No.35︎ 欧州前線維持作戦の罠
No.35︎ 欧州前線維持作戦の罠
「俺の情報を日本軍と同程度持っているんですよ?それを相手に敵として戦場に立つなんて、日本と米軍の関係性を悪化させるだけです。……まさか、それを狙いに」
選択肢がないことを理解しながら、ダメ押しで憂希は問いかける。
「作戦行動を行うのは基本的にこちらがメインだ。君を矢面に立たせるつもりはないよ。言ってしまえば見学だ。日本軍の増援に検討している兵士を事前に見せる、それだけのことだよ」
「...」
それなら安心だ、とはならない。憂希とて戦術や編成、軍備においてはまだ素人同然と言えるが、それでも理解できる。戦場に立つということは、それだけでリスクである。
「わかりました。...俺は何もしませんからね」
その憂希の釘差しに何も反応することなく、ジェイムスと名乗る男性は話を続ける。
「作戦は我々の前線防衛基地を拠点としている。そちらに君を招こう。作戦日時の前後に余裕を持った日程を捻出してくれれば、彼女との面会も有意義な空間で提供できるが如何かな?」
「...有意義って具体的に教えてもらえるんですか?」
「彼女が現在生活している居住拠点に君を招待し、彼女が過ごす時間を体験する機会。を有意義と言っている感じかな」
「作戦期間はどのくらいですか」
「最大でも三日ほどかな。前線維持が目的だから、基本的に深追いや殲滅はしない。ただ、侵攻軍は壊滅させるつもりだ」
三日に対してさらに余裕を持たせるとすれば計五日くらいになるだろう。そこまでの時間を確保できるとは思えなかった。
「...わかりました。作戦日程に対してさらに時間を作ることは難しいかもしれませんが、できる限り参加します」
「ありがとう、いい返事が聞けて良かったよ。敵軍の侵攻状況を見るに、作戦は三日後から五日後と予想している。内部調整を頼んだよ」
一番重要な部分を憂希に丸投げし、ジェイムスはその場から文字通り姿を消した。
「...くそ」
また悩みの種ができた。美珠のことを忘れていたわけではないが、自分を利用する限り無事であるという考えが、憂希を救っていた。しかし、今度は米軍との関係に影響するリスクが出てきている。
現在、いつ戦闘態勢になるかが読めない不安定な状況で、長い時間拘束されるのはかなり無理がある。
「俺が体調不良と言い訳できる現状が唯一の...。いや、作戦には参加しないと万が一また攻め込まれたりしたら...」
思考を巡らせれば巡らせるほど、悩みは深みを増す。自分がいなくても戦争に支障はないとはどうしても思えなかった。これは慢心でも自己陶酔でもない。それほどに日本軍はひっ迫している。
「...俺が介入してでも前線の作戦をすぐに終わらせるしかない」
美珠との面会時間よりも、自分がいつでも戦場に出撃できるようにすることを優先すると、憂希は決意した。
ここで人を頼れないのが憂希の弱さであり、美珠を切り捨てられないのが憂希の優しさだった。しかし、ここで全てを切り捨てずに進む覚悟こそ、憂希の強さでもあった。
「まずは...俺自身がもっと強くならないといけない」
苦戦しなければ戦力の消耗もない。そもそもグレード1とは単体で軍隊どころか国を壊滅させられる力を保持するからこそ、その価値が付随する。
敵を完全に無視した一方的な攻撃による蹂躙。これ以上、グレード1としてそれ以下の能力者や兵器の軍隊に遅れをとるわけにはいかなかった。
「...少し訓練場にいくか」
憂希はいてもたってもいられず、自分を追い込むことで思考をいったん置いておくことにした。
次の日の朝。
輪廻とのコミュニケーションのため、輪廻の部屋を訪れた。持ち込んだのは小児用の生物図鑑。主要な生物が陸海空問わず、満遍なく掲載されているそれは、生物を学ぶ第一歩としてこれ以上ないほど適材だった。
「ん~~~~」
最近、ひらがなであれば少し読めるようになってきた輪廻の学習能力はその身体年齢を無視し、小児時期の吸収の早さを見せている。小児用の生物図鑑を憂希が説明するまでもなく熟読している。
おおよその事柄に興味を持ち、積極的かつ主導的に学ぶ姿勢は、近代の若者がデジタル化で忘れた、知らないものを学びたいという知識欲や学習意欲だろう。
「これ!」
ずっと生物図鑑を穴が開くほど熟読していた輪廻が、いきなり顔を上げて指を差したのは狼のページだった。和日月から聞いていたかつての母とも呼べる存在の姿なのだろう。
「ああ、狼だ」
「んーん、あうあっ。あうあだよ」
「あうあ?...ああ」
そこで憂希はその言葉の意味を理解した。輪廻が母親を呼ぶとき、何かコミュニケーションをとる時に発していたであろう鳴き声。人間でいう名前を呼ぶ行為に近いそれを、輪廻は理解した人間のコミュニケーションに落とし込んで、母親の名前として憂希に教えたのだ。人間の世界を知らなかった輪廻は、そこまで人間を理解し、人間になじんているという証明でもあった。
「...輪廻。君のお母さんはアウラっていうんだね」
「アウラ...。アウラっ」
その発音を輪廻は気に入った様子で何回も口にした。憂希は野生時代のコミュニケーションを奪わずに、人間の発音に合わせた名を考えた。
「よかった、気に入ってくれて」
「アウラ、あうあ!」
容姿だけ見れば憂希も年上と見間違うほど大人びた女子だが、その態度や雰囲気は女児のような純粋さそのものだった。
そのあとも終始生物図鑑を眺め続けた輪廻の姿を見て、次はもっといろんな本を持ってこようと憂希は思った。
見たことのない生物はすぐに憂希に質問してきた。端末でいくつかの動画を見せたが、それにも夢中になっていた。憂希はまだ動物園などで実際の動物を見学するには早いかもしれないが、いつかは見せてあげたいと思っていた。
しばらく生物図鑑を中心に新しい知識を輪廻に教え、憂希は自分の訓練に向かった。
憂希は訓練場にていくつかのパターンをイメージした。咄嗟に出る防御や攻撃には単純さがどうしても抜けず、対応力や突破力に欠けていた。反射的に行使できるレベルまで体にしみこませた効果的な能力行使パターンを考える。
「...防御」
攻撃は状況によって臨機応変さも重要となることから、まずは現実的な防御手段を検討する。
「...今までは、自分に近い位置でしか防げていない気がする」
兵器であろうと能力であろうと、憂希は自分に引き寄せた位置での防御をしていた。氷や風、水や岩石を駆使した盾のイメージが強い。
「もっと根本的に...」
絶対防御に近い能力は直近で戦闘したロシアのネスメヤナ。範囲指定の強制反射や範囲内すべてのベクトル操作による制御。自分の至近距離ではなく、ある程度の距離、範囲を持った防御行為や反撃が軍全体への被害を最小限にしている。
事実、それがあったからこそ憂希と花菱の連携による驟雨爆撃に大隊規模相当まで残しながら、反撃に移ることができたと言える。
「...」
単純な兵器であれば、敵の周囲を岩石や氷結で囲うのも手。AZがやっていたような瞬間的な敵陣の無力化。氷結や融解速度をもっと早くした回避不可能な攻撃も防御を兼ねる。
しかし、その速度が遅ければ、ネスメヤナのように瞬間的に対応され、手を封じられる可能性もある。
「まずは基本的な能力の練度を上げよう」
各能力を切り分けた中で明らかに能力行使の量と応用力に差がある。憂希はその差を平均化し、その上で連結できるような応用を考案することにした。しばらく戦場でのぶっつけ本番が多かっただけに、冷静に分析しながら能力を行使する時間は憂希にとって今まで得たインプットをアウトプットにするための重要な工程となった。
しばらく訓練場に籠っていると、そこに来訪者が現れた。
「あまり無茶はするなよ。病み上がりだろうに」
「振動隊長」
「...隊が合併した今、私は隊長ではない。少佐で頼む」
「はい、振動少佐」
病み上がり後にすぐ和日月にも鞭を打たれ、それでもなお自分で自分を追い込む憂希の話を聞き、上官として振動はほっとけなかった。
「...ずいぶんとここで訓練しているのか」
振動が見渡す訓練場にはいくつもの氷結の跡や爆発痕が無数に広がっている。激しい能力行使の痕跡が散らばっていた。
「はい、今日は昼間から。...えっと」
「もう二十時だ。飯をしっかり食べて、そろそろ休めよ」
「ありがとうございます」
「...その感じ。ロシア戦とはまた別で何かあったか?」
「っ...」
憂希は振動の察しの良さにたじろぐ。憂希としては表情や態度には出していないつもりだったが、振動の観察眼には違和感として映っていたようだった。
「...欧州軍の刺客からまた接触がありました」
「何っ」
「しかし、まだ何も。安楽堂さんの状況を知りたければまた協力するようにという次回の匂わせだけでした。...欧州軍と全面的な協力関係はやはり難しいんですかね」
「...。元の戦力であればまだ可能性があったかもしれないが、米軍へ援軍要請をしなければならない現状では、その米軍との関係悪化は悪手だろう。将来的には不明だが、現時点は不可能に近い」
「...そうですか。向こうから打診の可能性もないんですよね」
「君がほぼ唯一のコンタクト条件と言ってもいい。ずっと先兵を送っては連絡が取れなくなるの繰り返しだった。敵対意識があるとすら軍内では思われていたほどだ」
憂希はなおさら自分をだしに何を目的で日本側に協力要請を出すつもりなのか、わからなくなった。
「...安楽堂さんを救えるまでは、俺はとりあえず協力します」
「日本が確実に不利になる条件であれば、GOは出せなくなる。慎重に事にあたらなければな」
振動に今回の件を相談しなかった理由はまさに今、振動が言った言葉にあった。慎重になるということは、今回の作戦協力はおそらく見送りになる。前線での敵国迎撃など、欧州側からタイミングを調整できるものではない。いずれ必然的に発生する戦闘に対して、時間を使うということは断るも同然と言える。
「そうですよね」
「...無責任に気にするなとは言えないが、それでも世界情勢や安楽堂一等兵のことは我々に任せてくれ。君に心労をかけてばかりでは、上官として顔が立たないままだ」
「そんなことは。...変に自分ごとに捉えすぎなのは、理解しているつもりなんですが。自分から切り離すのが苦手で」
「...君にはそのままでいてほしいものだ。その感覚を殺さずに保持することが、私の責務とも言える」
状況判断で優先順位をつけ、それに基づいて低いものは切る。その判断が瞬発的にできることが軍人としての格を上げ、戦争における功績を生む。しかし、同時にそれは自分を殺した兵器の一部のような冷徹さ。時に人らしささえ失うことになる。
振動はまだその人らしさを色濃く残す憂希が、その心を無くさぬことを自分の使命とした。振動はどこか確証の無い予感を抱えていた。いずれこのまま戦争にもまれ続ければ、憂希はいずれ自分を捨て去り、その能力を味方のために全力で使うだろうという予感。献身的な姿勢と純粋さが裏返ったとき、憂希を極限まで追い込む材料になってしまうという杞憂。
「では、邪魔して悪かった」
「こちらこそ、お気遣いありがとうございます」
常に戦場にてほぼ強制的に能力行使を継続する振動の体力と対応力を見習わないといけない。そう思いながら憂希はこの場を去る振動に視線を送っていた。
次の日の午後。
自室で待機している憂希に、また望まぬ来訪者が訪れる。
「すまないね、予定より早く作戦開始となる。可能であればすぐに我々と合流してほしい」
「……侵攻が思ったよりも早かったんですか」
「その通りだ。前線付近の敵の動きが活発になっている。先ほどの情報では予定より多少、戦力も増強されている」
「……」
この話が来た時と本当に同じ状況になるのか。憂希はその心配で頭がいっぱいになった。
「わかりました」
早まる分には都合がいいと、プラスに考えて憂希は返事をする。
「では、さっそく向かうよ」
未だにわからない移動手段で気づけば前線基地と思われる建物にいた。安易な空間転移ではない全く別物のような能力。
しかし、憂希の意識はすぐにその能力から切り離される。
「敵軍が砲撃とともに侵攻開始!こちらも迎撃開始します!」
関係ないはずの戦場がそこには広がっていた。
「もう始まってるじゃないですか!」
「彼らの動きがより攻撃的になっている。事前情報はブラフだったらしい。すまないね、こちらの読み違いだ」
普通なら危機的状況のはずだが、ジェイムスと名乗る男性の顔にはなぜか余裕すら感じ取れた。
「前線部隊より伝令!……敵軍の砲撃ならびに能力行使への迎撃に効果なし!こちらの兵器が通用しない模様です!……迎撃すべてが撃ち落とされているとのことですっ!!」
迎撃を迎撃しながら飛んでくる砲弾や能力攻撃。それは明らかに兵器の枠を外れた何かだった。
「なるほど、やはり掴めない男だね、彼は。能力者部隊を前線主力部隊として投入する。武装部隊は後退しつつも前線維持を尽力せよ。…敵軍もグレードの高い能力者が投入されている。見極めていこうか」
前線の小競り合いは本格的な戦争へと拡大し、憂希はただの見学とはいかないことを覚悟した。
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