きたいことを質問してもいいだろうとヘンデルは判断した。
「リーナちゃんは掃除部だから、掃除担当だよね」
「はい」
「トイレ掃除以外はしたことあるの?」
「あります」
「どんなところを掃除したことがある?」
「基本的には地下です」
リーナは自分の経験した掃除場所について話した。
今はトイレ掃除だが、下働き見習いの際は様々な場所を掃除していた。
掃除部長のマーサが指導役だったため、既存班の一つに固定されるのではなく、臨時要員として各所で掃除を行っていた。
「あちこち掃除したので、地下には詳しくなりました」
「地上は?」
「地上は少しです。でも、地下とつながる階段の場所を把握しているので、場所がわかりやすかったです」
ヘンデルは何年も後宮に出入りしているが、地下を知らない。全く。
地下に詳しいリーナは何かの際に使えそうだと感じた。
「今は二階だよね? 段々と上の方の階になるのかな?」
「そうですね。でも、三階だけは全て上級担当です。重要な部屋が多くあるので」
「ふーん。そうだったのか」
ヘンデルは興味深そうな表情をした。
「少しずつ色々なところを掃除して経験を積みながら、どこでも掃除できるようになっていくってことかな?」
「そうだと思います」
「でもさ、後宮って古いよね。どこかが壊れたりしない?」
急なトラブルで修繕が必要になるようなことがなかったかをヘンデルは確認したいと思った。
「滅多にありません。仕事がなくなることはありません」
「滅多にないの?」
「当たり前です。常にあったら困ってしまいます」
「まあ、そうだね」
ヘンデルは心の中でにやりとした。
後宮は修繕費がかかると主張しているが、リーナの知る限りでは滅多にないと言っている。
リーナが知らないだけかもしれないが、後宮の主張と違う。
「もし、どこか壊れたらどうするの? 配管とか。修繕部があるのかな?」
「あります。何かあったら上司に報告して、書類を修繕部に持っていきます。すると、修繕部が書類を確認して対応します」
「直してくれるってことだよね?」
「いいえ。直せません」
「直せないの?」
「修繕部に所属しているのはただの召使いです。直せるわけがありません」
ヘンデルはおかしいと感じた。
だが、後宮には後宮のやり方があるのもわかっている。
「誰が修理するの?」
「配管の問題なら配管工を呼んで直します。修繕部は応急処置程度ではないかと」
ヘンデルは理解した。
応急処置や表面的な解決をするのが修繕。
二度と同じことが起きないように根本的に解決するのは修理。
その違いだと。
「なるほどね。で、修理してくれる配管工はどこにいるの?」
「街です」
「街? 外部から呼ぶってこと?」
「そうです」
リーナは頷いた。
「修繕部が上位の修理部に報告します」
修理部には侍従や侍従見習いがいる。
そこで修理する者を呼んで対応するか、応急処置でいいかなどを判断する。
修理するということになれば、書類や配管工宛の手紙を作成してくれる。
それを修繕部が受け取り、郵便で出して配管工を呼ぶ。
「配管工が来たら修理して貰い、修理部に報告する」
「凄く面倒そうだね。手間がかかるというか」
「そうです。なので、保守管理部が監視しています」
「保守管理部?」
ヘンデルは尋ねた。
「施設が壊れないように、あちこち見て回るってこと?」
「各部署に問題が出てないか、時々確認しにきます。掃除部はあちこちで掃除しているので、問題を発見しやすく、よく来る方かもしれません」
「自分達であちこち行って確認しないの?」
「たぶん。後宮は広いので、やみくもに歩き回るようなことはしないと思います」
後宮は所属や階級によって立ち入り制限があるため、むやみに歩き回れない。
リーナも巡回しているが、保守管理部の者に会ったことはないことを話した。
「他の部署のことなので詳しくは知りません」
いや、十分に知っていると思ったけれど?
ヘンデルは別のことを口にした。
「色々な仕事や関連部署があるだろうし、覚えるのが大変だね」
「今でこそ少しはわかってきましたが、最初はさっぱりわからなくて大変でした」
「例えばどんな感じ?」
ヘンデルは後宮の組織体系図も知らない。
後宮が守秘義務や情報漏洩を理由に教えない。
「掃除部と清掃部の違いとか。後宮の部署は基本的に二つあります」
「もうちょっと具体的に言って?」
「掃除部と清掃部というか」
「凄く似ているよね。何が違うの?」
「上位部と下位部の関係です」
後宮の多くの部署は上下で分かれている。
召使いが所属する下位部と、侍女や侍従が所属する上位部がある。
「階級で上か下のどちらかに所属するかが決まります」
「わかりにくいね。普通に考えれば一つでいいのに、階級でわざわざ上下に分かれているのか」
「第一、第二とかもあります」
「もうちょっとわかりやすく言ってくれる? 具体的に」
「施設部というのがあるのですけど、第一とか、第二とか。いくつまであるのかよくわかりません」
「第一施設部、第二施設部ってこと?」
「そうです」
「どんなふうに分かれているの?」
リーナは自分の知っていることを次々と話した。
「……なるほどね」
ヘンデルは満足そうに頷いた。
リーナのおかげで、後宮の組織体系をヘンデルは推測できた。
基本的には王宮内と同じように思えるが、階級や担当で部署が違う。
組織内の部署が多ければ、当然それぞれの予算も必要だ。何かと経費が膨れ上がる。
もっと修理に関することが知りたいなあ……無駄な経費とか違反とか。
だが、リーナは召使い。
役職者でもなければ、管理業を専門にしているわけではない。
掃除に関係すること以外は詳しく知らなさそうだった。
「ちなみにリーナちゃんから見て、何か気になることとかない?」
「気になることですか?」
「そう。例えば、なんでこんなものがあるのかわからない。贅沢だなあとか無駄だなあとか」
駄目元でヘンデルは尋ねた。
リーナは考え込む。
「あります。凄くおかしいことが」
ヘンデルはにやりとした。





