予期せぬ再会
「か、返してください!」
女の子が鞄を取り返そうと追いかけるが人混みのせいで上手く前に進めていない。
その間にも泥棒はするりと駆け抜けていって、あっという間に視界から消え去ってしまう。
このままでは逃げられてしまう。
「今、走り去った男が泥棒で、盗まれたのはバッグですよね」
「え? あっ、は、はい! そうです!」
追いかけようとする女の子にその事実を尋ねると、俺は調査スキルを発動。
ポーション瓶で検索をかけて魔力の波動を広げる。
すると、視界でいくつかのポーション瓶が表示された。
それは店先に並べているものであったり、冒険者が身に着けるものであったり。
たくさん表示されるが、その中でこちらから遠ざかるように動くものがわかりやすく見えた。それにそのポーションは高品質なようで、とても目に付く。
「すいません、通ります!」
俺は即座に反転して追いかけて、調査で表示され続けているポーションを追いかける。
調査スキルは人混みの中であろうとくっきりと表示してくれている。見逃すことはない。
「へへ、撒いたか。チョロいもんだぜ」
男が後ろを眺めて笑みを浮かべる中、俺はそこに追い付いて氷魔法を発動。
「フリーズ!」
「ひえっ! なんだこれっ!?」
発動した氷魔法が男の足元を凍らせた。
突然、足が動かなくなった男は転倒し、バッグを地面に落とす。
しまった。ポーション瓶が入っていることを考えて、もっと穏便に捕縛するべきだった。
自分の失敗に焦りながらひとまず盗まれたバッグを確保。中に入っているポーションが割れた様子もない。
「なんだなんだ?」
「盗みか?」
「魔法使いが犯人を捕まえたぞ?」
大通りでこのようなことをすれば、当然注目されてしまう。
町の人たちから注目の視線を向けられて恥ずかしい。
泥棒を捕まえるためとはいえ、人通りの多いところで魔法を使ってよかっただろうか。
「あ、あの!」
なんて不安に思っていると、先程の女の子がすぐ傍にきていた。
麦わら帽子お被り、白いワンピースを纏った金髪の女の子。それはさながら別荘に遊びにきたいいところのお嬢さんのようだ。
泥棒がお金を目当てによからぬことを考えてしまうのも無理はないかもしれない。
「盗まれたバッグはこれですよね? なんとか取り返しましたよ」
「ありがとうございます、シュウさん!」
「いえいえ、どういたしまして――って、どうして俺の名前を?」
特に名乗った覚えもないので、この女の子は俺の名前を言った。
一体、どこで俺のことを知ったんだ?
「あれ、気付いていないのですか? 私です、ルミアです」
思わぬ事態に小首を傾げていると、麦わら帽子を被った女の子は恥ずかしがるようにこちらを見上げて言った。
■
「ええっ!? ルミアさん!?」
「はい、ルミアです」
思わず驚きの声を上げると、ルミアはちょっとおかしそうに笑った。
まさかひったくりにあった女の子がルミアだったとは。道理でお嬢様みたいに綺麗なわけだ。
「一体、どうしてここに?」
「実は錬金術の研究の発表会が近くであってな。それが終わったので休暇として、リンドブルムにやってきたんだ」
思わず尋ねた俺の声に答えたのはルミアでなく、師匠であるサフィーだった。
いつもは錬金術師らしい装いをしているが、今は暑さと場所のせいか涼しそうな格好になっている。
色っぽいお姉さんの休日感。
ただでさえ、スタイルがいいのでシャツから覗く胸元の露出が眩しい。
「なるほど、それでここにいたんですね。突然だったのでビックリしました」
「事前にご連絡できなくてすいません。師匠が思い出した時には、一刻も早く出ないと間に合わなかったもので……」
「いいですよ。仕方のないことですから」
ああ、サフィーが突然思い出して、ルミアが慌てふためく様子が簡単に想像できた。
道理で色々と気の回るルミアが、何も言っていなかったわけである。
恐らく言伝や書き置きをする時間もなかったのだろう。
「それにしても、シュウさんはどうしてここに?」
「クラウスの実家が港町だっていうので誘われてやってきたんです」
「……クラウスというとグランテルにいた薬師か。となるとシュウ君は、あそこにあるエキシオール家の別荘に滞在しているわけだな」
情報の断片しか伝えていないにも関わらず、言い当ててみせたサフィーに俺は驚く。
「あれ? クラウスが貴族だって知っていたんですか?」
「あたしは貴族のパーティにも呼ばれるからね。子供だった彼を何度か見た覚えがあるよ」
クラウスが子供の頃って、サフィーの年齢はいくつなんだ?
「ふむ、シュウ君が失礼なことを考えている気がする」
「そ、そんな失礼なことなど……」
ヤバい、なんでわかったんだろう。そこまで露骨に顔に出ていたのだろうか。
ひとまず、そこに触れるのは絶対に良くないので思考を打ち消す。
だって、サフィーの目が笑っていないから。
「にしても、サフィーさんもこうして外で休暇を過ごすなんて意外ですね」
俺の中のサフィーのイメージは工房に籠ってひたすら研究をしている感じ。こんな風に違う街に寄ってのんびりするなんて意外だ。
「確かに休暇も兼ねているが、大きな目的は調査さ」
「調査? ここに特別なものでもあるんです?」
ここに特別な場所や施設があるかは聞いたことがない。とはいっても、まだやってきて一日なんだけど……
もしかして、サフィーたちも沈没した船のことを調べるのか?
「海底神殿さ」
なんて思っていたがサフィーの口から出た言葉は予想外のものだった。
「海底神殿というと、海の底に沈んでいる神殿や建物のことですか?」
「その通りです。リンドブルムの海には大昔の文明があったといわれていまして、幅広い知識を持っている師匠が調査を頼まれたのです」
俺が尋ねると、ルミアが補足してくれた。
「とはいっても、あたしの領域は錬金術に関することで歴史のことは専門外なんだけどね」
「まあ、海底神殿にアイテムが関わっている可能性もありますし……」
確かに歴史のことは専門外かもしれないが、大昔の文明にアイテムが関わっている可能性もある。そういう観点の調査を頼むのであれば、マスタークラスであるサフィーに調査を依頼するのは妥当かもしれない。
「しかし、調査といっても海底神殿というのは海の底ですよね? どうやって調べるんですか?」
海の底にあるものを長時間調査するとなると、俺のように海守の腕輪のようなアイテムが必要だと思うのだが……
素朴な疑問を投げかけると、サフィーは俺の左腕につけているものを指さす。
「ああ、それならシュウ君の付けているものを使うのさ」
「ええっ!? サフィーさんも持っているんですか!?」
「そりゃ、そうさ。それはあたしが作ったアイテムだからね」
きっぱりとサフィーがそう告げる隣で、ルミアがちゃっかりとバッグの中から海守の腕輪と似たようなものを二つ取り出した。
ちょっと、何それっ! ズルくない!?
俺は領主から面倒くさそうな依頼を引き受ける代わりに手に入れたんだけど。
「あたしはシュウ君がそれを持っていることに驚きさ。確か何人かの貴族に売ったはずだが、名前は確か……」
「ここの領主であるアステロス家もそのひとつですね」
「ああ、そうだった。それをどうしてシュウ君が?」
「さすがに領主様からの依頼を勝手に話すのは……」
仲介したクラウスたちならともかく、サフィーやルミアに漏らすのはマズいと思う。
「安心してくれたまえ。アステロス家にはパーティーに招かれている。そこであたしが気になったので聞き出したとフォローしておくさ」
サフィーは国に四人しかいない高位の錬金術師で下手な貴族よりも、大きな立場と権威を持っていると聞いた。
完全にダメではないのかもしれないが、今回は曲りなりにクラウスが仲介をしてくれた。
実は話されると困る類の話だった時、責任が降りかかるのは俺だけでなくクラウスも巻き込まれる。
「う、うーん、今回は仲介としてクラウスの家も入っていて、万が一にも迷惑をかけたくないので……」
「チッ、仕方がない。アステロス家のパーティーに顔を出して聞いておくことにしよう」
「……そんな方法があるなら初めから俺にリスクを背負わせないでくださいよ」
「パーティーに行くのが面倒なんだ」
じっとりとした目で言うと、サフィーはぷいっと顔を逸らして呟いた。
そんな子供みたいなこと言わないでくださいよ。




