第九十七話 紙一重の工房
「こっちだ」
追いかけてきた僕たちを見て、ほっとしたような感情を声の端に滲ませながら、アルルカは上階の小部屋へと入っていった。
「おー、すごいね、これ」
マルネリアが歓声を上げる。
そこは、エルフの森で魔女が使っていた小屋に少し似た雰囲気がある部屋だった。
部屋の中央にはビリヤード台のような大きなテーブルがあり、粘土細工のようなものがいくつも置いてある。端には石造りの作業机があって、本も数冊。そこら中に積み重ねられていのは、石版だろうか。
「わたしの工房だ」
アルルカは静かに微笑んで告げた。
それだけ見れば、理知的で、凛々しい少女の笑みなのだが……。
「これは何でしょうか」
リーンフィリア様が中央の大テーブルをのぞき込んだ。
「それは、わたしの考えた超兵器のミニチュアだ。実物を作る前に、まず粘土で作ってみて形を整えるんだ」
アルルカが嬉しそうに答える。興味を持ってくれたことに喜んでいるようだ。
どれどれ、一体どんなものが……。
んん……!?
「こ、これは……!?」
僕は、テーブルの上のミニチュアを見て、驚きの声を上げた。
《剣にも盾にも似ない、得体の知れない物体の群れ。父親が嘆くのも無理のない、空想から飛び出してきたようなものばかりだ。この奇々怪々な武具でどう戦えというのか、これがわからない》
い、いや、それは違うぞ主人公……ッ!
ファンタジーの住人には悪いけど、異世界からやって来た僕にはわかってしまう。いや、恐らく、『Ⅱ』をプレイした“人間”なら誰しも、こう思うはずだ。
近代兵器……!
テーブルの上には、大砲、飛行機、戦車、ミサイルらしきものまで置かれていた……!
剣と魔法の世界において、この発想は……!
この子、まさか本当に天才か……!?
彼女の発明がドワーフ仲間から理解されないのって、先進的すぎるからなのか……!?
「ア、アルルカ、これは何?」
僕は少し興奮しつつ、戦車を指してたずねた。
ここで言う戦車は、チャリオットではない。
多様な地形を走破し、標的を粉砕する砲塔を備え、分厚い鉄板に守られた戦闘車両――タンクだ。そして実際、そうとしか見えない!
「あっ、それか? それは、設置型の爆弾だ」
「えっ……」
しかしアルルカは、あろうことか戦車の長い砲身をつまむと、車体の裏面を部屋の壁に押しつけるようにして、
「こうして持って、敵にくっつける。棒が長いので、高いところまで届くんだ。そしてその棒を抜くと、爆発する」
えっ……。戦車じゃ……ない?
しかも何その微妙な爆弾……。
この子、まさか天才じゃなくて……。いや、いやいやいや。まだだ。落ち着け。
わ、悪くない(震え)。
若干、若干だけど、近代兵器っぽい発想もあるだろう? 棒を抜くと爆発するとか、手榴弾のピンみたいじゃないか。何かあるよこれは! あるはずだ!
「じゃ、じゃあ、こっちは?」
救いを求めるように、今度は飛行機のようなものについてたずねる。
するとアルルカは「フッ」と得意げに鼻を鳴らし、
「騎士殿は、我々の戦いが地上のみで行われるものだと思うか?」
おお!? こ、この反応は!?
「ち、違うの?」
期待に震えながら、インタビュアーに徹する。
「これからの時代は、空も戦場の一部となるんだ」
よ、よく言った! やはりこのミニチュアは飛行機――
「つまりこれは――」
「うん。凧だ」
「えっ……!?」
た、たこ?
正月の空を泳いでるあの既確認飛行物体?
「凧に爆弾をくくりつけ、遠くから操り、敵のど真ん中に落下させるんだ。上空からの攻撃に、相手はなすすべがない」
ドヤッと言い切るアルルカ。
…………。
戦場で凧揚げしてる余裕があるのか?
糸の長さもものすごいことになるし、狙って落とせる技術がドワーフにあるかも疑わしい。
風向きにも左右されるし。
むしろ攻撃が回りくどくなっているような……。
「????」
リーンフィリア様たちは、彼女の説明の意味がわかっていない様子だ。ドワーフたちもきっとこんな顔をしたのだろう。
《あんのじょう》
だ、黙れいちごジャム!
発想だけはおかしくない! これはつまり空爆だよ! 戦略爆撃のアイデアが、彼女にはあるんだ!
僕はまだ諦めない!
「こ、これは何!?」
最後の頼みの綱として説明を求めたのは、大砲だった。これはもう大砲としか言いようがないし、近代兵器の中では、思想的には古代から存在するものだ。
「それは大砲だ」
「よかった! そう! これは大砲だよね!」
「中にドワーフを入れて飛ばす、一種の移動装置だ」
「何でだッ!!?」
「えっ。何でと言われても……。そういうものなんだ」
うおおおおおあああああああああああああああ!
もうダメだ! この子違う! 紙一重の方だ!
作業台のミニチュアを見た一瞬、アルルカの汚名返上来るのかと思ってしまった。
彼女はこの世界にあらざる発明の天才で、新たな形のアルルカなのかと錯覚……いや、願ってしまった!
だが速攻で汚名挽回された!
ウソだろ、この誤用の方が正しくなる場面が僕の人生に存在するなんて!
コレジャナイ判定をすでにしてしまったのは迂闊だった。ぶっ叩きたい! 上限までコレジャナイボタンを叩き続けたいよおおおおおおお!!
「この大砲で飛ばすドワーフは、不思議なことに、人によって飛距離が若干違うんだ」
「すでに試用されていたのか!?」
「体格はほぼみんな一緒だから、ヒゲの形に秘密があると思って、色々な形に変えてもらった」
「そ、それで!?」
「飛距離に変化はなかった。多分、気分で上下するんだと思う。気分も浮き沈みと表現するし、この推察はかなり的を射ているはず」
ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
失敗から何も得てねえ!
パンジャンドラムでもそうだったけど、この子、結果から成果を引き出すのがすごく下手だ!
「しかし、実験の結果、新たな兵器の発想がわいた。これがキャノン砲だ。装填した砲弾によって、敵を直接攻撃する」
「えっ……すごい! デザインも洗練されて、SFっぽくなってる!」
な、何だよ! やっぱり大砲としての機能も持ってるじゃないか! ハハハ、びっくりさせやがってよお! アルルカは天才だよやっぱり!
「砲弾にはドワーフを使う」
「何でだよおおおおおおおおおおおおおお!!?」
「砲弾には重くて硬いものが一番だとわかったんだ。ドワーフが適役だった。石頭だからな」
「タングステンかよ! 撃ち出されたドワーフはどうなるんだ!?」
「えっ? 普通に、歩いて帰ってくるが」
「無事なのかよおおおおおおおおおおおおお!!」
「当然だ。そもそもドワーフを敵中央に放り込むための兵器だからな」
「えっ!? えっ……」
あ、あ、あれ……わからない。何だか、とても画期的な兵器に思えてきた。ええと、これすごいの? それともアホなの?
敵陣中央に最強の戦士を射出して、着弾の衝撃で撹乱させた後に大暴れさせるって、聞くだけならすごいロマンじゃない? ちょっと悪役っぽい攻撃方法だけど……でも、カタパルトの一種だよね? あれ、あれ……?
「騎士様、どう、したの……」
「ああ、いや、パスティス。ええと、大丈夫。僕は大丈夫、多分……」
頭をおさえ、アルルカの声に押し出されて抜け去ろうとする正常な判断力を、懸命に閉じこめた。深呼吸。酸素だ。脳に酸素を送れ。脳内でツッコミすぎて、酸欠になってるんだ。
ふうー。はあー。ふうー。
落ち着いた。
クソッ……! やはり、総合的、全面的に見てダメだ。
一瞬でも彼女を見直しそうになった自分が恨めしい。
ドルドの話を聞いて、この部屋のミニチュアを見て、ちょっと考えちゃったんだよ。
このアルルカも、もしかしたらただ者じゃないのかもって。
ほら、あるだろう? スターシステムっていうのが。
わかりやすく言うと、シドだよ。クリスタルのある世界での冒険を描いた『エターナル・エンデバー』通称『EE』で大抵、飛空挺を造ってるシド。
あれって、名前だけ同じで、シリーズごとに容姿や性格はいつも違う。ひどい扱いのときもある。でもまあ、毎回違うってことは周知の事実だし、その変化はある程度許容されている(個人差があります)。
それと同じで、アルルカも毎回まったく違う形で受け継がれていくのかなって。
そして、僕はそれを容認できるのかなって。
思っちゃったんだよ!
だけど違った! やっぱつれぇわ!
アルルカはシドじゃない。“クリスタル”だったんだ!
クリスタルが雑に扱われてたら、ファンはそりゃあ激憤よな!? 通貨がギルじゃなくてクリスタルだったら、もう開幕はどうほうでしょうや!?
このアルルカはダメだ! ダメダメの子だ! もう決して受け入れられない……。
「さあ騎士殿。もっと聞きたいことはないか。何でも聞いてくれ」
アルルカは自分の発明品を説明するのが楽しいのか、怜悧な形の眼にきらきらと光を散らしながら聞いてくる。
僕は憔悴しきった声で、何とか返す。
「いや、その、何だね。敵陣のまっただ中で暴れられるほどドワーフが強いのなら、特別な兵器なんかいらないんじゃないかな……」
しかし、それは不用意な言葉だったのかもしれない。
「騎士殿、それは違う!」
これまで穏やかだった少女の声が激しく耳朶を打ち、脱力していた僕の体を硬直させた。
シドの話題を感想欄で先取りされる作者がいるらしい(もっとやれ)
一番気に入っているシドは・・・「7」だ。
「3」を最初にやったんで、じいさんの印象が強いですが・・・。
何度も話しかけて壁から追い出される被害者の会、会員(一号?)。




