15.聞こえる声
何だろうと二人で考えていると、ルーカスが躊躇いの表情を浮かべた。
「二人共、疲れているんじゃないか? 早く寮に戻って休んだほうがいい。何か問題があるようなら、すぐに俺に言ってくれ。力になる」
「別に疲れてはいませんわ。大丈夫です」
「私も、疲れているわけではなく……」
占いの結果が、芳しいものではなかったからだろうか?
波乱万丈の人生だと言われた。
ただの占いだが、気分は沈む。
(わたくしの平穏はどこに……?)
これからも気を抜くべきではない。
心に引っかかるものがあるのだが……それが何だかわからなかった。
釈然としないものを抱えながら、寮へ戻った。
◇◇◇◇◇
週末、クリスティンは街へ出た。
大貴族ファネル公爵家の令嬢であるため、許可を取らずとも、容易に外出できる。
今日は気分転換をするつもりだ。
クリスティンは、メルと大通りを歩きながら、首を傾げた。
「このところ、おかしな感じで、もやっとするの。何か忘れているような気がして、それが何かわからなくて」
「私も、同じです」
進級したからだろうか?
奇妙な感覚があって、ちょっとしたストレスになっていた。
いつもと違う行動をすれば、それがきっかけとなり、何か忘れているなら思い出すかもしれない。
ストレス解消も兼ね、街に出ることにしたのである。
「今日はお互い、リフレッシュしましょう!」
「はい」
クリスティンはメルといるときが一番落ち着く。
昔から、癒しの存在なのだ。
露店の陳列台に並んでいる、海外の金銀細工や玩具などを見て回った。
石畳の敷き詰められた通りを並んで歩いていると、手が触れ合い、クリスティンは、無性に彼と手を繋ぎたい感覚にとらわれた。
メルの綺麗な横顔を見つめる。
プラチナブロンドが風に揺れ、濃紺色の瞳にかかっている。
(落ち着くけれど、一緒にいるとすごくドキドキするのよね……)
クリスティンはメルに恋心を抱いている。
広場に行くと、陽気な音楽を奏でる楽団がいて、それに合わせて人々が踊っていた。
楽しそうだ。
レモネードを飲み、噴水の傍で眺めていたが、飲み終われば、クリスティンはメルに言った。
「せっかくだし、わたくしたちも踊らない?」
すると彼は睫をおとした。
「私と踊っているのを見られれば、クリスティン様にあらぬ噂が立ってしまうかもしれません」
「学園の皆は、街に出ていないだろうし、もし見られても、別に悪いことをしているわけではないし。メルが踊りたくないのなら、仕様がないけれど……」
「いえ、そうではありません。クリスティン様さえよろしければ、踊りたいです」
「じゃ踊りましょう」
それで、ちょっと強引にだけれど、メルを誘い、踊った。
アドレーとは恐ろしさしかないのだが、メルとは楽しく、胸がとても高鳴る。
さっき手を繋ぎたいと思ったので、こうして彼と踊れ、嬉しかった。
鼓動が早くなるのは、身体を動かしているからだけではない。
他の誰とダンスしても、こんなふうにはならない。
踊り終わって、胸を押さえていると、メルがそれに気づいて心配そうに問い掛けた。
「どうかなさいましたか? ひょっとして、発作の前触れが……」
「ううん。ただあなたと踊っていたら、とても心が弾んで」
メルは微笑んだ。
「私も、クリスティン様と踊れて、とても楽しかったです」
きゅんと胸が締め付けられる。
二人で見つめ合っていると、どこからか泣き声が聞こえてきた。
(?)
声のほうに視線を向ける。小さな女の子が木の傍で泣いていた。
「迷子みたいですね」
二人で女の子の前まで行く。
五歳くらいだろうか。
顔を手で覆って泣いている少女の前にメルが屈み、声を掛けた。
「どうしたの?」
瞬間。
(…………)
女の子の泣き声と共鳴するように、違う誰かの泣き声に似たものが聞こえた。
「…………?」
辺りを見回す。泣いている子は他にいない。
空耳?
しかしクリスティンは、切迫感と使命感を覚え、声のする方向へ足を踏み出した。




