第二百六十九話 ラストファイターツイン
「タイラニック・ジオ搭乗員に告ぐ! これより最終攻撃に入ります! みな、最後の力を振り絞って、オゾマの世界をすべてこちらに向けさせるのです!」
『『『『タイラニー!!! WARRRRRRRR!!』』』』
作戦行動中、一切口を挟まなかったリーンフィリア様の号令に、海底にほの光るタイラニック・ジオの双眸が、より凄絶な輝きを呼応させてみせる。
オゾマと組み合う四肢がより力強い波動を熱圏に広げ、相対する混沌の表面を激しく波打たせた。
ここで起こっているのはただの掴み合いじゃない。
世界の根源的な力同士による、完膚なき正面衝突だった。
【おお……オオオ……!】
驚愕とも怒りともつかない呻吟が、万物のフラクタルから響く。
「オゾマッ!! これが最後通告だ!!」
僕はありったけの声で叫んだ。
「僕らの世界から去って二度と近づかないというのなら、ここで手打ちにしてやる! それとも、このまま行き着くところまで行くか!? 二つに一つ、さあ選べ!!」
まさに最後の選択肢。
どのような結果にせよ、世界が一つ滅ぶのか、そうでないのかの分水嶺。
応答は――
【愚かな……愚かなおまえたち……が、我/我々/に、通牒/通告/要求/など……するな! 消滅せよ……跡形もなく消えてなくなれ!!】
「なら決着だあああああッ! 行くぞスケアクロウ、僕とおまえでヤツのコアをぶち抜くッ!!」
「待ち詫びたぞ。行こう」
僕とスケアクロウは同時に剣を引き抜くと、〈メルクリウスの骨翼〉と〈ヘルメスの翼〉を一気に最大出力まで引き上げて、その場から飛び出す。
原初大魔法の発動は、原初破壊魔法を防ぐためだけの作戦ではない。
オゾマに莫大な消耗を強いて防御能力低下させる。その後、世界の最終余剰戦力である僕とスケアクロウが直接攻撃を行う。この一連の流れのための重要な布石なのだ。
「ツジクロー、オゾマのコアの位置はわかってるの!?」
アンシェルの声に、僕は怒鳴るように返した。
「そんなもん、ど真ん中に決まってる! 真ん中の……星辰核を打ち砕く!」
「……! わかったわ。わたしもそう信じる。あんたならできる。あんたにしかできない。行ってこいツジクロー!」
「了解ッ!」
星界の距離感は、地上のものとはかけ離れすぎている。目の前に見えているものが、一日や二日ではたどり着けない距離だなんてこともザラ。
しかしオゾマの行動がすべて阻害されている今、直線行動を妨げるものは何もない。
ただ真っ直ぐにヤツのど真ん中を貫けばそれで終わ――
光刃。
「え、」
直進する視界を真っ二つ割った光は、反射光を放った僕の鎧に異様な熱を焼きつけつつ、遠くの空間を切り裂いた。
その先端を思わず目で追った僕が見たのは、
くし刺しにされた月が中央からひび割れ、天体の外縁付近まで巨大な亀裂を走らせる壮絶な姿だった。
「い、まの、は……?」
向かうべき混沌の塊から、白い光粒が、まるで皮膚からぷくりと浮かび上がる血玉のように溢れだしていた。
直後。
僕とスケアクロウがいる宙域を、無数の流星が駆け抜ける。
「うわああああっ!!」
撃ってきやがった!?
オゾマにはまだ余力があるのか! 原初大魔法を二回も使っても! タイラニック・ジオが全力稼働で食らいついても!
しかも!!
「ああっ……!!」
首だけを振り向けた僕が見たのは、オゾマの放った流星の一つが、タイラニック・ジオに、僕らの世界に破壊の針を突き立てる瞬間だった。
マルネリアたちが必死に組み上げてくれた惑星級の防御フィールドを容易く突き抜いて海に落下した光は、深い濃紺を一瞬にして橙の火球へと作り変えた。
防御フィールドのおかげで、さっきの月のように貫かれこそしないで済んだようだが、それでも、直撃すれば大地は消し飛ばされ、地下壕にいるみんなも一瞬で焼失するだろう。
「オゾマアアアアアアアアッ!!」
僕の絶叫を押しつぶすがごとく、第二の流星群が宙域を覆う。
とても狙いをつけているとは思えない軌道ですり抜けた閃光は、今度はタイラニック・ジオをかすめることなく、星の世界へと吸い込まれていった。
そこで気づく。
「オゾマは……僕らの世界を狙ってるわけじゃない……。あくまで標的は僕ら。ただ、もう正確に狙う余力がないから、数で補おうとしているだけだ……!」
僕とスケアクロウがあの世界を背にしているから、巻き添えを食うんだ!
「スケアクロウ、迂回だ! タイラニック・ジオの正面にいるのはまずい!」
「ダメじゃ、ツジクロー!!」
悲鳴じみた僕の声を遮ったのは、叩きつけるようなディノソフィアの声だった。
「相手がどれだけ巨大か忘れたか! おまえたちがどれだけ横に逸れようと、星界では何も変わらぬ! 魔力と時間を無駄に消耗するだけじゃ!」
「だけどディノソフィア!! このままじゃ世界が――」
「――ったく、やれやれ」
叫び返した声の隙間に驚くほどすっと割り込んで来たその一声に、僕は息を呑んでいた。
「サブナク……?」
彼の声が、この鉄火場においてあまりにも、落ち着き払っていたから。
「まあ、何だ……。改まって言うのもあれだが、ツジクローよぉ。おまえとのケンカ、楽しかったぜ」
「お、おい……?」
「この一年と、ここまでのほんの短い時間。胸がスッとすることの連続だった。あの日、隠れ家に乗り込んできたおまえを信じて、本当に良かったぜ。決着の瞬間が見られねえのは惜しいが、ま、ここまで来れたんなら、後はオマケみたいなもんだ」
「おまえ、何を言って」
「じゃあな、ツジクロー」
第三陣が僕らの横を通過し、そのうちの一筋が、僕らの星に迫る。
大陸を直撃するコース。
しかしそれは、大気を穿つ直前で何かと衝突したように光を拡散させ、わずかに軌道をそらして、世界を通り過ぎていった。
「サブナク……!? サブナク、どうした返事をしろ!!」
答えは返ってこなかった。
「勝利のためにそれぞれが役割を果たす。それが理想的な軍勢の有り方なのですな。たとえ何かを失っても、得たものの方が大きければ、それが最終的な勝利なのですな。んん……我が導くしかない。女神の騎士――いや、ツジクロー殿。貴殿には感謝しますぞ。もうあと一息なのですな。これは頑張るしかない――」
光が弾けて、また星を逸れていく。
「アバドーン!? おい、アバドーン! 何をしてるんだ!?」
彼からの通信も途絶える。
僕は見てしまった。見えてしまった。
流星が光に弾けて逸れる瞬間、その下に誰かがいたのを。その誰かが、閃光の中に焼け落ちて消えていくのを。あれは。あれはひょっとして……!
「アンシェル! 誰か、誰でもいい、教えてくれ! 何が、何が起こっているんだ!!」
「ツジクロー……、あ、あ、悪魔、たちが……大地神様たちがあっ……!!」
アンシェルの泣き出しそうな声が、僕の胸を締めつける。
「おまえに続き、オゾマからも獲物をかすめ取られるのはごめんデス。これでもオマエには感謝しているデスよ。ワタチが狙ったものの中で、これから手にするのは、一番の大物なのデス。あの追放から、一日たりとも満たされることのなかったワタチの心のコレクションにふさわしい――」
また光が弾け、人影が消えていく。
シャックス……!
「ツジクロー、おまえには感謝する。備えからここまで、本当に良い戦だった。おまえを選んだリーンフィリアは、実に素晴らしい慧眼の持ち主といえる。しかし、ここまでやったのに試合に勝って勝負に負けるというのはしゃくだ。おまえは気にせずゆけ。背後は我々が支える」
「ガミジン――!」
また一つ。
消える。消えていく。一つの救済と引き換えに、一つの神が消えていく。
こんな、こんな、こんな……!
「泣くなよ、ツジクロー」
優しい声が僕を包んだ。
「これでよいのじゃ。これしきのことで、わしらが地上の民に働いてきた暴虐が帳消しになるとは思っておらぬ。だからこれはただ、わしらがそうしたいからしていることなのじゃ」
「ディノソフィア……だけど……こんな……!」
「楽しかったのう。おまえと出会ってから一年ちょっと、本当に楽しかったよ……。天界を追い落とされてから、これほどまでに晴れやかな気持ちですごせた日々はなかった。ツジクロー、リーンフィリアを……妹を頼むぞ」
「やめろ……おまえまで。やめてくれ……!」
「ただ、ちょっとだけ惜しいのはのう……。ふふふ……二百年前の戦いの相手は、おまえが良かったなあ……。そうしたら――………………………………」
ひかり。
「ディノソフィア……。ディノソフィア……?」
返事は、もうない。
「ディノソフィア……そうしたら、何だよ! 続きを言ってくれよおおおおっ!!」
僕が何をわめいても、もう、答えは、なかったんだ。
「ツジクロー、ありがとうな」
「感謝します」
「後は任せる」
「楽しかったぜ」
「頑張って」
「負けるなよ」
いくつもの声が、僕の耳に入っては光の中に消えていく。
怒りと憎しみに彩られた神々が、最後の最後に、僕を励まし、優しい言葉をかけて、焼け落ちていく。
もう何度、流星を見送っただろう。
何度、彼らが星を救うのを見届けただろう。
たくさんの犠牲を見つめて――目指す標的は、オゾマは。
もう目前だった。
そう気づいた時。
これまででもっとも強烈な光が、僕の視界の中央を白く広げた。
意識が肉体から遊離するような感覚。瞬間的に理解した。直撃する!
「うおおおおおお!」
視界すべてが白く塗り消される直前、黒い影が横合いから飛び込んできた。
「ス、スケアクロウ!?」
星すら射貫く閃光に叩きつけられた剣型アンサラーが、まるでスケアクロウの手から逃げ出そうとするかのように激しく震えている。
「うおおおお、があああああアアアアアああああッッ!!!」
星界に轟くような彼の咆哮が、アンサラーと共に振り抜かれた瞬間、僕を飲み干すはずだった光は膨大な破片を散らしながら、虚空へと逸れていった。
「スケアクロオオオオ!!!」
同時に、ヒビだらけになった彼の体も、その四肢にまったく力を感じさせないまま、ゆっくりと僕から離れていく。
思わず、戻って手を差し伸べようとした、僕を、
「止まるなツジクロー……!」
彼の声が、叱った。
「誰もがおまえの背中を追いかけている。おまえは止まるな! たどり着け。そして見せてくれ。おまえの、おまえたちの……俺の……望んだ世界を……!」
ぐうううううううっ……!
涙で滲む僕の目の前を、まるですべてを託すように、ぼろぼろの剣型アンサラーが漂う。
僕はそれを迷わず手に取った。
「わかったあッ!!」
体の内側で何もかもを爆発させながら叫ぶ。
「そうだ、みんな僕についてこい! ケリをつけるッ! 愛する世界は、もうすぐそこだあああああああ!!」
カルバリアス、そしてアンサラーの切っ先が、ついにオゾマの混沌へと到達する――
笑って、泣いて、ついに決着!




