深窓の令嬢は雨宿りの君を振り向かせたい
図書館勤めのセスは最近司書の役得を噛みしめていた。
貸出の受付から見える窓辺の席で彼女はかならず本を読む。みなが憧れる深窓の令嬢アレクサンドラが日常の光景にいるのだ。窓から差す陽光を受ける様はさながら絵画のようだ。
「こちらとても面白かったです」
見惚れていた彼女が読み終わった本を手に受付にやってきた。
「お気に召してよかったです」
「次のおすすめはありますか?」
これが役得だ。誰しもが声をかけたくともかけられない彼女から、むしろ声がかかる。辺境出身の彼女は蔵書量を気に入り、足繁く通ってくれるのだが、かえって目移りしてしまうため司書の自分に訊ねてくるのだ。
「先日ゴーシー先生の新作がでたところなんですよ」
「羊の見る夢の先生ですよね。夢から抜け出せなくなった子供たちが雨上がりには虹がかかるの合言葉で現実へ帰るシーンがとても好きです」
「わかります! 初版本求めて遠方に出向いたときに、雨宿りしていた少年に傘を貸したんですが、ちょうど虹がかかるのを見たんですよ。だから小説のシーンがすごく印象的で」
人気で中央では手に入らなかったため、辺境の書店なら残っているときき足を延ばしたのだ。その帰路で雨で立ち往生する泥だらけの少年をみかけ、自分の傘に入れ家まで送った。その遠回りのおかげで拝めた虹だ。
「それは素敵ですね。では、その新作をお願いできますか」
「はい」
貸出希望を受け、喜んで新刊の棚へ取りに行った。
受付を終えたアレクサンドラは、図書館をでて、図書館が見えなくなるまで歩くとがしがしと頭をかき舌打ちをした。
「っくそ、覚えてんなよ」
第一ボタンをはずし襟元をくつろげていると、通りがかった従兄弟が目を丸くする。
「よぉ、本なんて持ってどうした?」
「読むに決まってんだろ」
「山駆けまわっていた野猿のサーシャが読書!?」
過去の事実を否定できない彼女は不機嫌を露わにした。
「うっせ、俺だって好きな奴はビビらせたくねぇんだよ!」
国境を守護する辺境伯の一族は、雪深い地域で肌は白く食べた分だけ動くので細身ではあるがしなやかな筋肉の持ち主の一族である。彼女も例にもれず、一見して判らないがたくましい。
虹をみた数年前から髪をのばし、想い人の前では楚々とした振る舞いをし嫌われないよう必死の彼女だ。
絶対に泥だらけの少年と同一人物だとバレてはいけない。彼の記憶に残っていた恥じらいで頬を染めながら、アレクサンドラはかたく誓ったのだった。






