ある少女の憂鬱と豊穣祭(中編)
「おいしそー……」
じゅるり、と今にも涎を零さんばかりの様子に、屋台で懸命に鶏肉を焼いていた女主人は苦笑し、隅に置いてあった串焼きを手にすると、暫く火で炙り、特製のタレにつけてから差し出した。
「食べなよ。肉の大きさがばらばらで、ちょっと焦げちまって商品にならないから、後で自分で食べようかと思ってたやつだけどさ。アンタ別嬪さんだから特別だ。味は対して変わんないよ!」
「え?本当!?ありがとう!おかみさんに祝福の灯が届きますように!」
差し出された串焼きをしっかりと手にし、満面の笑みで言祝ぎを告げるのは、大きな黒縁の眼鏡と長い前髪がほぼ顔を占領している、小柄な少年だった。
豊穣祭は、此処王都の中央広場でも屋台が立ち並び、非常に活気に溢れる。売り手達にとっては年に一度の稼ぎ時、買い手は様々な食べ物や世界各国から訪れる行商人の珍しい商品を心待ちにしている時だ。
あちらこちらから食欲をそそる匂いが漂い、人々の胃袋を刺激する。
今しがた串焼きを貰った少年もその一人で、屋台の間をうろうろしながらも、金がないのかしょんぼりと尻尾を落とした犬のような雰囲気を醸し出していて、人の好い女主人はつい声を掛けてしまったのだった。
しかし、見映えが特別良いようには思えないけれど、少年が笑った瞬間、彼に目を奪われた。
辺りを春の心地よい風が包んだような、不思議な爽快感を得、何となく心が弾んだ。
上機嫌で言祝ぎも文句を紡いだ少年は、串焼きを食べて味しい!と喜んでいた。
その後、無邪気に手を振りながらその場を後にした訳だが――奇妙なことに、その後、女主人の店は普段の十倍ほど売上げが伸びたのだった。
ふんふんふん、と至極楽しげに、串焼きの肉を頬張りながら歩く少年。
最後のひと切れを胃袋に納めると、満足気に笑顔を浮かべたが、明らかに食べたりない様子で串をしょんぼり見つめていた。
そこへ、背後から忍び寄る腕。
無防備な背中へと伸びた手は――ぱこんといい音を立てて、少年の頭に何かを叩き付けた。
「あいたっ!……あ、あーちゃん」
「……みーおー……」
頭を押さえて振り向けば、実の姉の姿がある。
普段と違うのは今の自分と同じような眼鏡を掛け、いつもは結んでいる髪で顔を上手く隠すようにしているところ。
しかめっ面のその顔に、海央は誤魔化すように笑った。
「……ごめんあーちゃん。いいにおいにつられて先に行っちゃった」
「あのねえ、私を置いていったら護衛の意味ないでしょうが!」
頭痛い、とばかりに額を押さえる有空を見ながら、最近――否、「こちら」に来てから彼女はよく疲れた顔を見せるなぁと珍しく心配になる海央。
「んと……あ、」
ポケットに手を入れると、そこから取り出したものを差し出して、海央は笑う。
「あーちゃん、これあげる」
非常食代わりに持っていたそれは、キャラメルをチョコレートで包んだような菓子。こちらに来てからの海央のお気に入りの食べ物の一つでもある。
疲れている時は甘いものを食べると元気が出るよ、とは、小さい頃からよく海央が言っていた言葉。
「……そんなに疲れてるわけじゃないけど、ありがとう」
有空は有り難く頂くと、包みを開けて中身を口に放り込む。途端に口腔に広がる、ほろ苦く甘い味。
すぐに咀嚼してなくなってしまったが、にこにこと微笑む弟が、笑顔で食べ物を分けてくれる機会が少ないことを知っているからこそ、嬉しく思う。
手を伸ばしてぎゅう、と抱き締める。
あたたかいぬくもり。
何にも代えられない温もりが、ここにあった。
「海央、私たちお忍びで来てるんだから、はぐれないように――って!」
振り返ると弟の姿が無い。
辺りを見回すと、少し離れた果物屋の甘い香りにふらふらと吸い寄せられている外套姿の人物が――。
「みーおぉぉぉぉ!!」
姉の雷が落ち、弟は珍しくも鉄拳制裁を頭頂部にくらうことになるのだった。
お久しぶりです。
以前書いた続きが残っていたので短めですが投稿します。
久しぶりに新作を書いています。
よろしければご一読ください。
こゆるぎさんはゆるがない〜推しとお見合い!?することになった件〜
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