第百十二話 アタック&ビルド
何かが始まる前の、緊張と期待が飽和状態になった空気が、ドワーフ洞窟の入り口を埋めていた。
集まっているのは、洞窟の全住民。
性別、年齢、種族、すべて不問。
雷管がスタートを知らせれば、すべての人々がゴールに向けて突っ走る。
誰もがその始まりの合図を待っている。他にできることもない、ある意味で煩わしい時間。
しかし、やるべきことが全部定まっている彼らに対し、僕らは最後の微調整に忙しかった。
使用するルートの最終安全確認、もしもの時の人員再配置の手はず、撤退時のことも含めて――
「騎士様、アディンたち、は?」
アルフレッドと計画書を見つめていた僕に、パスティスが声をかけてきた。
「アディンたちか……」
忘れていたわけじゃない。ただ、今回、竜たちにはとある懸念があって計画に組み込んでいなかったんだ。けれど万全を期すためにも、やはり手を借りるべきか。
「ドルドたちは砂漠に出てレイアウト用の線の再確認をしておいてくれ」
ドワーフたちに指示を飛ばしつつ、僕も洞窟を出る。
これまでの経験から、砂漠でのタワーディフェンスが始まるのは、実際に建築を始めてからだと判明している。それ以外なら、外で踊りを踊ろうが、歌を歌おうが、整地をしようが、ヤツらは現れない。
アンシェルに頼んで、天界にいるアディンたちを呼び寄せる。
――ゴアアアアアアアアアア!
赤錆びた色の空から舞い降りた黒影は、翼を大きく広げて禍々しく吠えると、
――ギュー……クルルルル……。
と情けなく鳴いて、ざぶざぶと海に入っていってしまった。
「暑いんだろうね」
「暑いんだ、ね……」
僕とパスティスの意見は見事に合致した。同時に、懸念が実体化した瞬間でもあった。
「勘弁してやりなさいよ。そいつら全身真っ黒なのよ」
三匹揃ってプカーと浮かぶ竜たちを、珍しくアンシェルが気遣う。
成竜ならわからないが、アディンたちはまだ若い個体だ。外圧に対して完璧な防御力を持っているとは言いがたい。
この砂漠での竜たちは、虫眼鏡で集めた光に炙られる黒い色紙と同じ。さすがのサベージブラックでも暑さはこたえるのだろう。
「みんな、騎士様のために、ちょっとだけ頑張って……」
パスティスが海に入って連れ戻そうとすると、竜たちは「キュー、キュー」と悲しそうに鳴きながら散り散りに逃げていく。
注射を察したワンコかな?
「き、騎士様、ごめん、なさい」
パスティスが申し訳なさそうに、上目遣いに謝ってくる。
いや、でも、待てよ。
「大丈夫だパスティス。アディンたちはここで待機でいい。僕に考えがある」
この場における竜たちの正しい運用法がわかった。
ドワーフたちも砂漠から戻ってきた。ちょうどいいタイミングだった。
※
「作戦の概要を説明する」
僕は、ドワーフ洞窟の入り口に集まった面々に声を張り上げた。
「第一班――非戦闘員は、洞窟から資材置き場まで石材ブロックの運搬。第二班は資材置き場から現場までひたすら往復。第三班は現場でクラフトに専念する」
正式なブリーフィングはもう済ませてある。ここでしているのは最終確認。目をぎらつかせたドワーフたちは、無言のまま一斉にうなずいた。
「防衛戦が始まってからも迎撃は超兵器に任せる。外壁のクラフトが最優先だ」
今度使うのはあのテントじゃない。頑丈な石ブロックだ。中型ゴーレムはともかく、イナゴたちにあれを即座に破壊する力はないはずだ。
ヤツらの到来前にいかに砦を築けるか。その勝負。
いよいよ作戦決行の時が来た。
「ここからはスピード勝負になる。みんな、準備はいいか!」
『タイラーニア! タイラーニアーレ!』
洞窟の通路を埋め尽くしたドワーフたちが、石材ブロックを持ち上げて応える。
士気は、はち切れそうなほどマックス。
今ならどんな困難とも戦える。
僕も石ブロックを一つ抱え、大声で号令を放った。
「作戦開始!」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
開幕直後のコミケ会場の勢い、もしくは、西宮神社の福男選びの勢いで、僕らとドワーフたちが洞窟から駆け出た。
一行は石ブロックを抱えたまま海岸線に沿って突っ走り、砂漠への華麗なコーナーリングを決める。
ここ、悪魔の兵器との接触がない砂漠の入り口が、資材置き場となる。
持っていた石ブロックを置いた女性や若い男性ドワーフが、すぐに洞窟へと引き返していく。非戦闘員である彼らの役目は、洞窟とこことをひたすら往復することにある。
二班と三班はそのまま砂漠へと突入。
砂漠では、外壁の建造予定地にドワーフたちが数名待機していた。先行していたクラフト班の面々だ。
「おお! こっちだこっち!」
第二班は彼らの元に石材を届けると、すぐさま資材置き場に取って返す。
「急げ! どんどん持ってこい!」
クラフト班――第三班のドワーフたちが怒鳴りながら、どんどん石材を積み上げて、星形の外壁を作っていく。
壁が高くなってからは、上と下に分かれ、下のドワーフが石ブロックを投げ上げて、上のドワーフが設置していった。あれ、普通に数キロはあると思うんですけど。
よーし、ここまで一切問題なし!
すさまじい建築スピードだ。これも、砂漠で鍛えられたドワーフの力あってこそものと言える。
まるで一種の体育祭を思わせる熱気と緊張感の中、砂漠の異変に気づいた一人が叫んだ。
「バケモノどもが来たぞお!」
もうおいでなすったか!
「WAVE03までは僕と超兵器で対処する! みんなは手を止めるな!」
作りかけの外壁の上にいた僕は、そう号令を放つと、砂漠へと飛び降りた。
「ギギギ、ガギン、ガギン!」
建設現場周辺を巡回していたマッドドッグ一号が、僕を追い抜いて悪魔の兵器へと駆けていく。
しかし、それよりも早く、砂煙を上げながら突進していくのは、
「ダーイ! ダイラーニア……!!」
縦横無尽平等秒殺兵器のタイラニック号!
まるで平らにする獲物を求めるように、かつてない速度で敵陣中央へと突入。中型ゴーレムをあっという間に粉砕し、デザートクラブたちを砂に埋めて進軍速度を抑えていく。
あれ、一応、味方なんだよな……。
サベージブラックより禍々しく感じるのはなぜなのか。
残虐ささえにおわせる無双ぶり。
ただ一つ難点があるとしたら、タイラニック号は急には止まれないので、周囲を走り回っているマッドドッグ一号と、地面から突き出ている状態のアイアンバベルが、時折あれの整地に巻き込まれそうになることだろうか。
タイラニック号が十二分に活躍するには、味方のいない戦場を整える必要がありそうだ。
「アンサラー!」
超兵器ばかりに任せるわけにはいかない。
僕はドルドにチューンナップしてもらった新生アンサラーを構える。
……これは!!
持った瞬間にわかる。
今までとは異なる力を感じる。まるで、フレームの内部に獰猛な獣が潜んでいるみたいだった。
早く引き金を引け、おれを自由にしろ、そうせがまれているような気分になる。
よし、なら、行ってこい!
狙いを中型のサソリに定めて、ショット!
引き金を引いた瞬間、銃口からこれまでにない強い光が粒となって弾け、周囲の空気を押し広げる感覚があった。
虚空に魔力光の純白を染み込ませながら真っ直ぐ伸びた弾道は、狙い通りに中型のサソリの尻尾を直撃すると、その硬質の皮膚をいとも容易く貫いてみせる。
ヘアッ!?
貫通力は必ずしも破壊力とイコールではない。
綺麗に抜けきってしまった弾丸よりも、敵の体内で弾け、小さな破片をまき散らす弾丸の方が凶悪な結果をもたらすこともある。
しかし……このアンサラーの弾丸に、その理屈は誤差でしかなかった。
先端にショックコーンらしき傘を広げた魔力弾は、弾丸ではなくその傘の表面積でもってサソリの尾を「えぐり掘った」。
傘の半径が尾の太さを超えていたため、それは貫通と同時に、切断と同義の結果をもたらすことになる。
さらに。
その衝撃は、八本足で地面に食らいつくサソリの胴体を地表から引き剥がし、砂地の上を二度三度と転がしながら、砂丘の頂点の向こう側へとつれ去ってしまう。
「何だこの威力……!?」
これがアンサラー本来の攻撃力!
属性弾の威力は、通常弾の攻撃力をそのまま変質させたものになる。これは、すごいことになりそうだ!
タイラニック号の活躍と、新生アンサラーの銃撃により、WAVE01は、星形城塞の建設現場に接近することなく壊滅した。
拠点防御用の鉄騎様は、建設現場の傍らで佇んだまま出番なしだ。
「騎士!〈オルター・ボード〉によると、すぐにWAVE02が始まるわよ!」
安堵も束の間、羽根飾りからアンシェルの声が飛んで、僕の気持ちを引き締める。
「騎士殿、本当に俺たちゃ戦わなくていいのか?」
外壁の上にいるドワーフの一人が、作業の手を止めずに聞いてきた。
「うん、いい。まずは砦を築くことが重要だ。第二波まではこっちで凌ぐ。問題は、イナゴの攻撃までに、外壁がどこまで作れるか……」
戦いながら防衛オブジェクトをガンガン建てていくのは、タワーディフェンスの基本中の基本だ。
それが追いつかなくなったとき、プレイヤーは負ける。
勝負はWAVE03!
タワーディフェンスの始まった後のノンストップ感、コワイ!




