34 生贄少女と、夜の国の魔王様
***
「チビの名前がニアに変わったですって!? なぜ一言私に相談を……いえなるほど、そういう事情でしたら……理解しました。とても、いい名ですね」
そうして優しく屈んで視線を合わせてくれるフォメトリアルが持つ本の中には、ニアの名前候補がびっしりと書かれた紙が挟まっていることを、ニアは知っている。嬉しくて、むふふとくっつく。
「……フォメが、かんがえたのでも、いーよ」
「何を言っているのですか、この子は。あなたの母がくれた名です。大切になさい」
「ぬへへ」
「代わりに、今度は文字を書く練習をしましょう。自分の名は、しっかり書けるようにならねば」
「……あい!」
***
「そうか。それじゃあチビちゃんじゃねえなぁ。ぬはは。とはいえニアちゃんってのは言いづらいな」
「それも、わるくない」
「いいや、名前もできたんだ。もう一人前の夜の国の住人だから、ちゃん付けにはできねぇよ。ニア、よろしくな」
「ぬ!」
わしわし、といつも通りにカシロに頭をなでられ、ぬふふと笑う。ところが視線が気になって、振り返ると、そこにはカシロの弟、シトラがいた。もしや羨ましいのだろうか。
いやそれよりも。
「……まだ……いる……!? かえって、ない!?」
「も、もう少しで城の修繕が終わんだよ! それまでちょっとの間、残ってるだけだ!」
「なる……ほど……。ふむう……。ここ、ばしょ、かわる? なでり、なでり」
「えっ、いいのか……? いや、やめとく……。この年でちょっとそれはな……」
「ぬーん。なでなで、だめかー」
「お前らは、一体なんの話をしてるんだ?」
***
「チビすけ。名前が決まったらすぐに教えろって言ったろ。僕の本に書かなきゃいけないんだから」
と、話すのは保管室の管理人、ロンである。相変わらずべちん、べちんと長い尻尾で床を叩いている。すぐに教えろと言われたっけ……? とニアは首を傾げたが、「ほら、動かない」と即座に首を固定されてしまった。
現在のニアは両手を広げ、つま先立ちで真っ直ぐに立つという、ちょっとバランスを崩しただけでこけてしまいそうな状態である。まさに磔にされているようなポーズだ。さらに手には一個ずつりんごを持ち、足元には謎のワニの剥製があり、もうなんだこれ状態である。
「ぬ、ぬがあああああ……」
「ん。やっぱり。記録が変わってる。だから人間って困るんだよね……すぐ成長するんだから。あのさあ、君も貢ぎ物なら貢ぎ物らしくプライドを持ってくれる? 僕の記録が間違ってるなんてありえないから。ちゃんと定期的にこの部屋に来て、計測を受けて」
「ぬうううううう~~!!!」
貢ぎ物じゃなくて自分で木箱に入ってやってきただけなのに……という言葉はもう必死すぎて言えやしない。
「こんにちは~。新しい商品と、ついでにそこで王子様のお坊ちゃんから手紙を預かったので持ってきて……アアアア何してんですかぁ! 変な儀式はまずいでしょぉ!?」
「いやただの計測だけど。儀式じゃないけど」
***
すっかり疲れてしまったチビは、ふらふらとした足取りで、部屋のドアを叩いた。
ノックをすると、返事がある。その声を聞いて、チビはほんの少しだけへにゃりと笑って、こそこそとドアの隙間から入り込む。
アザトが執務室でペンを走らせている。暗い夜の部屋は、きらきらと星の明かりがきらめいていた。この光景を見ることが、チビは好きだ。
「……どうかしたか?」
「なんでも、ない」
「疲れているように、見えるが」
「だいじょお、ぶ」
んへへ、と笑って、チビは仕事をするアザトの膝に滑り込む。それから胸にぽふんともたれて、柔らかな暖かさを感じた。
こうして、小さな少女は魔王の膝の上で寝る。すやすやと、ぽかぽかと。
幸せな夢を見るのだ。
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