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第二百二十五話 ダイラアス・ツイン

「このままでは……」


 どこか思い詰めたような彼女の声を、僕はその日のどこかで聞いたはずだった。


「もう、あれを使うしかない……」


 その真意をたずねることができなかったのは、多分、もっと近くにあった忙しなさにかまけてのこと。

 結局、それが悪かったのだと気づいた時には、もう後の祭りになっていた。


 ※


「え……?」


 朝食を終え、みなが朝の街へと動き出したところまでは、何の変哲もない一日だった。


 リーンフィリア様とアンシェルは、土壌改善。

 パスティスは新米コキュータルハンターの教練。

 マルネリアはエルフたちの研究所。

 アルルカは超兵器工房。

 ディノソフィアはいくえ不明。


 しかし、僕が一人街の見回りを終え、ティーブレイクの時間に合わせて神殿のラウンジに戻ってきたとき、今日はかつてない特異日へと変貌した。


「帰ってきたか。わたしの騎士」

「ご苦労じゃったのう、騎士」


 !!!!????


 ティーテーブルとその上のカップ二つを挟んで、二つの闇が向かい合っていた。


 白煉瓦造りの神殿の一室に、いち早く夜が訪れたかのような錯覚。

 片方の黒は悪魔ディノソフィア。そっちはいい。


 問題はもう片方の漆黒。


「裏リーンフィリア様……!?」


 ヘッドドレスをつけた真っ直ぐな緑のロングヘア―がなぞるのは、〈ダーククイーン〉謹製の黒ドレスが持つ数多のフリル。身に纏うリーンフィリア様は普段の柔らかな物腰から一転し、闇夜の姫君を連想させる裏リーンフィリア様へと変身して、ラウンジの一席に星闇の輝きを放っていた。


 なぜあのドレスがうちに!?

 まさかあの店員ども、また仕込みを……!?


 お茶をしに戻ってきた仲間たちも、裏リーンフィリア様と悪魔が織りなす異様空間に容易には近づけず、一つ離れたテーブルで気後れした目線を送っている。


 あのアンシェルですらそうなのだから、二人の間にあるティーカップなんか、そのうち自ら砕け散ることを選択するに違いない。


 何しろ裏リーンフィリア様は冷酷冷笑で高圧的な闇系の女神。人をたぶらかすのが好きなディノソフィアとは、ある種のライバル意識というか、同族嫌悪を抱きかねない。

 混ぜるな危険の超劇薬!


 しかしよりによって、そのテーブルの二人がにやと笑って僕に手招きを始める。

 まるで生贄を欲するように一つだけ残されていた椅子が、いやに鮮明な白さを僕に訴えた。購買意欲をそそるために色鮮やかに着色された不健全な野菜のようだった。


 覚悟も決まらないうちから足が動き出したのは、何らかの呪いか。ぎくしゃくと歩み寄った僕に向けて、リーンフィリア様のどこか禍々しい笑みが一層深まった時、彼女の口から奇妙な言葉がもれた。


「うらりーん……」


「へ……?」


 すると、まるで相槌のようにディノソフィアが、


「のじゃー」


「うらりーん」

「のじゃー」


「あの……? リーンフィリア様、それは何です?」

「うらりーん。これか? いわゆるひとつの、口癖というやつだ」


 頬杖をつき、妖艶でありながら、どこか荒んだ微笑みを浮かべる裏リーンフィリア様。


「いや、今までそんなの一言も言ったことないですけど……」


 そんな僕の反論を遮るように、


「うらりーん」

「のじゃー」

「うらりーん」

「のじゃー」

「共鳴するのやめてもらっていいですか?」


 裏リーンフィリア様はクスクスと笑う。

 どうしよう。話が通じそうもないという点において、彼女はディノソフィアよりもヤバいのかもしれない。普通のリーンフィリア様は色々と素直なんだけど、こちらは何を考えているのか、ものすごくわかりにくい。


 つうかディノソフィアのヤツ、リーンフィリア様の変貌ぶりに何か言うことないのかよ。なに普通に息ぴったりなんだよ。ニヤニヤしやがって……楽しければ何でもいいというのか?


「わたしの騎士」

「は、はい」


 突然、改まった口調で裏リーンフィリア様が呼びかける。


「わたしはこう見えて寂しがり屋だ」

「はあ……」

「かまえ」

「へ?」

「わたしが寂しくないよう、かまえ」


 かまえって、構えろって意味じゃなくて、かまっての命令形か? なかなか聞かないぞそんな言い回し。

 何か芸をしろってことだろうか。困ったな。


「ええっと、それじゃあ。人間五十年~」

「ほう。舞いか」

「すいません。ここまでしか知らないです」

「そうか。つまらないぞ」


 何で知りもしない敦盛をやろうとした僕。内心で焦る一方で、ディノソフィアが褐色肌でもわかるくらい顔を紅潮させて笑いをこらえていることが腹立たしい。


「わたしの騎士」

「は、はい」

「連れ出せ」

「へ?」


 そこの態度の悪い悪魔を追い出せということだろうか。そういうことなら喜んで排除させていただく。


「わたしを街に連れ出せ」


 ※ <〇><●>


「日差しがきついな」


 外に出るなり、裏リーンフィリア様は天に手をかざした。


「いつもの曇り空ですが……」

「日傘を用意せよ。わたしの騎士。なければ買いに行く」

「えぇ……」


 年中曇天の〈ダークグラウンド〉に日傘なんて文化があるはずない。

 だがそこは、四つの種族の文化を取り入れた商売の街。ドワーフの女性がたまに使うという日傘をセントラルナイズした、黒いフリル付きの日傘が見つかった。


「お代は結構です騎士様。ダークマザー、よき暗黒の逍遥を」

「うむ」


 一言返して、すぐに店の出口へと向かう女神様。

 店員さん、あの人がいつもと違うことに気づいて?


「ところで、どこでこんな傘作ってるの?」


 僕がたずねると、色白の傘屋店員は、


「〈ダーククイーン〉からの卸品です。あそこの仕立屋は何でも作っていますので」


 そんなことだろうと思った。あの店、予想以上に南部都市の被服文化の中心だよなあ。


「どうぞ、女神様」


 店を出たところで、僕は裏リーンフィリア様に傘を差しだした。

 が、どういうわけか彼女はそれを受取ろうとせず、少し不満げに、子供っぽく唇を尖らせる。


「わたしの騎士。おまえが持て」

「え……いらないんですか?」


 突然の心変わり? ここまで引っ張ってきておきながら? 何てこった。リーンフィリア様らしからぬ身勝手さだ。やはり裏キャラか。


「おまえが傘を差して、わたしの隣に立てと言っている」


 ヘアッ!?


「それは……」

「やれ」

「はい」


 僕は傘を差して、裏リーンフィリア様の頭上にかざした。


「これでいいですかね……?」

「遠い。腕だけでなく、体ごと寄れ」

「は、はい」

「うらりーん」


 彼女は冷たい表情に、かすかな笑みを浮かべる。


 これ……相合傘だよな。ちょっと変形してるけど……。

 裏リーンフィリア様が歩き出したのに合わせて、傘を掲げたまま追いかける僕。

 心なしか、長いスカートの裾がさっきよりも大きく揺れるのを見ながら、僕はそれから街のあちこちを歩き回ることになった。


 澄んだ香りを放つエルフ族経由の香草や、特に謝罪の意図もなく気軽に贈り合えるようになった新詫び石の店を見たり、広場でやっていた大道芸や小芝居を見物した後は、出店でかき氷を買ってみたりもした。


 いずれも先を行こうとする裏リーンフィリア様のチョイスで、少しでも遅れると、何だか含みのある笑顔で振り返られ、足がすくむハメになった。

 時折、種族間のいざこざらしきものも見かけたけど、裏リーンフィリア様の凍った眼差しが、僕をそこに向かうことを許さなかった。


 しかし、その圧倒的引きずり回しの中で、僕はあることに気づいていた。

 これだけ色々見ておきながら、リーンフィリア様は、決して行こうとしない場所がある。

 きっとそこに、この異変を終わらせる鍵がある。


「リーンフィリア様、次は服でも見に行きませんか」


 ※ <〇><●> <〇><〇>

 

 アパレルショップ〈ダーククイーン〉は今日も盛況だった。

 グレッサだけでなく、北部都市から平然と他種族の客も集まっており、店内は様々な人の顔で埋め尽くされている。


「こちら従来のジャケットをドワーフィーに仕上げた実戦派の商品にございます。マニッシュさを追求しつつも、インナーとの組み合わせで女性らしさも演出できる――」

「こちらは巷で噂のブラックスカーフにグレッシーな意匠を加えたものになります。おはよう機能はオミットされているので、誰でも手軽にオシャレを楽しめますよ。長めのものをお探しなら、暗撃ロングマフラー・パスティスモデルはいまだに人気が高いアイテムでございます。今ならまだ少しだけ在庫がございますが、この機を逃せば次は――」


 わかるようなわからんような店員の用語が飛び交う中、僕とリーンフィリア様の来店は、少なからずその場の人々の興味を引いたようだった。


「これはこれはリーンフィリア様! ようこそいらっしゃいました。我々の商品をご愛顧いただき、どうもありがとうございます。よく似合っていらっしゃいますよ」


 上役と思われる男性店員がすっ飛んできて対応する。

 ちらりとこちらを見た瞳に、勝ち誇るような高慢な光を一筋見て「こいつが主犯か」と僕は密かに拳を握り込んだ。


 僕がリーンフィリア様の裏キャラ化を拒んでいることは、店側にも周知の事実。そして店はその反対の欲求を持っていることを、僕は知っている。

 僕と店には、ある種の緊張関係があるのだ。


 とはいえ、今は裏リーンフィリア様出現の元凶を叩きに来たわけではない。


「本日は何をお探しで? ドレスに似合うアクセサリーなどもございますが」

「いや、世話はいい。わたしの騎士が選んでくれるそうだ」


 少しはにかんだように微笑むリーンフィリア様の声を受け、店員は少し戸惑う視線を僕へと返した。僕はやり返した優越を抱きつつ、彼に告げる。


「明るい色の服を探してるんだ」


 教えてもらった売り場には、〈ダーククイーン〉らしからぬパステルカラーの商品がひっそりと並んでいた。他の客はいない。ここはセントラルな人々(グレッサリアのほぼ総人口に匹敵)御用達の店であり、僕が要求したのはわざわざ〈ダーククイーン〉に来て選ぶアイテムではないのだ。


 しかし、ここにリーンフィリア様リターンの鍵がある。

 裏リーンフィリア様出現のキーは黒いドレス。黒以外の服を着せれば、元のリーンフィリア様に戻る。そしてここならば、何の違和感もなく別の服を着てもらうことができる!


 僕は売り場で目を凝らした。

 すべてはリーンフィリア様を元に戻すための茶番。僕に異性の服選びのセンスなどない。しかし、試着でも十分だからといって、テキトーなものを渡すわけにはいかない。


 センスがなければないなりに、知恵を絞らなければいけない。

 どうすれば……そう……テーマだ。テーマがいる。


 好きなものを好き勝手に注ぎ込んだだけでは、かえって「何が好きか」が隠れてしまう。一つのイメージを際立たせるためには、メインテーマ以外を補助役に抑えることが必要だ。

 リーンフィリア様の露出が腋だけにセーブされているように……!


 リーンフィリア様の私服……。どんなのだろ。どんなのがいいかな。

 ここにあるのはどっちかというとふわっとした感じの服だから……。


 決めたぞ!

 リーンフィリア様、森ガール仕様……!


 森ガールとは、まあ何か森にいそうなふわっとしたイメージのファッションスタイルだ。

 リーンフィリア様の緑の髪と相性がよさそうだし、いつもの神々しさを少し抑えた素朴さに新たな魅力を発見できるだろう……。


 というわけで、僕はそれっぽいものを探した。知識も商品数も少ないので、全身をフルコーデするなど不可能。ワンピースと帽子くらいで何とかする。まあ、所詮はセンスゼロの僕のチョイスだ。許してくだしあ。


 そして、選んだ服を裏リーンフィリア様へと見せた。


「これなんかどうですか。可愛らしいと思うのですが」

「これが、おまえが選んでくれたものか」


 裏リーンフィリア様はそれを手に取ると、奇妙な反応を見せた。

 決して拒んでいるわけではなく、むしろしっかりと受け取ってくれたのだけど、その目はどこか寂しそうだ。


 何か一つを諦めるような、何か一つを手放すような。

 でも、そんな顔をしながら、「気に入らん」とは言ってこないのだ。これまで、さんざん僕を意のままに振り回しておきながら……。


 心の中で、急速に何かが沸き起こるのを感じた。

 僕は、一体何を。


「では試着してみよう」


 そう言って試着室へ向かおうとする裏リーンフィリア様の手を、僕は咄嗟に掴んでいた。


「どうした?」


 彼女が振り返る。

 僕は一体何を、しようとしているんだ。


「やっぱり、それはまた今度にしましょう。こっちへ」


 裏リーンフィリア様からそっと服を返してもらうと、僕は、セントラルな客でにぎわう売り場へと戻っていった。


「僕が選ぶのはこれです」

「これは……」


 僕が人込みの中から選び取ったのはレースの加工が入った黒いリボンだった。

 リーンフィリア様がすでにかぶっているヘッドドレスと比べると、豪奢さでは数段見劣りする。


「……よいのかな?」


 それを眺めた後、上目遣いにこちらを見た裏リーンフィリア様の意味深な問いかけが、僕の耳をくすぐる。

 よいのか? これで。

 このままで。


「ええ、もちろん」


 何一つ惜しみなく、僕は答えていた。


「ここでつけていきたいな」

「お任せください」


 例の店員が、床にインテリアとして描かれた魔法陣から本当に召喚されたように、にゅっと現れる。ヘアブラシを持った女性店員を一人伴っていた。


「髪形にご要望はございますか?」

「わたしの騎士。おまえに任せる」

「ではポニーテールで」

「かしこまりました」


 椅子に座らされたリーンフィリア様の髪を、心得のある手つきで整えていく女性店員。


「髪は高めの位置でお結いしましょう。その方が女神様の――」

「いえ、低めでお願いできますか」


 僕は店員に頼んだ。彼女は少し驚いたような表情を見せた後、優しく微笑み「はい」と応じた。

 高めのポニーテールはハートの強さの証。

 そして低めのポニーテールは……きっとリーンフィリア様によく似合う。


 店のアイテムを熟知しているだけあって、その完成図は目を見張るものがあった。

 豪華だった髪まわりがすっきりし、圧倒的だったドレスのシルエットに、少女のような純朴さが加わる。


「騎士様、鏡をどうぞ」


 上役店員が、直接女神様に示すのではなく、わざわざ僕に手鏡を渡してきた。店に入った当初に散らした火花の一つもなく、ただただ粋に見えた彼の姿に、僕は感謝を込めてうなずいていた。


「どうですか?」


 リーンフィリア様に鏡を向けて、僕は聞いた。女神様は楽しむように何度も顔の向きを変え、ふと満足げに微笑んだ。


「うらりーん」


 一体――

 一体今日一日、僕は何をしていたのかと問い詰めたくなる。


 僕は彼女のワガママに振り回されていたのか? その被害者だったのか?

 違うだろ。

 彼女はただ、羽を伸ばしたかっただけなんだ。


 けれど普段のメンタルではどうしても遠慮してしまうから、黒いドレスを着て裏キャラを呼び出した。多分、自らの意志で。


 だったらさ。

 裏も、表も、ないんだよ。


 それなのに、僕は彼女を戻すことを考えて……。もう許せんぞツジクロー!


「街を歩きましょうか」

「ああ」


 リーンフィリア様は形を崩さぬよう優しく、しかし愛おし気に、リボンをさわりながらうなずく。

 そうだ。まあ、どうせなら……。


「店員さん、あの兜につけられるお面まだありますか。光る眼がついてるやつ」


 ※ <〇><●> <〇><〇> <〇><〇>

 

 コー……ホー……。

 コー……ホー……。


 夕暮れ時の冷えた空気に、謎の白い息が交ざりこむ。

 あの野郎……。


 黒リボンに飾られた、やや低めの位置のポニーテールに日傘を向けつつ、僕はあの店員に声をかけたことを心から後悔していた。

 リーンフィリア様が黒い服装だから、同伴する僕もそれに合わせた装いにしようかと思ったのだけど。


「こちら、最新型のフェイスアーマー、暗黒メンタリティ・ロードマスクになります」


 コーホー。


「このスティック型カンテラは、本来青い光を赤色に変える新素材を使っておりまして、より一層のダーク感、邪悪なるフォ……力をヴィジュアル化することに成功しました。もちろん、武器としては使えませんので、取り扱いにはご注意ください」


 ブオン、ブオン……バシュウ! 


「もしそれをお持ちいただき、街を散策していただけるのであれば、お代は結構でございます。どうかよき暗黒の逍遥を」


 謀ったな店員!

 女神の騎士がつけていいものじゃないだろ、これは……!


 どこか武士の兜を連想させる頭部に、ガスマスクに近いフェイスマスク。呼吸するたびに変な音がする。コーホー!


 そんな異質なスタイルなのに、道行く人々が羨望の眼差しで僕を見てくる。リーンフィリア様を見て「おお……」と感嘆した後に、僕に目を移して「ふおおお!」と別種の吐息をもらしているのだ。


 この街、何なんだっけ?

 何かすごくストーリー上重要で悲劇的な街だった気がする。

 そして今はもう、そうではない気がする。


 広場前の下り階段に差し掛かった。階段を下った先には小さな噴水とベンチがあり、様々な人々がくつろいだ時間を過ごしているのが見える。


「階段か。手を支えてくれるか」


 リーンフィリア様が手を伸ばしたので、僕はそっとそれを支え、二人で階段を下りた。

 その途中で彼女はふと手を離し、幅広の階段を縦に区切る大きな石に腰を下ろす。


「いい眺めだ」


 神様が休むには、地べたとほとんど変わりがないような場所だったけれど、下の広場に溢れる幸せそうな笑顔を写す瞳には、そんなことを一切気にしない大らかさがあった。


「よくやった騎士」


 彼女は広場を見つめたままぽつりと言った。

 何がと問い返す野暮はしない。

 彼女がラウンジで言った一言、「かまえ」という任務を過不足なく達成できたことだと、僕は受け取る。


 リーンフィリア様は十分に羽を伸ばせたようだ。

 彼女はコーホーいってる僕を見て、そっと手の甲を差し向けた。


「褒美に、女神の手の甲にキスをする栄誉を与える」


 コホッ!?


 僕が戸惑って動けないでいると、手を宙ぶらりんにさせたまま、リーンフィリア様は少し寂しそうに笑い、


「いやか?」


 と聞いてきた。

 大慌てで首を横に振る。

 いやなわけないでしょう。こういうの、騎士として最高の誉れなんじゃないの?


 僕は兜に手をかけた。

 これを脱がないと、キスなんかできないしね。


 ん……。

 ん? あれ?


 僕は慌てた。

 兜が、脱げないぞ……!?


 でろでろでろでろでーろ♪


 は? 何か音楽聞こえてきた。ぼうけんのしょとか消えそうな音。それと同時に、呪われた装備を身に着けてしまった時の……おいィまさか!!?


「くっ……この……!」


 ひねったり回したり叩いたりしてみたけど、兜はまったく脱げない。先にフェイスパーツを取り外そうとしたけど、こちらも兜にぴったりとフィットして取れなかった。


 でろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろ……と、取ろうとするたびに呪いのテーマが流れ、輪唱状態になる。うるせえ!


「ふふ……」


 そんな僕を、リーンフィリア様は口に手を当てて小さく笑った。


「そのままでよい」

「えぇ……」


 いいわけがなかった。こんなの双方にとって罰ゲームでしかない。けれども、行為が行為だけに、日を改めてというのもまずなかった。

 今ここでやるしかない。

 この呪いのマスクは、あの店員に何としてもシャナクしてもらうとして。


 確かこういうのは、相手の手を引き寄せるんじゃなく、こっちから体を寄せてやるんだったよな……。

 映画で知ったか細い知識を頼りに、こうして、僕の、女性にキスをするという生涯初のイベントは、コーホーいいながらの凄まじい絵面になった。こんな経験、恐らく最初で最後であり、たとえ転生しても二度とゴメンだ。


「帰るとするか」


 暗黒フェイスの接吻を受けたリーンフィリア様は、自分の手の甲をぼうっとした目でしばし見つめた後、そう切り出して僕に手を伸ばした。


 それを受け、立ち上がらせながら僕は言う。


「また、来ましょう」


 リーンフィリア様は少し驚いたように目を見開き、それから、


「うらりーん」


 それは春風が鳴らした風鈴のような、優しい笑顔だった。



<〇><●> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇> <〇><〇>


 

 ※ キーアイテム〈黒いリボン〉による暗黒化が可能になりました!



見事な休日の過ごし方だと感心するがどこもおかしい

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