第二百十話 壊滅
それはまるで戦争映画のようだった。
翼からこぼれる銀光を背後に振りまきながら、聖銃を構えた天使たちが恐ろしい速さで曇天を飛び交う。
空を切り裂く白帯は、雪原に蔓延る半透明の怪物たちを容赦なく追い回し、撃ち抜き、そのまま地面を抉っていった。
まっさらで平らな白い大地が、土交じりの穴ぼこだらけに変えられていく中、翼でもって対抗しようとする魔物もいたものの、質と量を兼ね備えた天使の愚連隊に一矢報いることもできず、あっという間に地に落ちて骸となった。
虐殺。
最強装備で最初の町に戻ったかのような一方的な破壊が行使されていた。
その様子を僕らは離れた場所から見つめる。
「キャーホー!」
「ダラー!」
爆音に混じる天使たちの嬌声は、眼さえつぶって聞けば市民プールではしゃぐ幼女たちそのものだが、獲物の真上にピタリと張り付いて、引き金を引くまでの猶予を楽しんでいる顔を直視してしまっては、もうどちらが怪物かわからない。
こうして、暗黒騎士姫たちを手こずらせたコキュータルは、短時間のうちに掃滅されてしまった。
これが、天界の即応部隊の実力。
結局〈驟雨〉とやらの出番はなかったけれど、すっかり荒れ地になった雪原を見て、これ以上の破壊劇が起こらなかったことを、ただ感謝するしかなかった。
一方のモニカたちは、終始立ちすくむばかりだった。
殲滅力の格が違う。
兵士たちが一対一で戦っている中世に、戦略爆撃機が飛んできたようなものだ。
「これでは役割が持てない……」「もう家に帰って寝てたい……」「一方的にいたぶることの楽しさと愉悦を知りたいデース……」と意気消沈していた。
僕が「あいつらは特別なんだよ」と言っても、「あなたたちは今の言葉聞こえまして?」「聞こえてない」「何か言ったのデース?」と聞く耳持たずだった。
唯一平静を保てているのはカルツェくらい。彼女の実力は暗黒騎士姫たちの中でも抜きんでているし、装備と頭数さえあれば、あれくらいはできると思っているのかも知れなかった。
しかし――あれでまだ、予備隊なのだ。
装備も作戦の規模も小さいはず。だとしたら、オメガ率いる本隊はどれほどの戦力になるのか。
「さすがは我が部隊!」
「あっとうてきー! フゥーッ!」
殺気立ったスズメバチのように動くものを探して飛び交う隊員たちを見てうなずくDLC天使は、最後まで戦いに参加せずに僕の隣で見物を決め込んでいた。
「後はこの手柄をオメガに知らせて……ウヒヒッ。どういう顔するかな。あの鉄面皮。青い顔してごめんなさーいって泣きついてこないかなあ。そそるなあ……」
「おーたのーしーみー。おーい、ばかー? ゼロ番隊の槍を忘れるなよー?」
こいつら手の込んだ自殺が趣味なのか?
あのオメガが精神的に堕ちるとかありえないだろ……。
でもまあ、雪原に平穏が戻ったことは確かだ。約束は守らないとな。
というわけで、僕はカルツェに案内を頼んで、やや焦げ跡の残る森へと向かうのだった。
※
「あれが神々の軍勢か」
森の中の道中。それまで黙っていたカルツェが、ぽつりと口にした。
低く抑えた声の下に、彼女のくすぶる感情を読み取って、僕は曖昧な返事をする。
「すごかったね」
「悔しい」
カルツェははっきりと顔を歪ませて告げた。
「うん……。わかる」
同意する。あれだけ短時間で敵を殲滅するのは、アディンたちでも無理だ。数と力の両立。純粋に戦う者として、悔しさと、同時に畏怖を感じざるをえない。
「あんなょぅじょに囲まれて生きるなんて、神はずるい!!」
「僕が同意したのはそこじゃない!!」
わかっていたはずだ僕!!
「騎士殿」
「何か用かな?」
「神になりたい」
「そうですか向上心すごいですね」
「神になれば、あの幼女たちを侍らせ放題。ディノソフィア様も捕らえられる。そうしたら毎日、好きな服を着せかえることも許される……」
許されるなら僕も君にコレジャナイを連打したいぞ。(コレジャナイ一事不再理の原則)
「ほーう? おまえが神になれば、わしを毎日愛でてくれるとな?」
『!!?』
空から降り注いだ声にぎょっとして立ち止まると、普通なら小鳥くらいしか乗れそうにない細い木の枝に、ディノソフィアが座っているのが見えた。
ニヤリと笑い降りてくる。
「ディノソフィア。どうしてここに? 神殿の地下室にいるはずじゃ……」
「さすがに退屈になって出てきたわ。天使の槍を回収しに行くのじゃろ? わしを同行させる権利をやろう」
「ふぁ、ふぁい!」
どんな言い草だと思ったけれど、カルツェは一も二もなく賛同してしまった。
まあ、天使たちの前に出てこられるよりはマシか。
「……………で、何でこうなるの?」
「のじゃ!」
僕はディノソフィアを肩車していた。
「いたいけな幼女にこんな雪深い森を歩かせたら、転んで足をくじいてしまうかもしれんじゃろ。本来ならお姫様抱っこのところを、それだと両手が塞がってしまうことへ配慮してやったのじゃ。かつての敵ながらこの気遣い、惚れてもいいんじゃよ?」
「なら足をパタパタするのをやめろ。本当に子どもか」
「のじゃ~」
余計パタパタしだした。こ、こいつ……!
「≪〇≫≪〇≫……当代の女神の騎士を殺ればあるいは次はわたしが……」
「すごい目つきで僕を見るのをやめろカルツェ」
ふと、密着している首の後ろでディノソフィアの動きを感じ、様子を探ってみると、彼女は自身の白い髪をポニテにまとめているようだった。
いきなり何してんだ?
そして、「ん、ンンん。のじゃ、のじゃ……」と変な発声練習の後、突然少年のような声質で、拗ねたふうに言い放った。
「どうしてもイヤなら捨てていってよ。あんたに嫌われたら、ぼくに価値なんてないんだから……」
な、なんだと!?
「グラッチェでございますうううううううう!!」
カルツェが鼻血噴きながら死んだ!? 雪原に事件性のある血痕が! 名探偵来ちゃう!
どうやら彼女は、ディノソフィアを「一見ヒネてるけど実は滅茶苦茶一途で健気なショタ」役に見立てていたらしい。それを正確に読み取り、撃ち抜きやがった。さすがは悪魔か。
「そのつもりがないなら、早く行こうよ。そんな女ほっといて。……それとも、ぼくと二人じゃ、ヤなの?」
強気なようでいて、語尾の震えにわずかに不安をのぞかせるショタ声を聞き、雪に倒れたカルツェがビクンビクンと痙攣する。
「今日日強力な暗黒騎士姫は貴重なんだから、追撃でダメージを加速させるのはやめろ」
「はっは! 何じゃ何じゃ。これからもっとわしと騎士のいびつで妖しい関係を披露してやろうと思っておったのに、初心な娘じゃのう!」
瞬時に素に戻った悪魔が笑う。
くっ、こいつはヤバイ。地の性格も濃いくせに、キャラをころころ変えられるらしい。
しかも演技が演技と思えないほど自然で、僕は声を聞かされてるだけだったけど、表情や態度まで直視していたカルツェはコロリとやられた。僕も見ていたらまずいことになっていたかもしれない。彼女が早々に倒れてくれて、かえってよかった。
いや、根本的には、何もよくないんだけど。
あるいは、どうでもいいんだけど。
「ところでポニーテルの位置は、気の強さに合わせて高さを変えるとよいと思うのじゃ。気が強いなら高い位置で結び、逆におしとやかだったり気弱なら、低めに結ぶと似合うぞ」
!!? てめえこの悪魔! わかっているのか!?
「ほれ見るがいい、騎士。わしのは低めじゃ。強気なように見えて、実は臆病なんじゃ。わかるかの? んん?」
結んだ髪を箒のようにして僕の顔を払う。
「おまえが気弱は絶対にない。強いて言うならリーンフィリア様に似合う」
「ククッ、よく見ておるではないか。実はわしも、あれを見て気づいたのじゃよ。はははっ!」
「大きなリボンで結んであったら固定化の議論を呼んでいた」
「ヒヒヒ、色は赤じゃな」
「ふん、なかなかグッドチョイスじゃないか」
こうして無駄口を消費しながら、お荷物と化したカルツェに肩を貸しつつ、僕らは森の奥へと進んでいった。
一段窪んだようになっている地形は、弑天が墜落した時の名残なのだろうか。そこも慎重に降り、目的地へ。
「……………」
どこか墓地めいた静謐な空気が流れ、さっきのやり取りが一瞬で消し飛ぶ。
弑天の遺骸はそのままそこに安置されており、アンネの言った通り、細い粉雪に覆われて、何かの霊廟のような小山になっていた。
最後に見たときと同じ。
背中のど真ん中に突き立った槍だけが、雪に隠されずにその身を晒している。
「そうか。竜はここで逝ったか」
ディノソフィアがつぶやき、僕から飛び降りた。
僕からは彼女の狭い背中しか見えなかったけれど、そこに納まりきらないほどの多くを物語っているような気がしたのは、こういった場所だからこその錯覚だろうか。
「あれがオメガの槍か。わしが取ってきてやろう」
そう言うと、身軽に雪山に飛び乗り、あっさりと槍を引き抜く。
相手が息絶えるまで決して抜けない槍。
それが抜けたのなら、やはり弑天は死んでいるのだろう。……当たり前だ。
並みのサベージブラックにはない偉容。それでも、死んでしまえばただの肉の器だ。
なのに。
「能く生きたな」
悪魔は、背に乗ったまま竜の骸に静かに語りかける。
「悔いることも恥ずべきこともなく、一片に至るまで正しく使い尽くした。そんなおまえの末期の言葉は、恐らくこの世界の何よりも重く価値のあるものであったろう。なあ、〈力の天蓋〉」
最後の単語が何を意味するのか、問いただす気も起らなかった。
悪魔は悪魔なりに、この暴虐の竜を悼んでいるのだとわかってしまったから。
弑天の最後の言葉。
あこや。
ただの呼びかけでは、きっと、なかった。
それを理解できない自分が、急に恥ずかしくなった。
「では、戻るのじゃ!」
「あのシリアスさから定位置みたいに肩車に戻られると、何かな……」
「騎士もたまには騎馬の気分を味わうがよい」
そううそぶいて、オメガの槍をバトンのようにクルクル回してみせる。
「危ないな! 刺さったら死ぬまで抜けないんだろ?」
「そういうつもりで使わぬ限りは平気じゃよ――わにゃ」
言ってるそばから手元が狂ったのか、槍はたっぷり溜め込んだ遠心力を解放し、近くの木へと突き刺さった。マジあぶねえな!
「ディノソフィア様はヤンチャ可愛い。わたしが取ってこよう」
血族には決して見せられない溶けた顔で、カルツェがそれを引き抜いてくれた、その時だった。
彼女の手が不意に止まり、目がある一点で固定される。
「……………? カルツェ?」
「し。騎士殿、あれを」
彼女は唇の前に指を一本立て、静かにあごで示した。
入り組んだ木々の奥。不自然に倒れている一本があった。
もし僕一人なら、それを異変とは思えなかっただろう。
しかし狩人の顔に戻ったカルツェは、木立に身を隠しながらそこに接近する。僕もならった。ディノソフィアが乗ったままなのがちょっとあれだけど。
「これは……」
近づいてみると、これまで木に隠されていた森の奥の惨状が露わになった。
何本もの木が薙ぎ倒されている。しかもここだけでなく、さらに前方へと伸びている。
「……………。この方向は、北部民の避難村がある向きだ」
「何だって……」
あの天使たち、雪原だけでなく、森の方まで出ていたのか?
……いや。この森は最近荒らされたものじゃない。もっと前だ。倒れた木にはもうだいぶ雪が積もっている。
「そこを見てみよ」
ディノソフィアが、僕の頭上から指をさす。
何とか立ち残っている木に、擦ったような跡――というより、樹皮を盛大に削り落とされたような傷があった。
ここを破壊した犯人のものか。
イヤな予感に突き動かされ、僕らは北部都市住人の避難村へと急ぐ。
そこで僕たちが見たものは――
原型をとどめずに破壊された、無数の森小屋だった。
テールの長さでも色でも毛筋の形でも印象は変わってしまう。ポニテは広大だわ……。




