18.謎の少年2
子供と一緒に、メルも寮へ来る。
「クリスティン様。この少年は然るべきところに預けるべきです」
クリスティンとしては、子供の行く先が決まるまで、寮で暮らしてもらっても構わない。
王家に次ぐ名家の令嬢であるので、学園内でかなり融通が利くし、無理も通る。
最上階全てがクリスティンの部屋だから、一人増えても支障ない。
「今後のことが決まるまでの間は、寮で暮らしてもらってもいいと思うわ。まだ小さな子だし。女子寮でも大丈夫でしょう」
「ですが……」
メルは男性だとバレるまで、女子寮にいたし。
「なんだか、昔のあなたを見ているようで、放っておけなくて」
メルは眉間を皺め、男の子に視線を落とす。
何か感じたのか、男の子はむっとメルを睨み返す。
なんだか二人の間に火花が散っている。
「ボク、ここがいい」
「君は──」
「メル、小さな子だし、帰る場所もないし。今どこかへ強引に置いてしまったら、可哀想。心細いと思うの」
クリスティンは男の子に言った。
「あなたの名前だけれど」
「名前をつけて!」
男の子は勢いよくクリスティンに抱き着く。
(え!?)
「ボクの名前、あなたがつけて」
くっつく男の子を、メルがべりっと引きはがした。
「君。気安くこのかたに触れるな」
「いけずー!」
「別にわたくしは構わないわ。人恋しいんでしょう」
「いけません」
メルが断言すると少年は、ぷぅっと頬を膨らませる。
「……あの男のほうの血を、どうやら濃く引いているみたい……。ボクを弾いたあの男の……。せっかくボクが──」
ぶつぶつと少年は呟く。
「? え?」
「ううん!」
少年は首を左右に振る。
「ね、名前決めて。そうしたら、仮契約になるの」
「仮契約?」
「うん!」
メルが胡乱に少年を見る。
「契約とはどういうことだ?」
「君には言ってないからね!」
男の子は、クリスティンの指を摘まむ。
「ね、ボクに名前」
「あなたの名前、ね」
それでクリスティンはちょっと考えたあと、言った。
「じゃあ『ヴァン』というのはどうかしら?」
男の子は、びっくりしたように目をぱちくりする。
「あなたは、あの廃屋でヴァーーン! と現れたから」
なぜか扉が爆発するように吹き飛んで、そこからでてきたのだ。
男の子は、クリスティンの手を引っ張る。
前かがみになったクリスティンの頬に、ちゅっと口づけた。
「ありがとう。仮契約を結べた。わぁい!」
メルが無言で少年をクリスティンから離し、非常に冷たい目で少年を見下ろした。
「今、一体、何をした?」
小さな子供に向ける眼差しではない。
「メル、だから、そんな──」
「この子はしてはならないことをしました。許せません」
少年は、頬を染め恥ずかしそうに、もぞもぞとした。
「ボク、『ヴァン』だね。名前つけてくれて、ボクの力、強くなって大分戻ったの! 前の主も、同じ理由で同じ名前を付けてくれたの」
少年──ヴァンは高揚し、早口で言う。
「ずうっと思ってたけど、やっぱり、ボク好み。ね、ボクと正式契約して?」
「あの……。契約って、どういうことなの?」
「本当はボク、人間じゃなくて、魔物なんだ」
「「……魔物?」」
クリスティンとメルは、唖然とし、顔を見合わせる。
「この少年は、色々と問題があるな……」
「問題なんてないよ。これから、名前で呼んで! クリスティンが名前つけてくれたから」
「クリスティン様を呼び捨てにするな」
「メル、いいわ、呼び捨てで」
クリスティンはヴァンに微笑む。
「わたくしのことはクリスティンって呼んでね、ヴァン」
「好き!」
ぴとっとヴァンがクリスティンにくっつき、またメルが離させる。
「どうして、べたべたクリスティン様にくっつく」
メルがヴァンに向ける目は、冷凍光線のようだ。
「好みだから」
「無暗に触れるな。たとえ、名はクリスティン様がお許しになっても近づくのは駄目だ」




