32話 新雇用
芽衣が泣き止み落ち着きを取り戻したところで、俺は芽衣に風見さんに関することをあらかた話した。いくら芽衣でも、風見さんの事情を知ればある程度は納得してくれるだろう。
芽衣も芽衣で、俺の話を静かに聞いてくれた。内容的にもツッコみたくなるところもあっただろうが、一応最後まで口を挟むことはなかった。根は結構利口な子なので、こういうところはちゃんとしている。
「……そんなことが、あったんだ」
「あはは……まぁ、そういうことなんだ」
最後まで話を聞いた芽衣は、思った以上に落ち着いていた。さっき風見さんが鉢合わせた時のような、険悪なムードはとりあえず感じられなかった。
「最初はどこかのマンガの話でもしてるかと思ったけど、真剣に話してるから……」
「まぁ……気持ちはわかる」
仮に俺がこのことについて全く知らなかったとして、この話を聞いたとしても芽衣と同じ反応をするだろう。
冴えない男子高校生が貧乏の美人高校生をメイドとして雇って、更にその子が抱えているトラウマを解決させた後に告白される……こんなことが現実に頻発するなんてことはまずないだろうしな。
「それにしてもお兄様……一億当てたんだ」
「お、おう……」
「……芽衣、聞いてないんだけど」
「あはは……そうだっけ?」
しかめっ面を浮かべる芽衣に、俺は笑ってごまかすしかできなかった。そりゃ言ってないしな。もちろん母さんたちにも。
そもそも俺は当てたお金を、自分のことには一切使っていない。今のところその使用用途はすべて風見さん関連である。なんやかんやで風見さんの喜ぶ顔が好きなのである。
そして最終的に微妙に残るだろうお金は全貯金するつもりである。だから今でもバイトは続けているし、母さんからの仕送りも普通にもらっている。
「お母さんたちに言われたくなかったら……わかるよね?」
「……わかったよ。今度なんか奢るから」
「やった!」
ここはまんまと芽衣の策にハメられてしまった。妹に手のひらで転がされる兄って……なんか情けない構図だよな……
「まぁそれはいいとして。大体の事情はわかったよ……風見さんがお兄様に惚れている件もね」
「ふふっ! そういうことだから!」
なぜ風見さんはあんなにも上機嫌なのだろうか? 芽衣に「俺に惚れていること」を言われ、気分がよくなったのか?
「いつか遠くない未来に、「お義姉ちゃん」って呼ばせてあげるから、楽しみにしててね!」
芽衣と変わらぬくらいの胸を張り、風見さんは高らかに宣言した。芽衣がムッとなっているのもお構いなしに。
俺から見ても割と謙虚なイメージがある風見さんにしては、結構珍しい光景である。おそらくだが、「芽衣にお義姉ちゃんと呼んでもらう」未来でも想像したのだろう。それならば、気持ちが高ぶってあんな風に言ってもまだ納得できるか。
「それはない……お兄様と結ばれるのは、芽衣なんだから」
「えっ⁉ でも、芽衣ちゃん……」
芽衣による大胆発言に、風見さんはうろたえてしまう。次いでに俺も態度には出さないものの、内心驚いている。俺のことを過剰に好きなのはわかっていたが、まさかそこまでとはな……
でも風見さんが驚くのは至極当然のことだ。普通の兄妹なんて血がつながっているものだと思うものだしな。
「あぁ……明日香。俺と芽衣はな……血がつながってないんだ」
「えっ⁉ そうなの⁉」
「う、うん……両親の親友の子でな。あんま兄妹っぽくはないだろ、俺たち」
「い、言われてみれば……」
俺と芽衣を交互に眺め、風見さんはしぶしぶ納得したみたいだ。
そもそも俺たちの髪の色とか違うしな。それに顔も似てる部分がないに等しい。二人並べは身長差的に兄妹に見られても不思議ではないんだけどな。
「だから風見さんがお兄様と結ばれることはない……芽衣たちが結ばれるのを、指を咥えて眺めてればいいのよ」
「ちょ、芽衣……!」
芽衣にしては攻撃的な口調に、俺も驚きつつも諭そうとする。
俺や両親の前では比較的利口な芽衣も、もしかしたら他人の前ではこれが普通かもしれない。しかも俺に好意を向けている、いわば恋敵の前ならなおさらだ。
「それはどうかな! 私は楓馬君の好きなこと、なんでもしてあげるからね! 現にこうしてメイドになっているもの!」
俺の好きなメイド服をこれ見よがしに見せるために、風見さんはその場で一回転しスカートを軽く広がらせる。それだけで俺は胸を打たれるかのような感動に襲われ、膝から崩れ落ちる。
くっ……さすが風見さん。俺の好きなことを完璧に抑えてやがる……! ただ俺がヤバいメイドオタクなだけかもしれないが、気にしたら負けな気がする。
「メイド……」
「そ! 楓馬君にとっては、唯一無二のメイドさんなの、私は!」
ただひたすらにメイドであることを主張する風見さん。もうどこかテンションがおかしくなってるまで感じているぞ、俺は。これ多分風見さん、落ち着いたらめっちゃ恥ずかしくなるヤツだ。
そんな風見さんのことを気にもせず、芽衣は何かを考えているようだ。なんだろう、なんかヤバい予感がしてきた……!
そして芽衣は俺たちの方を向くと、淡々とその言葉を口にする。さも当然かのように。
「わかった……じゃあ芽衣もメイドになる」
は~い、俺の悪い予感当たった。
その芽衣の宣言とともに部屋が一瞬シーンとなったのは、もはや言うまでもない。
「このゴールデンウイークの五日間、芽衣もお兄様のメイドになる。そうなればお兄様はもっと芽衣のことを見てくれるはず……!」
もう勝ったかのような口ぶりで、自身のプランを続けさまに披露する芽衣。名案を思い付いただけあって、この家に来た時のような輝かしい笑顔を浮かべていた。
俺も突然の芽衣の宣言に、脳がバグってしまった。さすがにそれは、俺の予想の範囲外だった。
「ちょ……! この家のメイドは私! 一人で十分でしょ⁉」
「何を言ってるの? メイドを複数人雇うなんて、昔じゃ普通のこと。何も問題はないよ」
「そ、そうかもしれないけど……」
芽衣に言いくるめられ、風見さんも反撃の言葉が出ないようだ。多分風見さんも俺と同じで、思考が停止しているのだろう。
「お兄様もいいよね? 元々何もせずに泊まろうとしてたから、このくらいのことはしないとね」
「う、そうだな……」
ヤバい、そう言われると芽衣の言っていること全部正しいように聞こえてくる。兄妹なんだからそんなの気にしなくてもいいんだけど、芽衣はそれをうまい口実に変えているのだ。こういった切り替えの良さも、芽衣の優れているところだ。
とはいえどうしようが俺の選択肢は一つしかない……全てを知られた以上、もうどうにでもなれって感じだった。
「わかった……好きにしてくれ……」
「やった……よろしくねお兄様、ううん……ご主人様♪」
「うっ……」
義理ではあるが妹に「ご主人様」と呼ばれたはずなのに、心のどこかで喜んでいる自分がいる。妹メイドという超レアな存在に、テンションが上がるのは当然のことであった。
それゆえに横でむくれている風見さんの顔を直視することができなかった。メイドさんにそんな顔されると、心にグサッと来るんだよなぁ……もう俺、どうしようもないやつに思えてきたわ。
始まったばかりのゴールデンウィーク。もう波乱の予感しかしないのは、俺だけなのだろうか……?
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