エンディング 我が名を追って
「おはようございます、マスター」
ベッド脇から聞こえた声は大きくも小さくもなく、きっちり狙いすました音量で、僕を眠りから目覚めさせた。
「ああ、おはよう、デュアル」
卵を包むような三日月型の寝台から上半身を起こし、傍らに立つ少女に挨拶をする。
耳には大きな金属パーツ。小柄な体にぴったりとフィットするボディスーツと、家事をこなすメイド服の合体版、メイドスーツとでも呼ぶ服装の彼女は、緑色のショートヘアをさらりと揺らしながら、にこりと微笑んでみせた。
「すでにプロフェッサーはお目覚めですよ。明日の準備をされています」
「というより、どうせまた徹夜だろ? いくらドワーフが頑丈でも、大事の前には体を気遣ってほしいな」
正解だったのか、彼女は反論はせず笑顔のまま、
「朝食はすでに用意しております。それでは、わたしも準備に取り掛かりますので」
「うん。よろしく。僕も朝食をとったらすぐに始めるよ」
「はい。では――はわあっ!?」
どべしゃり。
振り返って歩き出そうとした直後、デュアルはメタリックブルーのタイル床に盛大にすっ転んだ。
その衝撃で積んであった書物の山が崩れ、堆積したほこりが舞い上がる。
「はわわあ。ごめんなさいマスター。またやってしまいましたあ~。スタビライザーの調整がまだ完璧でなくてえ~」
「いや、いいんだ。これは片づけなかった僕が悪い」
みいみいと泣き出す彼女の頭を撫でて慰めてやるものの、デュアルが何もないところですっこけるのはこれでもう何度目かわからない。
超兵器から派生した“アクティブドール”は、生きたヒトに極めて近い動作と思考を再現するものの、立ち居振る舞いのバランスは本家ヒトのように柔軟にはこなせない。つまり、構造的にコケやすい欠陥を持っている。
製作者も改善を試みているが、なかなかうまくいってないのが実情。そもそも二本足で立つというスタイルが非常に不安定なのだ。
だが、僕はそこが密かに気に入っている。
緑のショートヘアのメイドロボがドジっ子なのは、それすなわち完璧ということではないのか? 異論の存在は認めるが僕は聞かない。
立ち直ったデュアルが部屋から出ていくと、入れ替わるように新たな人影が現れた。
「ツジク……と、友よ。起きたか」
「あ、おはようアルルカ」
僕は盟友に挨拶する。
たくさんの紙束を抱えているのは、ドワーフ随一の発明家にして、アクティブドールの生みの親でもあるアルルカだ。
「また徹夜だろ。ダメだよ、明日は大事な日なんだから」
「わかっている。今日はちゃんと眠るつもりだ。それより、持っていきたい例の資料が見つからないんだ。知らないか?」
「ああ、それなら昨日どこかで見たな。後でデュアルと探すよ」
あくびを噛み殺しながら言う。「頼むぞ」と言いながら、アルルカは忙しそうに玄関の方へと消えていった。
「おう、邪魔するぜ」
再び入れ替わって入ってきたのは、アルルカの父ドルド。
「装置の調整は万全だ。今日だって問題なくいけるぞ」
「明日の方が砂漠の風が静かだって予報が出てるから。慌てることないよ」
明日のビッグイベントに意気込むドルドを軽くいなす。
「おーい、早く早くー」
「待ってよー」
ふと、部屋の机の上を、ペンとインクツボが走っていった。いや、よく見ると、それを持って走っている小さな人形たちがいる。
「マスター、おはよーございまーす!」
「おはよ、マスター」
僕に手を振ってきたので、同じものを返してやる。
アクティブドール・ピコ。通称ピコ。大きさはアクティブドールの十分の一で、実用化はこっちの方が先だった。大きい方は、やはり大きさと重さゆえにバランス取りが難しかったのだ。二足歩行のロボットが現実では流行らない理由である。
彼女たちを見て、僕は言い訳がましく言う。
「まだ荷物の積み込みも終わってないみたいだしね」
「あの慌て者が。出征前に慌ててする準備は、かえって荷物が混ざり合って危ねえってのに」
ドルドは軽く頭を抱え、それから笑った。
「いよいよ明日か」
「うん。明日、出発だ。これまでの成果のすべてが出る」
「そりゃそうだが大袈裟だな。今回は試行で、一日で戻ってくるんだろ」
「そういう話じゃない!」
ばん、と扉を開けてアルルカが戻ってきた。
彼女の突発的な行動は僕もドルドも慣れっこなので、わずかに目の位置を移すだけだ。
「時間や距離の問題ではない。これはわたしと爆友の新たな旅の始まりなのだ。“星界を目指す”という!」
ドルドは肩をすくめ、もう耳にタコができてる、というように、片耳をさわる仕草を見せた。
アルルカは抱えていた荷物の半分を取り落としながらも、ぐっと拳を握ってみせる。
「超兵器はもはや戦うだけの道具ではない。新天地! オゾマがやってきた星界へ、わたしたちを導いてくれる大事なパートナーなんだ!」
それが、あの戦いの後で彼女が形にしようとした新しい夢だった。
ドワーフ、星の世界へ。
これまで、それがすべてだと思っていた世界は、星界に無数に存在する小さな球体の一つに過ぎなかった。その神秘的で、あまりにも広大な世界に、彼女は憧れたのだ。
毎晩、夜空を見上げては手を伸ばし、そこに至るためのたくさんの発明を積み重ね、そしていよいよ、その世界へと踏み込もうとしている。
「これも、わたしを支えてくれた盟友がいたからだ」
「それほどでもない。……アルルカの夢に協力できて、僕も嬉しいよ」
「でも、これは始まりだ。わたしたちがこれから向かう世界は、この場所よりもずっと大きいだろう。しかし、わたしたちの夢はもっと大きい!」
アルルカは力強い目で僕を見る。
「無人飛行、アクティブドールによるテスト飛行は完璧。明日が有人飛行の初テストだ。確かに、星の世界をちょっとのぞいて帰ってくるだけのものだが、次はより高く、より遠くを実現して見せる。そして最終的な目標は、極星。わたしと同じ名前の星がどのような世界なのか、この目で確かめることだ!」
壮大な目標だ。
ただ高く飛ぶだけでは決してたどり着けない、いくつもの課題が伴う旅になるだろう。
それでも、アルルカとなら、きっと。
「行こう、友よ。わたしたちの未来に向かって!」
彼女が向けた眼差しの向こうには、空に向かって巨大な宇宙船がそびえていた――
――fin
「はい、カットー」
マルネリアの声と同時に、僕らは芝居かかった仕草から一斉に解放される。
「お、終わった……」
アルルカがぐったりと肩を落とし、ドルドも筋肉をほぐすように首をぐるぐると回した。
なん、だと……。
そして僕は一人驚愕の中にいる。
何事もなく、終わった、だと?
爆発も爆発も爆発もせずに?
これだけすんなり収録が終わったのは、リーンフィリア様のエンディング以来だ。
何か巨大な落とし穴を見落としているか、あるいは自分がすでに地中に埋まっていることを危惧して記憶を探る僕を尻目に、リーンフィリア様がぱちぱちと可愛い拍手をしながらアルルカに聞いた。
「空のかなたに向かうのが、あなたの次の目標なんですね」
アルルカは照れたように頭をかき、
「う、うむ。まだ夢物語の段階だが、そういうことができたらと思っている」
オゾマ戦の前でアルルカが語っていた、戦いではないやりたいこと、がこれだった。
超兵器の力で誰も見たことのない新天地へ。
実に彼女らしい、爽やかで挑戦的なエンディングだと思う。変にべたつかないすっきりとした甘さ。この毒気のなさが撮影成功の秘訣かも。
「あ、おつかれさま~」
デュアル――もとい、エキストラ出演のドワーフ少女も部屋に戻って来て、みなと笑顔で挨拶する。
エンディングに登場したアクティブドールなる生活補助用アンドロイドはまだ発明されておらず、カツラや特殊メイクを使ってのでっち上げ。ピコに至ってはゼンマイ式のオモチャが使われた。
僕らが宇宙に出られるころには、それくらいできているだろうという、細やかな演出だ。ちなみに家の外のロケットは、舞台に使われるようなカキワリで、その周囲にはこのエンディングを見ようと、多くのドワーフたちがわいわい集まってきている。
…………。
なんか、ショタドワーフたちの中に、最近呪いから解放されたグレッサ人の狩人がしれっと混ざっているような気もするけど、これに関しては気にしない方がいいかな。うん。
「ところで、アシャリスは?」
マルネリアが周囲を見回しながら言った。するとアルルカは渋面し、
「それが昨日から見つからないんだ。予定ではあいつの出番もちゃんとあったのに……おかげで、ずいぶん台本を端折ることになってしまった」
そうなのである。
このエンディングにはアシャリスがいない。が、本当は結構な頻度で登場するはずだった。直前まで楽しみにしていたはずなのに、どうしてしまったのか。
偽神と戦えるレベルまで強化された彼女のことだから、心配はいらないと思うけど。
「ふふっ、ふふふふっ」
?
突然デュアル役だったドワーフ少女が笑いだし、一同の視線を集めた。
「みんな、まだ気づかないの?」
「えっ」
「あたしだよ。アシャリスだよ」
な。
『なにいいいいいいいッッ!?』
膨れ上がった声の中で一番大きかったのは、僕とアルルカのものだった。
なぜなら、日ごろから一緒に同じ課題で頭を抱えている僕たちは、アシャリスがこの少女になれないことを誰よりも深く理解していたからだ。
アクティブドールの基礎部分はある程度完成している。
しかし、肌の質感、表情筋の連動、筋肉の収縮精度など細かい――そして致命的な部分で困難に直面していた。不気味の谷からどうしても抜け出せないのである。
しかし、アシャリスと名乗るこの少女はその課題を完璧に克服していた。
今日初めて会った時も、見事な変装だと感心したがどこもおかしなところはなかった。正に自然体。ヒトそのもの。
「ど、どうやって色んな課題をクリアしたんだ? その顔とか、筋肉の動きとか!」
血相を変えて駆け寄ったアルルカに対し、アシャリスは得意げに、
「そこはね、全部人力で造るんじゃなくて、ある程度の基礎を組んだらあとは自然に任せるんだよねえー」
「な、何だと……!」
一から十までデザインするのではなく、ヒトの手が入らない未知数の部分をあえて取り入れるというのか。
「ディノソフィアたちとタイラニック・ジオの研究しているうちに、閃いちゃったんだー。あと、キングイモんたルを整備用のワーキングイモんたルに改造した時の筋肉構築プロセスも参考になったかな。そして今日、ついに封印がとけられた!」
何てこと。
アルルカからすれば、超兵器は最初から最後まで人が造るのが当たり前だった。
いや、僕だってそう思う。工業品の美徳の一つは、雛型ができあがれば、あとは同じクオリティのものが大量生産できるということだ。
車の生産工場で、一台一台外観の違うものができてしまったらそりゃあ困るだろう。
しかし、あえてそれをやった!
「えへへっ。どーお、お父さん。この体、可愛いでしょ?」
アシャリスがその場でくるくると回って見せる。完全メカ状態だった頃から、しなやかに動いていたけれど、これはもう完全に一人の女の子にしか見えない。
僕は唖然としつつも、こくこくうなずき、
「すごくかわいいよ。髪はわざわざ緑色に?」
「うん。リーンフィリア様と同じ色。お父さん好きでしょ」
「ほう、経験が生きたな」
「あ、あら、そ、そうだったんですね。まあ……」
隣で話を聞いていたリーンフィリア様が、そわそわと髪をいじりだす。
「そんなやり方があったなんて……」
一方、驚愕のままにそうつぶやいて、膝を床に落としたのはアルルカだった。
アシャリスの発想は僕らにはなかったものだ。
しかしコロンブスの卵的に考えて、彼女の思想は至ってまっとう、順当なものである。
自然物に似せてものを造ろうとするのなら、すべてを人力に頼るのではなく、自然を許容し、取り込むことこそ肝要。
人力で天然自然を凌駕するのではなく、両者を調和の形に持っていくべきだったのだ。
「こりゃあ、上を行かれたな? アルルカ」
ドルドが腕を組み、ニヤリと笑った。
ドワーフの厳しい職人世界を腕一本でのし上がり、さらに自分の引き際にも直面した男の含蓄ある一言。
しかしこれはまずい!
メンタル絹豆腐のアルルカにその発言は……!
危険だ、みんな逃げ――
「ああ、すごいぞアシャリス!」
なにィ!?
アルルカは立ち上がると、アシャリスに飛びついてぺたぺたと体を触りだした。
「よく見せてくれ。おお……すごいなアシャリス。よくぞここまで。この質感もなんて自然なんだ。そうか、すべてを人の手でやろうとしてはいけなかったのか……」
「あ、あれ? お母さん、悔しがらないの?」
「悔しいさ! だが……見事だアシャリス!」
「!!」
アルルカの返した言葉に、誰もがはっとした顔になる中、彼女は調べる手と目を止めずに続けた。
「一緒に成長しているんだ。追い抜かれることだってある。だが、それはトータルで見れば前進なんだ。ただし、だからといって負けっぱなしはないぞ。今度はわたしがおまえを追いかける番だな」
「お母さん……」
おお……おおおお!
アルルカが。あのアルルカが爆発せず、こんなにもタフな発言をするなんて!
悔しさを素直に受け止めて、闘志にすり替えている!
ドルドも目を見開いて、娘の成長ぶりを驚いていた。
アシャリスの顔にもじわじわと挑戦的な笑みが浮かび、
「あたしだって、このくらいのリードで油断はしないからね。このままアクティブドールの精度を高めて、極星にたどり着くための足掛かりにしてみせるよ。何たってあたしは、先導役なんだからね」
「望むところだ。言っておくが、逃げる相手を追いかける時のドワーフは異様に素早いからな?」
むふう。なんて熱いライバル心!
これは、パスティスやマルネリアとも異なる親子関係なのだろう。
アルルカはヒトの範疇から、アシャリスは機械の範疇から、同じ目標を目指している。
相争いながらも、決して名誉欲に溺れた愚は犯さない。
競い合い、高め合い、認め合う。正にドワーフの職人たちの心意気。
この二人がいれば、ドワーフが星界に乗り出す日は、案外近いのかもしれない。
見ているみんなの目にも、そういう期待が溢れているのがわかった。
これは、何という爽やかなエンディング。ここまで収録でも良かったくらいだ。
よしッ、めでたし、めでた――
「でもお母さんさ。研究はいいんだけど、お父さんとのイチャコラは全然だよね」
「へ?」
「ん?」
「お?」
「あれ?」
ん? 流れ変わった?
とぅるる~るる~るる~。
えっ、アディンたち何その新曲。何かが始まりそうな。一時期ネットでやたら使われて風評被害を受けてそうな白い角つきのモビルスーツのBGMに似ているような!?
「いまだに友とか呼んでるし、他のみんなはもっと親密なえんでぃんぐ作っちゃってるんじゃないの?」
「あ、いや、それは……」
「あー、だめだめ。一緒に超兵器研究してるから、好感度は上がってるはずだとか勝手に思っちゃってるんでしょ。そうやってお母さんがちびちび進んでるうちに、他のみんなはもっと積極的なアッピルしてるんだよなあ。このままタイムアッポでもいいの? そうなるくらいなら、あたしがアクティブドールのハーレム作って横取りしちゃおうかなあ。メカ娘ってさあ、意外と“沼”なんだよねえ。ハマったら抜け出せないっていうか。充実した日常生活が認可されるっていうか」
「だ、ダメだぞそれは!」
「イヤーパーツで固めたあたしに、雑音はなかった」
「~~~~ッッ!」
なっ!? アルルカから青白い発光が!?
「はーい、みんな逃げてー」
これでよしと言わんばかりの様子でアシャリスが手を振る。
みんな慌てず騒がず、避難訓練どおりに粛々と部屋の中にある塹壕へと入っていく。
「ううう、と、とも……ツ、ツジクロー……。わ、わたしは、わたしだって本当は……」
アシャリスに図星をズボシと貫かれ、すっかりヘタレ顔になったアルルカが僕を見る。
い、いかん、いつもの癖で僕だけが逃げ遅れている!
「しかしわたしは、一つ気づいたんだ。聞いてくれるか……?」
「な、何だ? まさか、この爆発を抑える方法をついに!?」
アルルカは首を振り、
「この時だけは二人きりになれるな……って」
「言ってる場合――」
カッ!
まただよ(笑)でもなければないで物足りないから……。
あとメカ娘はいいぞ。




