第九十一話 ファンサービス
「帰……らない。一緒に、行く……」
と、珍しく駄々をこねるパスティスをマルネリアと二人がかりで説得し、アンシェルに回収してもらう。
さてと……。
シムーンが通り過ぎた後の砂漠に変化は見られない。これが町中だったら散々な荒れ模様だったんだろうけど、元々が不毛な大地だ。
それでは探索を始めよう。
ちなみに、シムーンのような強烈な砂嵐は、イタリアではシロッコと言うそうですよ! 木星圏で仕事をしている人は是非覚えよう!
…………。
…………。
…………。
だいぶ歩いて、まだ何もないけど、いいのかな……。
唯一の目印である海岸は、かなり後方にある。
陸地にもかかわらず、海でうっかり沖まで泳いできてしまったときと同じような不安を覚えるのが何とも奇妙だ。
赤い砂の上を黙々と歩く。
主人公も何も言ってくれない。
砂と風の音だけ。主人公のセリフ通りだ。
生き物の気配はなく、ここにいる自分さえ、やがてこの風と砂の中に消えていくような、そんな寂寥感さえわいた。
「これじゃ、探索も難しいな」
砂丘は大きく、背の低い建物程度なら、簡単に裏側に隠れてしまう。ときおり周囲を見回してチェックする必要があった。
よし、何もなし!(泣)
「騎士様、大丈夫……?」
羽根飾りからパスティスの声がした。
「大丈夫だよ。何もない」
「何もない、なら、わたしも降りていって、いい?」
「ダメ」
「うう……」
わざわざ手を貸そうとしてくれるパスティスには悪いけど、いつ砂嵐が起こるかわからない状態だ。砂漠の真ん中では、今度こそ回避する手段がない。
と思った矢先、前方に赤い砂煙が舞い上がっていた。
小規模の砂嵐だ。真っ直ぐこちらに向かっているというよりは、海岸方面に向かっているのだろう。
重さのある金属片を持ち上げることもなく、小さな砂の粒子だけを巻き上げて、嵐は僕を通過していった。
鎖帷子に砂が詰まった様子もなく、盤石の安定感。有能な仲間たちには悪いけど、やはりナイトは格が違った。
――と。
地面で何かが動く。
「何かあった?」
「ああ。何かあってる」
アンシェルにいい加減な返答をし、蠢く砂地を睨む。
現れたのは、黒々とした無機質なボディの、カニのような生き物――いや!?
僕はこいつを知っている!
この、人の上半身くらいはあるビッグサイズのカニの名前は、デザートクラブ!
ステータスは確か、
HP 65
AT 47
だ。まだ覚えてる! ハハハ! やっぱり僕は砂漠の戦士だ!
さらに他の地面ももこもこと動き、黒いカニが出てきていた。
鉱物と機械の中間のような外皮を持った、まごうことなき悪魔の兵器だ。
でも僕は驚かない。
なぜならこいつらは……旧砂漠ステージにも登場した雑魚キャラだからだ!
遠くの方でも動きがあった。
地面から盛り上がった砂山を破るようにして姿を現すのは、砂岩を固めた中型ゴーレム。
おいおいおい! これは……!
鎧の中で、僕の声と胸がさらに弾む。
ちょっとデザインに変更はあるけど、こいつら、『Ⅰ』のときとまったく同じ敵じゃないか!
僕はすぐさま、人間の胴体ほどのサイズがあるデザートクラブに肉薄。抜いたカルバリアスを叩きつけると、強固な手応えが刀身から肘まで伝わった。
硬い!
しかし!
今度は下からすくい上げるように斬る。跳ね上がった黒カニを視界の端に捉えたまま、体を回転させ、同じ姿勢の斬撃を空中で叩き込むと、今度はざっくりと胴体を切り裂いた。
よしっ! 下からの攻撃には弱い! 弱点もそのままだ!
初見ではこのザコキャラの簡単な倒し方がわからず、どれだけ苦労したことか。でも、それがわかってからは、その一連の手順をいかに素早く的確に行うかが楽しくてしょうがなかったんだ……! ああ、思い出してきた!
うおおおおおおお、
コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ!
【前作のザコ、リバイバル:10コレ】(累計ポイント+7000)
許せる! 何かもう今まで色々あったコレジャナイの許した僕は!
このゲームいい! 買う価値あるよ、特典なしでも予約していいんじゃないかな!
『Ⅱ』もやっぱり『リジェネシス』は『リジェネシス』だった! スタッフわかってる!
これがファンサービスってやつさあああああああああ!
「アンサラー!」
僕は右手にカルバリアス、左手にアンサラーを持ってデザートクラブの群れに突進する。
さあ『Ⅰ』のおさらいだ! 経験の違いを見せろ!
カルバリアスでカニを打ち上げ、アンサラーで追撃。
魔力光が弾けるたびに、砕けたハサミや足が小さな金属片を砂漠に降らせた。
一発で倒せなかった者には、二発目を浴びせる。
お手玉のような空中コンボ。
「アハハハハ! アハハハハハハハハァ!」
楽しい! 楽しい楽しい楽しい!
『Ⅰ』の戦いを『Ⅱ』で応用、拡張できてる!
「ちょ、ちょっと騎士……!?」
当惑するアンシェルの声を遠くに聞きつつ、僕は次々に悪魔の兵器を粉砕していった。
中型ゴーレムまで難なく撃破すると、遠方で砂丘が弾けるのが見えた。
現れたのは、巨大なサソリ。
デザートクラブと同じく、黒い外皮に覆われ、近づく者を突き刺すような突起を体中に生やしている。
両腕のハサミを打ち鳴らしつつ、もたげた尻尾を蛇の頭のように揺らしながらこちらに突進してくる姿は、小振りの岩山が迫ってくるようでもあった。
どこを攻撃しても弾き返される――初めて見る者が抱く感想は、きっとそれだ。
「ハハハア、ハハハアアアアア! 知ってる。おまえも知ってるぞ、懐かしいなあ!!」
しかし僕は歓喜の中で叫びながら、1stバトルフィールドのボスであるグラス・スティンガーへと突っ込んでいた。
「ちょっと落ち着きなさいよバカ犬! 何の作戦もなしに突撃するなんて――!」
アンシェルの非難は、目の前でガチンと閉じたサソリのハサミにかき消された。
火花さえ散らして閉じたハサミが捕らえたのは、紫紺の鎧が空間に残した僕の色彩のみ。
本体は駆け込んだ勢いのまま身を投げ出し、ハサミの下を滑り抜けている。
潜り込んだ胴体に向けたアンサラーの銃口を、「そこじゃない」という体の奥底から鳴る声に正され、素早く左へと振り向けた。
立て続けに四発。グラス・スティンガーの右脚をすべて射撃。
ギキイイイイイイッ……! と、金属が軋むような悲鳴を上げて、サソリの右半身が地面に落ちる。
押し潰されそうな位置にいる僕は、そのときにはもう反対側へと転がって避難していて、サソリの左半身から抜けざまにそちらの四本の足にもアンサラーを撃ち込んでいた。
すべての足を攻撃されて、元々低姿勢のサソリが、完全に腹を地面につけ動きを止める。
すると分厚い背中の装甲が割れて、赤く輝く部位が露出した。
〈ヴァン平原〉のボスだった大蜘蛛にもあった、わかりやすすぎる弱点。
「こいつどうやって倒すんだっけ?」という疑問を抱くのさえ忘れ、染みついた手順を正確になぞった僕は、すかさず背中に飛び乗って、輝く部位にカルバリアスを突き立てる。
悲鳴と共に扁平なサソリの背中が反り、大暴れすることにも動じず、僕は剣を引き抜いたことでより深みまで露見した急所に、アンサラーの弾丸をありったけ撃ち込んだ。
強固なサソリの外皮の内側で、脆い部分が魔力光と一緒に弾けて飛び散り、背中から吹き出す。
外見に異変はなくとも、内部は火の海だ。
威圧的な外観だけを残し、サソリの動物たる機能はすべて失われた。
ククッ……。ヒヒヒヒ……。
邪な笑いが口の端からこぼれるのを我慢できない。
グラススティンガーは普通に戦えば強敵だ。
『Ⅰ』では狙った足をジャストで捉えるのが非常に難しかった。特に横に振る斬撃だと、他の足に判定が吸われてしまったりした。
だけど今の僕には、ピンポイント攻撃が可能なアンサラーがある。
『Ⅱ』の要素をしっかり取り込んでの攻略。これが気持ちよくないわけがない。
カルバリアスを血振りして鞘へと戻し、オーバーヒートしたアンサラーにアイスチップを押し当て、走らせる。
しゅうっと吹き出した熱気は、乾いた砂漠の風に飲まれてあっという間に消えていく。
「ど、どうなってんの……?」
アンシェルの戸惑うつぶやきが、最高潮だった僕の心臓を、ゆっくりと落ち着かせていった。
累計ポイントがついに+に転じて異様なテンションに
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