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第二百八話 裏切り

 石像になった気分だった。

 自分の体は石のように重く動かず、意識だけが心臓の近くでみみっちく鼓動している。


 片膝をつき、聖剣を支えにどうにか姿勢を保ってはいるものの、軽くつつかれただけで横転――いや、やはり動かないのかもしれない。本当に石像のように。


 僕の正面、少し離れたところに、同じような体勢でしゃがみ込むスケアクロウの姿がある。


 お互い稼働限界。

 決闘と呼ぶには無様すぎる、ただただ互いの思念を削り合うだけの戦いだった。


 でも、それでいい。

 直視することさえかなわない不可解な因縁なんかいらない。己の、実につまらない子供じみた見栄と意地のために、ごくごく個人的に戦いたかった。


 これは、僕の戦いだと、示したかった。

 なぜだかわからないけど、そうしなければ、戦う手が止まってしまう気がしたから。


 今、すべての感情が停止している。

 あの焼けつくようだった憎しみや苛立ちは晴れ渡り、ちっぽけな満足感だけがある。


 風雪が体にまとわりつき、鎧に白い色彩を足していく。

 遠目には、どちらも鎧の中で枯死しているふうにも見えたかもしれない。


「おまえは……」


 緩やかな風が吹く中、少しだけ錆びの落ちた声が聞こえた。


「リーンフィリアを裏切れるか」


 何だと? 突然の質問に戸惑う僕。


「バカ言うな。できるか」

「ならば……彼女は消滅する」

「……!?」


 リーンフィリア様が、消滅する?

 どういう――


 問いかけようとして気づく。スケアクロウがゆっくりと立ち上がっていく。


 やられる……!?


 が、僕の危機感に反して、黒騎士はその場から動かなかった。


 激闘のさなかで感じていた奇妙な一体感が急速に晴れていくことに焦る。こいつは、また立ち去るつもりかもしれない。

 たずねるチャンスは今しかない。


「リーンフィリア様が消えるって、どういうことだ」

「…………。できないことを知ったところで何の意味もない」


 ぽつりと落とされた言葉から計り知れない落胆を感じ取り、僕は思わず口走っていた。


「僕が裏切れば、リーンフィリア様を助けることができるのか?」

「いずれ……悪足掻きだ」


 なぜかその言葉が嘲りではなく、ひどく物悲しく憔悴したように聞こえ、僕の声を大きくさせた。


「おまえの目的は、リーンフィリア様を救うことだったのか!? まさか、そのために帝国を作ったのか!?」


 どうしてそう思ったのかは、自分でもよくわからない。

 ただ知っている事柄を咄嗟につなぎ合わせただけだったのかもしれない。


 それでも、精強なすべての帝国騎士が模倣した重鎧の内側で、スケアクロウの気配が動くのがわかった。そして彼は、僕の問いかけに――


「騎士殿ーっ!」


 突然降ってわいた声に、注意が大きくそらされた。

 粉雪を蹴立てながら雪原を駆けてくるのは、アルルカの操るカイヤだ。

 何かひどく切迫した様子。何があった?


 アルルカは僕らのところにたどり着くなり、満身創痍な鎧と、スケアクロウを見てぎょっとしたようだった。

 しかし、こちらの事情の説明は後回しにした方がよさそうだった。質問が先か、連絡が先かで戸惑う動きを見せる彼女の瞳に、僕は促す言葉を投げかけた。


「アルルカ、こっちのことは後でちゃんと話すよ。何があった?」

「あ、ああ。騎士殿、大変だ。〈雪原の王〉に西部都市の外壁が破壊された。内部に残っていたコキュータルが大量に雪原に出ていってしまった」

「〈雪原の王〉だって!?」


〈ダークグラウンド〉最初期に表れた超巨大ヘラジカ。このタイミングで現れるのかよ!


「それで、街は? みんなは無事なのか?」

「街自体に損害はない。〈雪原の王〉もすぐ姿を消した。ただ、雪原にコキュータルが溢れ返ってる」


 少しだけほっとする。外壁が壊されたのは大変だが、人命に問題はなく、それならばこれは、事故で原油が流出したくらいの内容だ。


 しかし途切れないアルルカの切迫した顔が、瞬間的に、この事態には続きがあることを僕に推察させる。果たして。


「今のところ、脱走したコキュータルは北西の森近辺にたむろっている。アンネの話では、そのあたりに北部都市の住民たちの避難村があるらしい」

「なに……!」

「カンテラも持たずにヤツらと接触したら大参事になる。カルツェだけでなく、モニカたちも総出で掃討に当たっているが、数が違いすぎる」

「アディンたちに頼もう。直接避難村周辺を守らせれば時間は十分稼げる」


 僕の立案に対し、アルルカは「それが……」と唇を噛みしめた。


「天使の軍勢が街に近づいて来てるんだ」

「…………!?」


 今度こそ絶句する。

 天使? まさかオメガか!? こんな最悪のタイミングで猶予期間が終わったっていうのか!?


「そちらには女神様とアンシェルが対応する。天使が何をするかわからないから、迂闊にアディンたちを動かせない」

「ぐ……!」


 確かにアディンたちがいれば、牽制としても十分に機能する。万一戦闘になった場合も含めてだ。しかし、この間の悪さ……!


「とにかくわたしたちはコキュータルを掃討し、避難民を保護する。騎士殿も来てくれ」


 アルルカがカイヤの巨腕を僕に差し出す。乗れと言っているのだろうけど僕は動けず、怪訝そうな顔をする彼女に事情を話した。


「ええ!? もう全然動けないのか!? パスティスだって、騎士殿が来てくれるのを信じてすでに戦っているのに!」

「ご、ごめん。でもきっと、すぐに動けるようになる。つれてってくれ」

「もちろんそうする! いざとなったら弾丸として射出するから大丈夫だ!」


 カイヤの機械腕が僕を掴み上げる。ドワーフヘッドキャノン、まさかまた造ってたのかよお!

 と。


「待て」


 声は、雪原上から聞こえた。

 スケアクロウだ。


「俺も持っていけ。固定砲台くらいにはなる」


 こいつ……手を貸してくれるっていうのか?

 アルルカの問いかける視線が僕を見る。迷っている時間はない。


「アルルカ、あいつも頼む」


 ※


 僕とスケアクロウの戦いがあった雪原は街の南側。北西へ向かうには街の中央を突っ切った方が早い。

 その道中で、僕らは一旦、女神様とアンシェルが待機する地上神殿へと寄ることになった。

 アンシェルから羽飾りの通信が入ったからだ。


 天使の軍勢が、もう間近まで迫っているらしい。

 いつになく緊迫した声だったのは、やはり相手がオメガだからなのか。


「遅いわよ。どこで何やってたの。通信も繋がらないし!」


 カイヤから降ろされた僕は、神殿前で待ち構えていたアンシェルに早速怒鳴られた。

 通信が繋がらないのはよくわからないけど、戦闘に夢中で気づかなかったか、あるいは第二のルーンバーストEXの影響かもしれない。


「もうじき天使の部隊がやってくるわ。あんたも女神様のそばにいなさい。……んで、そっちのソレは誰よ」


 アンシェルが、なぜか僕と一緒に降ろされたスケアクロウをあごで示しながら問う。

 詳しいことを話すとさらに状況が混乱しそうだったので、簡単な説明だけした。

 案の定、アンシェルはさらに目を吊り上げ、


「疲れ切ってもう動けない!? あんた石ころよりヴァカなの!? この大事な時に何勝手にズタボロになってんのよ! あんたの戦力は全部女神様のためのものなのよ!」

「ごめんなしあ」

「すまない」


 ……………………。

 ………………。

 ……ん?


 おい、今謝ったの二人いたよな?


 アンシェルも何か聞こえたようで、戸惑い気味に帝国黒騎士を見つめている。

 やっぱりこいつが謝ったのか?


 スケアクロウは無言。何の発言もしていないようですらある。


 ……気のせいならいいんだが、なんか、反射的についうっかり謝っちゃって、慌てて黙ってしらを切ろうとしているようにも見える。いや、そういうヤツじゃ……ない……とは……思うんだけど。


「と、とにかく、天使たちはここを目指して飛んできてるわ。中庭で待つわよ」


 アルルカに持ち上げられ再び移動。リーンフィリア様もそれに合わせて、集まっていた街の住人たちを解散させる。

 女神様の顔も緊張していた。


 だがそれ以上に表情を凍てつかせているのがアンシェルだ。

 前回の遭遇で、オメガとは何らかの取引をしたような形になっていたし……。大丈夫かな。


「アンシェル、ディノソフィアは?」


 気を紛らわせるように聞く。


「悪魔なら地下室に閉じ込めたわ。今鉢合わせたらそれこそ地獄よ。まあ、その気になれば簡単に出てくるでしょうけど……」


 出てこないということは、こちらの意図を汲んでいるということか。何を考えているかは不明だけど、今、立場を悪くするつもりはないらしい。


「騎士」


 今度は彼女から口を開いてきた。


「何?」

「……女神様を裏切るんじゃないわよ」


 ……!


 答えるべき声が舌を素通りした。

 以前同じことを言われた時は、さも当然のように当たり前だと言い切れたけれど。


 ――リーンフィリア様を裏切らなければ、彼女は消滅する。


 ついさっき聞いたばかりのスケアクロウの言葉が、気味が悪いくらいアンシェルの発言と正対し、僕を動揺させた。

 それでも即答すべきだったのだ。スケアクロウの言葉より、アンシェルの言葉を信じるべきだった。それができず、僕は卑怯にもこう言う。


「君もね」

「……そうね」


 アンシェルも、なぜか即答してこなかった。


 中庭で待つ時間はほとんどなかった。

 僕らが到着してからすぐに、一人目の天使が地上に降り立った。

 幼い中性的な美顔。体格といい服装と言い、アンシェルとほぼ同じ。天使に間違いない。


 だが……!


 二人、三人と降下してくる天使たちが、みな同様に、小さすぎる体に抱きしめるように抱えたものを見て、僕は言葉を失う。


 アンサラー……!!

 全員がアンサラーを携行している!


 アンサラーは天使の突撃隊だけが持つことを許される聖銃。

 さらに非物質状態で持ち運べるアンサラーを手に持っているということは、それすなわち臨戦態勢を意味する。


 オメガ率いる突撃隊の一番隊は、最精鋭だと聞く。

 見れば、天使たちはみなどこか不敵な笑みを浮かべていた。


 まさか、リーンフィリア様を強制的に連れ帰るつもりか……!?

 いや、それだけならまだマシかもしれない。最悪、反逆か何かでこの場で……。


 そんなこと絶対にさせない。

 たとえ満身創痍で、ろくに体が動かなくとも、弾除けくらいは果たしてみせる。

 これはマジで……女神の騎士の死に場所かもしれない。


 整列すらぞんざいな武装幼女たちの壁の奥から、場違いに陽気な声が聞こえたのはその時だった。


「おーっ、また会ったな兄弟!」

「あーっ、ばかだー。えへへ、ばかだー。元気ー?」


 えッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!????

 こ、この声ってまさか……?


殴り合いの後で共闘するのは男の子なら当然だよなあ?

そしてやってきた謎の天使。一体何DLCなんだ……。

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