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第百四十話 幼い夢

 アルルカの姿はすでに通りにはなかった。

 旧市街は土地の狭さから家屋が密集しており、その隙間を縫うように敷かれた細い道は、角を一つ曲がっただけで追跡を困難にする。


 僕は当てずっぽうで彼女の自宅の方へ向かった。

 もしかすると、これまでの研究資料を破棄するのでは……という危惧があったのだ。

 そんなこと、させるわけにはいかない。


「あっ、騎士殿、騎士殿」


 そんな僕を、家の前で呼び止める声があった。


 ダンダーナ・ドワフス。まだ僕らがこの土地に来たばかりのとき、最初に声をかけてきた女性だ。ドワーフの女は成人してもムキムキマッチョにはならないと教えてくれた重要人物でもある。

 彼女はドルドの家の隣に住んでいて、付き合いも長い。


「ダンダーナ。アルルカを見なかった?」


 僕からたずねると、彼女はにっこり笑ってうなずいた。


「ちょうどそのことで話があったんだよ。あの子はうちの二階にいるよ。さっき泣きながら走ってきて、いきなり昔みたいに部屋を使わせてくれって」

「昔? 部屋を使う?」


 たずねると、ダンダーナはあごをしゃくるように外から二階を見上げ、


「うちは昔からドルド親方のお隣さんだからね。親方が仕事で留守にするとき、アルルカを預かってたんだ。その時使ってた空き部屋があるんだよ。大きくなってからはうちに来ることはほとんどなかったんだけど……あの子は一体どうしたんだい?」


 僕は事情を説明した。

 ドルドの引退を知ってダンダーナはひどく驚いた様子だったけど、その後のアルルカの対応を聞く中では、何かが腑に落ちたみたいに何度もうなずいていた。


「少しいいかい。騎士殿」

「うん」


 早急にアルルカと話をしなければいけない。けれど、昔からアルルカを知る彼女の話は聞いておくべきだった。


「アルルカの母親は、あの子を産んですぐに死んだんだ。だからあの子は、ずっとドルド親方と二人暮らしだった」


 アルルカにアルルカの名前を付けた、彼女の母親。すでに亡くなっているという話はたびたび聞いている。それ自体は、アルルカにとっても実感のわかない昔話でしかないようで、特に禁句というわけでもない。しかし。


「親方は毎日工房に出かけなきゃならない。でもアルルカはつれていけない。アルルカは鍛冶職人じゃないし、子供だったからね。あの子は毎朝泣いていたよ。お父さん行かないでって」

「アルルカが……。いや、無理もないか」

「そうだね。小さい女の子が家にたった一人なんて、そりゃ心細いよ。それにアルルカは父親が大好きだったからね」


 今のツンツンした様子からはあまり想像できないけど、昔は父親にべったりだったわけだ。


「あの子の昔の夢は、鍛冶屋になることだったんだ」

「えっ」


 それは初耳だった。どちらかというと、アルルカはドルドからの鍛冶仕事の誘いを断っていたように見えたからだ。


「鍛冶屋になって、お父さんの隣で仕事をするのが彼女の夢だったんだ。そうすれば、朝、一人ぼっちにならずに済むからね」

「それが今はどうして?」

「いくらか大人になったんだろうさ。そんな時、あの青い石を見つけて、これが自分の本当にやりたいことだと気づいたんだろうね」


 おかしなことでも、不誠実なことでもない。

 夢は成長と共に変わる。

 僕の子供の頃の夢は、坊さんになって毎日寿司を食うことだった。今はそんなことない。


「でもね。あの子の夢は変わってない」

「え」

「あの子は今でも、父親の隣で仕事がしたいのさ。ただ、わかってきちまったんだろう。職人としての父親のでっかさが。アルルカは青い石を熱心に研究してたけど、ドルド親方の積み上げてきたものに比べたら、朝に見つけて昼にはなくなってる砂の小山みたいなもんだ」


 それがわかってしまったから、今度は彼女の方がドルドに歩み寄れなくなってしまったのか。一緒に仕事をするって夢は、すぐ手を伸ばせば届くところにあったのに、意地を張ってしまったのか。


 それをバカだなと言うか? いいや。わかるだろ、僕なら。


 行動はやがて心になる。

 僕は自分の意見を隠し続けた結果、自分の価値観そのものを失った。

 アルルカもきっと、最初は単なる遠慮だったんだ。イグナイトの研究が成功したら、その成果を引き下げてドルドの隣に飛び込んでいくつもりだった。


 でも、本人の予想以上に芽が出なかった。そうしているうちに、アルルカのドルドに対する反発は、心にまで移っていってしまったんだ。


 それでも、まだ彼女は最初の心を完全には失っていなかった。

 そして、今、ようやく。

 アルルカはイグナイト――超兵器の成果を積み上げて、職人として認められた。


 今こそ、ドルドと一緒に仕事ができる時期だったんだ。

 ドルドは最適な武器作りを。アルルカは超兵器を。

 父娘で、自分の成果を同じ場所に並べられる時が来たんだ。


 でも、それは世代交代を引き起こしてしまった。

 偉大なことだろう。普通の人には決してできない。

 けれどそれをアルルカが喜ぶわけがない。望むわけがない。


 そういうこと、だったんだ。

 だからあんなに……。


 アルルカ・アマンカ。

 アルルカ・アマンカ。

 君たちは、どちらもままならない生き方をするんだね。


 僕は君を救えなかった。だから僕は君を助ける。助けたい。


 行こう、ツジクロー。

 アルルカ・アマンカを助けられなかった、すべての女神の騎士たちの気持ちを背負って。

 今度こそ、離れるな。


 ※


「アルルカ、入るよ」


 普段は空き部屋となっているらしい生活感のない一室で、唯一置かれたテーブルに突っ伏し、アルルカは泣いていた。


 僕に気づき、腕に埋めた顔を少しだけ持ち上げた彼女の瞳はぐしゃぐしゃに濡れていて、落ち着いてさえいれば怜悧に映る面影は微塵も残ってはいない。

 まるでこの数分間で、一気にやつれたような印象さえあった。


「騎……士……殿……」


 アルルカはまるで死人みたいな足取りで近づくと、すがるようにしがみついてきた。


「こんなこと望んでなかった。わたしは、こんなことがしたかったんじゃないんだ。わたしは、わたしは……」

「うん。わかってる。ダンダーナから聞いた。わかってるよ」


 ともすれば、そのまま砂のように崩れ落ちていきそうなアルルカの体を支えながら、しっかり伝える。


「僕は君の味方だ。どんな状況であれ、君の味方でいる。君のそばで支える」

「騎士殿、だったら言ってくれ。わたしはどうすればいい? 騎士殿が来てから、すべてうまくいくようになった。超兵器もちゃんと動くようになった。だから教えてくれ。どうすればいいんだ? わたしは何でも言うとおりにするから……」


 絶望を絞り尽くしたような彼女の言葉だった。

 これまで無我夢中で積み上げてきたものが、すべて間違いだったと知らされたら。

 すべて、望むものと反対のものを引き出すと気づかされたら。

 そうなる。

 誰でも。


 僕はアルルカを強く抱きしめた。


「アルルカ、よく聞くんだ。僕は、君の成功を導いたわけじゃない。ただ君と一緒にいただけだ。君の成功は、君が重ねてきたものが、ようやくそこに到達したからなんだよ。僕じゃない。君だ。君の力だ」


 嗚咽はやまない。僕は語りかけ続ける。


「君は頑張ったんだ。本当に頑張ったんだ。よく、自分を信じ抜いた。よく、自分を守り抜いた。できるかどうかわからないことを、決して投げ出さなかった。僕は、そういう人を心から尊敬する。僕にはできなかったことだから」


 鎧の中で唯一柔らかい手のひらで、彼女の背中を何度もさする。

 落ち着くように。彼女の心が少しでも時間を得られるように。


「この話をするのは君が初めてになる。僕はほんの少し前まで、戦いから逃げ回っていた。傷つくことを、傷つけられることを恐れて、逃げばかり選んでいた」

「騎士殿……が?」


 アルルカからしゃがれ声の返事があった。


「そう。怖いことから逃げ回って、そうして、自分が何をしたいのか、どういうものなのかもわからなくなったくらいだ」

「うそ、だ。騎士殿は、いつもはっきりしていて……勇敢に戦っていた」

「今はそうありたいと願っているからだよ。なくしたものを取り戻そうと必死になってる。なくすのは気づかないくらい簡単だったのに、その逆はさっぱりだ」

「なくしたもの……」


 アルルカは小さく繰り返した。


「わたしは、なくしてしまいたい……。超兵器なんて作らなければよかった。もう作らない。作れない……!」

「そうじゃないアルルカ。そうじゃない。君はそれをなくしちゃいけない。僕の知ってることを伝えるよ。戦いを避けることと、戦いから逃げることは違うんだ。誰かと、何かとの衝突を避けるのは賢いやり方だ。でも逃げるのは――逃げたら、ずっと逃げ続けなければいけなくなる。どんどん遠ざかる。自分から、自分を遠ざけてしまう。それでは何にもならないんだ。ただ空っぽになるだけだ」

「でも……!」


「確かに、超兵器はドルドのあり方と異なる。結果として彼は引退の道を選んだ。彼にとって、これはある種の戦いだったはずだ。そして彼は正しいと思った方を、自力で選び取った。それは勝利なんだ。身を引くことは敗北じゃない。困難の中で、自分のしたいことをきちんと選べることが勝利なんだ。なのにアルルカ、君は――」


 胸の痛みに負けないよう腕と声に力を込めて、告げる。


「君は逃げようとしている。僕と同じく。それでは何も見つからない。それではいずれ、今の気持ちを、苦しみを、ヘラヘラ笑って人に話すようになってしまう! きちんと向き合って、戦って、答えを見つけよう。ドルドを引き留めるんだろう? 彼の思想との戦いを避ける方法を探すんだ。正面衝突さえ避ければ、何かあるはずだ。繋ぎ止める部分が……! だから逃げるな。相手を受け止めて、理解して、その上でこちらからも伝えるんだ」

「理解して……伝える……」


 彼女は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「どうやって? どう伝えれば?」

「超兵器だ。ドルドはそれを見て引退を決意した。だからドルドに見せるのは、超兵器しかない」

「超兵器で、答えを……」


 アルルカに自身の声が戻ってきたことを察し、僕は腕に込めた力を緩めた。彼女は僕を少しだけ押し出すように手を添えて離れると、まだ泣きっ面の残る顔に、わずかな力を込めて言った。


「その答え、騎士殿も一緒に探してくれるか?」

「もちろんだ。早速始めよう」


 でもその前に。


「一旦気持ちをリセットしよう。以前、エルフの里から特別なお茶をもらったんだ。量が少ないから一杯分にしかならないけど、特別な時に飲むように言われた。正念場にはちょうどいいよね」

「ああ。エルフの里のお茶は、大好きだ」


 ダンダーナに頼んでお湯を沸かしてもらい、僕はその間に茶葉を用意した。

 温かい飲み物は気持ちを落ち着かせるのにちょうどいい。これから難題と向き合ってもらうためにも、エルフの甘いお茶は頭の働きに最適なはずだ。

 まあ僕は飲めないんだけどね。


「いい匂い……」


 ダンダーナ自慢のティーカップに注がれた琥珀色のお茶は、花びらのように広がったカップの縁から、かぐわしい香りを部屋中に染み込ませた。


「さあ、どうぞ」


 時間をかけてこれを飲んで、そして完全に気持ちを入れ直そう。

 考える上で一番大事なのは、本気になることだ。心からそうしたいと思うことだ。その貪欲さが、小さな変化を見つけて兆しにし、奇跡までたどり着く。はずだ。


「いただきます」


 アルルカはそれを味わうように一口含み――


 そのままグビグビと一気飲みした!


 えっ、もうちょっと味わって飲んでほしいんだけど。

 落ち着くための時か――


「にゃごららぺむきっぽじょべらくわせふじこ!」


 ヘアッ!?


「アルルカ、どうしたの!?」


 ぐるぐる目になって突然奇声を上げ始めた彼女に、僕は激しく狼狽した。


「やってしまったね、騎士殿」


 背後から声がした。振り向けば、腕を組みながら戸口に寄りかかる魔女マルネリアの姿。


「いつからそこにいた!?」

「実は、最初からこそこそ見ていたり。アルルカのことは同じ研究者として気になっていたからねー」


 なら助けろよ!?


「アルルカはどうしちゃったんだ? まさかというか他に思いつかないけど、このお茶のせいか!?」

「そうだよ」


 マルネリアは即答してきた。


「エルフのお茶にはある成分が入ってるんだ。騎士殿が飲ませたお茶は絶紅茶と言って、その成分が一際多い、特別なものなんだよ」

「アワビノロースデッテユー!」

「その成分とは!?」


 アルルカの意味不明な言語にかき消されないよう、大声でたずねる。


「ボクらはそれをガンギマリンと呼んでいる」

「シテンヲイタニツルシテギリギリフトルカレーセットファー!!」

「もういいどんな成分なのか聞いた瞬間わかった!」


「メケーモ!!」


 どがしゃあ、とアルルカが木扉の窓を突き破って、そのまま隣にある自宅の窓へと飛び込んで行った。暗殺者かあいつ!? なんて動きだ!


「アルルカ! 想像以上にやばい! 僕はなんてことをしたんだ!」

「待って騎士殿!」


 追いかけようとした僕を、マルネリアが止めた。


「あれでいいんだよ。騎士殿は正しいことをしたんだ」

「正しさの概念をここで壊すつもりか!?」

「違うんだ。絶紅茶は、神霊的高揚を呼び込む時に飲むものなんだ」


 なんかマルネリアが言うといかがわしく感じるのは僕が悪いのか?


「アルルカは慣れてないからちょっとハイになりすぎてるけど、すぐに落ち着く。そうしてからが、あのお茶の本番。あれを飲んだ人は、意識を深く深く、自分の中に潜らせていくことになる」

「眠るってこと?」

「いや、深く考え込むってこと。自分の内面を見つめながらね。これって、何かに似てると思わない?」

「わかりません先生」

「もー。ちょっとは考えてよ。焦らなくとも、さっきの説得で騎士殿は十分役目を果たしたんだからさ。け、けっこーカッコよくさ……」


 何やら顔を赤らめながらマルネリアはコホンとせきを一つ挟み、


「メディタチオだよ」

「メディタチオ……。瞑想……か!」


 ドワーフが仕事の前に行う精神統一の儀式。

 メディタチオに入ったリーンフィリア様は、砂漠を整地する〈豊穣なるタイラニー〉を会得したのだ。

 ということは……!?


「今回のことでアルルカはひどく傷ついたよね。これは比喩表現に過ぎないけど、深い傷っていうのは、心の奥底まで一気に突き抜けるものなんだ。だから今、逆にチャンスなのさ。彼女には、傷の穴から、剥き出しの自分の感情が見えてる。精神統一の神髄は、己を見つめ、己を定めること。本当の自分の胸倉をつかみ上げて、どうするか問いただすこと。今ならそれができるんだ」

「そういうものなの?」


 僕は理解できずに情けない質問をする。

 マルネリアは微笑を浮かべてうなずくと、僕の手を取った。


「さあ、待とう。アルルカの出した答えは、彼女が心の奥底から納得して出したものになる。それを受け入れてあげるのが、ボクの、そして、騎士殿の役目だよ?」

 

アルルカ最終試練。

やっぱり最後までシリアスは無理だったよ。


※お知らせ

お話の途中ですが、次回投稿は2週間後の2/23を予定しています。

投稿日が多少前後するかもしれませんが、投稿した際は活動報告かツイッターで連絡しますので、そちらをご確認ください。

ぜひ、また見に来てね!

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[一言] 主人公っぽいところ久しぶりに見た……
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