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第六十七話 騎士様無双

 殺気の総量に比例するかのような濃密な霧が、僕らの周囲を覆っている。

 迂闊に手を突っ込めば、引き戻したときに肘から先がなくなっていてももんくは言えない、そんな剣呑な状況。


 僕はパスティスとうなずき合うと、その戦場へ足を踏み入れた。


 ――「霧が異様に濃い地域があって、これ以上里を広げられません。女神様、何とかしていただけないでしょうか」


 微乳エルフからのそんな陳情を受けたのは、いつものように〈オルター・ボード〉がイベントマークを表示させる直前のことだった。


 ルーン文字の訓練を始めて数日。ミリオたちには及ばないものの、文字の操作はある程度のレベルに達したと判断し、僕はここでイベント消化を兼ねたテストを行うことになった。


 霧が濃いということは、恐らくあの雪豹が原因だろう。知った相手がボスならば、不測の事態に陥ってもまだ対処はしやすいはず、という希望的観測も含んでいることは言うまでもない。


「だからって油断するんじゃないわよ。枝から落ちればそれまでなんだからね」


 いつものように、羽根飾りからアンシェルが釘を刺してきた。

 僕もまた、いつもと同じように一言で応答しようとすると、


「だ、大丈夫! 騎士様は、わたしが、絶対、守る、から……!」


 珍しくパスティスが声を大きくして宣言した。そのままじっと羽根飾りを見つめる彼女には、アンシェルとは別の声が戻ってくる。


「まあまあ。楽にいこーよ。パスティスは騎士殿が失敗したときにフォローしてくれればいいからさ」

「ぎゃあっ! のしかかるんじゃないわよ、このエロエルフ! そんなにくっつく必要ないから、そこに座って話しなさい!」


 こちらの緊張感とは真逆の茶番が、羽根飾りを通じてもれ出てくる。

 今回は僕の試験官として、マルネリアも戦いを見ているのだ。


「うう……」


 マルネリアの気の抜けた返事に不満でもあったのか、パスティスが弱ったような顔でうめく。

 ここのところ、パスティスはマルネリアと何かを張り合おうとして肩すかしを食うことが多いようだった。真面目なパスティスと、ゆるいマルネリアは、根本的に噛み合うことがないんだろう。のれんと腕の関係だ。


「行こう、パスティス」

「あっ、う、うん……」

「まずはルーン文字による身体機能の向上を確認する」


 僕はマルネリアに聞かせるようにつぶやき、パスティスをおいて前に出た。


 魔女が言ったように、この戦いは僕がメインとなる。

 ステージクリアは当然。その中でいかに練習の成果を発揮できるかが重要だ。


 鎧表面に書き込まれたルーン文字を、淡い光がなぞる。

 体が軽くなり、一方で四肢に力がみなぎるのがわかった。


 周囲に張られた霧の壁を突き破ってニクギリが急襲してきたのは、まさにその瞬間だった。


 四匹。ルーン文字によって補強された思考速度で、狙われた箇所を即座に分析する。


 頭、右腕、胴体、左脚。


 頭を下げるのと同時に、右脚を軸に体を反転させて、左脚を敵の攻撃軌道から逃がす。

 これで二匹の攻撃を無力化。残り二匹は回避せず、直接対応する。


 反転動作の中で伸ばした右手で、そこを狙っていたニクギリの頭部を鷲掴みにする。


 ――ギッ!?


 戸惑いの声を聞いたときには、僕はその一匹を、胴体を狙っていた個体に顔面から叩きつけていた。牙と牙がぶつかり合う鈍い音が響き、二匹の体から力が抜ける。


 空中で衝突した二匹が、左右に分かれてゆっくりと落ちていく中、僕は左脚を狙っていた一匹に視線を戻す。


 今ちょうど、足下を背後に通過したばかり。

 追撃できそうだ。


 僕は振り向かずに靴底を滑らせて距離を詰めると、踵でそいつを蹴り上げる。

 浮き上がったところを、裏拳で巻き込むように殴りつけると、ニクギリは僕の頭部をかすめていった一匹に背後から衝突し、揃って樹の下に落ちていった。


 一応狙いはしたけど、まさかこんな綺麗に当たるとは……。

 これもルーン文字の恩恵かな?


「感触はどう?」


 羽根飾りが問いかけてくる。僕は五指を開閉しながら答えた。


「少し違和感があるみたいだ」

「じゃあ修正して」

「わかった。次はカルバリアスを使ってみる」


 マルネリア曰く、訓練は考える時間で、実戦はそれを試す時間らしい。その結果を踏まえ、また訓練で考える。その繰り返しだ。

 じゃあ、いつ本番なのか? と聞いたら、彼女は、

「極めた時だよ」

 と、それだけ言った。


 極めるまではすべて過程。いかにも研究者らしい彼女の物言いには、けれど、万事に通じるような、不思議な説得力があった。


 ここ数日の訓練中には見えなかった課題が、戦場で発見できたのもその一つで、


「騎士殿は、戦闘中が一番集中してると思うよ」


 というマルネリアの予言めいた発言が的中した結果になる。


 右手でカルバリアスを引き抜くと、霧の表面に殺気の染みが広がった。

 次々に飛び出てくるニクギリたちを迎え撃つ。


 逆手に持ったカルバリアスを横に寝かせ、回避と攻撃を兼ねた回転を繰り出しながら、有利な位置へと移動していくと、僕の周囲はあっという間に火花と血煙に染まっていった。


 また……違和感がある。素手のときより、そのズレは大きく感じられた。

 極度に緊張している戦場だからこそ、小さなズレが気になってくる。

 そのつど、修正、修正、修正……。


 命を懸けた戦闘中に一番集中しているのは当たり前のように思えるけど、それは、そうあるべきだという理想論にすぎない。


 現実的にはもっとも不安定になる。恐怖、動揺、混乱、苛立ち、焦り、怒りなどのノイズが、耐えず人の心をかき混ぜるからだ。


 フィジカル面でしか人を見ないのは、相手をゲームの駒やデータと思っているのと大差ない。メンタルから発生した問題は、その人が出せる力を想定外に制限し、あるいは逆に、爆発的に高める。


 じゃあなぜ、素人メンタルの僕が戦場で集中できているのか?


 身も蓋もないことを言おう。


 里ではマルネリアの格好が気になってそれどころじゃないからだよ! いきなり「眠くなった」と言って覆い被さってきたり、膝枕を要求してきたりするからだよ!


 そうすると、どこからともなくリーンフィリア様とパスティスがやって来て、二人仲良く近くで体育座りして僕を凝視してくる! その際、一切無言だ。マルネリアが離れると、勝手に解散する。非常にコワイよ!


 こんな環境で魔法の神秘を探れると思いますか!?


 結局、一番神経質になる実戦の環境が、もっとも雑念が少ないということになる。

 どういうことなの……。


 回転のエネルギーと全体重を乗せた大振りの一撃で、襲いかかってきた最後の一匹を斬り飛ばした後、低姿勢から左手を地面につき、そこを軸に数回転してそれまでの勢いをすべて発散する。


 これでカルバリアスでのテストは終了。


「騎士様、強く、なってる」

「ありがとう」


 パスティスの賞賛にお礼を返し、次はいよいよこいつの試運転。


「アンサラー!」


 実は、カルバリアスとアンサラーにはルーン文字が書かれていない。

 カルバリアスはリーンフィリア様の髪の毛が元だし、アンサラーも僕の鎧と違って、ルーン文字による強化を受け付けなかったのだ。


 でも、アンサラーには僕とマルネリアのアイデアによって、ある機能が追加されている。

 今日が初めての実戦テスト。正直、これが一番楽しみかもしれない。


 見せてやろう、新生アンサラーの力を!


 僕は、鎧に渡したベルトから鋭利な石を取り外した。

 冷却用アイスチップ――じゃない。

 その正体は樹鉱石。わかりやすいよう、赤く着色してある。


「〈アグニ〉装填」


 確認するようにつぶやいてから、石をアンサラーのディスプレイ上に滑らせる。

 女神様と大樹が描かれた平面にルーン文字が走ったのをしっかり視認してから、射撃。


 ボウッ!


 天使の魔法〈ライトアロー〉と同等の性能を持つアンサラーの弾丸は、弾道に火の渦を巻きながら、霧の奥に潜んでいたニクギリに直撃。その矮躯を一瞬にして炭化させる。


 ギャッ!?


 着弾と同時に巻き起こった火柱によって霧がかき混ぜられ、隠れていたニクギリたちの姿が露わになった。


 炎にたじろいだ個体を、続けて狙い撃ちにしていく。

 三発撃ったところで、アンサラーから火の力が消えたのがわかった。


 よし、次!


「〈アルマス〉装填」


 続いてアンサラーに撫でつけたのは、青く色づけした石。

 効果はもうおわかりだろう。氷だ。


 直撃したニクギリたちが氷の奥に押し込められ、硬直したままその場に倒れる。

 これも三発で機能を失う。これもよし!


「〈ヴァジュラ〉装填」


 最後の石は、アンサラーの弾丸に雷属性を付与する。


 バチッ! というスパーク音が鳴り響き、ニクギリを捉えた雷撃弾が、ガラスに入ったヒビのように紫電の根を周囲に広げた。


 電撃の穂先は敵意でも持つかのように他のニクギリへと襲いかかり、バチバチという破裂音を連鎖させながら、怪獣たちを痙攣させ、打ち倒していく。

 期待通りの性能だ。


 アンサラーにルーン文字を書き込むことはできない。

 でも、樹鉱石にルーン文字を刻み、それをアンサラーに接触させることで、一時的に弾丸の性能を変化させることはできたのだ。


 これがアンサラーの新たなる機能。


 弾丸の特徴としては、


 火属性の〈アグニ〉は、火柱を発生させて標的を長時間攻撃する。

 氷属性の〈アルマス〉は、着弾地点を凍りづけにして動きを封じる。

 雷属性の〈ヴァジュラ〉は、電撃を大きく広げ、多くの敵へ被害を拡散する。


 こんな感じだ。


「……よしッ!」


 予定通りの結果を得て満足した僕は、最後にアイスチップを走らせてアンサラーを冷却する。

 しゅうっと立ちこめた蒸気を、銃を一回転させて払うと、物質化を解除。


 この三属性弾丸は便利だけど、アンサラーを一気にオーバーヒートさせてしまうという欠点があった。


 ただし、ある手順を踏むことで、その大きな隙を大幅に軽減できる。

 それが、今の火→氷→雷のルート。


 途中で氷属性の〈アルマス〉を挟むことによって、弾丸で内部を冷却するという裏技。

 そして、火→氷という流れによって、温度差発電だとかそんな現象が起こって、次の雷撃弾〈ヴァジュラ〉の威力が少し増すというオマケもついてくるのだ。


 銃撃によるコンボルートを獲得した新生アンサラー!


 くううう! いいよ、いいよこれええええええ!


 ズアッ!

 コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ!


【アンサラーに特殊弾丸追加:8コレ】(累計ポイント-7000)


 これは良いものに仕上がった! アンサラーの発展型として、間違いなく面白い!


「いい感じだよ騎士殿。テストを続けよう」


 マルネリアの満足そうに言う声を聞きながら、僕は次の標的を求めて、バトルフィールドの奥へと歩を進める。


「きた! 無双期来た! ずっと僕のターン!」


次回〈思わぬ落とし穴〉!!


「ウソだと言ってよタイラニー・・・!」

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― 新着の感想 ―
[一言] パワーバランスは主人公が一番弱い雰囲気だったので これで平均に近づけたかな
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