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エンディング 女神様、もう一度だけ

「美しい世界じゃなあ」


 美しい肌に夕日の色を重ねながら、彼女は歌うように言う。


「火は猛く揺れ、水はとめどなく流れ、風は健やかに渡り、土は多くの実りをもたらす。命はみな同じ場所から始まり、死は平等に命を迎え入れる」


 長い髪が風に揺れ、混ざり合うようにたなびいた。


「声はさんざめき、意志は入り乱れ、すべてがぶつかりながら、どこまでも響き渡る。ひしめく調和の中で、今日もまた人は巡り会う、コレよし。リーンフィリアは、とても良い世界を作ったよ」


 言ってから、ふと唇を歪め、


「いや、逆かもしれんな。世界が、あれを作った。共に生き、支える者たちが、リーンフィリアをこの世界の神たらしめた。そう考えた方がすんなりいく。……それほどに綺麗な世界じゃよ。ここは」


 小さく含み笑い。


「別に妬いておるわけではない。褒めるのもやぶさかではない。じゃが、あまり褒めたたえるとつけ上がってすっ転びそうな妹なのでな。まあ、これくらいの評価にしておくのがよいと思うよ」


 眼が遠くを向く。


「ああ、もちろん……他の者にもふさわしい言葉をかけてやらねばな。本当によく頑張ったよ。平穏も、調和も、何もせず保たれるものではない。為政者や、一人の英雄によるものでもない。みなが、ほんの少し、ほんの少しでよい、一日に一つ、そのための行いをする。その営みこそが、世界を保つ。ささやかな一言でも、小さな優しさでも十分じゃ。それを、おまえたちもきちんと続けてくれたな。続けられる世界を、守ってくれたな。感謝しよう。この世界の古き神として」


 彼女は踵を返す。


「さて、そろそろ行こうかの。なあに、特にあてはない。適当にぶらつくつもりじゃ。妹たちに会いに行ってやらぬかじゃと? ふっふっ……まあ慌てることはない。運が良ければ――いや、互いの石が響き合うのなら、自然と巡り合うじゃろう。案外、木陰で居眠りでもしていれば、むこうからやってくるかもしれんしな」


 そうして彼女は、我々の前から去っていった。


 ――fin



「んんwwwカットwww実に自然な演技wwwこれは導く必要なしwww」


 今回だけの特別監督となったアバドーンが、純粋な賛辞なのか煽っているのかわからない口調で言った。

 台本から解放された少女は、じろりとそちらを一瞥してからため息をつくと、同じく「お疲れ様です」と歩み寄った僕に、不満げな眼差しを向けてきた。


「ツジクロー。一つ聞きたい」

「何です?」

「どうしてわたしがディノソフィア役をしなければならないのだ?」


 僕のど真ん中にびたりと固定された翡翠の瞳は、いつもの彼女とは打って変わって、鋭く、冷たい。


「それはですね、裏リーンフィリア様」

「ひょっとしてわたしが悪魔に一番近いと思ったからか?」

「そ、そんなことないですじょ」


 実際僕はナイト界でも有名で戦闘とかでもたいしてビビることはしょっちゅうあるがこの時もやはりビビった。


「んんwwwリーンフィリア様には〈ダーク・クイーン〉のダークドレス一択。これ以外はありえませんのwww」

「まあ、しょうがないよね……」

「あのツララで指すような眼差しを是非会得したいデース」


 アバドーン、サブナク、シャックス……つまりは血統家の暗黒騎士姫たちが、僕の窮地をよそに姦しく話している。


 偽神が消滅した後、グレッサは長年の呪いから解放され、自由の身となった。

 もう〈ダークグラウンド〉に縛られることもなく、どんな行動も自分の意志次第。

 街を飛び出てよその大陸へと向かう者もいれば、外から続々と入ってくる異種族を迎えるために、ここに残った者たちも少なくない。いずれも、本人の決断だ。


 モニカ、レティシア、シンクレイミは街にいるが、カルツェは「修行の旅に出る」と言い残して旅立ち、セルバンテスたちは、アルフレッドと一緒に世界を回っている。念願の帰郷はわずか半月ほどで物足りなくなったらしく、彼らは根っからの船乗りだったわけだ。


「ついに始まるのか。この時が……」

「まさか、これも聖楽譜のうちだというのか?」

「ならばいいがな。禁じられた楽章……第四の譜面が見つかれば、これも彼らにとっては予定調和にすぎないとわかる」

「ばかな。許されざる黒楽譜の再来などと……」


 エンディングの背景にどうにか割り込もうと画策したのか、撮影が終わっても壮大に何も始まらない会話を続けているアンネとラスコーリに逃した視線を、ただの一にらみで引き戻された僕は、どうにか無難な答えを見つけて彼女に向け返す。


「二人でいるとき、わりと気が合ってるように見えたなと思ったので、それで……」


 詳しくは裏リーンフィリア様がローマの休日やってる時の話を見よう。

 眉をぴくりと上下させた裏リーンフィリア様は、風で頬にかかった髪を億劫そうに指で払うと、公園のベンチの背もたれに上品に寄りかかった。


 アンシェルが音もなく寄り添い、日傘を傾ける。

 これまで、女神様のついでのようにサベージブラックの着ぐるみを着せられていたこの天使も、今回は断固拒否して普段通りの姿でいた。


「まあ、確かに実の姉のことだ。本人がここにいない以上、わたしが気持ちを代弁するのは、致し方ないことではある」


 実際にさっきの台本を書いたのはこの裏リーンフィリア様だ。まさにディノソフィアが言いそうなひねくれ具合と、そして遠回しな優しさに満ちている。


「あれは、リーンフィリア様が、言ってほしい、こと?」


 近くにいたパスティスが率直に聞いた。


「知らん。ディノソフィアならそう言うだろうなという単なる憶測だ。…………。いや、違うな。パスティス、おまえの言う通りだ。ディノソフィアが言いそうなことの中から、わたしが言ってほしいことを選んで書いた。そういうことなのだろう。実際何を言うかは、わからんがな」


 裏リーンフィリア様が少し自嘲気味に応じると、それまで次の戦いを二人で煽りまくっていたアンネたちがふと口を挟む。


「いいえ、リーンフィリア様。あれは、いかにもリーンソフィア様がそこにおられるようでありましたぞ」

「……アンネ。姉はどういう神だったのだ?」


 裏リーンフィリア様が問いかける。アンネやラスコーリは、ディノソフィアが神だった頃のことを知る世代だ。


「それはもう、お優しくて、頭がよくて、そして少し悪戯っぽい女神様でございました。たとえば、ふと地上に降りて、こんなことを聞いてくるのです。『金と愛はどちらが大切か?』我々の半分は愛と答え、半分は金と答えました。愛と答えた者は、もう一方を薄情者と罵り、金と答えた者はもう一方をきれいごとをとあざ笑っていると、リーンソフィア様は『これは正解のある問いではない』と笑いました。『愛と言っても、男女の愛や家族愛だけでなく、ペット愛、読書愛、演劇愛、卓上遊戯への愛など様々ある。そこまで考えた者はいるか?』。我々は首を横に振りました。せいぜいが人に対する愛止まりでした。金と答えた方も、趣味に金を使いたい者もおりましたので、そこへの愛がないのは困ると思いました。リーンソフィア様は大層笑い、『これはどちらを答えるかというより、おまえたちが自分に何を問いかけたかを知る質問じゃ。争うのなら他人とではなく、今の自分の気持ちと、さっきの自分の気持ちを争わせるがよい』。こういうお方ですじゃ」

「迷惑な女神だな。普通に聞け」


 裏リーンフィリア様は嘆息した。


「わたしの考えたディノソフィア像は甘いかもしれん」

「そんなことないよ。ディノソフィアは、きっと女神様を素直に褒めてくれると思うよ」


 マルネリアがフォローする。


「何にせよ遠い先の話だ。本当に大地神たちが目覚めるかもわからん。今からその言葉を望むのは気が早すぎた。我ながら恥ずかしいよ」


 するとアルルカが、


「どれだけ時間がかかろうと、その時が訪れるよう、わたしたちは女神様についていく。それだけは変わらない」

「ありがとう。アルルカ」


 裏リーンフィリア様は悠然と微笑み、ふと僕を見る。


「しかしそのために必要なのは、言葉ではなく、長い長い行動の期間だ。わたしはもちろん、この世界をすべて平らに均す覚悟で臨むが、おまえたちには限られた時間の中での日々の営みがある。それをないがしろにしたくはない。特にわたしの騎士。おまえには」

「どういう意味です?」


 わからずにたずねると、


「…………元の世界に帰らずに、いいのか?」


 多分、その言葉に少しも動じなかったのは、この場で僕一人だけだっただろう。

 不安と心配が視線と重なって集まる中、僕は、


「いいですよ」


 と即答した。


「今の僕は、ここで生まれ、ここで育ったも同然の人間です。帰るのなら、この世界にですよ。それとも、リーンフィリア様は僕に帰ってほしいですか?」

「…………」

「あ、痛ァい!?」


 裏リーンフィリア様は無言で僕の腕をつねってきた。わりと本気で痛いレベルで。


「そういうことは、冗談でも言ってほしくないな」

「すいまえんでした……」


 ほら見ろ。見事なカウンターで返された。調子に乗っているからこうやって痛い目に合う。


「だが、嬉しいよ。ツジクロー」


 裏リーンフィリア様の柔らかな瞳が僕を見る。普段怜悧な目つきだけに、この熱視線は破壊力バツ牛ンにして心拍数がマッハ。見とれたまま言葉を失うことを恐れ、僕は慌てて話題をすり替える。


「そ、それにしても、大地神たちが目覚めるのはいつなんでしょうね?」

「さて。見当もつかない。わたしやアンシェル、おまえなら、時間の心配はさほどいらないだろうが」

「ボクは二百年くらいなら平気で待てるね」

「ドワーフもわりと長寿だ。再会を諦めてはいない」

「わたし、は……」


 パスティスが不安げに自分を見つめる。彼女はどうなんだろう。ふと心配した僕の横から、アンシェルの声が向かった。


「あんた、見た目はだいたい人だけど、中身は竜に近いんだから結構長いと思うわよ。これは詭弁に近い言い方だけど――竜の老衰って、例がないのよ。戦いで死んだり、病気で死ぬのが普通。健康状態さえ良好に保てれば、自然死しないってこと」

「じゃあ、わたし、も、また、会える……!」


 パスティスは嬉しそうに言った。


 グレッサの人々もそれを見て微笑み、柔らかい空気が一層強まった。

 遠い遠い未来、さっきのエンディングは撮り直しができるのかもしれない。

 本物のキャストを使って。

 そしてそれは案外、台詞の変更が全然必要なかったりするかもしれない。そうなればいいと思う。


「まあ、あのディノソフィアのことですから、寝るのに飽きてもう地面から這い出してきてるかもしれませんが」

「気の早いセミか。飽きっぽいあれならありえるが」


 僕が茶化すように笑い、裏リーンフィリア様が相槌を打った時。


「へっくしょい。のじゃろり」


 何かが。


 聞こえた。


 …………。

 …………。


「リーンフィリア様、今何か言いましたか?」

「いや、何も言っていない」

「誰か、何か、言ったの?」

「ボクの記憶には何もないよ」

「噂をするとその人の声を空耳してしまうことが稀によくあるそうだ」


 そうだよね。

 気のせいだよね。


「ベンチの後ろの茂みから、何か聞こえたなんてこと、あるはずないよな」

「のじゃのじゃ」


 …………。

 …………。

 …………。


 僕らはゆっくりと顔を見合わせ、そこに同様の驚きがあることを目で確認し、


『まさか!!??』


 全員で後ろの茂みを振り返った。


 そこには……。




 ※




 このあたりで、僕の長い長い戦いと、その後の余計な少しの話を終わろうと思う。

 死にかけから始まった主体性のカケラもないヘタレ男の物語に最後まで付き合ってくれてどうもありがと……。


「のじゃっ、のじゃっ」


 わかったからちょっと待って。今大事な話してるから!

 失礼。

 この後も色々となんやかんやあったけど、あのラスボスを超える存在なんてそうそう現れるわけもなく、僕たちは今も平穏に暮らしている。


 コレジャナイ世界をコレに。

 嫌いな世界を好きな世界に。

 納得できない未来を、選び取る未来に。

 僕の命は、これまでの戦いを通じてようやく一つの形を作れたと思う。


「タイラニー! タイラニー!」


 はい、すぐスコップ持って行きますんで、ちょっと待っててください!

 ええと、申し訳ない。

 その、何だっけ。そうそう。


 僕たちの物語がどういう形でどこに伝わるかは、わからない。

 どこにもたどり着かないし、誰にも知られないかもしれない。

 けれどもし、この物語を、どこかで、何かの形で、見かけたとしたら。

 よかったら、手に取ってみてほしい。


 多少、コレジャナイ部分もあると思うけど。いや、かなりあると思うけど。

 それも含めて、楽しんでもらえるんじゃないかな……楽しんでもらいたいな、と思う。


「廿x甘」

「<〇><〇>」

 ドカーン! ドカーン!


 わかったすぐ行くってば! 爆発するなそこ!

 ホントごめんなさい。最後までバタバタしてて。

 ああ、そうそう。最後にこれだけ。

 もしも何かの間違いで、整地好きな女神様のいる世界に迷い込んでしまったら。

 その時は逆らわず、素直にスコップでタイラニーした方がいい。


 ……。


 違うよね。そういう話じゃないよね。


 もしも、僕らの世界にやってくることがあったのなら。

 そして、そこで何か期待していたものとまったく違うものに直面してしまったら。


 その時はコレジャナイ! と叫んで、自分の好きなものをぶちまけるといい。

 僕がすっ飛んでいって、話を聞くよ。

 もっとも僕が着く頃には、声が響いた大勢の人々が、もうすでにあなたのそばに集まっていると思うけど。

 驚かなくていい。本音でぶつかれば誰かが応えてくれる、そういうごく普通の世界だから。


 それじゃあ、僕もそろそろ行くよ。


 また、いつか。

 どこかでね!


おつかれさまでした。りせっとぼたんをおしながらでんげんをおきりください。

ツジクローの知る物語はここでおしまいです。

引き続き、彼の知らない二つのエンディングをお楽しみください。

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