第百五十五話 アシャリス
「パスティス!」
「うんっ……!」
僕とパスティスは呼び声一つでうなずき合うと、風のように巨大イナゴに迫った。
頭部直前で左右に分かれ、それぞれが両脇を駆け抜ける。イナゴの尻まで抜けきったところで両者の軌道をクロスするように入れ替え、二人同時に振り返った。
ゴオン、という金属音で空気を揺らしながら、すべての脚を切り落とされたイナゴが地面に横倒しになる。
素晴らしい連携だ素晴らしい!
さすがにこれで行動不能になっただろう――え!?
ヒイイイイイイイイ!
しかし、イナゴは悲鳴を上げながら、胴体の金属筋肉を収縮させ、打ち上げられた魚のように跳ね回った。そして、なおもドワーフに食いつこうとする。
「何だこいつ……!」
さすがのドワーフたちも、その執念深さに気圧されたのか、一斉に距離を取った。
「ブラストボビンを使う! みんな離れろ!」
アルルカが三機のブラストボビンを射出し、イナゴを完全に爆散させた。
原型をとどめないただの鉄くずになって、巨大イナゴはようやく動かなくなった。
「アノイグナイトを破壊されても、手足をもがれてもまだ動く。何だこのしぶとさは。もう少し離れろ。大勢に狙われたら厄介だぞ」
ドルドがそう指示を出し、誰からも異論は出なかった。
――ワアアア……!
――ウワアアアアアア……!
本来の敵である僕らを欠いたまま、イナゴたちはひらすら狂乱の共食いを続けた。
自然界を支配するルールが弱肉強食だとしても、ここまで無差別で無慈悲ではないだろう。永遠に飢え続ける獣のように、互いの肉を奪い合う。地獄と言う他なかった。
《死の羽音が〈大流砂〉の空を覆う。アバドーンが解き放った決戦の軍勢は、赤みがかった大気を押しのけ、雲の一つになりつつあった。これを倒しきらなければ、ドワーフの町は滅びる。わたしとリックルはそのただ中に突入し――わたしの戦いもこれまでか……》
おい、モノローグの最中に主人公がやられたぞ!?
どんだけ殺意に満ち満ちたステージなんだよ!
いや……こんなくだらないツッコミは不要だ。見ればわかる。〈ブラッディヤード〉の最終局面には、恐ろしく高難易度のステージが用意されていた。
たとえリックルが無敵でも――女神の騎士は違う。一呑みだ。
時折、騒乱からはぐれた個体が、僕らを見つけて襲いかかってくることがあった。
全員で動きを封じ、アシャリスの大火力で仕留める。アシャリス抜きでは、巨大な鉄塊を手作業で解体するような難事が待っていた。アルルカがいて本当によかった。
それでも――共食いは終わらない。
ついに、日が傾き始めた。すでに勃発から半日は経過している。
アシャリスのコンテナはとっくに空っぽで、僕らははぐれイナゴを、危惧したとおりに手持ちの武器で粉砕しなければいけなかった。
しかし、巨大イナゴも数を大きく減らしていた。
ようやく終わりが見えてきた。疲労の色が濃い中、みなが安堵の目配せをした、そのとき。
ブウン、という風を掻き分けるような音が聞こえ、一匹の巨大イナゴが浮き上がった。
「!!」
これまで、仲間を探して食らいつく行動しかしてこなかったイナゴの新たな行動に、僕らは愕然とした。
その一匹は、地面から飛び上がった一匹に噛みつかれ、地上に引きずり降ろされたものの、こちらの脳裏に強力な危機感を植えつけていった。
「こいつら……共食いをやめようとしている……?」
つぶやいた僕に、全員の視線が集中する。
理由はわからない。しかし巨大イナゴたちの共食いは、明らかに頻度を落としていた。数が減ったからという理由だけではなく、お互いを襲わない個体が現れ始めていた。
さっきの飛翔を阻止したイナゴは、他のイナゴたちに群がられ、人の悲鳴を上げながら食われていく。しかしそれが済むと、残った蟲たちは、まるで何かを話し合うように顔を突き合わせたまま動かなくなる。
何かグループがあるのか? あの発狂状態でも仲間を認識しあえる個体が、生き残った……?
瞬間、主人公のさっきのモノローグが、斬光のように意識を駆け抜けた。
――死の羽音が〈大流砂〉の空を覆う。
――これを倒しきらなければ、ドワーフの町は滅びる。
「まずい、ドルド! あいつらは町を狙うつもりだ!」
「くそったれ! やっぱりそうか!」
彼にもその危機感はあったようだ。
共食いが終われば、正しい敵を襲い始めるのは必定。次のターゲットはドワーフの町だ。
「行こう、父さん! ヤツらは残り少ない。ここで全滅させなければ!」
「ようし、行くぞおまえら!」
ドルドの気勢に応じ、ドワーフたちが残りの巨大イナゴに突撃する。
僕とパスティスもそれに加わった。
ウワアアアア!!
それに気づいた一体が、顔を歪めて悲鳴を上げる。
聞きつけた仲間たちは一斉に、羽を広げて飛び上がった。
驚いて逃げたように見えたのはその瞬間だけで、嘆きの表情を浮かべたイナゴたちは、重苦しい羽音をまき散らしながらわずかの間空中を飛び交い、僕らに向かって斜めに突っ込んできた。
「食われるんじゃねえぞ! 助けてる暇はねえ!」
「羽を狙え! ヤツらを町に向かわせるな!」
こちらの狙いは的確で、実行するドワーフたちの攻撃も正確だった。
が、この蟲たちは、今までの個体よりもはるかに俊敏で強靭だった。だからこそあの地獄の共食いを生き残ったのかもしれない。
「クソッ!!」
アンサラーを必死に打ち込んでも、強化ガラスを思わせる翅に簡単に弾き散らされる。やはり竜ステージでは火力が足りない!
頼みのアシャリスも、残っているのはドワーフヘッドキャノンのみ。しかも今は、ドワーフを弾丸にしている余裕はない。殴打には向かない長砲を振り回して威嚇するのが精いっぱいだ。
「ドルド、このまま戦っても倒しきれねえ。一旦退いて、戦闘街で迎え撃った方がいいんじゃねえか!?」
戦士の一人が叫ぶ。
「そうだな……!」
棍棒を振るいながら、ドルドはうなった。
町を盾に時間を稼ぐ戦法は今までもやっている。
アシャリスの補給をして、超兵器を総動員すれば、あるいは。
「ダメだ!!」
そう叫んだのはアルルカだった。
彼女は必死の形相で言った。
「ヤツらは空を飛べる。準備をしている間に町中に広がれば、手が付けられなくなる!」
僕らはぞっとした顔を向け合った。
確かに、フォーソードのときとは話が違う。イナゴが分散すれば脅威も小さくなるけど、対処までの時間もかかる。それでも今よりは、という僕の反対意見は、続くアルルカの言葉に完全に飲み込まされた。
「それに、見ていて気づいたんだ。ヤツらは、弱そうな者や、弱っている者を集中攻撃する傾向がある。町に降りたら、戦士よりも女や子供を狙う……!」
「!!」
戦闘街には地下壕が設けられている。しかし、この巨大イナゴたちの執拗さを考えると、地面をほじくり返して、避難した人々を襲う可能性も否めない。いや……むしろそうする可能性の方が高い。
「ここで仕留めるんだ。一匹たりとも逃がすわけにはいかない!」
「よくそこまで見たぜ! アルルカの言う通りだ。無茶でもなんでもやるしかねえ!」
「くそったれ! わかったあ!」
方針が決まった直後、一匹のイナゴがドルドたちめがけて急降下してきた。
「ぬあああ!」
衝撃でドルドたちが吹っ飛ばされ、丸腰のアシャリスが残される。
「アルルカ、逃げろ!」
僕はアンサラーを撃ちながら駆け寄るけど、イナゴは見向きもしない。こいつ、アシャリスに攻撃能力が残っていないことに気づいてる!?
弱い者を狙う――正に、アルルカの言った通り!
「わたし、が……!」
パスティスが走り込んだ。よし、彼女なら間に合う!
ヒイイアアアアアア!!
パスティスの俊敏な黒い影が、突然降ってきた別のイナゴに道を塞がれ、衝突の勢いで弾き飛ばされた。
こ、このタイミングでッ……!!
最悪の連携だった。
降ってきたイナゴが邪魔でアルルカが見えない。
ワアアアアアアアアアア!
イナゴが叫ぶ。
それは、我を忘れて相手を滅多刺しにする人間の声に聞こえた。
「アルルカああ!!」
僕は叫ぶ――
ドンッ!
「え――?」
瞬間、イナゴが跳んだ。
いや――
吹っ飛ばされた。垂直に。そして落ちた。
音だけで全身が複雑骨折しそうな大轟が鳴り響く中、僕は道をふさいでいたイナゴの上に飛び乗り、何が起きたかを確かめようとした。
「アルルカ……?」
そこには、ドワーフヘッドキャノンを振り上げるアシャリスの姿があった。
……? 何か、形が違うような……?
咄嗟にそう感じた僕の視界の中、アシャリスは真っ直ぐに腕を突き出し、まるで正拳突きでもするみたいに、墜落したイナゴを殴りつけた。
ドワーフヘッドキャノンの砲身は、衝撃で折れ曲がることなく、イナゴの体内に潜り込む。
直後、ガスが噴き出るような音がして、長大な砲身から赤い粒子が噴き出した。
ドンというくぐもった発破音が立て続けに数発聞こえ、最後の一発はイナゴの腹部を弾け散らすと同時に、赤い光の粒を世界に放った。
何だあの攻撃法は……!?
アルルカは何をしている!?
腹部を抉られ、動きが鈍ったイナゴの頭部を踏みつけると、アシャリスは腕を向けて、そこも念入りに消し飛ばした。
右腕の砲身はいつの間にか短くなり、その先端には、スピアのような巨大な突起が三つついていた。しかもその中央に、赤い破壊光を撃ちだす砲口があるようだった。
腕が、変形してる……?
「アルルカ、それはアシャリスの秘密兵器か!?」
僕が声を上げると、アシャリスのコンテナ下部に、目を見開いて凍りつくアルルカの顔があった。
表情がすべてを物語っている。
「こんなの、知らない」
一体を処理すると、アシャリスは次の個体に躍りかかった。
これまでにない滑らかな動作で跳躍し、速度と重量をすべて加算した右腕をイナゴの頭頂部に叩き込む。
胴体が縦に立ち上がるほど深く地面にめり込んだイナゴに向けて、再びあの赤い光を発射。頭部を完全に砕かれて、イナゴの手足が狂ったようにばたつくも、続けて撃ちこまれた光弾によってただの鉄片に戻されていく。
「いいぞ、アルルカ!」
その荒々しい動きを見たドワーフの誰かが叫ぶ。しかし、
「違う……アシャリスが……勝手に……」
機体外にせり出たアルルカの顔が、躍動するアシャリスの動きの中で何とかそう訴えるのを、僕は聞いた。
アシャリスが勝手に動いてるのか……!?
それにあの赤い光は……アノイグナイトの……悪魔の兵器の輝きにそっくりだ……!
アシャリスの猛攻はとどまるところを知らなかった。
右腕だけでなく、左腕もスパイクとキャノンに変形させ、次から次へとイナゴを解体していく。
悪戦苦闘していたドワーフたちからは歓声が上がったけど……その挙動はどんどん激しくなり、アシャリス自身からも火花と鉄の破片を飛び散らせ始めていた。
まるで怒りに我を忘れた獣のようだ。
「うわあっ!」
とうとう、アルルカが後部ハッチから投げ出された。
「アルルカ!」
僕は滑り込んで、ぎりぎりのところで彼女を受け止める。
「アルルカ、何が起こってる!?」
しがみついてくるアルルカに問いかける。
「わ、わからない。アシャリスが、わたしのアシャリスが、勝手に、動いて……。武器も……作り出した……」
武器を自分で作り出した!?
驚愕する僕の視界の端を、赤い光が横切った。
後部ハッチが開きっぱなしの、アシャリスのコックピットだ。
内部は真っ赤な光に満たされ、機体が動くたび、絵筆に引かれたように、その色彩が黒い世界を色づける。
アノイグナイトの激しい光は、イグナイトの輝きを完全に呑み込んでいた。
悪魔の兵器になったのか……!?
僕が慄然とそう感じたとき。
アルルカのケープの内側から、青い光が、淡く弾けた。
「オカアサン……」
声は、そこから聞こえた。
超兵器最終段階。




