No.47 日米合同訓練開始
憂希はあまり部屋に監禁されなくなった輪廻に、日課である勉強を図書室で行っていた。
「ん~~~~~」
動物図鑑や魚図鑑を床に広げ、寝転びながら飽きずにそれを眺めている。光景だけみれば女児のそれだが、背格好は大人も大人である。
「ひらがな読めるようになってきて...もう俺が説明しなくてもよくなってきたな」
教えながら読み上げたりするのがいつもの流れだったのだが、最近はずっと一人で唸りながら読み込んでいる。
その成長に少し寂しさを感じながらも憂希はその成長速度に輪廻は天才なんじゃないかと感じていた。そんな自分の心情に憂希は妙な気分になった。
「ゆうきっ、これなに?」
輪廻が目を丸くしながら一冊の大きな本をもって憂希に近づいてきた。
「あぁ...恐竜図鑑か」
現時点で存在しない古代の生物。現代生物にもルーツをたどれば、切れぬ生命の軌跡に確かに存在する。
「これはね、ものすごい昔に生きてた動物たちだよ。もうずっと前に皆いなくなっちゃったんだ」
「むかし...?」
「そう、ほら。俺たち人間がこのくらいの大きさで、恐竜たちはこんなに大きいんだ」
「....これがりんね?」
「そう」
「っ!すごいおおきいねっ!」
輪廻はまたその場の床に図鑑を広げ、興味津々でそれを眺め始めた。
憂希はおとぎ話や昔話についても何度か教えようとしたが、そちらにはあまり興味を示さなかった。
「ほら、これが動画。人が作ったこういうイメージっていう映像なんだけど」
憂希は端末を使って恐竜のCG映像を見せた。昔家族と一緒に見た映画だ。久々にその映画のタイトルを思い出し、どこか懐かしい気分になった。
「うわ~!....え!ワニ?....トカゲみたい!でも大きい!すごい!」
知能発達が確認されたことから、輪廻も最近になって端末を支給された。
そこから輪廻はその映画を夢中でずっと見ていた。まるで小さい頃の自分を見ているようで微笑ましかった。
「輪廻もかなりいろいろ賢くなったな」
輪廻への教育が終わり、図書室から輪廻を部屋まで送った後の帰り道にしみじみと輪廻の成長を感じながら自分の部屋に戻っていた。
「あ、神崎。今大丈夫か」
「はい。...振動さん、どうしました」
その道中で声をかけてきたのは振動だった。
「お前聞いてるか、次の作戦に輪廻を投入するって」
「えっ、何ですかそれ。どういうことですか」
「知らなかったか...。前線ではなく後方での敵軍索敵として投入すると聞いている。...神崎がその指示や制御を担当するものかと」
「...何にも聞いていないです、てか、次の作戦って決まっているんですか」
「いやまだ不明確だ。中国戦で大勝したことで米軍のからの軍備増強の話も進んでいる。米軍が一番警戒警戒している欧州とロシアに対する共同軍事訓練も計画されているという話だ。我々としては地理的にも近い対ロシアには引き続き警戒しなければならない」
「共同訓練での投入であれば...まだ現実的だと思いますが。...合同訓練はいつ頃の予定なんですか」
「我々に待機命令が続いている以上、直近のはずだ。実戦投入よりも先に合同訓練が開催されるはずだ。前回のロシア戦以降、ロシアは勢力強化と体制改善に動いているという情報もある」
「...じゃあ事前に俺が輪廻に戦闘シミュレーションをするべきかもしれないですね」
「懐いている神崎に攻撃できるのか?理論的思考や状況の想定で感情や仲間意識を切り離せるまでに成長しているのか?」
「...輪廻は話す単語やコミュニケーションの取り方はまだ幼いですが....。それでもこちらの言うことへの理解はかなり高いです。文字も読めるようになってきたので、一度話してみますよ」
「こちらも早急に合同訓練の日取りを確認する」
「お願いします」
憂希は一気に不安にかられた。一度釘を差されていた輪廻の戦地投入に現実味が帯びてきたことで自分の身ではない危機に思わず手先が冷える。
「っ」
憂希は来た道を引き返すように輪廻の部屋に戻った。
「あれ~?ゆうきっ。きょうはおしまいじゃないの~?」
「っ....」
無垢な表情で憂希を見る輪廻にこれから話す内容の重さを認識し、足が床に埋まったように重く、口が張り付いたように開かない。
「輪廻....あのね。輪廻も俺たちと同じように少し怖いところに行かなきゃいけないかもしれないんだ」
「...こわい?」
憂希は絞りだした水滴のような声で、輪廻に告げる。言葉から滲み出した憂希の感情を見逃すことなど、輪廻はしてくれないのだ。
「俺たちは....人と戦っている。同じ...人間なのにね。...その戦いに、輪廻も連れて行かなきゃいかないかもしれないんだ」
「....たたかいってなに?」
今までたくさんの言葉を輪廻に教えてきた憂希だったが、できる限りきれいな言葉を、世界から知ってほしいがために汚い言葉は避けてきた。本来、そこまで汚い言葉ではない争いや戦いという言葉ですら、憂希たちが置かれている現状では殺し合いという意味合いが強くなる。
「...輪廻。今まで森で過ごしてきたときに、他の動物を食べたことはあるよね」
輪廻はこくりと頷く。人間の少女では仕留め切ることは難しい。おそらく母オオカミが狩りをし、与えていたのだろう。
「それも...戦いの一つだ。誰かから何かを無理やり取るということは...戦いなんだ。その何かを誰かと奪い合い傷つけあうことを戦いって言うんだ」
「っ....」
輪廻は憂希が放つ言葉の中で知らない言葉もあった。それでもその意味が憂希の声色や表情から読み取り、その意味を受け取っていた。
「...俺たちが誰かから無理やり取ろうとしてなくても、誰かが無理やり取ろうとしてくるときもあるんだ。それも戦いなんだ。護るときも戦いなんだ」
まるで自分に言い聞かせるように憂希は言葉を紡ぐ。
「……」
輪廻はそれを静かに真剣に聞いている。真っ直ぐ憂希の目を見て話を聞いている。
「輪廻、君は誰かを護るために戦えるかい?」
あえて言葉にはしなかった戦いに連なるあらゆる理不尽と葛藤。それでもそれを伏せた憂希の心情すら輪廻には伝わっていた。犬や猫だって飼い主との信頼関係があれば意思疎通は可能だ。輪廻は人としてのコミュニケーションの前にすでに異種同士のコミュニケーションを成立させ、そこに家族の絆すら芽生えさせていた。その輪廻がそれらを見逃すはずがない。
「だれか……って?」
「輪廻自身やニノやラプラス。皆だよ」
「ゆーきも?」
「……俺も護ってくれるのかい?」
「……うん!……みんなのために、たたかうよ!」
いつもの天真爛漫な輪廻とは少し違う力の籠った返信。それは明確に憂希の言葉を理解した選択だった。
「ありがとう、輪廻」
「ゆーき、にのはもうたたかいしてる、だよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、ありがとうはりんねだね!」
「っ……」
野生における戦いとは似ても似つかないが、輪廻はずっと戦ってくれていた母オオカミのように、憂希や仁野たちが戦ってくれていたと受け取り、素直な感謝を伝えた。
「明日から一緒に練習しよう」
「わかった!」
憂希は再び固く決意する。これは憂希の長所であり、悪い癖だ。また一人、憂希は護るものを増やした。戦場というあらゆる理不尽が舞う空間において、護るものが増えるということは圧倒的に不利だ。綺麗事では埋められぬほど足枷となるだろう。
「じゃあまたくるよ」
「うん!ばいばーい」
しかし、憂希にとっては何よりも重要だった。正当化するつもりのない戦争での破壊行為や殺戮を飲み込むための唯一と言っていい理由なのだ。
「ゆーき…こわいかおしてた」
そんな憂希を見て輪廻はまだ育ちきっていない精神で憂希を分析し、野性的な観察眼で察知していた。ずっと辛そうな憂希を輪廻は輪廻なりに心配していた。一番最初に会ったときよりもずっと辛そうに見えていた。
「……」
輪廻は憂希から教えてもらった端末で、じっくりと映画を見ていた。
数日後、和日月より全軍に米軍との合同訓練の命令が下された。憂希たちに課されたのはもちろん、能力兵同士の共同戦線に向けた合同訓練だった。
「すでに何度かの実戦経験があるものもいるだろうが、これからお互いの能力を把握し、深く理解した上で訓練に移る」
口で説明することは簡単だろう。ただグレード1にもなれば単純な説明では具体的な能力やその規模、効果のイメージや認識に個人差が生まれてしまう。
「君たちにはまず模擬戦形式でミッションをクリアしてもらう。内容は単純に小隊規模の敵軍への単独攻撃だ。敵軍には能力兵は配備されていないものとする」
よって日米それぞれが互いの能力を把握するために模擬戦を実施する運びとなった。
「まずは日本軍から実施してもらう。米軍と一人ずつ交代で交互に訓練を実施する。では、お願いいたします」
振動が日本軍を指名し、後ろに控えていた軍人にバトンタッチした。
「それでは私の能力で作戦想定環境を再現します」
その人物の能力はその場に仮想空間を再現し、物体の存在しない虚像を生み出した。ブラフとしては優秀だが、実戦ではそこまでの効果はない。目視できる距離で使えばそれは本物と区別が難しい偽物となるが、能力者が投入される戦争では偽装さえ見破られることの方が多い。
「この仮想空間における敵軍の配置にタレットを配備しています。全てゴム弾ではありますが仮想空間に連動しているため、実際には本物の弾丸や砲弾と認識すると思います。これらに被弾せず、目標全てを破壊してください」
仮想現実を操作する能力で、リアルを混合させる錯覚によりより緊張感と感覚的な没入感を高める。
「では、まずは神崎上等兵からお願いします」
「はい」
トップバッターは憂希が選ばれた。一番両軍に能力が知られているが故に、ある意味オリエンテーションには適役と言えるだろう。
「……」
憂希はこの訓練を利用してようやく知ることができる能力があった。そう、憂希の視線の先でさぞ億劫そうに佇んでいる秀明の姿だった。
秀明の能力はまだ、日本軍の誰も知らない情報だった。今までの米軍における作戦行動でも参加した形跡すらない秀明に、憂希以外も注目していた。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。




