第二百二十三話 発狂する街
「この話はみんなには聞かせられない。特に、天界の罰に責任を感じてる女神様には」
マルネリアは声を潜めて言い、手近な椅子をつま先で引き寄せて座った。
「〈ダークグラウンド〉以外のグレッサの街が滅びたことについて、ボクなりの考察がある」
世界中に点在する遺跡のことだ。
「さっき、グレッサは肉体的にも精神的にも不老の状態にあったことを話したよね。じゃあ、そんな彼らはどうして滅んでしまったのか」
「オーディナルサーキットの恩恵が受けられなくなったからだろ?」
僕は、相槌と、こちらの認識を兼ねて発言する。
グレッサリアは、他大陸の都市へエネルギーを発信する中核基地でもあった。それが途絶えてしまったために、世界中に広がったグレッサの街は滅んだ。それが、ラスコーリから聞いたこれまでの認識だった。
期待通り、マルネリアは首を横に振ってそれを否定してくる。
「それだけとは考えにくい。実際、姿を消した北部都市の人々は、オーディナルサーキットなしでやっていこうとしている。ラスコーリやアンネも、それについて可能だと判断した」
「あ……」
言われてみれば、グレッサはオーディナルサーキットに頼りきりの弱い種族ではない。
暗黒騎士姫という強力な狩人を輩出するだけのポテンシャルを秘めている。
ただ生き残るだけなら、他の生物よりも多くの利点を備えているようにすら思える。
「グレッサが滅び去った後、エルフや、今の種族が地上に広まった。両者は共存していない。していたら、もっとグレッサについての伝説が残っているはずだからね。しかし、グレッサが生き残れないような環境を、ボクたちのご先祖様が生き抜けたものかな?」
マルネリアの目は揺るがず僕を見据え、声の重みは増すばかり。恐ろしい結論に向かって、こちらの足を引きずり込んでいくみたいだ。
「恐らく、環境は問題がなかった。外因じゃない。では、何がグレッサを滅ぼした?」
僕が答えられずにいると、マルネリアは、暗い瞳を僕にぐっと近づけてきた。
「ボクが思うに……グレッサの文明は、狂死した」
「きょ、狂死……!?」
穏やかじゃない単語だった。
「生存へのモチベーションが総崩れしたか、それとも錯乱して自滅したか……細かいところはわからないけど、精神に何らかの異常をきたして死滅した。そう考えてる」
「でも、精神も保護されてるって……」
「限定的だった」
僕の反論を冷たい一言で押し返すマルネリア。
「精神が劣化しないのは、〈ダークグラウンド〉内部に限られていた。あるいはその周辺。実際ボクらは、一組だけ、どう考えても自殺にしか思えない行動に走ったグレッサ人を知っている」
「だ、誰?」
僕は恐る恐る聞く。
「セルバンテスのお兄さん。アレクサンドルの一家」
「……!!」
北海の氷塊の上に移り住み、吹雪の中で消息を絶った家族。確かに……無茶なことをしたとは思ったけど、セルバンテスたちの反応を見るにそれもありなんだと決めつけてしまった。精神の異常までとは、とても……。
「ナグルファル号は、色んな意味で境界線にいたんだと思う。セルバンテスたちは大丈夫だった。アレクサンドルたちは違った」
「そもそも、どうしてそんな差があるの?」
マルネリアは顔をしかめ、前髪を手でくしゃりと掴んだ。
「わからない。神々がそうした方がより悲劇的だと思ったのか、不具合が起こったのか……。まさに神のみぞ知るだね」
これがもし真実なら、天界はあまりにも残忍すぎる。
今のリーンフィリア様がこれを聞いてしまったら、真実だろうとそうでなかろうと、大きなショックを受けてしまうだろう。大きな怒りすら抱きかねない。僕だけに聞かせたのは正解だ。
「グレッサリアの人々もいつおかしくなるかわからない。騎士殿には、可能性の一つとして、注意しておいてほしいんだ」
「わかったよ。心に留めておく」
「それから……これは……」
マルネリアは何か言いかけ、ミルヒリンスと目配せをして、口元を蠢かせた。
「大丈夫。可能性の一つとして、結論にはしない」
僕が促すと、彼女は少し嬉しそうに微笑む。が、すぐに柔らかな気配を霧散させて、目に鋭い光を走らせた。
「ストームウォーカーのこと。あれは死の間際、もう一つとても重要なことを話している。――白亜飢貌ノ王のこと」
「!!」
正体不明の悪魔の王。天界ですらその居場所を掴んでおらず、発覚すれば即座に天魔の全面戦争にもなりかねない巨悪中の巨悪の名を、確かにストームウォーカーは口にした。「いつまで」と嘆くような問いかけの中で。
「うん、覚えてる」
僕はうなずいた。
「ストームウォーカーが戦神ボルフォーレだとしたら、彼は神でありながら悪魔の王に語りかけていたことになる。どうして? 戦いに敗れて、生ける屍にさせられたから? それとも別のつながりが? そのへんはわからない。一つ言えることは、神様や天使がはるか昔から空から見張ってて、見つけられないものなんてそうそうないってこと。最初から、探してもいない場所をのぞいては」
神も天使も近づかない場所。見向きもしない場所。
それって……。
「〈ダークグラウンド〉のことじゃないか……!!」
神が見放した大地。
太陽の光すら照らすことを拒む土地。
そこになら、悪魔の王も潜める……!?
「古代ルーン文字、サベージブラックという戦士、ケルビム、〈黒角の乙女〉、色んな“未知”の集合地点になら、それが隠れていても不思議はないと、ボクは思うんだ」
多分に希望的観測が含まれていることをにおわせつつ、マルネリアは言いまとめた。
「悪魔の王が隠れられるような場所も、この街にはあるしね……」
「まさか……」
そこまで言われれば、僕にも気づくことはある。けれど、マルネリアはその先を言わなかった。仮定をいかに積み上げても、蜃気楼の塔しか作れない。答えは、まだ早い。
「それにひょっとしたら、グレッサの精神を守っているのは神々じゃなく……」
「え?」
「いや……。これはボクの妄想。続きがあるかは未定」
マルネリアはおどけたように肩をすくめ、そこでようやく、暗い気配を身から振り落とした。
「……という話。どうだったかな?」
「興味深かった。仮説とするには、もったいないくらいに」
僕の返事に、母娘は揃って満足げな顔を向け合った。
「これからボクとお母さんは、今のことを念頭に研究を進めていくよ。騎士殿も、よかったらそれとなく意識して行動してみてほしい。もちろん、否定材料はいくらでも歓迎する。ボクらは真実が知りたいのであって、自分の仮説を証明したいわけじゃないからね」
「騎士殿への改まったお礼は、まだ先送りになっちゃいそうだ。でも、もし何かほしかったら、遠慮なくわたしたちに言ってほしい。それくらい感謝してるってこと、忘れないでね」
年の離れた姉妹のようにも見えるマリネリアとミルヒリンスは、心を込めてそう言い、僕をうなずかせた。
それにしても、悪魔の王か。
まだおぼろげに名前だけが見えているだけの存在だけど、ついに出てくるというのか?
もしヤツがあそこにいるのなら、僕たちとこの街は、とんでもないことになる……。
計三回という長い会話回になってしまったことを反省せよ作者。
次回から少しの間、日常話にてほのぼのしていただく。
※お知らせ
ストックが尽きたので、(だいたい)隔日投稿に戻ります。




