第二百六十三話 最後のワークエンジェル
バッドスカイを加えた僕たちは、第三天門を目指して天空を突っ切る。
ここで待望の前作聖獣に乗り換え可能、などという軟派なイベントがあるわけもなく……いや、バッドスカイに話しかけようとすると、アディンが下から猛烈に不機嫌な気配を放ってくるんだよ……。勝手に乗り換えなんてした日には頭からかじられるわ。
あと、背後からすごい視線も……。
目でバッドスカイの姿を探そうとするだけで察して飛んでくるんだよ? 誰のとは言わないけどすごくない?
そんなわけで、次代女神の騎士と、先代聖獣の夢のコラボはお預け。まあ、この戦いに生き残ればいくらでもチャンスはあるさ。生き残ればね。
途中、神獣の訓練所で雲の上の湖にぷかぷか浮かんでいる水竜タイニーオーシャンを確保し、さらに戦力アップ! ……こいつは水から出られないから、今は出番ないけど。
なんかこう、タイニーオーシャンは影薄いんだよな。水中面が少ないよスタッフー。
「第三天門はまだか! 遠いな!」
いくつもの雲の上の施設を抜け、それでもまだ至らない目標に焦れた僕が叫ぶと、周囲を飛ぶ天使たちから反応が上がった。
「第二と第三の間は、畑とか修行場があるから特別広いんだよ。それにそろそろ……」
「前方に影! 何か来るぞ!」
誰かの叫びが、僕の意識を前方へと向き直らせる。
あれは……!
天使たちじゃないぞ。一体……?
リイイイイイキュウウウウウウウ……。
「リ、リックルの群れだああああああ!」
思わず叫ぶ。
火力も防御力も振り切っているが、闘争本能がまったくないパンダ竜。それが群れでこちらに飛んできている。
「まさか、あれも操られてるのか?」
「いや、リックルにそんな必要はない……」
天使の一人が震える声で言い、何かを危惧するように後ろを振り返った。
何だ? 彼女の顔つきから、バッドスカイと遭遇した時以上の危機感を読み取った僕は、ざわめく胸で不穏な想像を膨らませる。
まさか、リックルたちが本気で抵抗してくるのか? いくらパンダ竜でも、住処を攻撃してくる者に対しては性格が変わったように襲いかかってくるというのか?
ないと断言するには、知識がたりない――そう悔やんだ視界の中を、突然、何人もの天使たちが加速して竜の群れへと突っ込んでいった。
「な、何だ!? よせ、勝手に戦っちゃダメだ!」
スペックだけならサベージブラックにも匹敵しかねないリックルたちだ。散発的な攻撃が通用するはずもなく、さらに今、僕たちには相手を撃破できない理由がある!
しかし慌てて制止した僕の叫びは、
「きゃあああ! かーわいー!」
とIQが低下しそうなほど呑気な歓声に、あっさりとはじき返されてしまった。
「は?」
よくよく見れば、天使たちはリックルたちに抱き着き、頬ずりしたり、頭を撫でてやったりしている。断じて、勝負を焦って突撃を仕掛けてなどいない。対するリックルたちも、つぶらな目を細めて喜び、天使に体をこすりつけて愛情を示していた。
「あの……何これ?」
僕が唖然として隣の天使にたずねると、
「み、見てのとおりだ。ううっ、しんぼうたまらん! わたしもー! かーわいー!」
そう言って、彼女もまたリックルの群れの中に飛び込んでいってしまった。
今や大多数の天使たちが、進軍を忘れて竜とじゃれあっている。
何だこれは。どうすればいいのだ!?
はっ!?
「そうか……そういう作戦か!」
猫好きの軍勢に向かって数百匹の猫を一斉に放ったらどうなる。これがその答えだ。
バッドスカイと同じく、これも僕たちへの足止め工作の一つ。まずい。これから神々の本拠に乗り込むにあたって、天使たちと別行動を取るわけにはいかない。
彼女たちを正気に戻さなければ!
焦る僕の視界の端に、分厚く黒い影がすっと入り込んだ。
それは。
「…………( ゜д゜)」
「おい、行くなよスケアクロウ」
「…………( ゜д゜ )」
「こっち見んな!」
鎧の主人公がスケアクロウなら、こいつもけっこうお熱だったうちの一人だからな……。
「……任せろ。リックルの扱いなら慣れている」
スケアクロウが落ち着き払った――まるでそれを強調するかのように落ち着きすぎた声で言い、どこかから何か輪投げの輪っかのようなものを取り出した。
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない」
それダメなパターンの台詞なんだよなあ。
いやそれ以前に、何でそんなもん常備してるの? その携行自体がもう答えみたいなもんだよね?
トリアに乗ったスケアクロウは、リックルに近づくと、さっと輪を掲げた。
するとすべてのパンダどもが天使とじゃれるのをやめ、一斉にそれを見つめる。
うお……マジで効果ある。
「むこうで遊んでいろ」
スケアクロウが輪を投げると、それは表面の縞模様で陽光を跳ね返し、きらきらとあざとく輝きながら飛んでいった。
リーキュー!!
リックルたちは一斉にそれを追って去っていった……。
「はっ、わたしたちは何を!」
「リックルを追わなきゃ」
「違うだろ! 今戦闘中だぞ!」
天使たちが次々我に返っていく。僕は気持ち的に拍手しながら、スケアクロウへと寄った。
「本当に手馴れてるな。さては、ああやって敵と上手く戦わせてたのか?」
「いや、戦いはしない。遊ぶ時用だ」
「…………」
クソダークでクソシリアスな存在のおまえが言うと著しく違和感があるのだが。
ともかく!
リックルというどうでもいいようで地味に厄介だった障害もクリアし、一行は前進を再開する。
そしていよいよ第三天門が見えてきた。
「…………!」
しかし、その空域に飛び込んだ瞬間、まるで雪国の空に迷い込んだような、冷たい空気が僕の体を駆け抜ける。
後に続く全員にも緊張が走った。
閉ざされた第三天門のど中央に、小さな影が浮いている。
何かを待ちわびるようにうつむき、体のやや正面にだらりと垂らした細い両腕の先には、見慣れた重装甲の長銃のシルエット。その火力が、僕の持つそれとはまったく異質であることを、今さら確認する必要はない。
一撃殲滅のバスターアンサラー。
すなわち、そこにいるのは。
オメガ。
最強の天使。
「きょうだい、すまねー。あいつだけは乗ってこなかった」
ディーが僕の後ろで、珍しくバツが悪そうに言ってくる。
「話はーしたんだけどー……」
エルも浮かない様子だ。
「……任せろ」
僕は仲間たちをその場にとどまらせると、一人、オメガに近づいた。
「どうにも……騒がしいことになっているようです」
かすかに頭を持ち上げたオメガの口元には、危険な微笑があった。
もし天使にシステマチックに任務を遂行する性質があるとして、相克する命令が存在しないとするのなら、その欲求に最も正直に従うのが彼女だろう。
敵が強大であることに、任された役目が困難であることに、そしてそれを踏み潰し、成し遂げることに完全なる充足と喜びを覚える、最悪の過剰仕事人。
それが、神々に至る最後の関門として立ちふさがった。
僕が間近に迫ると、オメガの背中から四枚の巨大な光翼が、まるで第三の門を覆うように広がる。
切り揃えられた前髪に沈んでいたディープブルーの瞳が、僕を見た。
それだけで、空が異様な重さを持ったようだった。
背後で仲間たちの動揺が膨れ上がるが、僕は片手を上げてそれを押しとどめた。
いつもの彼女なら、もう撃ってる。
この膠着は、オメガがくれた最後のチャンス。
何の? 決まってる。
彼女が持つ強固な優先順位を揺り動かす何かを、僕が打ち出せるかどうか。
逆に言えば、オメガは期待しているということだ。それだけものを提示してくれることを。そういうものが、この世界にあることを。
騙す必要はない。僕は真実をそのまま伝えてやればいい。
「オメガ。大仕事を頼みたい」
僕の言葉にオメガの目は揺らがず、銃口も微動だにしない。
「本当にでかい仕事だ」
中身はもうわかっているだろう。偽の神を排除し、オゾマを打倒する。
だから重要なのは、彼女が求めているのは――そこじゃない。
「この世界史上最大最強最難関かつ空前絶後の類を見ないほど完全無欠徹頭徹尾に大変な仕事だ。この機を逃せば、こんな仕事ももう二度と発生しない。一度きりだ。世界でたった一度だけ起こる仕事を、今僕たちはしている」
一息にまくし立て、真摯に告げる。
「手伝ってくれ」
「…………」
オメガの表情は揺らがない。肯定の言葉も返ってこない。代わりにたずねてくる。
「オメガが、それを選ぶ理由は?」
「これを完遂した達成感は、もう世界が終わるまで確実に味わえない」
僕は即答した。
「…………」
戻る沈黙。
「それに」
「……?」
疑問の宿ったオメガの瞳に、僕は最後の声を放つ。
「僕は君とこの仕事がしたい」
「……!」
言うべきことを、すべて言い終えた。
だから僕は彼女を待つ。オメガは動かない。
バスターアンサラーの銃口がわずかに揺れ、ゆっくりと持ち上がっていく。
僕の背中が、際限なく膨れ上がる仲間たちの焦燥を熱と感じ取った。
「それは――」
ピタリと止まった業火の細穴は、僕の目線を真っ向から捉える。
彼女の指は引き金にかけられていた。撃つ。そのための力が、すでに込められている。
しかし僕は動じない。
この期に及んで付け加えるべき何物も存在しない。すべて言い、すべて伝えた。
見つめ返し、結果を待つだけでいい。
オメガの――微笑む形の眼を。
瞬間。
「魅力的ですね」
バスターアンサラーの銃口が上向き、上向き、僕の頭上をさらに飛び越えて、その銃身を天使の小さな両肩に載せた。
重たい荷物を肩に担ぐような姿勢。銃口は百八十度後ろを向いている。
オメガの背後。閉ざされた第三天門へ。
直後。引き金。
バスターアンサラーの二条一対の閃光は、巨大な門扉の表面で一片の粒子を散らせることもなく、まるで薄紙に針で穴をあけるような容易さで、その防護を跡形もなく消し飛ばした。
一部分の突風のみが跳ね返り、オメガの長い髪をはためかせる。
何が起こったのか、理解はすぐに追いついた。
「突入せよ! 神狩りじゃあ!」
気炎を上げるディノソフィアを先頭に、悪魔たちが一斉に僕とオメガの両脇をすり抜けていく。
天使、聖獣、神獣。もはや神々を守る者は誰もない。真の直接対決は、最後の天使によってその端緒をぶち開けられた。
「オメガ、ありがとう」
僕は、奥の風景で早くも神殿から火の手が上がるのを確かめつつ、彼女に言った。
「いいえ」
オメガは首を振る動作すらなく、そう拒否し、
「けれど、仕事に誘ってくれたのはそちらなのだから、きちんとエスコートしてくれるのでしょう?」
驚くほど茶目っ気のある顔で、笑った。
ダンス(500年連勤)




