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第二百七十一話 僕の死に場所

 暗黒。

 目を開けてもそれと気づかない完全な闇が、僕の視界を埋めていた。


 何だ……これ……。


 押しつけた頬の感触から、地面らしきものがあるのを理解する。

 体を動かそうと――腕を動かして立ち上がろうとした瞬間、想像を絶する激痛が右腕から全身へと通電した。


 うぎゃあ、ああああああああああっ!!


 のたうとうとして、反対側の体からも、いや部位のすべてから異様な激痛が押し寄せ、僕の意識は一瞬で正常な思考力を失った。


 あ、が、ぐ……。


 痛みが引くまで、あるいは痛みがマヒしきるまで、どれくらい時間がかかったか。

 とにかく……今の僕は五体満足どころか、痛覚がかろうじて機能しているだけの極めて悲惨な状態にあるらしい。


 身動きさえしなければ、ひとまず、意識は保てそうだ。

 地面についた体の感触から、鎧をまったく身に着けていないこともわかった。


 ここはどこだ……。何も見えないし、聞こえないけど……。

 どうなったんだっけ? 確か、オゾマを倒して、その致命傷に飲み込まれた。そうだ。

 だとしたら、ここはオゾマの中枢の内側? それとも、何か高次元とか上位次元とかの異空間? わかるわけがない。


「やあ」


 突然聞こえた声に、僕は思わず身じろぎしていた。


 あがあああアアアッ!


「ごめんごめん、急に話しかけちゃって。無理しない方がいいよ」


 声は能天気に言った。聞き慣れない声だ。だが、全然知らない声でもない。

 待て。待てよ、こいつ。この声。まさか。

 ……僕、か?


「そうだよ。僕は君だ」


 暗黒の中に、ぼんやりと光が灯った。

 思わず顔をしかめる。

 そこに現れたのは僕だった。間違いなく。


 ここに来る前の――前の世界での、高校の制服を着ている。

 過去の僕だとでも言うのか?


「認識できたみたいだね」


 何だそれ……。どこから湧いて出たんだ?


「ひどい言われようだな。世界にたった一人、かけがえのない自分だっていうのに」


 言っとくけど、おまえは僕が世界で一番嫌いな男だからな。しねッ。


「死にかけてるのは君のくせに、よく言うよ。すっかり凶暴になっちゃって。もう少し友好的になれないの?」


 こんな最低のヤツと対話なんてしたくないね。


 だいたい何の用だ。僕を嗤いにでも来たのか? 過去の立場から今の僕の心中を言い当てて、それで僕がおまえに泣き言か恨み節でもぶつけるのを待ってるのか?

 誰がそんなことするか。張り倒すぞ自分。


「おいマジかよ。今の自分に対する憐憫とか自己承認とかないわけ? 僕はやったんだーとか、もう疲れたよ……とか、言いたいことあるでしょ? ほら、せっかくの自分との対話シーンなんだから、そういう本音的なものがないとカッコがつかないよ」


 あってもおまえなんかに言うかよ。おまえじゃ、わかりっこない。百パーセントただの忖度、わかったフリで終わりだ。そうだろ?


「そうかもね。フッ、フフフッ」


 何笑ってんだ。何の拍手だ。


「いや、いやいや、いやさ。ゴールだ。おめでとう、僕」


 は?


「君の願いはかなったんだよ。君は完全に戦う者になった。立派な騎士だ。勇敢な戦士だ」


 自分に言われると、僕がそう思い込んでるだけみたいですごく気持ち悪いぞ。


「そう言うなよ。それに、そう思い込めるくらいになった、ってだけでもかなりのものじゃないか? 僕にしてはさ」


 痛いところを突く。やなヤツ。


「今ならさ、もうあの走馬燈は見ないよ」


 …………。


「君の記憶は、もうあの世界での戦いの記録一色に塗り替えられてる。元の世界の虚無みたいな生活なんて、プロローグにもなりゃしない。むしろいい思い出なんじゃないかな。あの時期があったからこそ、今の自分がある的な?」


 さりげなく自分を正当化するとか、汚いな僕さすが汚い。


「稀によくあることさ。まあ、僕が言いたいのはさ。ここ、死に場所だよってこと」


 …………。


「わかってるんじゃないの?」


 続けろ。


「今が、君の絶頂期だよ」


 …………。


「オゾマを倒し、世界を救った最高の騎士。その武勲に加えて、命と引き換えにオゾマと刺し違えたっていう悲劇まで加わった日には、伝説すら生ぬるい、世界の終わりまで語り継がれる至高の英雄になれる。もう誰も君以上の存在にはなれない」


 …………。


「仲間は、そりゃ悲しむだろうね。特にパスティスなんかは……もう、世界の終わりみたいに悲しんでくれる。悪くない気分だろ? 女の子に心から泣いてもらえるなんてさ。仲間だけじゃない。世界中が悲しむよ。立ち直るのに何年もかかるかも。いいよねえ、どれだけ僕がみんなにとって大事な存在だったか、わかっちゃうねえ」


 自分で言ってると思うと、親の結婚指輪のダイヤのネックレスを指にはめてブン殴りたくなるな。


「でも、それも今だけさ」


 …………。


「戦いが終われば、君は用済みだ。英雄ではあろうだろうけど、戦いのない世界で君の価値はどんなものだろうね? 今までは世界を救うって大目標に向かっていればよかったけど、これから先は? 日々の平穏な暮らしが待ってるとして、これまで以上に君が輝ける場面なんかある? むしろ、ずるずると馬脚を露して、呆れられるのがおちだと思うよ?」


 …………。


「だからさ。自分の価値がストップ高の今。ここで。終わりにすべきなんだよ。そもそもさ、君、最初から、この世界で生きていくつもりなんて、さらさらなかったじゃないか?」


 …………!


「この世界でやるだけやって、死ぬ。それが最初の目標だったろ?」


 …………!!


「何で知ってるんだ、なんて言わないでよ。僕は君で、君は僕だ。何でも御見通しさ」


 ……この野郎。


「生き残るつもりなんてなかったから、貧弱一般人のくせにあんなに怖いもの知らずに、がむしゃらになれたんだ。自殺願望と気取るつもりはないけど、完全にヤケクソに生きてたよね。君は」


 ……まあね。


「それが結果的に何だかいい方に転がって……今じゃすっかり考えないようにしてるかもしれないけど、どうかな? 本当に忘れてる? 当初の目的。今なら、最初の頃よりはるかに高い価値で、それを実行できるんだよ?」


 …………。

 ……そう、かな?


「そうだよ。君は極限まで自分の価値を高めた。十分に強くなって、十分に戦った。ここが頂点。後は下るだけ。そんなの、君にも、まわりにも不幸じゃないか。いいところで終わっておこうよ。今なら苦もなく死ねるよ。もうほとんど生きてない」


 ……そうなの?


「うん。もう八割がた死んでる。オゾマの死に巻き込まれたんだ。ほぼ星の終わりに巻き込まれたようなもんだぜ? ここから助かる方法を探す方が難しい」


 ……そうか。


「僕はただ、君に死の瞬間を知らせに来ただけ。死にどんな意味が与えられるかを教えに来ただけ。何が起きたかもわからない暗闇で死ぬのは、寂しいだろ?」


 ……うん。まあ。


「休もうか、ツジクロー。もういい。君は十分生きた。立派だ。みんなから尊敬され、惜しまれる英雄として、眠ろう。それがいい。それが一番いい。君は、人生を生き抜いた。完璧にクリアしたんだ」


 ……ハハ。

 …………。

 そっか。


 …………そうか。

 …………うん。


 そう、かもね……。



 ※



 なんて言うかよヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアカ!!!!!


「!?」


 今が一番? 後は下るだけ? 馬脚を露す? 呆れられる?

 そんなことは全部知ったことじゃないんだよ最初から!! 僕はただ、自分の言いたいことを言い、したいことをしている、それだけだッ! それだけの単細胞だッ!


「おい、よせ。立ち上がるな。立ち上がれるわけが……」


 いっ……! いってえええええええええええ! あああああ、いてえええええええええええええええッ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、あああ、があああああああああ!


「何考えてるんだやめろ! 痛いだろ? 苦しいだろ?」


 ああ、痛えよ、苦しいよ! 今までいかにリーンフィリア様の加護に守られてたがわかる最低最悪の痛みだ!

 涙もよだれも鼻水も駄々洩れで、なのにそれを気に留めてる余裕もないくらいだうがあああああああああああああ!


「だったら大人しく寝てろよ! そうすればすぐに楽になれるんだよ!」


 わかんねえだろ!


「な……!?」


 もっと痛えし苦しいかもしれないだろ! 怖いだろ! 痛いのが怖いだろ! いやだろ! 痛いのがいやなら……。

 もっと頑張れるだろうがあああああああああ!


「な……なんで……なぜ……ナゼダ】


 気安く死ぬなんて言いやがって! それを選ばなかったリーンフィリア様の雄姿を見なかったのかよ!? 命を賭して世界を守ったディノソフィアたちを見なかったっていうのかよ!


 生きるんだ! 死ぬ気で、捨て身で、生きるんだよッ!

 わかったら消えろ、クソッタレの僕の妄想!


【が、ぐ、が、■、■■ナゼ、■■、■、■■、■どうし■て】


 何度も聞くな! 全部が全部説明できるわけじゃない!


 だが……。

 強いていうのならなあ……!


 仲間だッ!


 パスティス……。君に……ッ。


【……!! ……“愛”か…………!?】


 君に未亡人属性はまだ早い! ということかなッッ!!


【アアアアガアガアアガガガアアア!?!?!?!?!?!?!?!?!?!? 違う/理解不能/不可解/不明/納得できない/望んだものと違う/…………■■■、コ、ゴ、コ――ナイ――コレジャ……ナイ……! コレジャナイ……コレジャナイッ!!!!】


 うるせえ! 過去の僕のくせに今の僕に向かってコレジャナイとは何だ!


 なら言ってみろ!

 おまえは何が好きだ!?

 おまえの中では何がコレだ!?

 聞いてやる。さあ言ってみろ!


【ス、き……、コ…………レ……!? ア……い……ガ……ガアアアガ、アアアア】


 言えないのか!?

 そうかもねなんて言って、自分も相手も顧みずただ受け流してただけの僕には、自分が何が好きかも言えないのか!


 なら教えてやるよ。


 コレでいいんだよ! コレで!

 コレが! これがいいんじゃないか、これがッ! わからんのか!?


【――オオ――■――オオオ――わから/ない/】

【――わ/―――か―】

【――】

【】

 …………。

 …………。


 消えたか……。

 何だったのかはわかんないけど、ともかく話す相手を間違えたな。


 さて……僕もどうにかしないと……。

 アンシェル、誰か、聞こえないか? ダメか……。声が出てる気すらしない。


 マジで星の終わりに飲み込まれたのかもな。ブラックホールとか……。ファンタジーって何だよ……。反物質の神がいる時点でアレか。


 とにかく、進んでみるか……。


 クソッ。

 歩くだけで……死ぬほど痛い。

 さっきの僕が言ってたことは間違いじゃなさそうだ。これは本気で死にかけてる。


 さすがにダメか……。

 この暗闇がオゾマに関係するものだとして……ヤツの死に閉じ込められたと観念的に仮定して、その鳥かごを上回れるものなんて、僕らの世界には存在しない。

 声も、意志も、届かないってことか……。


 …………。


 ……。……?


 今、何か……。

 何か聞こえた?


 ……RA。……。……A……。


 聞こえる。幻聴じゃない!

 これは。この“歌”はッ!!!


 Ah――Ah――Ra――RARARA・Ah――……。


 ア、アディンたちの歌だ!

 聞こえる。聞こえるよアディン!


 そうだ。この歌だけが、あの戦いでオゾマを純粋に上回った。だから届くのか、ここまで? そういうふうに考えればいいのか!?


 聞こえてくるのは、あっちの方向だ。

 行こう……。行くぞ!


 ああ、いてぇ……。すんごいいてえ……。足首から先、あるのか? 骨が剥き出しになってるんじゃないのか、ってくらい痛い。


 転んだ。転んだ……と思う。もう意識が朦朧としてよくわからない。

 起きないと。腕……まだ繋がってるのか? 僕は今、立っているのか? 目の前も頭の中も真っ暗すぎて何もわからない。


 歌が遠い……。

 待ってくれ。行かないでくれ。僕はまだここにいる。


 だんだん、わけが、わからなくなる。

 何でこんなに痛いんだ?

 そもそも、どうして歩いているんだっけ?

 僕は、誰なんだっけ?


 楽になりたいな……。

 歩くのをやめて、横になれば、少しは楽になるかな。

 どうしよう。そうしようかな。


 …………。

 あ……。誰、だ?

 隣を、誰かが歩いてる……。


 誰、だっけ……。


 緑の……長い髪の……綺麗な……女の子。

 こっちは……目の色の違う……尻尾の生えた……。

 そっちには……寝起きみたいな恰好の、えっちい……。

 あっちには、何だか利発で賢そうで……頼りになりそうな……。


 誰だっけ……。誰でも、いいか……。一緒についてきてくれるなら。もう少し、頑張れる、気が、する。


 あー……。歌が、聞こえる。

 帰りたいな。帰ろう。みんなのところへ……。


 ※


 暗闇の視界に小さな光の粒がにじみ出る。

 手足を覆う金属の硬い感触が懐かしく、微動だにできないまま、僕はそれを頼もしく感じた。

 星界。最後の戦場。


 綺麗だ……。


 歌声が近づいてくる。

 白い翼が視界にまたたく。

 しないはずの羽ばたきの音を聞いた時、僕の体は大きな手に優しく包まれ、ゆっくりと世界に戻っていった。


次回、最終回!

というのはうそだ。エンディングは別だよ(まただよ)

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