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39話 秘密のデート



 雲一つない美しい快晴。ゴールデンウィーク真っ只中というのもあり、にぎやかな雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 楓馬君を見送った私たちは私の提案の元、お出かけすることになった。やや乗り気ではなかった芽衣ちゃんも、何とかついてきてくれた。


「なぜ芽衣が風見さんと一緒に……」

「まぁまぁ。楓馬君もいなくて暇だからいいじゃん!」

「……確かにそうだけども」


 今もなお機嫌がいいってわけじゃないが、来てくれた辺りそこまで私のことが嫌いというわけじゃなさそうだ。ここに楓馬君がいたら、また話は変わってくるけどね。


 ちなみに私たちが訪れたのは、近所の大型ショッピングモール。初めて楓馬君と買い物デートをした場所で、その後も度々買い物しに来てる場所だ。ここなら大抵の物が揃っているから、特に予定のない買い物にはうってつけの場所だった。

 ほかにもネットを駆使して出かける候補はあったのだが、そこまでそこに詳しくなかったり日帰りできるか微妙だったりと断念せざるを得ない場所が多かった。あんまり情けないところを見られたくもないしね。


「……それで。何か買う物でもあるんですか?」

「う~ん……まぁ強いて言えば冷蔵庫の中身が少なくなってきてるから補充しないとだけど。本来の目的は、芽衣ちゃんと親睦を深めるためのお出かけだよ」

「そうですか……あまり気乗りしないけど……」

「そう言わずに! 仲良くしていた方が楓馬君も喜ぶだろうし!」


 楓馬君の名前を使ってでも、私は芽衣ちゃんの機嫌をよくさせる。

 それに最後に言った「仲良くしていた方が楓馬君も喜ぶ」というのは、おそらく間違っていないだろう。昨日だって楓馬君を巡って争う私たちの姿を、楓馬君本人は困った顔して見ていたし。楓馬君からしたら、数少ない友達と妹が険悪なムードを醸し出していることなど望んでいない。

 芽衣ちゃんと円満な関係を築くためにも、ここで引くわけにはいかないのだ。


「でも……芽衣たちはいわば敵同士、ライバル。なれ合うのは不自然」

「昨日の敵は今日の友、って言うじゃん。楓馬君を諦める気は全然ないけど、仲良くしよ!」


 どれだけ言葉を尽くしても、芽衣ちゃんの顔が明るくなることはない。

 芽衣ちゃんの中に眠る、楓馬君への強い独占欲は、相当厄介なものだ。親友はおろか、気の合う友人になることなど、現時点では夢のまた夢だろう。


「でも……暇だという言葉は嘘じゃない。じゃなきゃ一緒にここまで来ませんし」


 だがここで芽衣ちゃんの口から、初めて肯定的な意見が飛び出る。芽衣ちゃんの表情自体は一切変わっていないが、昨日の様子から考えたらめざましい成長だ。


「……お兄様とのデートの予行練習、と考えればある程度割り切れますね。それでよければ、風見さんと一緒に歩くのもやぶさかではない」

「そ、それでいいよ! 私も予行練習したいし!」


 理由はどうであれ、芽衣ちゃんの合意は取れた。これでデートの予行練習という名の親睦会が始められる。このチャンスを逃せば、わかり合う道は途絶えるだろう。


「そうと決まれば早く行こ!」

「ちょッ……先が思いやられる……」


 いてもたってもいられず、私は芽衣ちゃんの手を取ってショッピングモール内に進んでいく。後ろから芽衣ちゃんのあきれる声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 とりあえずせっかくの親睦会だ。めいっぱい楽しもう!





 まず最初に訪れたのは、タピオカ屋だった。まだお昼には気持ち早いが、少しだけ喉も乾いた気がしたし。

 だがゴールデンウィークというのもあってか、タピオカ屋の前には少し行列ができていた。ブームは過ぎつつあるって友達から聞いた気がするが、まだまだ人気はあるみたいだ。


「……まさかタピオカを飲む機会が訪れるなんて……」

「そうなの? 今時の中学生だったら飲んでいそうだけど?」

「あんなカロリーの塊のような飲み物、お兄様に誘われない限り飲まないよ。そういう風見さんの方が飲みそうだけど」

「私も初めてだよ~まぁ私の場合、そんなの飲む余裕がなかったんだけどね……」


 何せ数週間前は、お金を切り詰めながら生活していたからね。そんなタピオカなんて飲む金銭的余裕はない、水で十分であった。

 楓馬君のところで住むようになってからも、飲む機会は一切なかった。こういうところに来るときは大抵一人だから、あまり飲む気にもなれなかったし。

 でも今流行っているらしいし、楓馬君と飲む機会が訪れる可能性もあるだろう。そう考えれば進んで飲むことだってできる。別に流行り物に嫌悪感を抱いているわけでもないし。


 芽衣ちゃんも自分の中でそう割り切ったようなので、一緒に列に並ぶことにする。この店は比較的マシな行列だからいいけど、これが東京とかだったらとんでもない数の人が並んでいるのだろう。テレビで見たこともあって、普通に引いたのが記憶に新しい。

 適度な会話を挟みつつも私たちの番が来たので注文、流行りとかもよくわからなかったので一番オーソドックスなものを頼む。そしてさらに数分待って、ようやくタピオカが私たちの元に届いた。


「……自販機で買えば一瞬、同じくらいの量でもっと安いのに……これの何がいいんだろう?」

「こらこら、まだお店近くだよ」


 タピオカに対する文句が止まらない芽衣ちゃんの口を塞ぎながら、私たちは店から離れる。同意できる部分はいくつかあるが、さすがにお店の前でそんなことは言わせない。後々来づらくなるでしょ……


 ある程度離れたところにあったベンチに腰かけ、タピオカが入った容器のストローを口にする。味はミルクティーをベースとしたもので、ミルクティーの中にはタピオカらしき黒色の物体がいくつも入っていた。写真とかでは見たことあったけど、改めて見ると不思議な飲み物だ。

 そして実際に飲んでみると……


「……なんか普通だ」


 出てくる感想もなんかつまらないものだった。市販で買えるようなものに比べてほのかに甘い気がするだけで、基本的な味はたいして変わらなかった。

 強いて差別点を挙げるなら、この黒い物体であるタピオカだろう。モチモチした感触があって割と面白い触感をしている。多分これが売りなのだろうか……私は知らないけど。

 とにかく今後、楓馬君に誘われない限り口にする飲み物ではないだろう。そう心に決めた私は、横で飲んでいるはずの芽衣ちゃんの方を見る。私以上にタピオカを批判していた芽衣ちゃんだったが、やけに静か……


「……何してるの、芽衣ちゃん?」


 芽衣ちゃんの姿をみた時、私は反射的にそう質問した。無理もない、地面と平行になるくらいに背を倒して、決して大きくない胸にタピオカの入った容器を乗せている芽衣ちゃんの姿を見たら。


「……し、知らないの? これはね……“タピオカチャレンジ”っていうらしいの。SNSとかでよく見るから……」

「そ、そうなんだ……結局何がしたいのかがわからないけど」

「見ての通りよ……女性が胸にタピオカの容器を置いて、それを飲むみたいなことよ……」


 芽衣ちゃんの説明を聞いて、やっと私もピンときた。確か学校の友達が外で買ってきたタピオカを、そんな風に飲んでいた記憶がある。その子は同世代の子に比べ胸も大きめだからできたけど……


「……芽衣ちゃん」

「……何?」


 静かに芽衣ちゃんの名を呼ぶ。何かを察したのか、胸から容器をどかし私の方を見る芽衣ちゃん。その目は少し死んでいるようにも見えるが、多分私も同じ目をしているだろう。



「それはね……私たちには、無縁のことだよ」



 薄くひらぺったい自分の胸を押さえながら、私は虚しそうにそう呟いた。芽衣ちゃんも核心を突かれ、何も言い返せないでいる。

 芽衣ちゃんはまだ成長期が訪れていない、私は少し前までカロリーとは無縁の生活を送っていたこともあり、女性を象徴する部分は悲しいことになっている。スタイル抜群の赤羽さんと比べたら、どんぶりと平皿くらいの差はあるだろう。

 だがそう考えるだけで、どんどん虚しくなってくる。自分で言ってて悲しくなるなんて、つくづく間抜けだな……


「……今だけなら、風見さんとわかり合える気がする」

「……それは、よかったよ……」


 悲しい事実を突きつけられたとともに、私たちの仲が少し深まるのだった。




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