29話 襲来予報
その後は特に大きなイベントが起こることなく、その日の学校が終わろうとしていた。大きなイベントがないと言っても、休み時間に風見さんとしゃべったり一緒に帰ったりなどのことはしている。これらもすべて、俺たちにとっては当たり前の日常となっているのだ。
そんな日常を送っている俺たちだが、もうすぐゴールデンウイークを迎えようとしていた。学生にとっては進学・進級してから最初に迎える大型連休だ。たった五日とはいえ、連続して学校に行かなくてもいいというのは学生にとって非常に嬉しいものだ。
それは俺や風見さんも例外ではないはずだ。去年のゴールデンウイークは今回よりも長かったが故に、ほぼ全部バイトに突っ込んでいた。たまに壮馬と遊んでいたりもしたが、九割近くはバイトに行っていただろう、特にやることもなかったし。
聞いてはないが、おそらく風見さんも一緒だろう。去年の状態を考えたら、こんな貴重な労働チャンスを見逃すとは思えない。そう考えるとお互いに碌なゴールデンウイークを過ごしていないということになる。
だが今年は……おそらくいつもとは違うことだろう。
「で、デート?」
「うん! 明日からのゴールデンウイーク、あんまり予定入ってないでしょ?」
「まぁな。多少バイトが入ってるくらい」
そんなゴールデンウイーク前夜でもある本日。日付が変わる直前くらいの俺の部屋で、不意に風見さんがやってきてそう切り出してきた。俺の部屋に来るということだけあって、恰好はちゃんとメイド服だった。よきかなよきかな。
「だったらその……デートしない? せっかくのゴールデンウイークだしさ」
ちょっと恥じらいながらも、デートを提案する風見さんの姿は非常に趣があふれていた。変態っぽく思われるから、これ以上深くは考えないけど。
それにしてもデートか……おそらく風見さんはこのデートで、何かを仕掛けるに違いない。仮にも俺のことが好きだからな。
そう考えると恋愛関係に発展するのを恐れる俺としては、できれば断りたいところだ。別にいやってことではないが、もはや保険みたいなものだった。だがこれができるのは、風見さん以外の女の子の場合だけだ。
もう何度も言っていることだが、俺と風見さんは一緒に住んでいる。つまりデートを受けようが断ろうが、家にいる限り大抵風見さんと一緒なのだ。簡単に言えば……非常に気まずい空気が流れることだろう。
さすがの俺もそんな事態になるのは避けたいところだ。安らぐはずの自宅がそんな空気になったら、休むものも休めない。せっかくきまずい地元から離れて暮らしているというのに、意味がなくなってしまう。
つまり俺に選択肢などないのだ。できることといえば、できるだけ遅くすることだけだった。ある程度心の準備をするためにもな。
「明日明後日は課題とかもろもろ片づけないとだし、その次二日はバイトだから……最終日ならいいぞ」
「ホント! やった! 絶対に忘れないでよ!」
「わかってるって」
デートを承諾したことにより、風見さんは大満足のご様子だ。普通の女の子も、好きな男子にデートを申し込んでOKをもらったときは、こんな心境なのだろうか。もしこれが正しい反応だとするならば……着実に「普通の女の子」として楽しんでいるようで何よりだった。
「じゃあ明日にでも課題片づけよっか! 半日あれば終わるだろうし、残った時間は英語の予習でもしよっか!」
「えっ、マジで……」
「休み明けたら、すぐ中間来ちゃうよ! 楓馬君英語ダメダメでしょ!」
「うっ……それを言われると、きつい……」
「赤点取って夏休み補習、なんて事態は私が阻止してあげるから、覚悟しててね!」
「は、はい……」
気持ちのいい笑顔を浮かべながら、風見さんは部屋から出て行った。とりあえず明日が地獄と化すのが決定した。
まぁ俺としても、風見さんに教わるのは非常にありがたいことだ。普段の小テストでも悲惨的な点を取りまくってるからな。一日二日の犠牲で夏休みの補習が免れるなら、安いものだ。
さて風見さんもいなくなったことで、完全にやることがなくなったな。もう夜も遅いし、さっさと寝るかな……
そう思っていた時、スマホから着信音が流れる。
「誰だこんな時間に? 壮馬か?」
夜遅すぎる電話を不思議に思いながらも、俺はスマホを手に取った。だが画面に映し出されている相手の名前に、少し驚いてしまう。
「げッ、芽衣からか……」
どうやら相手は芽衣……俺の妹からだ。ここ最近コンタクトもなかったが故に、俺もちょっと落ち着かずにはいられなかった。
別に芽衣のことを嫌っているとかではない、むしろいろいろ世話になったことで感謝しているくらいだ。ただちょっとびっくりしただけに過ぎない。
待たせるのもあれなので、さっさと電話に出た。
『もしもし、お兄様?』
「おぉ、芽衣。元気か?」
『うん、もちろん』
俺の耳に、まだまだ幼く感じる妹の声が流れてくる。今のところ怒ってなさそうだ。
芽衣は今年中三になるのだが、成長がやや遅くたまに小学生に間違われるくらいに身体が小さい。前にウチに来た時も、そこまで変わっていなかったくらいに。
だが成績面では非常に優れていて、ずっと学年トップを守り続けているらしい。仮に青葉学園を受けるならば、ほぼ確実に受かるだろう。
「今日はどうしたんだ? こんな時間に電話して」
『ちょっとお兄様の声を聴きたくなって……一か月以上会っていなかったもん』
「そうだったな。最後に会ったのも春休みの時だったしな」
『うん……できるなら、芽衣もそっちに住みたい』
「無理言うなよ……学校通えなくなるだろ……」
若干俺を惑わせることを言うのも、相変わらずだ。
もう十五を迎えようとする芽衣だったが、未だに兄離れができないようだ。兄としては嬉しいのか申し訳ないのか……複雑な心境だ。
『……そういえば、明日からゴールデンウイークだね』
「おぉ、そうだな。それがどうした?」
『明日から、そっち行っていい?』
「えっ⁉ マジで……」
『休みだし、できるだけお兄様の方にいたい……』
マズい……非常にマズいことになった。
確かに春休みまでは俺が一人暮らしだったのもあり、芽衣をここに呼ぶのにもさほど抵抗はなかった。俺としても芽衣と一緒に過ごすのは嫌じゃなかったし。
だが今この状況においては別の話だ。もう俺は一人暮らしではなくメイドさん……風見さんと一緒に暮らしているのだ。それを芽衣にバレるわけにはいかない……絶対にめんどくさいことになる!
「あぁ……ゴールデンウイークはちょっとな。バイトを詰め込み過ぎてな……」
『……確かに去年のゴールデンウイークも、同じこと言ってた』
「そ、そうだ! だから……」
『でもそれは一人暮らしを始めて、いろいろ立て込んでたから。でも一年経った今は関係ないはず』
「それは……ほら、特にやることなかったし……」
芽衣の勘の良さに、俺は慌てずにはいられない。この調子じゃあ、いつ風見さんのことがバレるか……!
だが状況は、さらに悪化することとなる。
『……まさか、女? いや、お兄様に女ができるはずがない。あのお兄様に……』
「め、芽衣?」
突然芽衣の口調が怪しいものとなった。実家にいた時には聞いたことないような、非常に冷めた声だった。
『でももし仮に、お兄様に女が出来たら……いや、そんなはずない!』
「うおッ!」
急に芽衣にしては珍しい大声が耳元に聞こえ、びっくりする。な、なんだかおかしな空気になってきたぞ? 例えるなら、そう……マンガに出てくるヤンデレヒロインが醸し出す空気のような……
『……とにかく明日、お兄様の元に向かいます。逃げたら……ダメだからね』
「お、おう……」
最後ゾクッとするような声とともに、電話は切られた。俺が芽衣に対してゾクッとするなんて……もちろん恐怖の意味でだ。
芽衣から電話を切られ風見さんも部屋にいない今、俺の部屋は静寂に包まれたのだった。だがその静けさが、俺の焦りを加速させる。
とにかく一つ言えることがあるとすれば……このゴールデンウイークが、俺にとって安らぐものではなくなった、ってことだけだ。
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