第二百三十五話 キング・オブ・ザ・ロリモンスターズ
「悪魔をほっぽって同僚とダンスとは、火と硫黄のお仕置きが必要か? オメガ」
片足を吊り上げた天使を見つめ、ディノソフィアは顔の片側を歪めるように笑った。
「契約の悪魔――人間と“親切な”取引をする悪魔の中でも一番の変わり者、ですか?」
逆さまのまま、何ら動じることなく言い返すオメガの声には、小馬鹿にしたような含みがある。
「ちと訳あって、ディノソフィアと名乗っておる」
「はあ。どうにも……面白くない名前です」
「ハハッ、そうかの」
挑発的な物言いのオメガを、笑って流すディノソフィア。
一触即発どころか、互いの気配を察知しただけで大爆発を起こしそうな二人にもかかわらず会話が続くのは、むしろ非凡な域の同類ゆえだからか。
「満足ですか。その有様に?」
「ああ、とてもな。ヒトは、誰もかれもが賢しく振る舞おうと、いもしない賢人の真似ごとをして泥沼にはまっていく。それでいて他者を嗤おうとするのだ。これほど愛くるしい者たちがいたことに、どうしてこれまで気づかなんだか。不覚じゃよ」
「であれば、もう少しましな知恵を授けてほしいですね。子蜘蛛以下の弱っちい鉄くずを大量にばら撒かれて、こちらは迷惑しています」
「天使どもも、敵がいなくて暇じゃろうと思ってな。つらかろ? 仕事狂いのおまえには」
いや、同類だからじゃない。僕は考えを改める。
この二人、初対面じゃないんだ。
言葉の端々に、相手の裏側をつつく見えない棘が感じられる。
きっとディノソフィアは、先のリーンフィリア様との戦いよりも以前から、そして数多く、オメガと衝突してきている。二人の口振りからは、そんな古馴染みの、どこか気安さすら感じられた。
オメガはどう見ても不利な状況にありながら、冷笑すらせず淡泊に吐き捨てた。
「哀れな悪魔。ミミズのように土に潜っていれば目をつぶってあげたのに、今になってリーンフィリア様の周りをちょろちょろしだすなんて」
「なあに、ほんの気まぐれじゃよ」
「ウソですね。悪魔ディノソフィア。どうにもあなた、未練がましいです。そのふざけた名前共々」
「……じゃな!」
その短い賛同が発破点になった。
ディノソフィアは〈オルトロス〉の腕を大きく旋回させ、オメガを力任せに地面に叩きつけた。
瓦礫の層を陥没させてオメガが跳ね返ると、その反動のまま逆側へ、次はその逆へと執拗に叩きつける。
並みの人間なら、よくて重症。悪ければとっくに事切れているような残虐な攻撃。
だったが。
「アンサラー」
連続する激突音の中に、痛みも怒りも何も感じない平坦な声音が割り込む。
ディノソフィアが、もう一丁、とオメガの体を振り上げた瞬間。人形のように無抵抗だったオメガの上半身が空中でぐいっと持ち上がると、両手に構えた二挺の聖銃が、ディノソフィア本体に向けて発射口を照準した。
引き金にかけた指に、ためらいが生じる目つきなんかしていない。
まさに至近距離で、バスターアンサラーから二系の閃光が弾ける。
仮に回避できたところで、地面に突き刺さった爆圧が何もかも消し飛ばす。そういう撃ち方だった。
しかし。
「色気のない反撃じゃなあ、オメガ」
ジリジリと、小規模の雷鳴を響かせながら、アンサラーの弾丸は虚空で停止していた。
止められたのだ。ディノソフィアが構えた両手に。
かつて僕のアンサラーを止めたのと同様に。
「あいにく、こちらには腕が四本あってな。こう、防御に二本使っても、まだ一本余りが、あるのじゃよッ!」
言うが早いか、〈オルトロス〉の空いていた片腕で、吊るされたオメガを殴り飛ばす。
弾丸の初速のまま水平に吹っ飛んだオメガは、半身を削り取られた神殿の残骸に激突してその原型にとどめを刺すと、粉塵が一帯を覆うよりも早く地を蹴って、再び急接近していく。
「アンサラー」
二挺のバスターアンサラーを肩越しに背後へ手放した直後、すぐに別のアンサラーが左右の手の中で物質化する。
三、四挺目! こいつ……いくつアンサラーを持ってるんだ……!?
急接近しながら、天使の指が引き金を引き絞る。
重低音が空まで揺らした。
バスターアンサラーが威力重視なら、こちらは連射力強化型。
だけど、とても「連射重視」なんて呼べるものじゃない。
高速で吐き出される弾丸は、射撃音からして一発一発が果てしなく重かった。
まるで重機関銃だ。しかも対物用の。
一発でも食らえば、手足はおろか、胴体だって簡単に引き千切られる。
反動で手首がもげそうなそのヘビーマシンアンサラーを、よりによってオメガは片手で平然と扱っていた。
銃身は激しく振動するも、銃口の位置は恐るべき腕力で抑え込まれ、正確にディノソフィアへと直線で結ばれている。
「つまらん。おまえのやり方はいつも、冷たい」
その弾丸の嵐が到達する直前、〈オルトロス〉の両腕が、抱きしめるようにディノソフィアを包み込む。
アイアンメイデンじみた〈オルトロス〉の囲いは、恐るべき轟音と火花に彩られた。
彼女の後方にある瓦礫が、流れ弾を受けて紙切れのように飛び散って消えていく。それほどの威力だというのに、ディノソフィアと〈オルトロス〉はその場から一歩も後退せずに――
むしろ、前へと駆けだした。
接近するオメガを迎え撃つように。
凶悪なマズルフラッシュと跳弾の輝きの距離が二倍速で縮まっていく。
残り十メートル、八、六、四……二! もはや殴り合いの距離まで接近、ここで!
ディノソフィアが〈オルトロス〉の囲いを解いた。
激震するアンサラーの銃口の内側に潜り込むと、彼女自身の両細腕をオメガの腹に突き出す。
手の中には、さっき受け止めたバスターアンサラーの弾丸がまだ残っていた。
「ハートに火をくべてやろう」
煮えたぎる風船が爆音と共に膨らんだ。
火炎の下腹に触れた地面は瞬時に溶解、蒸散する。
ディノソフィアの理性を示す最大の行為は、オメガを斜め下から突き上げるように腕を押し込んだことか。
仰角のついたバスターアンサラーの爆散は、グレッサリア市街の低空から高空の雪雲までを抉り取るような指向性を持って広がり、薄暗い大陸を照らした。
「さすがのオメガも、自身の愛銃二発分の火力を受けては……」
と、僕が傍観者用フラグを踏んだ瞬間。
熱光の中から身をよじるようにして乗り出てきたオメガが〈オルトロス〉の腕の間合いの内側、ディノソフィア目掛けて、いつの間にか手にしていた――騎馬用のような巨大なランスを突き出した。
鮮血が舞った。
「辺境警備隊の得物を出したか。……そう、そういうのがいいんじゃよ」
オメガのランスの穂先は、ディノソフィアの頬をかすめ、背後の〈オルトロス〉の保持機構の一部を撃ち抜いていた。
表情のないまま目を見開くオメガと、好戦的に笑うディノソフィアの顔が静止のまま向き合ったのも一瞬。すぐさま、嵐のようなオメガの刺突が始まる。
その轟音は、さっき聞いたヘビーマシンアンサラーの発射音よりも速い。
しかも重さもあるのか、〈オルトロス〉の腕でガードするディノソフィアの体がじわじわ後退していく。
「ククッ!」
ディノソフィアが短く笑うと、体を横に流してランスの穂先をかわした。と同時に、〈オルトロス〉の腕を背後に回し、そこに提げられている武器を掴む。
横一閃の光が、オメガの次撃を弾いた。
〈オルトロス〉が構えているのも、突撃騎馬の長槍だった。
両者の間合いがわずかに広がり、そこから乱打戦が始まる。
交錯する閃光と、弾ける金属音は、さながら雷雲の内部だった。
互いの機先を制し合う突き合いは、しかしオメガが大胆に飛び込んだことで一気に収束へと向かう。
細い腕を大きく引き絞った、渾身の一撃の構え。
しかし、これまで横殴りの豪雨のような突きを放ってきたディノソフィアにすれば、あまりにも長閑な隙だ。まるで吸い寄せられるように、オメガの胸元に悪魔の槍が迫る。
決まった!
と思った瞬間だった。
オメガの手からランスが消えうせ、突進の挙動が大きく変化する。
まるで、ディノソフィアの突きが起こした突風に巻き込まれる綿埃のように、長槍の周囲をぐるんと回ると、螺旋を描きながら一気に内部へと飛び込んだ。
近すぎる。オメガも槍を構え直せる間合いじゃない――そう思った僕の目は、彼女の手にいつの間にか、煌めく二振りの剣が握られているのを目撃した。
「第四天門防護隊の双剣――か!」
間一髪。身を屈めるようにして、双剣の衝撃を〈オルトロス〉に受けさせたディノソフィアが叫ぶ。
槍に有利な間合いへと後退する悪魔を追ったのは、豪速で投げつけられた大斧だった。
「! 今度は聖火隊の刑具とは! 物持ちがいいのう!」
次々に出てくる新しい武器に、僕は愕然とした。
防御というのは、敵を知ってこそできる。力の強さ、得意技、得物。それらの情報が得られていなければ、対応は常にその場その場の、直撃と紙一重になる。
事実、ディノソフィアの下がる距離がじわじわと伸びていった。
「ア、アンシェル。あれは何なの? 何で手品みたいに、新しい武器が!」
たまらずに叫んだ僕に、彼女は青ざめた顔で、
「オメガは、アンサラーが持ってる物質非物質の切り替え魔法を、自力で他の武具に転用してるのよ。見えない武器庫を背負ってるみたいなものね……」
「マジかよ……!!」
「当然、普通の天使にはできない芸当よ。千個のポケットのどこに何が入っているかを、いついかなる時でも瞬時に探り当てられる集中力がなければ維持できない」
アンシェルの唇が歪んだ。
「あの天使は異常なのよ。原始の時代から延々と戦い続けて、一度も敗れたことがない。天使総戦力の四割は、あれ個人が保有してるって噂、伊達じゃないわけ……!」
じょ、冗談じゃ……!
僕の動揺を感じ取ってか、〈メルクリウスの骨翼〉が不規則に体を微動させる。
「オメガに持久戦を仕掛けるっていうのは、あまりにも甘かった……!」
こんなバケモノに戦いの疲労なんてあるはずがない。
が。
「え?」
アンシェルはびっくりしたように僕を見た。
短い間隔で瞬きする彼女の瞳が、その内側で何かを考えているのがわかる。
「持久戦……。そうよ、それならいけるかも」
「えっ? いやでも、そんな戦い漬けのオメガが、こんな短時間で疲れるはずが……」
「いいえ。オメガだって疲れる日は来るわ。あいつ、今日で十七万と百五十連勤くらいのはずだから」
……………………。
「な、何だって?」
僕はめまいに見舞われる頭を抑えながら聞き直した。
「だから、まあだいたい四百五十年くらい休みを取ってないのよあいつ! どうせ最近は敵を見かけてもアンサラー一発で消し飛ばしてるだろうし、あそこまで本格的な戦闘はしてないはず。反動はすぐに来るわ」
「すげえブラックだなおい! 天使ってそんなに過酷な労働環境なの!?」
「三食昼寝とおやつ付きで毎週日曜日は休みよ。天使の組合がそう決めてるから。でもオメガはワーカーホリックだから、じっとしてらんないのよ!」
ヒエッ……!
そんな社員がいたら、ブラック企業の経営者だって巻き込まれて過労死させられてしまう!
しかし、これは細いながらも大きな光明だ。
うまくディノソフィアが時間を稼いでくれれば……!
そう思って見つめ直した目線を、まばゆい閃光が弾き返した。
高速回転する長槍が地面に突き刺さり、広げられた〈オルトロス〉の片腕が痙攣したような動きを見せる。
「ちィ……! 初撃で回路の一部をやられておったか……!」
ディノソフィアの悔恨が終わるよりも早く、棍の両端が六角柱状に膨らんだ、ツインクラブとでも呼ぶべき奇妙な武器を構えたオメガが打ちかかる。
ディノソフィアの防御が間に合わない。
まさか――!!?
オメガの得物がディノソフィアの頭部を叩き潰す瞬間は、しかし、少なくとも今訪れるのではないようだった。
僕はまったく見えていなかったけれど、オメガの背後から、彼女以上の速度で迫る濃黒の影があった。
その背中から鞘走った居合打ちが、オメガの一撃の出がかりを押さえたのだ。
いや……。
肩に振り上げたクラブと大剣アンサラーを噛み合わせたまま、その場にピタリと止まったオメガの落ち着きぶりを見ると……防御したのは彼女の方なのかもしれない。
ディノソフィアとの激闘の中、ノールックで、背後からの不意打ちを止める。信じられないけど、こいつならやりかねない。
「遅いぞ。スケアクロウ。おまえ、出番を待っておったろ」
ディノソフィアは死地の手前にあったはずなのに、あっけらかんと笑った。
対するスケアクロウは無言――いや、ヤツにしては珍しく、
「……おまえと矛を交えることになるとはな……」
と、ひどく低い声でつぶやいた。
「オメガを知っている? 誰ですか?」
オメガの冷たい眼差しが、背後にいるスケアクロウをじろりと見て、
「リーンフィリア様のところの鉄くず、ではないようですね」
大剣アンサラーを弾くと同時に、振り向きざまの横殴打一閃。
それを防いだスケアクロウと、互いを衝撃で弾き合うようにして間合いを取った。
「腕前も、あのカカシよりはだいぶ上……」
「…………そうか」
……おいィ? 今なんかスケアクロウのヤツ笑わなかったか?
それってホントのこととはいえ侮辱罪と同様だろ……。僕は深い悲しみに包まれた。
「……ん? あれ、でも待て」
スケアクロウがあそこにいるってことは、ヤツがさっきまで戦っていた――
ゴウルルルルルル…………。
僕――そしてアンシェルは、何もない空中にいるにもかかわらず、背後からのしかかってくる物陰に重みを感じ、恐る恐る振り向いた。
ブルギャアアアアアルルルル!!
濡れた咆哮に揺さぶられる両目が捉えたのは、燃え盛る二本の七支刀。
〈雪原の王〉!!
「うおおおおおおおおおおおおお!!!??」
「ちょっと騎士イイイイ! わたしより先に逃げるんじゃないわよあああああ!!!!」
だが――だが――
ついに来た、ベストな組み合わせ!!!
危険な二人。超天使は眠らない。
戻って、先手シリアスさん。
――長考。
不意に手を上げ、審判にたずねる。
シリアスさん「あの、ルールを知りたいのですが……」
審判「ありません」




