12話 初仕事
活動報告にも書きました通り、少し内容を変更しました。ストーリーの進行に問題はないので、そこはご安心ください
メイドカフェを満喫したところで、俺たちはのんびりと家に帰った。今日一日だけでも濃密な時間を過ごしたことだけあって、俺は相当疲れた。もちろんそれに見合うだけの充実した時間を過ごしたのでいいんだが。
風見さんも帰り道は、とてもにこやかな笑顔を浮かべながら歩いていた。多分彼女は今日起きたことのほとんどを忘れているだろう……間に食事を挟んだことによって。帰り道にしゃべっていた内容が、クレープとカレーしかなかったのがいい証拠だ。
さて帰ったはいいものの、そんな俺たちを待っていたのは……大量に買い込んだ荷物の片づけだった。その量は並みの一人暮らしくらいの荷物があって、俺は頭に手を当て呆然とした。
でもこの荷物を片付けるのは、風見さんの役目だ。一応そういう名目で風見さんを雇ったから、俺が手伝ったら意味がなくなってしまう。あと買ったものの八割くらいは風見さん関連のものなので、勝手に触ったらマズいだろう。そのくらいは俺だってわきまえている。
帰って早々メイド服に着替えた風見さんは、早速荷物の整理に入っていった。バイトで鍛えたであろう女子高生らしからぬ力と持ち前の器用さが生き、片づけがスムーズに進んでいく。何をやらせても水準以上の力を発揮する風見さんだからこそ、成せる技なのだろう。
ちなみに俺はそんな風見さんを、ただただ眺めることしかしなかった。今この状況で何をしているのが幸せかと言われると……メイド服姿で動く風見さんを眺めることだ。それだけで俺の欲求は大抵満たされる、多分飯を食わなくても数日くらいは生きられる自信はある。
「……凄い見るね、増井君」
「大丈夫、気にしなくていいから」
「気にしないでって……まぁいいけど。じゃあお言葉に甘えて、気にしないでおくね」
この時は気づかなかったが、こんな会話が繰り広げられるくらいガン見してたようだ。完全に無意識すぎて、気づかなかったぜ。まぁ手を出すなんて無粋な真似は絶対にしないから許してくれ、としか言いようがない。
俺が風見さんの働くさまを眺めること約二時間、どうやら片付けが完了したみたいだ。買ったものは全てあるべき場所に収納されており、ゴミ袋や段ボール等は既にまとめいつでも出せるようにしてあった。風見さんに用意した部屋の中は全く見れてないが、おそらく綺麗な部屋になっていることだろう。
俺自身片づけや掃除が苦手というわけではないが、そのレベルは段違いだった。やはり風見さんを雇って正解だったな。
「ふぅ~やっと終わった~」
「お疲れ様。頼んどいてなんだけど、大変だったでしょ?」
「うん。でも初めて部屋の模様替えなんかしたし、インテリアとかも飾れたりして……忙しさ以上に楽しかったから、私的には十分だよ」
「……そうか」
風見さんがそう言ってくれるなら、俺も多少は気が楽になる。
大口叩いたはいいものの、やはり心の中で少しだけ風見さんに悪いなとは思っている。お金の関係で結ばれているのはわかっているし、向こうもそれを了承して俺の元に来た。でもそういうの関係なしに、男が女性にいろいろな世話をさせているのは客観的に見て最低としか見えないのだ。
でも今の風見さんの様子を見て、確信に変わった。彼女は今の状況を心の底から楽しんでいるのだ。今まで借金のことを常に頭に置きながら生活しなくちゃいけない状況だったのだ。華の女子高生だというのに、生きていること自体楽しいと思うことはないだろう。
だが今は前よりも格段にランクアップした労働条件に加え、女の子らしい生活をまだ一日ながら満喫しているのだ。その姿に偽りが混じっているとは思えなかった。
そう信じ切るのはもしかしたらまだ早計かもしれないが、風見さんのことはどうしても信じていたかったのだ。過去の失敗を繰り返さないためにも……
「さて……あとは風呂掃除とかして、今日のお仕事は終わりかな? 飯はさっきメイドカフェで済ませたから作る必要も……」
「あ、そうだ! じゃあ三、四十分くらい時間くれないかな?」
「え……別にいいけど。何かするの?」
「まぁね。キッチン借りるね、増井君は座ってていいから!」
「う、うん……」
そう言い残すと、風見さんはキッチンの方に向かっていった。キッチンに立つということは、何かしらの料理を作るんだろうけど……いったい何を作るかは俺もわからない。
俺の事は放っておいて、風見さんは早速料理を始める。買い出しの時に買っておいた食材を冷蔵庫から取り出し、包丁を使って切っていく。やはり料理できるというだけあって、包丁も手慣れた感じで使いこなせていた。料理オンチの俺とは大違いだ。
「……また見てるんだ」
「やることもないしな」
「勉強とかしなくていいの? 二年も始まって、授業の進度も早くなると思うけどな~」
「大丈夫だ。これでも理数系は結構優秀でな。文系は……赤点取らなきゃいいくらいにしか思ってない」
「え、ちょ! 志低いよそれ! てか赤点レベルなの、文系科目!」
「おう。歴史はまだなんとかなってるけど、現代文とかは三十点取れれば上出来だ。英語に限っては奇跡的にいつも赤点ギリ回避だ!」
「そんな誇っていうことじゃないよ!」
料理をしてるのによくツッコめるよな。しかもちゃんとそのたびに俺の顔を見てしゃべってるし……これがリア充パワーか。
ちなみに今いったことは全て本当のことだ。社会系や国語系はまだ少し悪い程度だが、マジで英語だけはどうしようもない。いつも授業で死んでいる理由は、本気で何を言っているかわからないからだ。俺自身どうにかしたいとは思っているが、どうも肌に合わないんだよな。
「そういう風見さんは……言うまでもないか」
「うん、百点以外とったことないよ」
「待ってそれも凄くねぇか⁉」
「まぁ私の場合は……生活が懸かってたからね……」
「あっ……」
また地雷を踏みぬいた気がする。風見さんが無意味に上を見上げているのがいい証拠だ。ホントこういうところも治していかないとな……
「そんなとれるものなの……?」
「そうね……授業をちゃんと聞いて課題もちゃんとやって、あとは少しの自主勉。それさえできれば百点は無理でも、平均点くらいは余裕だよ?」
「簡単に言うよな……」
「じゃあ今度教えてあげよっか? メイドの仕事の一環として」
「いいのか! でも、俺は嬉しいけど自分のこととかは……」
「大丈夫だよ。人に教えるのもそれなりに楽しいし、何よりもう命懸けて勉強する意味もないし」
「……そうだな」
風見さんが必死になってテストで一位を死守してきたのは、全て学費免除のためだ。今となってはその心配すらなくなり、のびのびと生活できるのだ。
それでも彼女が勉強しなくなることはないだろうけど……背負うものがなく気長に出来るようになったのは、彼女にとってもいいことだろう。
「それにご主人様が赤点取るとか嫌だしね!」
「そ、そうだな……」
正論、本当に正論なのだが……その言葉は俺のメンタルに刺さる。少しは頑張ってみるか……
そんな感じで料理をする風見さんと談笑しながら待っていると、完成したのか器によそってテーブルまで持ってきてくれた。その料理はどこか懐かしくていい香りがした。俺が実家にいた時も、毎日のように出されてたなぁ……
「味噌汁か……」
「うん。口にあえばいいけど……」
風見さん作の味噌汁を前に、何故が少しだけ緊張してしまう俺。
豆腐とわかめとねぎが入ったオーソドックスなタイプの味噌汁。一人暮らしを始めてからというものの、口にする機会はかなり減った気がする。だからこそ、余計に懐かしさが際立ったのだ。
「……いただきます」
箸を手に取りお椀をもった俺は、そのまま味噌汁をすする。
その瞬間、懐かしい風味が口いっぱいに広がった。温かいそのスープを飲むだけで、実家の食卓を思い出すような感じがしたのだ。無論実家とは微妙に味が違うのだが……俺の口から出る感想はただ一つだ。
「……旨い」
「ホント? 良かった~口にあって!」
好評の声を聞いて、風見さんは安堵の表情を浮かべていた。風見さんに限って自信がないってことはないと思うが、多分久しぶりに作ったからかな?
「少しでもメイドさんらしいことが出来てよかったよ~」
「そんなこと気にしてたの?」
「……うん。まだメイドさんらしいこと、出来てなかったし……」
少し考えすぎかもしれないが、風見さん目線からしたらなんとなくわかる。
向こうからしたら俺は雇用主で、風見さんは労働者だ。自身の労働力を売っていかないと、いつ首を切られるかわからないからな。せっかく掴んだチャンスを手放さないためにも、彼女は一生懸命になっているだけだろう。
「大丈夫大丈夫。ぶっちゃけそうしてメイド服姿を見せてくれるだけで、七割くらいは仕事してるようなものだから」
「結構ぶっちゃけるね⁉ ちょっと軽すぎない⁉」
「そうか? まぁでも、そこまで気を張らなくてもいいよ。メイドさんと主人と言っても、もう実質家族みたいなものだから。気長にやっていこうぜ」
「そ、そう……わかった。でも仕事はちゃんとやるよ。何たって私は……メイドさんだからね!」
腰に手を当てながらドヤ顔をかますメイドの風見さん。うん、やっぱり風見さんを雇って正解だったな。こんな素敵なメイドさんの主人になれて、俺も嬉しい限りだ。
そんな風見さんを眺めながら、俺は作ってくれた味噌汁をすするのだった。メイドさんを眺めながらすすった今日の味噌汁の味は、一生忘れないだろう。
ジャンル別日間1位を達成しました! ありがとうございます!
これからも精進していきますので、よろしくお願いします。ブックマーク&評価等がまだの方は、是非お願いします!




